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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~黒き蝶~
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紅葉の祈願

 ミカゲは銀治と共に洞窟内を歩き始めると、始めて現代の岩場へと出る道を進む。その道は進むに連れ真っ暗になり、完全な暗闇へと変わると、銀治はポケットの中から小さい懐中電灯を取り出し、灯りを付け、ミカゲの足元を照らした。

「足元に気を付けて下さいね。私は慣れていますが、結構デコボコとしているので。」

「あぁ、はい。」

 現代の岩場へと続く道は、思ったよりも先が長く、古来の岩場からに比べ、大分紅葉の部屋から、出口までが遠く感じる。紅葉の部屋を中心に、と言っていたが、距離の差がかなり有る様な気がした。

「あの、紅葉の部屋からこんなに遠いんですか?逆方向からだと、もっとすぐの様な気がしたんですが。」

「あぁ。こちら側は、向こう側に比べて洞窟内が真っ暗なので、遠く感じてしまうのですよ。進む速度も遅くなってしまいますしね。向こう側は、大分明るいでしょう?」

「あぁ、確かに。それでか。」

 納得をする様に頷くと、そう言えばまだ、ちゃんと自己紹介をしていなかった事に気が付く。今更とも思ったが、郵便物を届ける事が仕事ならば、又会うだろと思い、ここはやはり、ちゃんと挨拶をすべきだと思った。

「あの、自己紹介が遅れましたが、俺九条ミカゲと言います。銀治さんは、紅葉に荷物を届け続けて長いんですか?」

「あぁ、そう言えば、お互いにまだでしたね。私は片瀬銀治と申します。まぁ、紅葉様への宅配は、かなり長いですかねぇ。紅葉様がネットショッピングをやり始めた時から、ずっとですよ。」

 「はぁ・・・。」紅葉がネットショッピングをやり始めた時期が、いつ頃かは知らないが、それ以来ずっと宅配担当をしている様だ。一体洞窟探検隊の隊員達の役割は、他にどんな腐った物が有るのか気になったが、その前に、銀治の『紅葉様』と言う、呼び名の方が気になった。

「あのぅ・・・こんな事言ったら失礼かもしれませんが、どうしてそこまで紅葉を敬っているんですか?様まで付けて。一応悪名高き鬼だったのに。」

 直球に聞いて来るミカゲに、銀治は可笑しそうに笑うと、髪の無い頭を掻きながら話した。

「悪名高きですか。そうですね、確かにそう言われています。ですが、一節ではこの辺りの村人達からは、愛されていたとも言われています。その名残ですかねぇ。」

「愛されて?」

「はははっ。まぁ、実際の所は大人の事情ですよ。古来の戸隠山を調べる事が、出来ますからね。」

 銀治のその言葉を聞き、ミカゲはやはりかと、改めて納得をする。

 「あぁ、もう出口ですよ。」気が付くと、先の方から光が見えて来た。出口に近づくに連れ、光は強く射し込み、眩しさから手を目元に翳す。「眩しい・・・。」目を細めながら洞窟を出ると、その光は夕日の光で、いつの間にか外は、真っ赤な夕日が昇る夕方になっていた。

「あれ、もうこんなに時間が経ってたんだ。」

「あぁ、向こう側の岩屋は日が沈みませんので。余り長く居座ると、少々時間感覚が狂ってしまうのですよ。」

 銀治から説明を受け、始めて知ると、これからは時間に気を付けなくてはと思ってしまう。うっかり日付を飛び越えでもしたら、休み中の今はまだいいが、学校が始まってからは大変だ。

 現代の岩屋へと出たミカゲ達は、祠の立っていない洞穴の方から出て来ると、柵をそっと退ける。周りはやはり沢山の木々に覆われ、反対側は斜面も急だ。正に山の中だが、説明書きの看板を見てしまうと、観光地なのだと実感が湧いてしまう。

 すぐ近くの階段を下りて行くと、細い道に出たが、やはり石の看板は立っていない。改めて別の場所なのだと確信する。

「それでは、一山越えますが、行きましょう。」

 銀治がサラリと重大な言葉を普通に言うと、ミカゲは「え!」と、驚き耳を疑った。

「一山越えるって?」

「戸隠山は広いですので。神社までは、一山越えますよ。」

 ミカゲは苦笑いをすると、「時間も時間だし・・・。」と、さり気なく断り、日を改めて神社へは行く事にした。「でしたら。」と、銀治は近場に有る、穴場の一つの場所まで案内をしてくれる事に。銀治に連れられ、並木道を進んで行くと、どこからか水の流れる音が聞こえて来た。

