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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~黒き蝶~
6/16

人の想い、鬼の想い

 次の日の昼、昨日に比べて、心為しか少し気温は涼しい。それでもジメジメとする暑さに、東志は額に滲む汗を拭きながら、ミカゲの住むマンションへとやって来た。手にはDVDとゲーム機の入った鞄の他に、途中コンビニで大量に購入した、お菓子の入った袋を持っている。

「えっと・・・。何階だっけ?」

 何度も来ている筈なのに、エレベーターの前へと来ると、いつも何階を押せばいいのか忘れてしまう。取りあえずエレベーターに乗り込むと、八階を押した。

 花火の住んでいる階はちゃっかり覚えているので、いつも忘れた時は、花火の住む階へと一旦行ってから、途中思い出してミカゲの住む階へと行っている。

 八階へと到着をし、エレベーターの扉が開くと、目の前に松里の姿が現れた。「あ!」二人は奇遇にも鉢合わせをし、互いに驚いた顔をして見合わせる。

「日下部君が、何で八階~?花火なら留守だったけど・・・。」

 不思議そうに首を傾げながら松里が尋ねると、東志は恥ずかしそうに、松里から視線を逸らした。

「いやっ、そのっ!ミカゲん家の階、何階か忘れちまって。適当に上がってりゃー思い出すと思って。」

 誤魔化す様に言うと、松里はパンッと手を叩き、嬉しそうな顔をさせた。

「あぁ!そっか!花火、九条君の家に居んのかも!九条君ん家なら、六階だよぉ。一緒に突撃しようぜぃ!」

 親指を上に立て、力強く東志の目の前に翳すと、「お、おう。」と、東志も小さく親指を上に立てた。

 松里はエレベーターに乗り込むと、早速六階のボタンを押す。二階下の階の為、すぐに到着をすると、二人でミカゲの家のドアの前まで行き、東志がインターホンを押した。

「おやおや?何かお菓子一杯買い出してるけど、パーティーでもやんのぉ~?」

 松里は東志の持っていた、お菓子の沢山入った袋に気が付くと、東志も松里が手に持っていた、大袋に気が付き、何が入っているのか気になってしまう。

「ゲームやるだけだよ。五十嵐こそ、何だ?そのデッカイ袋。何詰め込んでんだ?」

「私も花火とゲームやろうと思ってぇ~!こん中に、全部詰め込んで来た!ついでに、親戚からもらったお菓子もっ!花火にも分けてあげようと思ってさ。昨日千なり御馳走になったし!」

 嬉しそうに大袋を、東志の目の前に翳し見せていると、ドアが開き、「はいはい。」と適当な返事をしながら、中からミカゲが出て来た。

 「ちぃ~スッス!」松里が元気よく挨拶をすると、ミカゲは二人の姿を目にし、思わぬ組み合わせに、驚きながらも不思議そうに松里に尋ねた。

「何で五十嵐さんも居るの?」

 松里は家の中を覗き込みと、「花火居る~?」と聞いて来る。「花火?」ミカゲは更に不思議そうに首を傾げると、松里は大袋を、今度はミカゲの前に翳しながら言う。

「花火とゲームやろうと思って、お土産も持って来たんだけど、留守だったんだよねぇ~。九条君ん家に来てる?」

「花火なら来てないけど・・・。」

 ミカゲの言葉を聞いた松里は、残念そうな顔をさせるが、それ以上に、東志はガックシと首をうな垂れ、残念な声で言った。

「んだよ、居ねーのかよ・・・。」

 落ち込む東志の姿を見たミカゲは、白けた顔をさせると、冷たい口調で言い放つ。

「お前・・・どうりで昨日やけに素直だと思ったら、花火が居るのを期待して家まで持って来たのか。花火がDVD直接受け取ると思って・・・。馬鹿だな。」

 どうやら昨日の東志の素直さは、花火目当ての様だったが、残念ながら花火は来てはいない。東志は見事、不発に終わった。

「そっかぁ~、花火居ないのかぁ。残念。でもせっかくここまで来たし、私も混ぜ込んでよっ!」

 松里は素早く笑顔へと切り替えると、さっさとミカゲの家の中へと入って行ってしまう。「ちょっと!」勝手に上がり込む松里に、ミカゲは慌てるも、仕方なさそうな顔をし、東志にも早く中へと上がる様に言った。

