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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~赤き蝶~
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眠り姫

 三重県内に在る病院内の一室。静かな室内の中、ベッドの上には、痩せ細った黒く長い髪の少女が、横たわり眠っていた。

 体中に医療器具の配線が張り巡らされ、腕には点滴を打たれ、脳波を示す機械が、ベッドの横に設置されている。まるで機械により、生かされているだけの様な少女だったが、それでも心臓は自ら動いていた。

 殺風景な病室内は、最低限の生活用品すら何も無い。少女の眠るベッドの前に、椅子を置いて座っている花火は、只じっと、少女と脳波を示す機械を、交互に見つめているだけだった。

「早く起きて、眠り姫。」

 花火はそっと、少女の髪を撫でると、愛おしそうな顔をさせた。

 二年間見守り続けている、眠り続ける少女。微かにでも少女の意識が戻る事を願い、そっと手を握った。いや、正確には、意識では無く意思だ。少しでも意思が目覚めればと、心から願う。

 コンコンッと、病室のドアをノックする音が聞こえると、花火は握った手を離し、「どうぞ。」と、ドアの方を向く事無く返事をした。背中越しのドアが開く音がすると、コツコツと足音が聞こえ、一人の青年が病室に入って来る。花火のすぐ後ろまで来ると、「やぁ。」と、穏やかな声で挨拶をして来た。

「何で来てるの?」

 花火は後ろを振り向く事無く言うと、青年は花火の横を通り過ぎ、ベッドの上へと腰掛け、そっと優しく、少女の髪を撫でた。

「大学の友人達と、こっちに旅行に来ていてね。せっかくだから、久しぶりに会いに来たんだよ。」

 そう言うと、青年はニコリと笑顔を見せる。

 青年は真っ白な肌に、金髪の髪をしており、瞳の色は、エメラルドの様な綺麗な深い緑色をしていた。花火より年上で、今は大学二年生だ。

「髪の手入れをしてくれているんだね。とても艶やかで美しい。」

 そっと少女の髪を一束持ち上げると、軽く髪に口づけをし、緩やかに指先から落として行く。髪は一本一本サラサラと落ちて行くと、白いシーツの上に広がった。

「体も綺麗にしてる。」

 付け加える様に花火が言うと、青年は嬉しそうな笑顔を見せた。

「それを聞いて安心したよ。母が入る、大切な体だ。傷付けられでもしたら、困るからね。」

 そう言うと、青年はそっと、少女の首元の髪を退かした。すると少女の首筋の裏に、黒い蝶の模様をした、痣が有る。

「大層な親孝行。そんなに母に褒めて欲しい?経若丸。」

 いつもの坦々とした口調とは少し違い、大人びた口調で言う花火は、雰囲気もいつもとは違い、どこか凛々しい。

 花火が口にした、『経若丸』と言う言葉に、青年は「ククッ。」と、不気味に笑った。

「今は、凛エセーニンって名前だけどね。」

「その姿を見たら、ビックリするね。花火もビックリしたから。」

 冷めた口調で花火が言うと、凛と名乗る青年は、可笑しそうに言って来る。

「僕自体もビックリしたよ。まさかハーフとして生まれ変わって来るなんて、思ってもみなかったからね。」

 凛は又、ククッと笑うと、愛おしそうな表情で、眠る少女を見つめた。その姿を、花火は冷たい視線で見つめると、呆れた様子で言う。

「体を取り戻しても、母は年下。恋人同士にでもなりたいの?経若丸の生まれ変わりよ。」

「まさか。母の復活を願うのは、子として当然の事。それだけだよ。」

 花火は軽く溜息を吐くと、凛のバレバレの嘘に、呆れてしまう。

 凛はロシア人の父と、日本人の母の間に産まれたハーフだったが、その正体は、鬼女紅葉の子、経若丸の生まれ変わりだ。紅葉が託した鬼蝶に依り、経若丸として生きて来た、前世の記憶を取り戻していた。だが紅葉には、まだ会いには行ってはいなかった。