 「水の音だ。」ミカゲは嬉しそうに下って行くと、そこには湧き水が出ていた。

「あれ?この湧き水って・・・。」

 首を傾げているミカゲの後ろから、「これは『紅葉の化粧水』ですよ。」と、銀治が説明をする。

「紅葉の・・・あぁ、聞いた事有ります。もしかしてこの湧き水って・・・。」

「えぇ、古来の方では、石で積まれた水溜め場が有る場所です。こうやって見比べると、面白いでしょう。」

 確かに銀治の言う通り、古来と現代の場所を見比べると、その変化がよく分かり、中々面白い。味はどうだろうと、そっと飲んでみると、心成しか昔の方が美味しい。

「何か味微妙に違いますね。」

 水に濡れた手をシャツの裾で拭きながら言うと、銀治は可笑しそうに「そうでしょう。」と、笑いながら言った。

「私も味比べをしましたが、はやり昔の方が美味しかったですよ。」

 「やっぱり?」ミカゲは嬉しそうに笑うと、銀治もニッコリと微笑み頷く。二人して可笑しそうにクスクスと笑っていると、同じ様に紅葉の存在を知っている者だからか、ふと、心に隠した疑問が、再び頭の中を過った。

 「あの・・・。」紅葉と付き合いの長い銀治ならば、分かるかも知れないと、ミカゲはそっと口を開く。

「銀治さんも、霊と魂の違いの話しって、聞きましたか?」

 銀治はピタリと笑うのを止めると、少し感心をした様子で言う。

「えぇ、聞きましたよ。若い人が興味を持つとは、良い事ですねぇ。」

 ミカゲは照れ臭そうに頭を掻くと、少し言い難そうにしながらも、銀治に尋ねた。

「その・・・もし紅葉が成仏したら、やっぱり皆の記憶って消えちゃうんですよね。銀治さんは、やっぱり覚えていたいですか?その・・・。」

 銀治はミカゲの言わんとする事を悟ると、爽やかな笑顔を浮かべながら、そっと夕焼け空を見上げた。

「そうですね。私はやはり覚えていたいですが、紅葉様はそれを望まないでしょう。」

「どうして・・・ですか?」

 銀治はゆっくりとミカゲの方を向くと、寂しげな表情を浮かべるミカゲに、優しく微笑み掛ける。

「何故紅葉様が、あの場に留まり続けているのか、ご存じですか?」

 今度は銀治の方が問い掛けると、ミカゲは小さく首を横に振った。

「紅葉様は、待ち続けているのですよ。愛する我が子、経若丸様が会いに来られるのを。」

「会いに来るのを?」

「はい。ですから、一人想い、待ち続ける寂しさを知っているからこそ、全ての者から記憶を消してしまうでしょう。と言いましても、当人の紅葉様は、余りに長い事待ち続けているせいで、忘れてしまっているかもしれませんが。自身の祈願を。」

「紅葉の祈願・・・。じゃあ、紅葉の祈願は子供に会う事で、それが叶ったら、成仏しちゃうって事ですか?」

 銀治は小さく頷くと、優しい笑みを浮かべた。

 しかし、これだけ長い間待ち続けても会えないのだから、もう叶わないのではと思ってしまう。それと同時に、分からない事が二つ有った。

「でも、経若丸って確か子孫残していませんよね?会いに来るって、どうやって・・・。やっぱりまだ魂がさ迷っているとか?」

「ミカゲ君は、鬼蝶を知っていますか?」

 銀治の『鬼蝶』と言う言葉を聞き、大きく頷くと、紅葉の言っていた言葉を思い出す。確か鬼蝶は、記憶と記憶、夢と夢、意思と意思を紡いでくれるのだと言っていた。

「あの黒い蝶が、会わせてくれるとかですか?」

「ほう、鬼蝶を見た事が有るとは、羨ましい。」

 銀治は羨ましそうな顔でミカゲを見つめると、ミカゲは銀治にジロジロと顔を見られ、恥ずかしくなって来てしまう。思わずそっと銀治から視線を逸らすと、「あの・・・。」と、困った表情を浮かべた。