 ミカゲの部屋へと行くと、涼しい室内に、松里と東志の二人はホッと息を漏らし、寛ぎ始めてしまう。

 ミカゲは二人に呆れながらも、早速東志にDVDを渡す様言うと、東志は鞄の中から真っ裸のDVDを取り出し、ミカゲに手渡した。「何それぇ?」不思議そうにDVDを見て来る松里に、ミカゲは花火が貸して欲しいと言っている事を話すと、松里まで、興味を示し始めた。

「えぇ~!何か面白そう!じゃ、次私ねっ!私っ!」

「別にいいけど、これ俺のじゃないよ?」

「誰のぉ~?」

「我がクラスの田沼君の。」

 「お~!」松里はDVDの持ち主の名前を聞き、納得をすると、「ならば尚更!」と、花火の次に借りる約束を勝手にしてしまう。「じゃあ、花火に渡す時言っとくよ。」ミカゲも勝手に約束をすると、本人の知らぬ所で貸し借りされ回されている事に、東志は本来の持ち主の田沼君を、哀れに思った。

「それで、東志はそんなにお菓子買い込んだのは、花火の為ってのは分かるけど、五十嵐さんのそのデカイ袋の中身は何?」

 ミカゲもやはり、松里の持つデカイ袋の中身が気になり、尋ねてみると、横で「なっ!ちがっ!」と慌てている東志の存在は無視し、松里は袋の中身をその場に広げ始める。

「えっとねぇ~。まずはPSPでしょっ!それからソフトケースに、お泊りも考え着替え。後、親戚から貰ったお菓子。昨日のお礼に花火と食べようと思って、持って来たんだけどねぇ~。」

 そう言うと、滋賀の『クラブハリエ』、バームクーヘンの大きい箱を、袋の中から取り出した。

「あ、クラブハリエのバームクーヘンだ。丸ごと一個?」

「丸ごと半分っ!半分切ったやつは、我が家の冷蔵庫の中に収納されているのだよぉ!」

 松里は箱を開くと、確かに中身は、半分に切られたバームクーヘンが入っていた。それでもかなり量は有る。

「これ二人で食う気だったのか?」

 東志も袋の中から、スナック菓子等をその場に広げながら聞くと、「当然っ!」と松里は、自信満々に返事をした。その答えに、男性陣二人の顔は引き攣ってしまう。流石デザートは別腹と言うだけは有る、女性陣だ。

「で、何のゲームする訳?」

 早速始め様と、ミカゲが二人に聞くと、東志は鞄の中からPSPを取り出した。

「俺モンハンやろうと思って、PSP持って来たけど。五十嵐は?」

「私も花火と、モンハンやろうと思ってたんだけどぉ。」

 二人の言葉を聞き、ミカゲの顔はキョトンとしてしまう。

「え?俺モンハンの呪いにでも掛かってるの?」

 「はぁ?」松里と東志は、二人して訳の分からない様子で、首を傾げると、ミカゲは「いや・・・。」と苦笑いをした。

「テメェーもソフト持ってるだろーが。三人でやろうぜ。」

「そだねぇ~。四人までオッケェlだしねぇ~。」

 二人は早速PSPの電源を入れ始めると、ミカゲはふと、良い事を思い付く。

「あ、ちょっと待って。四人目いるや。」

 「四人目って、誰か呼ぶのか?」不思議そうに東志が尋ねると、ミカゲはベッドの上に置いてあった携帯を取り、メールを打ち始める。

「ちょっと確認してみるから、待ってて。」

 松里と東志は、互いに顔を見合わせると、不思議そうに首を傾げた。

 メールを送ったミカゲは、すぐに返事が届くと、早速文面を確認する。文章を読んだミカゲは、やはり喰い付いたか―――――。とニヤリと笑うと、不思議そうにしている二人に話した。

「あのさ、今からすっごく変な事起きるけど、あんま気にしないで。てか、気にしたら負けだから。それと、お菓子とバームクーヘンは、袋に仕舞ってよ。向こう行って食べるから。」

