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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~黒き蝶~
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悲しき想い

 「九条君。九条君!」遠くから、誰かに名前を呼ばれている。体を揺すられる感触がする。「九条君!」その声は、次第に大きくなる。とても柔らかく、懐かしい声だ。

「九条君ってば!」

 耳元で大きな声で名前を呼ばれ、ミカゲは目を覚ますと、慌てて飛び起きた。

「えっ?何っ?」

 驚いた顔をして、周りを見渡すと、目の前には腰に手を当てている、女子生徒の姿が見える。

「もうっ!やっと起きた。もうチャイム鳴っちゃったよ?」

 そっと視線を上へとやると、黒く長い髪をした、美夜子の顔が映る。その顔は、頬を膨らまし膨れっ面をしていた。

「あ、藍川さん。俺寝てた?」

「寝てた!」

 ミカゲは苦笑いをすると、困った様子で頭を掻き、教室の周りを見渡した。教室内には、ミカゲと美夜子以外は誰も居ない。

「あれ?皆は?」

「皆もう家庭科室に移動したよ。今日は調理自習だから、早目に移動する様に、言われてたでしょ?」

 呆れながらに美夜子が言うと、ミカゲは又も、苦笑いをしてしまう。

「ほらほらっ!いつまでも座ってないで、私達も行くよ!」

 美夜子に腕を引っ張られると、ミカゲは半ば無理やり席から立たされ、教室から連れ出されてしまう。ミカゲが「材料は?」と、慌てて聞くと、「お祭りコンビが持ってった。」と言いながら、美夜子はミカゲの腕を、グイグイと引っ張った。

 二人して廊下を走り、急いで家庭科室へと向かう。その途中、授業開始のチャイムの音が聞こえて来た。

「もうっ!九条君が全然起きなかったせいで、私まで遅刻!」

「悪い!」

 息を切らせながら、家庭科室へと到着をすると、そっと静かにドアを開けた。誰にも見付からない様に、姿勢を低くして室内へと入って行くと、又静かにドアを閉める。そのまま低くした姿勢を維持し、自分達のグループへと行くと、既に花火と松里、それに東志が準備に取り掛かっていた。

 二人がそっと東志の側へと寄ると、その姿に気付いた東志は、ムッとした顔で二人を睨み付ける。

「テメェー等やっと来たか!俺一人で、お祭りコンビの相手しなきゃなんねーかと思ってたぞ!」

 それまで姿勢を低くしていた二人は、そっと立ち上がると、お互いに顔を見合わせ、苦笑いをする。

「悪い東志。俺寝ちゃっててさ。」

「私は九条君起こしてた。」

 それぞれの言い分を言うと、東志からは大きな溜息が零れる。

「またテメェーは寝てたのかよ。藍川も、こんな奴に一々付き合う事ねーのに。」

 東志は手に持っていた菜箸で、ミカゲの顔を突っ突くと、ミカゲは鬱陶しそうに手で払い除けた。

 制服を着崩し着ている東志は、一見非行少年の様に見えるが、意外と真面目で遅刻も無く、欠席も無いが、態度だけは悪い。今まで声だけ出演だったが、ここに来てようやく姿を見せる事が出来た。