「あぁ、これは失礼!ミカゲ君も、持っているのかと思ってしまい。」

「持ってませんよ。持ってたら、毟り取る気だったんですか?」

 不貞腐れた顔をして言うと、「失礼、失礼。」と銀治は頭を掻き、申し訳なさそうな顔をして謝る。

「知っていますか?鬼蝶を持って生まれ変われば、生まれ変わる前の記憶を持つ事が出来ると言う事を。」

「生まれ変わる前の?じゃあ、会いに来るのは経若丸の、生まれ変わりって事ですか?」

 銀治は小さく頷くと、淡々と話し始める。

「経若丸様は鬼の子ですが、鬼では無く、人間でした。ですので、その魂はすぐに命が尽きてしまいます。だから紅葉様は、経若丸様に眠らせた鬼蝶を持たせました。経若丸様の記憶と意思を閉じ込めた鬼蝶を。幾度と生まれ変わり、いつの日か鬼蝶が目を覚まし、経若丸様の記憶と意思を、その体に紡いでくれると信じ。しかし鬼蝶が、いつ目覚めるのかまでは分かりません。だから紅葉様は、待つしかなかったのですよ。鬼蝶が目覚め、紡いでくれる時を。」

「だからずっと、あの場所に留まり続けて・・・。でも、紅葉が持っている鬼蝶が、紡いでくれないんですか?」

「残念ながら、眠っている鬼蝶には・・・。夢の中では、会えているのかもしれませんが。」

 「そうですか・・・。」ミカゲは顔を俯けると、紅葉は待つ事しか出来ず、もどかしい気持ちなのだろうと思ってしまう。そう思うと、ネットゲームばかりをやっているのも、気を紛らわす為なのかもしれない。

「しかし、紅葉様は鬼ですので、少し異なります。」

 「異なる?」そっと顔を上げると、どう言う意味か銀治に尋ねる。すると銀治は、説明し始めた。

「鬼で有る紅葉様は、生まれ変わる事は出来ません。その代わり、紅葉様の魂が入る為に、特別な体を持って、産まれて来る者が居ます。それはいつの時代にも。」

「体!」

 もう一つの疑問、紅葉の体と言う言葉に、ミカゲは過敏に反応を示した。魂さえ残っていれば、後に体に入り復活する事が出来ると言っていた紅葉。その意味がよく分からなかったが、ここに来て謎が解ける。

「そう言えば、体さえ有ればって紅葉言ってたけど、有るんですか?体!」

 「えぇ、有りますよ。」軽く言って来る銀治に、ミカゲは何だか拍子抜けをしてしまう。

「あの、有るなら何でさっさと入んないんですか?」

 すると銀治は、困った表情を浮かべ、溜息混じりに言った。

「それが、そう簡単には見付からないのですよ。紅葉様に限らず、どの鬼も、生まれ変わる事が出来ない代わりに、別の体へと魂を移すのですが・・・。何せ新しい体と言うのは、人間の体なので。沢山居る中から、自分の魂が適合する体を見付ける事は、宝くじ並みの倍率ですから。」

「人間の?って、じゃあ人間になっちゃうって事ですか?」

 驚いた顔をさせて聞くと、銀治は「いやいや。」と、軽く笑いながら言う。

「あくまで器に過ぎませんから。その辺のチンケな鬼は、入れませんし、妖力の強い鬼限定ですから、皆さんちゃんと鬼をやっていますよ。中には人間の生活が気に入って、そのまま人間生活を送っている鬼も居るみたいですがね。」

「鬼社会の事情が、どうもよく分からないんですけど・・・。」

 冷めた顔をして言うミカゲに、「私もですよ。」と、銀治は軽い口調で言いながら笑った。

「でも、紅葉の体がどこかに有るって事は、それが見付かれば、紅葉は経若丸の生まれ変わりと、過ごす事も出来るって事ですよね。」

 少し嬉しそうにミカゲが言うと、銀治は「そうですね。」と、頷きながらも、遠い目をした。

「しかし、どちらが先になるのでしょう。経若丸様が会いに来る方が先か、紅葉様の体が見付かる方が先か・・・。」

 「あぁ・・・。」ミカゲは銀治の言葉を聞き、胸が少し締め付けられる痛みを感じた。

 もし経若丸の方が先に会いに来れば、紅葉の祈願は成就し、成仏をしてしまう。そうなれば、紅葉との記憶は全て消える。そう思うと、先に紅葉の体の方が、見付かって欲しいと、無意識に願ってしまった。