「はぁ?向こうって、どっか移動すんのかよ?この糞暑い中。」

 文句を垂れながら聞いて来る東志に、ミカゲは「いやいや。」と、笑顔で答える。

「逆に涼しい所にすぐ移動するだけだよ。あぁ!それから絶対に、花火には言わないでよね。あいつやたらと、変な体験したがってるから。」

「花火にはぁ?って~私等どんな変な体験するのぉ?」

 今度は松里が不思議そうに聞いて来ると、ミカゲは何て言えばいいのか少し悩みつつも、簡単に説明をした。

「う~ん・・・。まぁ、一言で言ったら、長野の山ん中に、テレポートするのかな。そこにモンハン好きの、鬼姫様が居るから。」

「はぁ?益々意味分かんねーし。」

 更に不可解そうな顔をする東志だったが、松里は少し考えると、ふと昔の事を思い出す。

「それってあれかい?最近は全然言わなくなったけど、昔よく言ってた、何とかさんって人覚えてないのかぁ~って言う、そっち系と関係有るとか?」

 鋭い事を言う松里に、ミカゲは少し驚きながらも、大きく頷いた。

「あぁ~!だったらあんま気にしない様にするよぉ~!訳分かんないだけだしねぇ~。」

 ヘラヘラと呑気な笑顔で言って来る松里に、ミカゲはホッと安堵すると、未だ不可解そうな顔をしている東志にも、「気楽にね、気楽に考えて。」と軽い口調で言う。

 まだよくは分からなかったが、仕方なく東志も頷くと、二人して床に広げたお菓子を袋の中へと戻し始める。

 一応、と思い、ミカゲは電話を掛けると、松里と東志の事を、少しだけ話しておこうと思った。

「あぁ、俺だけど。いや・・・初電話とかどうでもいいから。それより今から行くけど、来るのは変態の雄一匹と、頭スポンジの雌一匹ね。記憶覗いた時に居たでしょ?そう、背が小さいのじゃ無い方。」

 「変たっ!」「頭スポンジっ?」サラリと酷い自己紹介をするミカゲに、お菓子を袋の中に詰めていた二人の手は、驚いて思わず止まってしまう。「テメェー!ぶっ殺す!」後ろで騒がしくギャーギャーと騒いでいる東志の事は、やはり無視し、ミカゲはマンションの住所を言うと、すぐに迎えに来る様に言い、電話を切った。

「じゃあ、二人共荷物纏めて!さっさと行くよ。」

 パンパンッと手を叩き、二人を急かすと、東志が何か文句を言いたげだが気にしない事にし、着替えを袋の中から出した松里に、着替えも袋の中に戻す様言った。

「全部持ってくのぉ~?重いよぉ~!」

「直で帰りたいでしょ?それに自分で持って来たんじゃん。」

 仕方なく松里は、着替えも全部大袋に詰め直すと、全員が出掛ける準備をし終える。

 三人は家の中から出ると、マンションの目の前に聳え立つ、小さな森が目に入り、松里と東志は二人揃って首を傾げた。「あんなもん在ったっけ?」「さぁ~?」二人して不思議そうに話していると、ミカゲはさっさとエレベーターへと向かって行ってしまう。

 慌てて二人もミカゲの後に続き、森の入口まで行くと、目の前に見える石の看板の文字を、ポッカリと口を開けて見つめた。

「戸隠山?っておい、これって前にミカゲが俺に聞いて来た、森の事か?」

 以前電話でミカゲに聞かれた事を思い出し、尋ねてみると、ミカゲは「そうだよ。」と、軽く返事をした。

「なして戸隠山?」

 不可解そうな顔で首を傾げる松里に、「戸隠山だから。」と、ミカゲは余り説明になってない説明を言うと、中へと入り階段を上り始める。

 松里と東志も階段を上り始めると、中の高い杉の木々に、ポッカリと口を開け驚いてしまう。奥へと進めば進むほど、辺りは正に森の中になり、やがて湧き水の場所まで辿り着くと、「おぉ!」と二人は嬉しそうな声を上げた。