「しかし困ったね。やっと見付けた母の体が、眠り姫とは・・・。未だに眠り続けて、中々起きてくれないんだからね。」

 凛は軽く息を吐くと、ベッドの上で眠る少女の体を、軽く揺すってみる。しかし少女の体はピクリとも動かず、何の反応も示さない。

「さっさと体を持ってった方が、早い。」

 ポツリと花火が言うと、凛は溜息混じりに言って来た。

「駄目だよ。そんな事したら、せっかく見付けたこの体が死んでしまう。半分機械のお陰で、まだ生きている様な物だからね。母は洞窟からは出られないし、今僕が会いに行けば消えてしまう。何より母は、体を求めてはいないからね。」

「体を手に入れる事よりも、子と再会し、成仏して楽になる事の方がいい。身勝手な親。」

「そう、身勝手な親だよ。だから僕も、身勝手な子供になるんだ。」

 凛はそっと少女の胸元に手を翳すと、少女の胸元からは、黒い蝶が浮かび上がり、ヒラヒラと羽を舞いながら飛び出て来た。

「この鬼蝶を使ってね。」

 花火はチラリと、視線を鬼蝶の方にやり見ると、「抜け殻の鬼蝶。」と呟く。凛は小さく頷くと、軽く溜息を吐いた。

「例え鬼蝶を所持していたとしても、所有者の意思が無ければ、鬼蝶は機能しないし紡いでもくれない。だから眠り姫には、一秒でも早く目覚めて貰わないと困るんだよね。せっかく記憶を取り戻したのに、このままじゃ体が先に死んじゃうか、僕がおじいさんになってから、最終的には已むを得ず会いに行くしかなくなる。そうなると、僕の計画は大無しだ。」

 そう言うと、そっと鬼蝶を、少女の体内へと戻す。そしてゆっくりと、花火の方へと視線をやると、口元をニヤリとさせ不敵な笑みを浮かべた。

「君にとってもね。鈴鹿御前。」

 凛が口にした名を聞いた途端、花火の茶色い瞳は、一瞬炎の様に赤く光る。すぐに又茶色い瞳へと戻ると、花火は険しい表情をさせ、別人の様な鋭い口調で言った。

「今の私の名は、夢野花火。その名は過去の物。軽々しく口にするな、若造が。」

 凛はニッコリと微笑むと、軽く頭を下げて見せた。

「そうだったね、これは失礼。鬼姫を怒らせたら怖いからね。謝罪するよ。でも母が消えてしまえば、君も困るのは事実だ。なんせこの黒い鬼蝶を使いこなせる鬼は、母しかいない。」

「その為に、お前に協力をしてやっているのだ。片割れの鬼蝶だけが戻った所で、紅葉は動かない。」

 花火は厳しい目付きで凛を睨み付けると、凛はニヤリと笑った。

「そう、鬼の敵で有る鬼には、尚更ね。」

 凛は少女の額に軽くキスをすると、ベッドの上から立ち上がった。そのまま花火の隣へと立つと、眠る少女の姿を見つめる。

「僕等の目的は同じ。母の魂を、この体の中に入れる事だ。僕は僕の目的の為に。君は君の目的の為にね。」

 花火は小さく鼻で笑うと、「何が同じだ。」と、馬鹿馬鹿しそうな表情を浮かべた。

「お前の方が優位な立場だ。紅葉が消えるか否かは、お前次第なのだからな。私は協力せざるを得えないだけだ。」

 凛はククッと笑うと、体をクルリと後ろに回し、「連絡待ってるよ。」と言い、その場から歩き始める。そのまま病室から出て行こうとすると、「そう言えば。」と、花火は思い出したかの様に、凛を引き止めた。