「おっといけない。話し込んでいたら、もう夕暮れ時ですね。夜道は危ないので、まだ明るい内に戻った方がいいですよ。」

「あぁ、そうですね。色々と話を聞かせてくれて、ありがとうございました。」

 ミカゲは軽く銀治に向かい頭を下げると、銀治もミカゲに、軽く会釈をした。

「帰り道は分かりますか?」

「はい、一本道だし。」

 銀治は手に持っていた懐中電灯をミカゲに渡すと、「必要だろうから。」と、持たせてくれた。

「銀治さんも、大変ですね。今から一山越えて、帰らないといけないなんて。」

 「いやいや。」と銀治は笑うと、「車で来ているので、平気ですよ。」と、ミカゲには衝撃的な事を言う。

「あの・・・何で車で来てるって、最初に言ってくれなかったんですか?」

「はい?当然の事なので、分かっている物と・・・。」

 不思議そうに首を傾げる銀治の顔を、ミカゲは恨めしそうに見つめた。

 不貞腐れた顔のまま、銀治と別れると、ミカゲはその辺の石を、乱暴に蹴飛ばしながら歩く。

「んだよっ!だったら一山越えるとか、紛らわしい事言うなよ!車で!を付けろよ!」

 ブツブツと一人文句を言いながら歩いて行くと、岩場へと到着をする。手に持った懐中電灯を点けると、周りに人が居ないかキョロキョロと見渡し、誰も居ない事を確認してから、洞穴の中へと入って行った。

 洞窟の中を歩いている途中、ミカゲは紅葉の鬼蝶が、自分の記憶の中へと入って来た時の事を、思い出す。紅葉には黙っていたが、一瞬だったが、ミカゲにも紅葉の昔の記憶が見えた。それは紅葉が、愛おしそうな顔をして、赤ん坊を抱いている光景だった。

 あの光景を見ると、紅葉が如何に経若丸を愛しているのかが、痛いほど分かる。それならば尚の事、体を先に見付け出した方がいい様に思えるが、きっと紅葉は、祈願が叶うので有れば、どんな形でもいいのだろう。そしてよくよく考えると、子持ちで三十三歳の歳上鬼に、一瞬でも胸がときめいてしまった自分を、不覚に思う。

「見た目に騙されるな。あれは鬼婆だ。」

 何度も自分に言い聞かせながら、紅葉の元へと戻ると、紅葉は「おぉ!やっと戻ったか!」と、嬉しそうな笑顔で出迎える。その無邪気な笑顔に、ミカゲの胸は、又もドキリと高鳴ってしまう。

 パンパンッと、強く両頬を叩くと、何故同じ位の年頃の姿をしているのだろうかと、恨めしそうな顔で見つめた。「何じゃ?」と不思議そうに首を傾げる紅葉に、「別に・・・。」と、暗く低い声で言うと、さっさと部屋の上へと上がる。

「これ、懐中電灯。銀治さんに借りたから、次銀治さんが来た時返しといて。」

 適当にテーブルの上に転がすと、靴を持って反対側へと回り、帰ろうとした。

 「何じゃ?もう帰るのか?」不満そうな顔で紅葉が言って来ると、「遅くなるから。」と、外は日が沈み掛けている事を話す。

「ならばほれ、土産を持って行け。」

 紅葉は届いた箱の中から、安倍川もちを数個取り出すと、ミカゲに差し出した。

 「だから地元で食べれるのに・・・。」ブツブツと言いながらも、ミカゲは安倍川もちを受け取ると、ういろうを入れていた袋の中へと入れる。

「そんじゃ、またメールするから。」

「承知した。今度こそ、PSPを忘れるでないぞ!」

「はいはい。」

 ミカゲは適当に返事をすると、そのまま古代の岩場の方へと歩き出し、紅葉の部屋を後にした。

 本当は話したい事や、聞きたい事が有ったが、やはり本人を目の前にすると、中々言い出せない。その日は逃げる様に紅葉と別れてしまったが、いつか紅葉に、ちゃんと聞いてみようと思った。

 洞窟を出ると、銀治の言っていた通り、古代の岩場の方は、まだ明るい。どうやら本当に、日は沈まない様だ。

 いつもの様に、森から自分のマンション前へと出ると、エレベーターに乗り六階へと向かう。エレベーターの扉が開き、角を曲がると、見覚えの有る光景を目にした。

 「花火。」ミカゲは自分の家のドアの前で、袋を持って突っ立っている花火に声を掛けると、「ミカゲ、お帰り。」と、花火はミカゲの方を振り向く。ミカゲは盛大に大きな溜息を吐くと、花火の元まで行き、呆れ返った顔をして言った。