「スゲェー!天然水じゃんかよっ!ミカゲん家の近くに、こんな場所在ったんだなー!」

 ハシャギながら水を飲む東志に、「いや無いから。」と、ミカゲは冷めた口調で言う。

「お~!冷たいっ!そして美味いっ!いいなぁ~こんな近場に戸隠山が在ってぇ~!」

 楽しそうに水を飲む松里に、「いやだから無いって。」と、ミカゲは更に冷めた口調でいう。

 全く何の疑問も持たない二人に、ミカゲは呆れながらも、下手に取り乱されて騒がれるよりはいいかと、少し安心をした。

 しかし、問題は紅葉に会ってからだ。角の生えた鬼の紅葉に会い、二人がどう言う反応をするのか、少し楽しみでは有ったが、不安だった。紅葉の仕組みについては、面倒だったので話してはいない。紅葉の方には、一匹変態が居るから、一応ネグリジェ以外のちゃんとした服を着ておく様に言っておいたが、仕事着の赤い着物を着て現れたら、流石に二人も腰を抜かしそうだ。特に東志が。

 何だが二人の反応が益々楽しみになって来たミカゲは、先に進もうと二人に言うと、洞窟までやって来た。

 洞窟前の祠を見て、早速腰が引けている東志の姿に、ミカゲは可笑しそうにお腹を抱え、クククッと必死に笑い声を押し殺す。先程まで楽しそうにハシャイデいた東志の顔は、微かに青褪めてしまっている。対する松里は、相変わらず楽しそうに、大自然を満喫している様子だ。

「この中だから。」

 そう言って、ミカゲは祠の横を通って行くと、「ちょっちょっちょっと待てっ!」と、慌てて東志が止めた。

「おいっ!罰当たったりしねーのか?祠建ってんぞっ!」

「大丈夫だよ。祠の主が、この先に居るから。」

 爽やかな笑顔で言うと、東志の顔は、益々青白くなってしまう。「祠の主っ?」松里は嬉しそうな顔をさせると、東志の腕を無理やり引っ張り、「早く行こぉ~!主見て見たぁ~い!」とハシャギ始めた。

 松里に無理やり引き摺られ、東志は祠の横を通って行くと、両手を合わせブツブツと何かを言っていた。だがそこは気にしない事にし、どんどんと洞窟の奥へと進んで行くと、灯りが見えて来る。やがて紅葉の部屋まで到着をすると、洞窟の中に突如現れた近代文明に、松里の目はキラキラと輝く。

「何何ぃ~?洞窟の中に近代文明って、凄く違和感バリバリで興奮するんだけどっ!ミスマッチ感がたまらなく中枢神経に刺激されるっ!」

 興奮気味に松里が叫ぶと、それまで顔を青白くさせていた東志も、このミスマッチ感には、流石に拍子抜けしてしまい我に変える。

「何だぁ?誰の部屋だよ?このスウィーツ(笑)臭ムンムンの部屋は。」

「わしの部屋じゃ。文句有るか。」

 「うわあぁっ!」突然東志のすぐ後ろから、恨めしそうな紅葉の低い声が聞こえ、東志は驚き心臓が飛び上がると、その場に腰を抜かしてしまう。

「あ、紅葉。見当らないと思ってたら、どこに居たんだよ?」

 ミカゲは紅葉の姿に気が付くと、顔をムスッとさせ、ご機嫌斜めの様子の紅葉に尋ねた。

「新入りを脅かしてやろうと、隠れておったのじゃ。が!わしの部屋をスウィーツ(笑)臭等と言うとは、聞き捨てならぬ!」

「新入りを脅かすって・・・どこの体育会系サークルだよ。そして何故スウィーツ(笑)の意味を知っている。」

 白けた顔をさせて言うも、紅葉がちゃんと、仕事着の着物を着ている事に気付き、少し感心をした。

「あ、偉いじゃん。ちゃんと仕事着着てる。」

「当然じゃ。第一印象が大事じゃからな。」

 「第一印象って・・・。」ミカゲが苦笑いをしていると、近くに居た松里が、嬉しそうな顔をさせながら、紅葉のすぐ側まで興奮したまま寄って来た。

「何何ぃ~?この子が噂の鬼姫様ぁ~?すっごいぉ~い!純和っ!だよ!着物だよっ!おまけに超~美人さんだよっ!花火と並べて雛段作りたい~!」

 松里は紅葉の着物や髪を、ベタベタと触り始めると、頭に生えた角を見付け、物珍しそうにマジマジと見る。

「すごっ!髪超~サラサラっ!何っ?これ角?マジで生えてんのこれっ?凄いよ本当に生えちゃってるよぉ~!生えてるけど凄い美白の方が気になるぅ~!先生、そこの所は如何でしょう?どの様なエステシャン技術で?」

