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【十話】  妹姫と婚約者の罠

「ふっざけんじゃないですわ、あの女狐っ」



 ばったーん、とテーブルを叩く、彼女の名前はシャルロット。

 この国の王女にして、誰もが模範とすべき淑女……だったはずの少女だ。しかし彼女はその立場も何もかもを捨て去って、ある人物に対する怒りをぶちまけている。

 ことの始まりは、彼女が最も嫌うアドリーヌという令嬢が、自分は王子リュシアンの婚約者ですのと言わんばかりに、この城に『住む』ようになったことだった。

 そして、それと前後するように、リュシアンは妹にめったに会いに来なくなった。

 前は一日に一度以上、休憩と称してやってきていたのに。

 彼女の部屋の窓際で昼寝をする、可憐な『猫』を撫でるために。

 妹というのはあくまで口実。兄は間違いなくその猫――ミミが目当てだ。なのにいきなり何の理由も告げず、リュシアンは来なくなった。来るのはシャルロットの婚約者エリク一人。


 エリクは、事情がありましてね、と苦笑するだけで。

 それもまたシャルロットの怒りに油を注いだが、それはまぁいい。問題は、呪いにより声を奪われていたはずのリュシアンが喋れるようになったことと、ミミが行方不明であること。

 残されたのは、彼女が作っていたはずの、あの婚礼衣装の紐飾り。

 完成されたそれは、シャルロットの部屋にそっと置き去りにされていた。

 これは間違いなくミミが、何かをやったのだと思われた。それにより、やっと完成したこれをもって行けなくなったかして、それでシャルロットの部屋に置いていったのだろうと。

 ゆえに、腹立たしい。

 自分が解決したとでも言うかのように、兄の傍にいるアドリーヌが。

 許されるならばと思うほどに、シャルロットは彼女が憎たらしかった。そして、ミミがいなくなったというのに何の手も討たない、兄に対する怒りも燃え上がる一方だ。

 どんな思いを込めて、ミミがあの婚礼衣装を仕上げたのか。


 考えるほどに、怒りが身の内側で渦を巻き。

 そして、冒頭の一言へ戻る。


 兄は――ただ、何も言わずに流されているように見えた。

 アドリーヌの言動には何も言わず、彼女と結び付けようとする周囲の思惑には、まるで興味が無いかのように振舞う。だから余計に、アドリーヌ一派が付け上がるというのに。

「あぁもう、お兄様は猫姉様を何だと思っているのかしらっ」

「落ち着いてくださいよ、シャル」

「エリクは今まで何をしてましたのよ!」

「だから、いろいろと事情が」

「事情も苦情も知ったこっちゃないんですのっ。猫姉様はいなくなるし、あの女狐は女王にでもなかったかのような振る舞い! お父様もお母様も、あれの本性が分かってないですわ!」


 あれは、件の男爵令嬢よりも性質が悪い。ぶっちゃければ、あの令嬢はただそっちの欲が人様より若干……という言葉では覆い隠せない程度に、ちょっと強すぎるというだけのことだ。

 三大欲求の一つなのだから、仕方がないといえないわけでもない。

 しかしアドリーヌは、狡猾な女狐。


 ――実は、いくつか良い縁談の話もあったのだ。


 留学前にも、帰国後にも。しかしいざ話を詰めようとすると、なぜか彼らは急に身を翻して去っていき、相手となるはずだった令嬢には相手がいた。

 その『相手』というのが、ことごとくアドリーヌ一派の関係者やその親類であると、最初に気づいたのはエリク。彼女らはライバルを蹴落とすため、適当な男をあてがっていたわけだ。

 国一番の名家からの縁談という名の脅迫に、抗える家などあるはずが無い。

 こうしてライバルを根こそぎ排除して、アドリーヌ以外の道をふさいでいたのだ。


「あれなら、まだ色欲狂いの男爵令嬢の方がマシですわ!」

「……だから、落ち着いてくださいよ。何もしていないとは言っていません。ちなみに件の令嬢は一週間前に他国に嫁いだので無理ですよ。というか、さすがに彼女もアウトですから」

