【五話】 色とりどりの花飾り
仕事がない日中は、基本的にシャルロットの部屋にいる。
さすがに一人では作れないので、彼女の侍女に手伝ってもらっているのだ。
というか、ミミに手ほどきしたのも、その侍女である。
「ミミ様、ここはこうですわ」
「うむ……」
彼女は趣味で手芸をたしなんでいるらしく、良い材料を置いてある店も教えてくれた。わかりやすい教本までいただいてしまい、ミミはもう彼女に頭が上がらない。
ちまちまとした作業を続けるミミの横。
一部の完成品を手にする、ドレス姿の少女がいた。
「猫姉様が早く、これをつけてヴァージンロードを歩く姿を見たいですわぁ」
うっとりした様子で遠い目をするのは、この国の王女シャルロット。十六歳らしい明るさで人気の高い妹姫だ。兄に劣らずの美少女なのだが、残念なことに彼女はもう人のモノである。
それでも引く手数多の姫君は、とにかくミミを気に入っていた。というより、兄に近寄る数多の貴族令嬢を、まるで親の仇だといわんばかりに心の底から毛嫌いしているのだ。
女には女にしか見えない裏があり、それゆえの反応らしい。
「あ、もちろん猫姉様の隣はお兄様ですわよ」
「いや……でも、リュシアンには婚約者とか縁談とか、やはりあるのではないか?」
言いながら、少しだけ寂しい気持ちになる。
我ながら結局どっちだ、と情けなくなりため息も出ない。
「ないことは無いですわよ。でも某男爵令嬢のように、諸事情というヤツで他に行き場のないようなのばっかりですの。普通に考えてそんなのありえないので、絶対に断られますわね」
シャルロットは、心底あきれ果てた表情をしている。
某、をつけて語られる男爵家、というと、ミミは一つしか思いつかない。あぁ、確かにあの家の一人娘は少々、アッチの方向が奔放というか……王族でなくてもあれはお断りだろう。
彼女のせいで家庭崩壊を起こした家は、結構な数になるそうだ。
そういう類からしか縁談が来ない、といわれ、ミミはさらに気持ちが沈んだ。
そうなった原因は、十中八九『呪い』のせいだろう。
件の令嬢がよっぽど腹に据えかねているのか、シャルロットは苛立った口調で続けた。
「知ってます? あのご令嬢ったら、見目麗しい使用人を卑猥な方の奴隷として、日夜こき使っているらしいですわ。そのくせお兄様に色目を使うとか、とんでもないアバズレですわね」
はん、と鼻で笑う姿は、やんごとなき身分の姫君には見えない。
昔からおてんばな姫だったが、ここ数年は若干方向性が怪しいようにミミは思う。
思わず隣の侍女に、ひそひそと耳打ちしてしまう。
「……のぅ、姫の教育方針、間違っておらんか?」
「ミミ様に深く同意しますが、残念なことに軌道修正はムリですわ」
「あら、わたくし間違ったことは言ってませんわよ。アバズレをアバズレと言って、何が悪いというのかしら? 別に純潔で嫁げとは言いませんし、そもそも言えない身分ですけど」
それにしたって限度が、とボソリとつぶやくシャルロット。
何やら衝撃的な告白を聞いた気がしたミミだが、聞こえないことにした。まぁ、どうせ彼女の相手は一人しかいないし、普段の蜜月っぷりを見ていればむしろ納得の告白だったが。
「とにかく、お兄様にはどうしても、どーしても猫姉様がいいんですの!」
「ワシ、ただの猫じゃし」
「問題ないですわ、のーぷろぐれーむっ」
バン、とテーブルを叩いて立ち上がるシャルロット。
「子供が産めればいいんですのよ、えぇ!」
「むちゃくちゃじゃな、この姫は」
「なんにせよ、あの令嬢は言語道断ですのよ。どこの誰の子を孕むとも知らない女など!」
身の程知らず、と苛立った様子ではき捨てるシャルロット。
確かに王族に嫁ぐ以上、件の男爵令嬢のような女はお断りだろう。リュシアンの妻ということはいずれ王妃となり、次の王子や王女を産まねばならない立場となる。
その時に他所の男の子を産まれたら、さすがに困るわけだ。仮に彼女が王妃になって心を改めたとしても、若気の至りからくる邪推と悪意による噂は決して消えはしない。
嘘や出任せではないのだから、尚のこと性質が悪いといえる。
しかし、そういう『曰く付き』しか縁談が来ないというのも厄介だ。最悪、シャルロットの子を養子にすればいいのかもしれないが、いろいろと格好の付かない結果となるだろう。
ゆえにシャルロットは、兄が気に入っているらしいミミを、と言うのだ。
「いっそ猫姉様が夜這いをすればよろしいのかしら。お兄様の理性を叩き壊すような、色っぽいネグリジェを着て。……ふふ、男なんて、好きな女に迫られるとイチコロですのよぅ」
不気味に笑う彼女は、どうやら『実践済み』らしい。
彼女の婚約者にして未来の宰相に、ミミは心の中で哀れみの視線を向けた。そういえば、時々やけにやつれた表情をしていることがあったが、あれはもしや、と邪推してしまう。
「そしてできてしまえば、誰も文句は言いませんことよ?」
「いや……ワシはそんなのは、ちょっと嫌じゃな」
どうせなら、愛し愛された結果に授かりたい。
そして、それがムリだから最初から諦めているのだ。どうやったら、自分を義姉にと叫ぶ彼女に伝わるのか。生きた年数の割りに、頭のよさも話術も伸びなかったミミには分からない。
ともかく、ミミは何も望んではいなかった。
望んで破れるぐらいならいいが、相手の負担になったら辛い。
自分は化け猫姫。誰がそんな姫を王妃と認めよう。
仮にリュシアンがミミを選んだとしても、貴族から反対が出るのは間違いないし、国民だってどんな反応を示すやら。その結果、リュシアンに謂れのない言葉が向かうのは嫌だ。
だから手を離す。
可能性に夢すら見ない。望みなどしない。
ただ時々、遠くに姿を見られたら、それでいいとミミは思う。
「あぁ、もう本当に欲がない、控えめな猫姉様……でも、そこが大好きっ」
「……シャル、邪魔するならあっちへ行かんか」
がっくんがっくん揺さぶられ、ミミはため息すらつけなかった。