 全く驚く様子が無い所か、喜ぶ松里に、紅葉は「触るな寄るな!」と、鬱陶しそうに逃げ回り始めた。

 「何が第一印象だ。」ミカゲは呆れながらにその様子を見つめていると、腰を抜かしていた東志が、顔を真っ青にさせながら叫んだ。

「ほっほっほッ本物の鬼か?そうなのかっ?俺を食うなっ!食うならこの菓子を食えええぇぇーっ!」

 期待通りに東志はビビっているが、余りに間抜けな姿過ぎて、逆に笑えない。

 このままでは収拾が付かなさそうだったので、ミカゲはパンパンッと、強く手を叩くと、手を挙げながら大声で叫んだ。

「狩りに行く人挙手―!」

 「はーいっ!」一同一斉に大声で返事をして手を挙げると、一瞬で騒動はピタリと止まる。よし、とミカゲは頷くと、「じゃ、さっさと用意。」と、部屋に上がる様に指示をした。

 ようやく落ち着きを取り戻し、全員が紅葉の部屋へと上がると、それぞれに持ち寄ったお菓子を、自己紹介をしながらテーブルの上に差し出した。

「はいこれぇ~。クラブハリエのバームクーヘン。花火の分も取っといてね。あ、私五十嵐松里。さっきはごめんねぇ~。興奮しまくっちゃってたからっ!」

 小っ恥ずかしそうに笑いながら、松里はバームクーヘンの箱を開けると、紅葉の目はキラキラと輝いた。

「おぉ!これは良い品じゃのう!主は良い奴じゃ!」

「あれ?和菓子派じゃなかったっけ?バームクーヘンは有りなの?」

 透かさずミカゲが突っ込みを入れると、「有りじゃっ!」と、紅葉は力強く頷く。

「あー俺は日下部東志。俺はスナック菓子ばっかだけど、適当に皆で食えよ。俺は食うなよ!俺はっ!」

 しつこい位に言うと、紅葉は袋の中を漁りながら、「誰か食うか!わしは美食家じゃぞ!」と怒る。ミカゲも持って来た千なりを、「土産。」と紅葉に渡すと、紅葉は嬉しそうに受け取った。

「で、これが言ってた鬼姫様の、紅葉ね。近代社会に適合してるから、気にしないでイジっていいよ。」

 最後にミカゲが、松里と東志の二人に紅葉を紹介すると、紅葉は不満そうな目でミカゲを見つめた。「何?」とミカゲが尋ねると、「紹介が気に喰わぬ。」と、頬を膨らませて言う。

 ならば自分で自己紹介をしろと言うと、紅葉は立ち上がり、自身に満ちた表情と声で、自ら自己紹介をし始めた。

「我が名は紅葉。誰もが名を聞いただけで身を震い上がらせ、一度目にしたならば忘れられぬ程美しき、鬼姫・・・って聞かぬかっ!ちゃんと人の話しを聞けいっ!」

 紅葉の話し等誰一人全く聞いておらず、松里は勝手にキッチンからお皿とナイフと取り出し、バームクーヘンを切り分けている。東志は勝手にPSPの充電器をコンセントに挿し、充電をし始め、ミカゲは手慣れた様子でお茶の用意をしていた。

「貴様等勝手に人の部屋を漁るなっ!親を呼べっ!躾けがなっとらんぞっ!」

「まぁまぁ、勝手知ったる人の家って言うじゃん。もう打ち解けた証拠だよ。紅葉も早く座って、PSPの準備。」

 ミカゲは紅葉の着物の裾を引っ張り、隣に座らせると、「おぉ、そうじゃな。」と、紅葉も自分のPSPを取り出した。嬉しそうにPSPの電源を入れるも、何かが違う様な気がし、慌てて叫ぶ。