 二人の姿に、お祭りコンビも気が付くと、「遅いぞぉ~!」と、松里は大声で叫んだ。

「ちょっ!五十嵐さん、声デカイ!」

 慌ててミカゲは、人差し指を口元に翳し、静かにする様に示した。しかし時は既に遅く、教師に遅刻した事はちゃんとバレてしまい、二人して叱られてしまう。

「ミカゲ、馬鹿。夜更かしするから。」

 見下した態度で花火が言うと、ミカゲは恨めしそうな顔で、花火を睨み付けた。

「誰のせいで夜更かししたと思ってんだ。お前の宿題手伝ってたせいだろう。」

「花火は早寝した。」

 ミカゲの口元がピクリと引き攣ると、花火の頭を叩こうとした。透かさず美夜子がミカゲの腕を掴むと、「まぁまぁ。」と、ミカゲを落ち着け様とする。

「そこまで怒られなかったんだから、いいじゃん。それより、松里が何故か大根じゃなくて、さつま芋を下ろしてるんだけど、止めた方がいいんじゃない?」

 美夜子に言われ、松里の方を見て見ると、下し金を使い、確かにさつま芋を何故か下ろしていた。

 ミカゲは大きな溜息を吐くと、菜箸でそっと花火の髪を盗もうとしている東志に、「お前が止めろ。」と指示をする。

「はぁ?何で俺が。ミカゲが行けよ。俺は今忙しいんだよ。」

「何が忙しいだ変態。花火に教えるぞ。花火の髪の毛盗んで、ズリネタにしよ――――。」

「あああぁぁぁーっ!ぶっ殺す!分かったよ!止めりゃいいんだろっ!」

 東志は顔を真っ赤にしながら、慌しく松里の元へと行った。

「ったく・・・。何でこんな最悪なメンバーのグループになったんだ?大体高一にもなって、調理自習って・・・。」

 ミカゲはうんざりとしてしまうと、又自然に溜息が零れて来る。

「まぁいいじゃない。仲の良いメンバーばっかりなんだから、私は嬉しいけどな。」

「そう?」

 チラリと美夜子の方を向くと、ニッコリと柔らかく、可愛らしい笑顔を浮かべており、思わず顔が赤く染まってしまう。

「あ、あぁ・・・。そう言えば、ありがとう。俺の事起こす為に、わざわざ残ってくれ。その・・・俺のせいで藍川さんも怒られちゃって、ごめん。」

 誤魔化す様に話しを切り替えると、美夜子は可笑しそうに、クスクスと小さく笑った。

「何言ってるの?私が九条君の居眠り起こすのなんて、いつもの事じゃん。」

「そっ、そうだっけ?」

 照れ臭そうに頭を掻くと、ミカゲも可笑しそうに、クスリと笑った。

 互いに顔を見合わせ、クスクスと笑っていると、ハッと下から熱い視線を感じる事に気付く。二人して視線を下へとやると、ジッと花火が無表情で、二人の姿を見つめていた。

「またイチャ付いてる。」

 ポツリと一言言うと、その言葉に、ミカゲと美夜子の顔は、二人して真っ赤に染まってしまう。

「なっ!何言ってんだよお前は!」

「そうよ!変な事言わないでよ、花火ったら!」

 二人してアタフタとしていると、松里を止めに行っていた東志が、肩を落としながら戻って来た。

「なぁ・・・五十嵐が今度は、エビを下ろし始めたんだけど・・・。俺には荷が重すぎる・・・。」

「エビ?」

「やだっ!ちょっと!」

 慌てて美夜子は松里の元まで行くと、楽しそうに下し金でエビを下ろしている松里を、必死で止めようとし始める。

「松里!エビ下ろしてどうするの!今日はてんぷらなんだから、下ろすんじゃなくて、揚げるの!」

「下し金の凄さを、立証してるんだよぉ~!美夜子もやってみる?楽しいよぉ!」

「立証しなくていいからっ!下ろすのは大根だけにしてよ!」

 美夜子は松里から、無理やり下し金を取り上げるが、松里は負けずと取り返そうとする。その姿を見ていた花火は、「ズルイ!」と言い、二人の中へと入って行った。

「花火も遊ぶ!松里と美夜子だけ、ズルイ!」

「遊んでるんじゃないの!花火も邪魔しないでよぉ!」

 三人で一つの下し金を巡り、争っている様子を、ミカゲは苦笑いをしながら見つめた。

 何とか無事に調理をし終えたミカゲ達だったが、出来上がった物は全て、かき揚げてんぷらばかりだった。他のグループは、様々な種類のてんぷらが並んでいるにも関わらず、結局殆どの材料を、松里と花火にすり下ろされてしまい、見事にかき揚げてんぷら一色になったミカゲ達グループ。当然再び、今度は全員が怒られてしまった。

 グッタリと疲れた様子で、ミカゲと美夜子は教室へと戻って行くと、楽しそうに話しながら戻るお祭りコンビを、恨めしそうな目で見つめる。

「散々お祭りコンビに振り回されたな・・・。」

 力無く言うと、美夜子も力無く頷く。

「なんとか無事に食べられる物が出来ただけでも、上出来よ。」

「確かに。」

 「でも・・・。」美夜子は薄らと笑みを浮かべると、隣で歩くミカゲの指を、そっと握った。

「でも楽しかった。凄く。」

 美夜子の手の感触が、指から伝わると、ミカゲの体の体温は、どんどんと上昇して熱くなり、顔を火照らせながら、「うん。」と小さく頷いた。

「チョオォーップッ!」

 突然二人の後ろを歩いていた東志は、大声を上げながら、小さく繋いでいた二人の手の間に、チョップを喰らわし、手と手の間を離させる。「なっ!」驚く二人に、東志は思い切り不満そうな顔をさせると、低い声で言った。