「今お前の母は、一人の人間の子にご執心の様だ。酒吞童子が有していた鬼蝶にまで、気に入られている。紅葉の魂を体へと入れるのは、お前では無くその人間の子かもな。」

 後ろを見る事無く花火が言うと、凛の顔は一瞬険しくなる。ギュッと拳を握り込むも、病室のドアを開け、穏やかな口調で言った。

「構わないよ。母の魂が体に入るなら、どんな形だろうと歓迎するね。」

 そのまま病室から出て行くと、そっと静かに扉を閉めた。

 花火はクスリと小さく笑うと、「嘘が下手。」と、可笑しそうに呟き、そっと少女の頬を撫でた。そしてニンマリと笑うと、眠る少女に話し掛ける様に言う。

「どちらに起こして欲しい?そうだな・・・。私はミカゲの方に一票入れよう。ほぅ・・・丁度眠っているな。少し手助けでもしてやるか。」

 花火はゆっくりと瞳を閉ざすと、そのまま眠りに着いた。


 森から自宅へと戻って来たミカゲは、ベッドの上に横たわり、何度も大きな溜息を吐いていた。

 結局紅葉とは会えずじまいで、お土産だけ残して帰って来た。一応メモは残したが、お詫びと言っても紅葉の敵、洋菓子だ。自分なりのお詫びの品だったが、もしかしたら、逆に怒らせてしまうだろうかと、不安が過る。

 ハァ―――――。と、又一つ大きな溜息が零れると、携帯にメールが届く。もしかしたら、紅葉からか?とも思い慌てて見ると、松里からだ。

 メールを開くと、髪飾りを着けた紅葉の写メが、送られて来たとの事。どうやら松里のプレゼントは、気に入ったらしい。

 文章の後、一緒に写真も送られて来ている事に気が付き、そのまま下へと画面を下げて行く。すると写真には、可愛らしい牡丹の形をした髪飾りを着け、嬉しそうな顔をしている、紅葉の姿が写っている。写真の笑顔の紅葉を見て、ミカゲも自然と笑顔が零れた。

「ガキみたいに嬉しそうな顔して。」

 可笑しそうに、クスリと笑うと、写真を携帯の中に保存した。すると、再びメールが届く。又松里からかと思いながら、メールを開き見て見ると、今度は紅葉からだ。メールには、「紅茶が無いから食えん。」とだけ書かれている。文章を見たミカゲは、可笑しそうにクスクスと笑うと、「持って来いって事か。」と自然と悟り、紅葉に返信をする。

「明日持って行く・・・と。よかった。」

 余計に怒らせてしまったかと思い、不安になっていたが、どうやら紅葉は怒ってはいない様子で、安心する。気に入ったかどうかは、まだ分からないが、メールの文面からすると、ちゃんと食べてくれる様だ。

 ミカゲは一気に安心をすると、その安心感からか、体の力が抜け眠くなって来てしまう。まだ外は明るい夕方前だったが、少しだけ昼寝をしようと、そっと目を瞑ると、そのまますぐに眠ってしまった。


 「紅葉・・・どこに行くの?紅葉。」

 真っ暗闇の中、赤い着物を着た、紅葉の姿が見える。その姿はどんどんと、遠ざかって行く。手を伸ばせば伸ばす程、遠ざかって行く。

「紅葉、待ってよ。紅葉。」

 必死で手を伸ばして、追い掛ける。追い掛けて、追い掛けて、こんなにも追い掛けているのに、ちっとも追い付かない。益々遠ざかって行く。暗闇の中、必死に走る。

「待って。待ってよ。」

 走って、走って、走っていると、紅葉がこちらを振り向いた。その顔はとても悲しそうで、頬には涙が伝っている。

「何で泣いてるの?紅葉!」

 一気に紅葉の元まで掛けて行くと、ようやく追い付く。息を切らせ、ホッと安堵すると、そっと紅葉に向かい手を伸ばした。

「紅葉、おいで。」

 ミカゲが手を差し伸べた瞬間、一瞬赤い蝶が横切った。それと当時に、紅葉の姿は消え、真っ暗闇だった周りが、一気に明るくなる。余りの眩しさから、思わず目を瞑ってしまう。

 再びゆっくりと目を開けると、いつの間にか、どこかの病院の病室の中に居る。不思議に思いながらも、そっと周りを見渡すと、ベッドの前の椅子に、誰かが座っている事に気が付いた。