「違うじゃろうに!何故初対面の奴が、勝手に人様の電気断りも無く使っておるのじゃ!主婦の戦場に、余所の女が土足で踏み行っておるのじゃ!最近の子は礼儀がなっとらんぞっ!」

「いや、電気代紅葉が払ってる訳じゃねーし。ってか、充電無いとプレイ出来ないよ?」

「まっ、まぁそうじゃが・・・。一応断りと言う物をじゃなぁ・・・。」

 ブツブツと言っていると、バームクーヘンが乗ったお皿を、「はいっ。」と、松里が差し出して来た。

「紅葉ちゃんの分ねぇ~。お代わりまだ有るから、どしどし食べちゃってよっ!」

「おぉ!これは美味そうじゃ!」

 紅葉は一気に上機嫌に変わると、嬉しそうにバームクーヘンを食べ始め、先程の怒り等すっかり忘れてしまう。「結局食いもんに負けやがって・・・。」ミカゲは呆れながらも、まぁ紅葉の怒りが治まったのならば良しとし、早速四人でモンハンをやり始める事にした。

「いやぁ~。しかしここは涼しくて快適だねぇ~。冷房要らずだしっ!」

「確かになー。鬼っつっても、角生えてるだけだし、冷静になりゃどうって事ねーな。」

 すっかりその場に馴染み、寛いでプレイをする二人。

 流石適応力の早い馬鹿二人だ―――――。とミカゲは感心をすると、この二人をチョイスして良かったと、改めて思った。

「ホヨッ!松里よ、回復弾を打ってくれぬか。死にそうじゃ。」

「了解~ッス!」

「東志よ、もっと攻撃せぬかっ!」

「っせーなっ!ガードで忙しいんだよっ!」

 そしてすっかり他の二人とも溶け込んでいる紅葉に、やはり腑抜けな鬼だ、と改めて実感をしてしまう。

 それぞれに持ち寄ったお菓子もすっかり無くなり、長い時間プレイをして遊んでいると、ミカゲはハッと気が付き、慌てて携帯の時計で、時間を見た。時間は既に、夜八時を過ぎている。ゲームに夢中になり、すっかり夕食時も過ぎてしまい、ミカゲはそろそろ解散しようと皆に言った。

 松里と東志も、携帯で時間を確認すると、それもそうだと賛同をする。「もう帰るのか?」残念そうな顔をする紅葉に、「また遊びに来るよぉ~!」と、松里は笑顔で言った。

「じゃあ、東志と五十嵐さんを先に、家まで送ってよ。」

「了承した。わしも見送りをするぞ。」

 四人で洞窟を出ると、まだ明るい外に、松里と東志は不思議そうな顔をするも、適当にミカゲから説明を受けると、何となく納得をする。そのまま森の出入口付近まで行くと、始めに東志の家の前へと出口を移させた。

「マジでこれで、俺ん家の前に出んのか?」

 不安そうに聞くも、ミカゲは自身満々な顔をして、「出るんだって。」と答える。

「よく分かんねーけど。じゃあな。」

「うむ。また遊びに来るがよい。」

 「じゃぁね~!」皆に手を振られ、東志は階段を下り出口を出ると、「おぉー!何じゃこりゃー!」と、東志の驚きの雄叫びの声が聞こえて来た。

 ミカゲは可笑しそうにクスクスと笑うと、「じゃ、次五十嵐さん家ね。」と、今度は松里の家の前へと出口を移す。

「そんじゃ~私も帰りますかねぇ~。楽しかったよぉ~!ありがとね。」

「うむ。すまなかったのう。バームクーヘン、全部食べてしもうて。」

「いいっていいってぇ~。まだ半分家の冷蔵庫に居るしっ!」

 松里は親指を上に立て、力強く翳すと、「また来るねん!」と言い、階段を下りて行く。森から出ると、「お~!すっげぇ~!っつか真っ暗っ!」と、やはり驚きの声が聞こえて来た。