「人前でイチャ付いてんじゃねーよ。見せ付けやがって。余所でやれっ!余所でっ!バカップルッ!」

 「バッ!・・・・。」ミカゲは顔を真っ赤にさせると、東志と言う生き物に馬鹿にされた事に腹が立ち、ムスッと不貞腐れた顔をさせ、東志に反撃をする。

「幼女好きには程遠いもんな。花火は幼児みたいだから有りかもしれんが、お前の事、性犯罪者としか見てないぞ。」

「なっ!」

 今度は東志の顔が真っ赤になってしまうと、プルプルと体を小刻みに震わせ、「ぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺す!」と叫びながら、その場から逃げる様に、走り去ってしまった。

 ミカゲは可笑しそうに、クスクスとお腹を抱えて笑うと、美夜子は呆れた表情を浮かべてしまう。

「もう・・・。また日下部君イジメて。」

「だってあいつ、あんな見た目してる癖に、めちゃくちゃシャイなんだよ?イジリたくなるじゃん。」

 美夜子は深い溜息を吐くと、少しムッとした顔をさせて、腰に手を当てた。

「だからって、あんまり意地悪ばっかりしてると、私九条君の事嫌いになっちゃうよ?根は優しい癖に!」

「はいはい。藍川さんには嫌われたくないので、自重しますよ。」

 まだ少し笑いながらも言うと、美夜子は仕方なさそうに、息を漏らしながら、腰に当てた手を下ろした。

「本当に分かってるんだか・・・。」

 気付くと周りにはすっかり誰も居なくなり、皆既に教室へと戻って行ってしまっていた。ミカゲと美夜子の二人きりで、廊下を歩いていると、ミカゲはふと足を止める。「どうしたの?」と、美夜子も足をその場に止め、不思議そうに尋ねると、ミカゲは恥ずかしそうに、顔を赤く火照らせながら、頭を掻いた。

「いや・・・その。教室に戻る前に、言いたいんだけど。ってか、ずっと言おうと思ってたんだけど・・・。」

「何?」

 不思議そうに首を傾げる美夜子に、ミカゲは軽く深呼吸をして、しっかりと美夜子の顔を見つめると、真剣な口調で言った。

「俺達・・・本当に付き合わない?その・・・藍川さんさえ良ければ・・・だけど。」

 ミカゲの言葉を聞き、美夜子の顔は一気に真っ赤に染まってしまう。

「え?あの・・・。急に、どうしたの?」

 恥ずかしそうに、顔を俯けながら聞くと、ミカゲは顔を真っ赤にさせながら、しどろもどろに言った。

「いやっ、そのっ!周りから散々バカップルとか言われちゃってるけど、実際まだちゃんと、付き合ってないし。俺は、藍川さんの事好きだからっ・・・。その・・・藍川さんも、同じだったら・・・って・・・。」