 かちゃり、と紅茶が入ったカップを手に取り、エリクは笑う。

 少し長い黒の前髪の向こう、灰色の瞳が細められた。

「噂を流したんです」

「……噂?」

「えぇ。城の化け猫姫に関する、噂を少々」

 エリクが流したという噂は、このようなものだ。

 昔々、魔女が拾って使い魔にした化け猫姫は、呪われた王子に恋をした。けれど自分はただの化け猫だから、王子にふさわしくない。思いを告げる資格すらない。

 そして化け猫姫は、自分をヒトの姿にした魔女の魔法で、王子の呪いを解いた。

 その代償として猫に戻ってしまった化け猫姫は、王子の幸せを願いながらどこかへと去ってしまった。目が覚めた王子は、いなくなってしまった彼女を探している。

 なぜならば、王子もまた彼女を、化け猫姫を愛していたから。

「ベタな御伽噺とおっしゃりたいならどうぞ。でもね、この国は御伽噺が大好きだ。こういう話に必ず、国民は食いついてくる。実際に、幾つか噂を元にした小説が確認されています」

 まだ執筆中らしいですが、とエリクは続けて。


「そして願うのですよ――化け猫姫と王子のハッピーエンドを」

「そんな……都合よくはいかないのではなくて? 貴族だって、反対するはずですわ」

「国民感情を逆撫でてまで、王妃の座を求めるバカはいないと思いたいですね」

「そんなバカが、アドリーヌとその関係者ですのよ、エリク」

 というか、とシャルロットも紅茶に手を伸ばし。

「お兄様、いつ猫姉様に恋を?」

「そこは尾ひれですよ。実際のところは不明です――が」

 前髪をかき上げながら、エリクはにやりと笑い。


「小柄な少女が着るようなサイズのウエディングドレスなど、他に誰が着るでしょうね」


 自らの主にして、未来の義兄が、こっそりと注文していたものがある。

 それは、まさにあの化け猫姫によく似合う、純白のドレス。誰がどう見てもそれはウエディングドレスとしかいえないデザインで、アドリーヌにはとてもじゃないが着られないサイズ。

 注文した日付は、彼が妹やミミを避け始めた頃。

 アドリーヌが城に住み着いた頃だ。

 懇意にしている職人に、他言無用で注文したそれを、アドリーヌはどこからか嗅ぎ付けてきたらしい。余計なちょっかいを出されないよう、リュシアンは彼女の機嫌をとっていた。

 そうやってアドリーヌを切り離し、裏でいろいろと準備をする。

 ミミがいなくなってからも、彼の準備は終わらない。呪い解除の対価に、彼女が猫に戻ってしまったのは間違いない。再び手に入れるには、彼女をヒトの姿にしなければいけないのだ。

 それに使うのは、もちろん魔法。

 呪われるほどの才能を持って生まれたリュシアンに、それはたやすいことだった。

 さすがに魔女のように無限の時は与えられない――使い魔にはできないけれど、ただヒトの姿を与える『奇跡』ならば。彼女を心から愛し求める彼の魔法は、必ず叶えてくれるだろう。


「つまり後は、肝心のミミ嬢なんですよ。彼女が舞台上にいなければ、この『物語』はハッピーエンドはおろか、そもそも終わりがこない。何とかして、探し出さなければ」

 そこで、エリクはまたしても噂を使ったのだ。

 猫の身でも伝わる噂。

 王子は近々、結婚するらしい。相手は不明だけど。

 しかし王子は呪いが解けたのはいいが、どうも体調がよろしくないらしい。

 そんな噂も流したそうだ。


「エリク、あなた」

「何ですか?」

「……結構、やりますわね」

「いえ、この計画にはまだ不確定要素が多いですよ。肝心の噂が届かなければ、無意味に国民を不安にさせるだけですし。何より、これで主役を釣り上げられるとは限らないのですから」

「いいえ、猫姉様は絶対に気になって、お兄様の様子を見にきますわ」

 そう、どんなに口で気にならないと言っても。必ず彼女はここに来る。ましてや呪いが解けてからなどと言われたら、絶対に心配になって様子を見にやってくるに決まっている。

 それがシャルロットが知る、ミミという彼女の性格で、いいところだ。彼女の猫としての姿を誰も知らないのが、少しだけ不安要素ではある。だけどリュシアンは気づくだろう。



 気づかなかったらお仕置きですわ、とシャルロットは紅茶を一気に飲み干した。

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