「さてと、俺も帰るかな。」

 ミカゲも帰ろうとすると、紅葉は恥ずかしそうに、体をモジモジとさせ始め、少し俯きながらに言って来た。

「のう、ミカゲよ。その・・・ありがとうな。モンハン仲間を、沢山連れて来てくれて。とても楽しかったぞ。少しだが感謝をしてやるぞよ。」

 急にお礼を言われ、ミカゲは照れ臭くなってしまい、ポリポリと頭を掻き毟ると、紅葉から視線を逸らして言った。

「いや、昨日約束忘れちゃったし・・・。そのお詫びって言うか・・・。ああっ!それより、ごめん。そう言えば、あの部屋の事は、秘密にする約束だったっけ。また約束破っちゃったな。」

「構わぬ!あの二人ならば、いつでも歓迎するぞ。なんせ・・・モンハン仲間じゃからな。スナック菓子も中々イケたしのう。」

 二人して恥ずかしそうに顔を俯けていると、妙な沈黙が訪れてしまう。その間を誤魔化す様に、ミカゲは「そう言えば!」と、突然口を開く。

「そう言えば、ここまでなら来れるんだな。あぁ!水溜め場まで来れるなら、来られるのか。」

「あぁ、そうじゃな。だが・・・。」

 言い掛けている途中、紅葉は出口の方を見つめると、寂しそうな表情を浮かべた。

「ここから先へは、行けぬ。後一歩を踏み出す事が、許されぬのじゃ。」

「そう・・・なんだ。」

 紅葉の寂しそうな表情を目にすると、ミカゲまでもが寂しくなり、胸が締め付けられてしまう。「ここから出られるとしたら。」と言う話をした時の事を思い出すと、どこかに在るかもしれない、紅葉の体の事を考えた。

「ねぇ、紅葉。紅葉はさ、心当たりとか・・・そう言うの無い訳?」

 恐る恐る体について、聞いてみようとするが、中々ハッキリと、『体』と言う単語が口に出せない。何の話だかよく分からず、首を傾げている紅葉に、ミカゲはもどかしそうに頭を掻き毟ると、紅葉に背を背けて言った。

「そのっ、だからさ。かっ・・・体だよ。どっかに在るかもしれないって言う、紅葉が入れる体・・・。」

 「体・・・。」ミカゲに言われ、紅葉は一瞬考えてから、ゆっくりと話し始める。

「印が・・・。印が有ると言われておる。それぞれの持つ鬼蝶の、印を持ってして産まれて来ると・・・。」

「印?それぞれの鬼蝶って、鬼蝶はあの黒い蝶だけじゃないの?」

 ミカゲはそっと振り返ると、紅葉はゆっくりと頷き、掌の中から、額から出した時と同じ様に、黒い蝶を出した。黒い蝶はヒラヒラと羽を揺らし、紅葉の掌の上で舞う。

「わしが有する鬼蝶は、黒き蝶じゃ。そしてこの森に住む鬼蝶は、青き蝶。強き鬼が個々に持つ鬼蝶は、それぞれ色も形も能力も異なる。この森に居る青き鬼蝶は、嘗ては名の有る鬼が持つ鬼蝶じゃった。だが魂が消え去り、主を失い、この森にわしと共にさ迷っておるのじゃ。」

 紅葉は掌の上でヒラヒラと舞う蝶を、再び体内へと戻すと、そっと目を伏せた。

「わしが知っておる事は、それだけじゃ。」

 「印・・・。」ミカゲは紅葉の方へと体を向け直すと、微かに真剣な眼差をしながら、紅葉へと言う。

「探してみない?・・・体。印が有るなら、きっとそれが手掛かりになるよ。確かに見付かる可能性は、まだ低いかもしれないけど、東志と五十嵐さんにも頼んで、皆で探せば見付かるかもよ。もし体が見付かったら、そしたら紅葉、ここから出られるんでしょ?」

「そうじゃが・・・。だが・・・。」

 ミカゲの言葉に、戸惑う紅葉だったが、ミカゲはそんな紅葉の姿にも気付かず、嬉しそうな顔をして更に言った。

「それぞれの鬼蝶が印って事はさ、きっと魂と体が、ちゃんと引かれ合う様になってるんだよ。だから紅葉も、鬼蝶を使って探す事が出来るかもよ。皆で探して、体が見付かったら、どこへでも好きな所に行けるよ。」