 そのまま黙り込んでしまうと、お互いに顔を赤くさせながら、俯いた。

 しばらくは沈黙が続くと、「いいよ・・・。」と、美夜子は顔を俯かせたまま、小さく呟く。

「私も・・・九条君の事、好き・・・だから。いいよ。嬉しい・・・。」

「本当に・・・?」

 ミカゲはゆっくりと顔を上げると、美夜子も恥ずかしそうに顔を上げ、ニッコリと笑った。

「うん。私も・・・ずっとそうしたと思ってたから。嬉しい。ありがとう。」

 ミカゲも嬉しさから、自然と笑顔になると、お互いに見つめ合った。

「本当に・・・ありがとう。」

 美夜子は幸せそうな笑顔を浮かべると、一粒の涙が頬を伝う。

「藍川さん?」

 美夜子の涙の雫が、床へと零れ落ちた瞬間、美夜子の体は薄い光に包まれ始めた。その光は粒子の様に細かく、徐々にと美夜子の体を包むに連れ、美夜子の体は透き通って行く。

「何?何が・・・。藍川さん、どうしたの?」

 突然の出来事に、ミカゲは驚き混乱してしまう。

「藍川さん!何が起きてるの?何?どうしたの?何なんだ!」

 訳が分からず、ミカゲは頭を抱えると、必死で何度も美夜子の名を叫んだ。

「ありがとう。九条君、ありがとう。私の事、好きになってくれて。」

 悲しそうに微笑む美夜子の体は、どんどんと薄くなり、やがては光が消えると共に、その姿も消えてしまった。

 完全に美夜子の体が消えてしまうと、廊下にはミカゲ一人になる。ついさっきまで、確かに居た美夜子の姿は消え、周りを見渡しても壁しかなく、どこにも見当らない。

「何だ・・・。何が起きたんだ・・・?」

 その場で唖然としてしまうと、一瞬で起きた出来事に理解が出来ず、茫然と佇む。

「藍川さん?・・・美夜子!」

 ミカゲは大声で、美夜子の名前を呼んだ。しかし何度呼んでも、返事は無い。

「そうだ・・・教室!」

 急いで教室へと、一直線に掛けて行く。ゼェゼェと息を切らせながら、勢いよく教室内へと入ると、中をざっと見渡した。家庭科室から戻って来た生徒達が、溢れ返っているが、その中のどこにも、美夜子の姿は見当たらない。花火と松里、東志の三人が群がっている姿を見付けると、急いで三人の元へと駆け寄った。

「東志!花火、五十嵐さん!藍川さんは?藍川さんどこか知らない?」

 物凄い形相で聞いて来るミカゲに、三人は驚いてしまうも、不思議そうに首を傾げた。

「って~誰それぇ?」

「藍川?どこのクラスの奴だ?」

「は・・・?」

 不思議そうに顔を見合わせる、東志と松里に、ミカゲは苛立つ様に叫んだ。

「ふざけてるなよ!藍川さんだよ!うちのクラスの!いきなり消えたんだ!教室に戻ってないか?」

「はぁ?ふざけてんのはテメェーだろーが。んな奴うちのクラスにいねぇーよ。」

「何言ってんだよ?東志、お前俺がからかったから、仕返しか?それ所じゃないんだよ!」

「仕返しって、何の仕返しだよ?」

 全く分からないでいる東志に、ミカゲは唖然としてしまうと、今度は近くに居た花火に、必死に訴えた。

「花火!お前は分かるか?藍川さんだ!教室に戻って来たか?」

「知らない。花火もそんな人、知らない。」

「は?知らないって・・・。ついさっきまで、一緒に調理自習やってただろ。」

「調理自習なら、この四人でやってたよぉ?かき揚げばっかになっちゃったけどねぇ~。」

 呑気に松里が笑うと、ミカゲは更に唖然としてしまい、額には薄らと冷や汗が滲んだ。

「ちょっと待てよ・・・。皆して、からかってんのか?藍川美夜子だよ。同じクラスの・・・居ただろ?」

 三人は互いに顔を見合わせると、悩まし気に首を傾げ、「知ってる?」「知らない。」と、話し始める。その様子を見ていたミカゲは、自分をからかっている様には思えず、近くに居た別のクラスメートにも尋ねてみた。

 しかし、誰に聞いても、そんな名前の生徒は知らないと言う。

「どう言う事だ・・・。どうなってんだ・・・?」

 一体何が起きているのか、訳が分からず、ミカゲの頭の中は更に混乱をしてしまう。確かについさっきまで、『藍川美夜子』と言う生徒は居た筈なのに、誰一人その名前も、存在すら覚えてはいない。

「そうだっ・・・名簿!」

 今度は急いで、職員室へと向かった。全力疾走で職員室へと行くと、ノックもせずにそのままドアを開け、担任の元まで掛けて行く。「九条君?」驚く担任を余所に、ミカゲは担任に名簿を見せて貰う様に頼むと、差し出された名簿を急いで見た。

「藍川・・・藍川・・・藍川・・・。」

 上から順に、藍川と言う苗字を探して行く。確か赤木と言う名前の生徒の次に、藍川美夜子の名前は載っていた筈。その次が赤坂と言う生徒の名前だ。

「赤木・・・赤坂。無い・・・無い!」

 赤木の次は赤坂と記されていた。間に有った筈の藍川美夜子と言う名前は消えており、他のどこを探しても、全く見当たらない。念の為にと、他のクラスの名簿も見て見たが、どこにも『藍川美夜子』と言う名前は、載ってはいなかった。

