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【十三話】 あなただけを愛する

 城に戻ると、真っ先に駆け寄ったのはアドリーヌだった。相変わらず彼女は、自分こそが主役だと声高に主張するように、誰よりも豪華なドレスやアクセサリーで自身を飾っていた。


 彼女は横抱きにされているミミを見て、その表情をわずかにゆがませる。


「あら……どうしてそんな猫を、拾ってきたの?」

「猫じゃない。彼女はミミだ」

「……でも、猫でしょう?」

 笑うその瞳は、ミミの頭上にある獣の耳に向けられる。その視線は、あからさまな悪意と蔑視に彩られていた。もはや、そういう感情を隠そうともしないつもりなのだろうか。

 ありとあらゆる減力を持って、自分以外を排除してきたアドリーヌ。

 今更、多少性格の難が見つかったところで、自分の負けはないと思っているらしい。彼女は広げた扇で口元を隠すようにして、にこやかに笑って見せた。


「リュシアン、あなたは頭がいいからわかるはずよ。誰と結ばれるのが得なのか」

「お前の結婚は損得だけか、アドリーヌ」

 冷たい声を返し、リュシアンは再び歩き出す。

 ミミには見えないが、どうやらアドリーヌも追いかけてきているようだ。リュシアンは彼女には意識も向けずに、両親の前へと歩み出る。そこで、ミミはやっと降ろしてもらえた。

 周囲の視線が突き刺さる。

 さっき泣きながら飛び出した化け猫姫を、追いかけていった王子。

 二人は一緒に戻ってきた。しかも、王子は化け猫姫を横抱きにした状態で。そんな状況で注目しないわけにはいかないのだろうが、ぶしつけとも言える複数の視線が、ミミは怖い。


 けれどもう、逃げないと決めた。

 見ていることしかできない連中など、怖くない。


「父上と母上に、話があります」

 彼は両親の前で、ミミの手をしっかりと握る。ミミも、その手を握り返した。彼は今から何か重大なことを言うのだろう。ミミには何もできないけれど、支えぐらいにはなれるはずだ。

 そんな思いを込めて、ミミもまた国王夫妻を見る。

 思えば、あの二人とこうして相対するのは初めてだった。

 二人の結婚式に、王妃の親類の要求で引っ張り出された時以来だろうか。適当に着飾った状態で見世物よろしく扱われ、非常に不愉快な思いをした記憶がある。

 後に王妃が侍女を通じて謝罪を申し入れたので、ひとまず機嫌を直したのだった。

 王妃は相変わらず、優しげな美しい人だった。

 国王もまた、老いはしているけれど若い頃の面影がある。それなりに鍛えているのか、リュシアンと比べればだいぶ身体つきが異なった。たぶん、まだまだ息子に負けたくないのだ。


「リュシアン、どうしたというのだ」

 その国王は息子と、息子と手をつなぎ会うミミを見る。

 どうやら彼女が飛び出した一件の時には、まだ登場していなかったらしい。いきなりいなくなった化け猫姫を連れて、城の外から戻ってきた息子に疑問を抱いている様子だった。

 そんな父親に対し、リュシアンはたった一言を告げる。

「俺とミミの結婚の許しを、今ここで、はっきりといただきたい」

「な、何を言っているのだ、お前は!」

「彼女は俺のために、敬愛する魔女から賜った魔法を失った。それは、彼女が俺を愛していてくれたからだ。そのすべてをもって俺を愛する彼女以外に、どこの誰を選べと言うのですか」

「リュシアン……お前は、それでいいのですか?」

 静かな声で、ずっと黙っていた王妃が問う。

 どちらかと言うと、リュシアンは母親に似たのだろうな、とミミは思った。その声のトーンというか、全体的な雰囲気がとてもよく似ている。シャルロットは、どうやら父似らしい。


「それはどういう意味ですか、母上」

「救われたために、勘違いしているのではないのですか? 彼女があなたへの想いゆえ、あなたの呪いを解いてくれたから、自分も彼女に愛をもって恩を返そうとしているわけでは?」

「……いいえ母上。俺はずっと、ずっと昔から彼女だけを愛していました」

 子供の頃からずっと、とリュシアンは言い、一歩前に進む。

 ミミも、つられて前に出た。

「どうか俺達の結婚を、お許し願いたい」

「リュシアン……」

「叶わないなら、俺は王族としての身分を捨てます。ただの男として、彼女と結婚する。幸いにも妹にはちゃんとした伴侶がいる。エリクなら、女王となるシャルを支えられるでしょう」

「ちょ、お兄様っ」

 うろたえるシャルロットを、隣にいるエリクが制する。

 国王は息子の目を、真意を探るかのようにじっと見つめていた。静かに目を伏せている王妃はどうやら、夫にすべてを委ねるつもりのようだった。

 父と子のにらみ合いはしばし続き、静寂を破ったのは国王のため息。


「――そこまで言うなら、好きにするといい」

「こ、国王陛下、それは!」


 恐れ多くも王に意を唱えたのは、見慣れぬ貴族の男だった。こちらを睨みつけるアドリーヌが傍にいるから、彼女の身内――年齢からして、父親かその親類といったところだろう。

「黙るがいい。自分で選べと申しつけ、選んできたのが猫姫だっただけのことだ。すでに成人している大人の男が自分で選んだのだから、他人がとやかく言うことではなかろう」

 反対の声を上げる男に、国王はぴしゃりと言い切った。

 リュシアンは安堵した様子で、深々と頭を下げる。

「お許しいただけたところで、俺と彼女はもう部屋に戻ります。このパーティは、俺の婚約者を発表するためのもの。その仕事は、すでに終わってしまいましたから」

 ミミの手を引いて、リュシアンは歩き出す。アドリーヌが追いかけようとするが、家族らしい男性に止められているのが見えた。彼女の表情は、今まで見たことも無い恐ろしい形相。

 手にする扇子を、今にもへし折らんばかりに握って、ミミを睨みつけていた。

 リュシアンはそれに気づくと、ちらりと冷たい目を向ける。


 ――何かしたら、許さない。


 そんな声が聞こえるような表情に、ミミも思わず身体を振るわせた。

 向けられた側も、表情を青ざめさせて硬直する。

 当の本人はさっさと視線を前に戻すと、兵士の手で開かれた扉から外へ向かう。扉が再び閉じきる瞬間、広間の中でざわめきと絶叫が沸き起こったが、二人は部屋へ戻っていった。

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