「だが・・・ミカゲよ・・・。」

「そしたらさ、ディズニーにだって皆で行けるし。お取り寄せばっかしないでも、現地に行って食べたり出来るし。もしかしたら、紅葉の―――――。」

「だがミカゲよ!」

 ミカゲの言葉を途中遮り、紅葉は大声で叫ぶと、ミカゲは驚き、思わず口を閉ざした。その後紅葉は、悲しげな笑顔を浮かべると、静かな声で言う。

「だが、ミカゲよ。もし体が見付かったとしても、わしはやはり、ここに留まるじゃろう。それに・・・残念だが印は印じゃ。引かれ合う事等無い。鬼蝶を使い探し出す事が出来るのならば、今頃は体の中じゃ。印は、目印にしか過ぎぬのじゃよ。」

 ミカゲはそっと顔を俯けると、無意識に眉間にはシワが寄り、険しい顔になる。

「それって・・・やっぱり経若丸を待つ為?いつ来るのかも分からない・・・。」

 「主は知って・・・。」ミカゲの言葉に、紅葉は少し驚いた表情をすると、ミカゲは怒鳴る様な声で叫んだ。

「スッカラカンのスッポンポンになってるのは、紅葉じゃないか!死人を想い続けてるのは、紅葉じゃないかっ!体が見付かったら、自分から探しに行けばいいじゃんかよ!」

 ミカゲはギュッと強く拳を握り込むと、力強い目付きで、紅葉の顔を見つめた。

 心の中に隠していた気持ちが、無意識に溢れ出て来る。言葉に出来ないもどかしい気持ちが気持ち悪く、これ以上は隠しきれない。

「もし先に・・・。体が見付かるのよりも先に、経若丸が会いに来たら、紅葉はどうすんの?皆の記憶を消して、成仏しちゃう訳?」

 紅葉は一瞬ミカゲから視線を逸らすと、そっと小さく頷いた。

「そうするじゃろうな。我が子、経若丸に託した鬼蝶も、共に消し去り。」

「そんなの勝手だっ!」

 ミカゲは大声で叫ぶと、そのまま紅葉の両肩を、勢いよく掴んだ。

「そんなの、全部紅葉の勝手な気持ちじゃないか。経若丸にもう一度会いたいから、勝手に記憶残して、それで会ったら勝手に記憶消して。俺とも遊ぶだけ遊んで、勝手に記憶消して成仏する訳!残される奴の気持ちは無視して、無かった事にすんの?」

「わしは・・・。わしは残される者の気持ちを考え、記憶は全て消えるべきだと―――――。」

「そんなの違うよっ!」

 ミカゲは紅葉の言葉を遮り叫ぶと、掴んだ紅葉の肩を、ギュッと更に強く掴み、顔を俯けた。

「俺は忘れたくない。俺だけじゃない。きっと東志も、五十嵐さんも、銀治さんだって。紅葉の事を忘れたくないよ。自分で言ってたじゃないか。消してしまうと言う事は、想い自体も消えてしまう事だって。そう言う人達の想い事、紅葉は消しちゃうの?」

 紅葉はそっと、肩からミカゲの手を退けると、寂しげな笑顔を浮かべながら、優しい口調で静かに言った。

「忘れてしまえば、その様な想いすら感じなくなる。その方が心は軽くなるのじゃよ。」

「そんなの違うよ。」

 ミカゲは又紅葉に背を向けると、暗く沈んだ声で言う。

「やっぱり紅葉は自分勝手だ。自分の子供の気持ちだって、考えて無い。俺、今なら藍川さんが、俺が苦しむかもしれないって分かってでも、記憶を残した気持ち、よく分かるよ。」

 そのまま階段を下りて行くと、後ろを振り返る事無く、「俺一人でも、勝手に体探すから。」と言い残し、出口から出て行ってしまった。

 紅葉は無言で佇みながら、ミカゲが去って行く後ろ姿を見つめると、そっと目を伏せた。いつの間にか、頬には涙が伝っている事に気が付く。無意識に溢れ出て来る涙に、紅葉はそっと両手で顔を覆うと、その場に崩れる様に座り込んだ。

「この母の想い、身勝手じゃろうか・・・経若丸よ・・・。主の母は、間違っておるのじゃろうか・・・。」

 一つ、二つと涙が地面に零れ落ちると、紅葉は声を出す事無く、静かに泣き続けた。


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