 ミカゲは愕然としてしまうと、顔は真っ青に染まってしまう。完全に、藍川美夜子と言う人物は消えている。

「先生・・・藍川美夜子って言う生徒、覚えていますか?」

 声を震わせ、恐る恐る尋ねると、担任は「藍川?」と、しばらくの間思い出す様に考え込んだ。

「う~ん・・・。ちょっと知らないわね。今まで請け負った生徒の中にも、そんな名前の子は居なかったわ。」

「そんな・・・。」

 ミカゲは覚束無い足取りで、職員室から出て行くと、崩れる様に廊下に座り込んだ。

「どうなってんだ・・・。確かにさっきまで居たんだ。感触だって・・・残ってる。なのに・・・何で誰も覚えていないんだ・・・。どこに消えたんだ?藍川さん・・・。」

 ミカゲはそっとポケットの中から携帯を取り出すと、携帯に貼って有った、プリクラを見た。その瞬間、ミカゲの体は硬直してしまう。

 隣に写っていた筈の美夜子の姿は無く、自分一人だけが写っている。確かに二人で一緒に撮った記憶は残っているのにも関わらず、プリクラの中に写っているのは、ミカゲ一人だけだ。

 ミカゲはギュッと唇を噛み締めると、両手で顔を覆った。

「成程。これがミカゲの言うておうた体験か。少々前へと戻り、直接本人に聞いてみるかのう。」

 静かに今までの様子を、蝶の姿で見つめていた紅葉は、美夜子が消える前へと、記憶の時間を巻き戻す。

 美夜子一人の時へと戻ると、ゆっくりと蝶の姿から、本来の紅葉の姿へと戻り、美夜子の前へと姿を現した。

「誰?」

 突然目の前に現れた紅葉に、美夜子は警戒をしながらも尋ねると、紅葉は口元をニンマリとさせ、笑みを浮かべる。

「わしの問いに答えて貰うぞ。さ迷える者よ。」


 「ミカゲ!ミカゲ!いい加減起きぬか!」紅葉はバシバシと何度も、今までの恨みでも晴らすかの様に、力強くミカゲの両頬を叩くと、ミカゲはゆっくりと目を覚ます。「何だ?頬が痛い・・・。」ヒリヒリと痺れる頬を、摩りながら起き上ると、いつの間にか眠ってしまっていた事気が付いた。