 ミカゲはそっと、椅子へと近づくと、覗き込む様に、椅子に座る人物の姿を見る。

「花火?」

 椅子に座ったまま、眠っている花火の姿を見て、ミカゲは少し驚いた顔をさせた。

「花火・・・。じゃあ、ここは眠り姫の居る病室?」

 今度はそっと、ベッドの上に横たわる人物の姿を、見ようとした。

 ゆっくりと歩み寄り、恐る恐るベッドに近づき、ベッドの上で眠る少女の姿を覗く。始めて見る、眠り姫の姿。ゴクリと生唾を飲み込み、緊張が走る。

「紅葉・・・。」

 少女の姿を見たミカゲは、一瞬その場に硬直し、自分の目を疑ってしまった。

 痩せ細ってはいるが、紅葉と同じ顔をしている。真っ白い肌に、黒く長い髪。歳も具現している紅葉と、同じ位だ。

 ミカゲはそっと、眠る少女の頬を、手の甲で撫でた。すると肩に掛かっていた髪が、緩やかに下へと落ちて行く。少女の首筋が見えると、髪の毛とは違う、黒い模様らしき物を見付けた。

 優しく少女の頭を、少し横にすると、首筋の裏を見る。項には、黒い蝶の様な模様の、痣が有る。

「これ・・・印だ。」

 ミカゲは目を真丸くさせて驚くと、慌てて少女の名前を見ようと、ベッドの少し上に有る、名札を見ようとした。その瞬間、又も周りは明るくなる。

「待って!もう少しっ!」

 眩しさを必死に堪え、名札の名前を見ようとするが、光でよく見えない。

「待って!待って!」

 光が段々強くなり、やがては周り全てが、眩しい光に包まれた。

「待ってーっ!」

 大声を叫ぶと、ハッと目が覚め、我に変える。目の前に映るのは、自分の部屋の天井だ。

 慌てて起き上ると、キョロキョロと周りを見渡した。見えるのは、見慣れた自分の部屋だ。

「夢?」

 茫然とすると、どこからどこまでが夢なのか、よく分からない。そっとホッペを自分で抓ってみると、痛みを感じ、今は現実なのだと確認をする。

「眠り姫は・・・紅葉?」

 不思議そうに首を傾げると、考え事をしながら眠ってしまったせいで、あんな変な夢を見たのだと思った。

 大きく背伸びをすると、顔でも洗って目を覚まさせようと、ベッドの上から立ち上がる。その瞬間、足元がふら付き、ベッドの上に尻餅を付いてしまう。

「あれ?まだ寝惚けてるのかなぁ・・・?」

 ミカゲはふと、部屋の壁に掛かった時計を見ると、いつの間にか時計の針は、もう夜中の一時を指していた。

 そんなにも長い間眠った感覚は無いせいで、時間を見たミカゲは、驚いてしまう。まるで時間が、途中飛び越えでもしたかの様だ。だが体は重みを感じ、長時間眠っていた事を物語っている。軽い仮眠程度なら、逆に体は軽くなるだろう。

「そんなに長い夢じゃなかったのになぁ・・・。」

 ポリポリと頭を掻くと、先程見た夢の事を思い出す。赤い着物を着た紅葉に、赤い蝶。

「赤い蝶?」

 ふと赤い蝶が、一瞬出て来た事を思い出すと、その後病室へと突然場面が変わった事に気が付いた。

「もしあの赤い蝶が、鬼蝶だったら・・・。誰かが俺の夢と、花火か眠り姫の夢を紡いだって事か?だとしたら・・・眠り姫は・・・。」

 ミカゲは慌てて携帯を手にすると、花火へと慌しく電話を掛けた。

 もしあの夢が本当ならば、眠り姫は紅葉の体だ。紅葉の体が、見付かったのだ。そう思うと、一刻も早く、花火に現実の眠り姫の項には、黒い蝶の様な痣が有るかどうかを、確かめたい。

 しかし、幾ら呼び出し音を鳴らしても、花火は一向に電話に出る気配が無い。やはりもう深夜だから、眠ってしまっているのだろうかと思うと、仕方なく電話を切った。変わりに電話を掛ける様、メールを送ると、明日又改めて電話をし、病院名や場所、眠り姫の名前等、詳しい事を聞こうと思った。

「取りあえず・・・。腹減ったから何か食べに行こう。」

 ミカゲは台所へと向かうと、冷蔵庫に入っていたミカゲの分の夕食を食べ、その後又寝る事にした。


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