「だから、何でドアの前で待ってんだよ。」

「おじさんとおばさん、まだ帰ってない。」

「だろうね。お前が突っ立ってんだから。」

 「で?何の用?」面倒臭そうに聞くと、花火は手に持っていた袋を、ミカゲに差し出した。

「千なり、ミカゲの分。」

「あぁ、ありがとう。五十嵐さんは、もう帰ったのか?」

 ミカゲは袋を受け取りながら聞くと、「帰った。」と、花火は小さく頷く。

「千なりなら、ポストにでも入れとけばいいだろ。」

「それと、DVD。」

 花火に言われ、東志に電話をする事を、すっかり忘れていた事に気付き、ミカゲは困った顔をしながら、頭を掻き毟った。

「あぁ~・・・そうだったっけ。」

 「忘れてた?」花火は恨めしそうな目でミカゲを見つめると、ミカゲはアタフタと慌て始めてしまう。このままでは花火が怒り出してしまいそうで、どうした物かと悩んでいると、ハッと手に持っている、安倍川もちの入った袋に気が付く。

「そうだっ!これ、花火にお土産。安倍川もち。今日絶対電話して言っとくから、これで手を打とう!」

 花火は安倍川もちの入った袋を受け取ると、「打った。」と小さく頷いた。花火の返事に、ミカゲはホッと、安堵する。

「それじゃーな。」

 ミカゲはドアの鍵を開けると、軽く花火に手を振り、家の中へと入って行く。花火も軽く手を振ると、そのままエレベーターへと向かい、自分の住んでいる八階の家へと帰って行った。

 家の中へと入ったミカゲは、自分の部屋へと行くと、すぐさま冷房を強風で入れる。一応窓は開けたまま出掛けたので、そこまで室内は煮だっていない。冷房が効いて来ると、窓を閉め、風量も自動へと切り替えた。

 ベッドに腰掛け、花火から貰った千なりを、早速袋の中から取り出し食べ始める。食べながら、ポケットの中から携帯を取り出すと、東志へと電話を掛けた。

 数回呼び出し音を鳴らすと、受話器からは、「「もしもし。」と、いつもよりワントーン低い東志の声が聞こえて来た。

「残念だけど、花火じゃないよ。」

 冷たい口調で言うと、少し恰好を付けた声を出していた東志の声は、いつもの馬鹿みたいな声へと戻る。

「「んだよ、テメェーかよ。何だよ?」

 受話器越しから東志の残念そうな声が聞こえると、ミカゲは可笑しそうに、クスクスと笑った。

「何期待してたの?」

「「うっせーよ!何の用だよ!ぶっ殺すぞ!」

 ミカゲは更に可笑しそうに笑うも、遊んでいる場合では無いと思い、早速用件を言う。

「いや、東志に貸した、幼女物エロアニメDVDの事なんだけど。もう出し終えた?次借りたいって奴が居てさ。」

「「だっ!見終えた?だろーが!ぶっ殺すぞ!誰だよ次借りたいって。あんま回すと、田沼に悪いだろーが。」

「いや、それが、花火が貸してって言って来てさ。悪いんだけど、明日にでも俺ん家まで持って来てくんない?いいよね?俺も東志ん家まで持ってったんだし。」

 当然の様な口振りで言うと、東志は「花火?」と驚きながらも、仕方なさそうに了承する。

「「ま、まぁ・・・いいけど。俺も持って来て貰ったしな。」

「言っとくけど、俺明日は一日中家に居るから、ポストに入れてもすぐ分かるよ。それと、親は普通に仕事だから居ないし。」

 透かさず同じ事をやり返されない様に言うも、意外な言葉を東志は言って来た。

「「そんな事しねーよ。ちゃんとインターホン押すよ。せっかくだから、ゲームでもしようぜ。夏休みももうすぐ終わっちまうしさ。」

 「あぁ、別にいいけど。」驚きながらも返事をすると、明日の昼頃来る約束をし、そのまま電話を切った。素直な東志に、何だか拍子抜けをしてしまうが、まぁいいと思い、もう一つ、千なりを食べようとする。

 ふと、せっかく紅葉からお土産として貰った安倍川もちを、花火への貢物にしてしまった事を思い出す。少し悪い様な気がし、手に持った千なりを袋の中に戻すと、今度行った時の、紅葉へのお土産にでもしようと思った。

「しかし花火の次は俺で、その次に、渡辺君に回るんだよな。あのDVD。果たして田沼君の手元に戻るのは、いつになる事やら・・・。」


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