「あれ?俺いつの間に・・・。」

「何を呆けておる!早よう起きぬか!」

 ぼやけていた視界は、徐々にハッキリと見えて来ると、目の前にはドアップの紅葉の顔が映り、驚いてしまう。

「うわぁっ!何だよっ!」

 顔を赤くしながら、慌てて後ろへと下がると、頬がやたらと痛む事に気付く。

「あれ?何か頬痛いんだけど・・・。」

 スリスリと両頬を摩ると、ジッと紅葉の顔を見つめた。

「叩いた?」

「すっ・・・少しだけのう。」

 一瞬その場がシンとすると、ミカゲは紅葉の両頬を、ギュウギュウと強く引っ張り出す。

 「ひはひっ!ひはひっ!」涙目になりながら、必死にもがき、ミカゲの手を払い除けると、ムスッと不貞腐れた顔をして、頬を膨らませた。

「しっ、仕方なかろう!中々起きなかったのじゃから。」

「叩き過ぎだ。馬鹿。」

 ミカゲに怒られてしまい、ションボリとしょげる紅葉だったが、何かが違うと気付き、慌てて叫ぶ。

「違うじゃろうに!わしは主の為に、答えを持って来てやったのじゃぞ!ありがたく思わぬか!」

「答え?」

 ふと本来の目的を思い出すと、「あぁ!」と、ミカゲはポンッと手を叩いた。

 突然の意識喪失に、すっかりと忘れてしまっていたが、紅葉はミカゲの記憶の中へと入り、ミカゲがどんな体験をしたのかを、見に行っていたのだった。

「それで、俺が聞きた事なんだけど・・・。」

 改めて話しを聞こうとすると、紅葉はそっと、ミカゲの前に手を翳す。

「分かっておる。あの者の正体と、何故主にだけ、記憶が残うておるのかじゃろう?」

 ミカゲは無言で頷くと、少し真剣な表情をさせた。

「俺、分かんないんだ。藍川さんの本当の気持ちが。あの時、本当に俺の事好きだったのか・・・。お互いに好きだって分かった途端、消えちゃったから。」

「それは当然じゃろう。あの者の願いが、成就したのじゃから。」

「願い?」

 紅葉は急須から湯呑にお茶を注ぐと、ズズズとお茶と啜りながら、マッタリとした様子で、説明をし始める。

「まずあの藍川美夜子と言う者の正体じゃが、あれはわしと同じ、魂が具現した者じゃ。だがわしと違ごうておったのは、まだ体が有ったと言う事。」

「まだ体が・・・。って事は、生きてたって事?」

「うむ。と言うても、かろうじてじゃがな。」

 紅葉は大口を開けて、ういろうを口の中に放り込むと、又お茶とズズズっと啜り、淡々と話し始めた。

「体から魂が抜け出し、具現したのじゃ。まぁ、生き霊の様な物じゃな。あの者の体は、そう長くは持たぬ病に、もう長い事臥せっておった。当人から直接聞き出したのじゃが、主の通うておる高校に、本来ならば通う予定だったそうじゃ。だがその前に、病は体を蝕み、臥せる様に。高校へと通い、淡い恋をすると言う夢を抱いておったが、病によりその夢も奪われ、焦がれる想いが日に日に集い、やがては魂が体から抜け出し、主等と共に高校生活を送る様になったのじゃ。そして主と出会い、恋に落ちた。」

「俺に・・・。」

「だがそれは、あの者の誤算じゃった。」

 「誤算って・・・。」ミカゲはゴクリと生唾を飲み込むと、真剣な眼差しをする紅葉の顔を、不安気に見つめた。

「体は病に蝕まれておる。健康な体と違い、病に侵された体は、魂が戻りにくくなるのじゃ。そんな中、魂が長きに亘り抜け出してしまえば、近くの者は、その者は亡き者になってしまったと思うじゃろう。」

「それって、もしかして・・・。」

「うむ。藍川美夜子は、死んだと認識をされてしまったのじゃ。そして体は燃やされ、戻る体を失い、魂だけがさ迷う様に。愚かよのう。体の中へと大人しく入っておれば、成仏出来た物を。ましてや今少し、生きられたと言うのに。」

 「そんな・・・。」ミカゲはそっと顔を俯けると、やり切れない気持ちになってしまう。もしかしたら、まだ生きている時の美夜子に会えたのかもしれなかったのに、その前に死んでしまったのだ。

「あの者が唯一成仏出来る方法は、もはや祈願を成就する事だけじゃった。」

「祈願?」

 紅葉は爪楊枝でミカゲを指すと、「主じゃ。」と言い、そのままういろうへと爪楊枝を刺し食べる。

「魂が長きに亘りさ迷い、その場に留まり続ければ、何れ呪縛霊と化してしまう。わしの様にな。その上藍川美夜子は、強い想いを持っておった。妖力を持つわしと違い、只の人の魂は、想いに呑み込まれ、自我を失い悪しき者に為り果てる。藍川美夜子はそれを避けたかったのじゃろう。だから主と恋仲になれた時、礼を言ったのじゃ。」

「じゃあ、藍川さんの祈願は、俺と両想いになって恋人同士になる事?」

「如何にも。だから主と付き合う事が確定した時点で、藍川美夜子の祈願は成就され、そして成仏した。安心せい、あの者のミカゲに対する想いは、本物じゃ。」

 紅葉の話を聞き、心成しか、ミカゲは少し安心をした。

 もしかして美夜子の想いは、偽りの想いだったのではと、どこか不安になってしまっていたが、美夜子の想いが本物だと言う事が分かり、自分の想いも、自然と報われた気がする。自分の美夜子に対する想いも、偽りや幻等では無かったのだと。

「でも、何で俺だけ覚えてんの?名簿からも、写真の中からも綺麗サッパリ跡形も無く、消えてたんだけど。」

 一番の疑問を紅葉にぶつけると、紅葉は「ホヨヨ・・。」と、溜息を吐いた。

「その事に関しては、あの者は罪作りな女よのう・・・。」

「罪作りって、どう言う意味?」

 少しムッとした表情で言うと、紅葉はチラリと横目でミカゲの顔を見た。そして口元をニヤニヤとニヤケさせながら、からかう様に言う。

「あの女子、相当主に惚れておったのじゃのう。主だけ特別扱いじゃ。VIPじゃよ、ミカゲよ。」

「だから所々英語入れるなよ。」

 再び紅葉は頬を、ミカゲに引っ張られると、「はめろ!」と紅葉は、ミカゲの手の甲を抓った。「イテッ!」思わず紅葉の頬から手を離すと、痛そうに抓られた手の甲を摩る。

「反撃をし出したな・・・。」

 気に喰わない様子で紅葉を睨み付けると、紅葉は不貞腐れた顔をしながら、「教えてやらぬぞ!」と、文句を言う。仕方なく「悪い悪い。」と、軽く謝ると、紅葉はまだ少し頬を膨らましながらも、再び話し始めた。

「主は幽霊と魂の違いが分かるか?正確には、霊と魂の違いじゃが。」

「幽霊と?同じじゃないの?」

 キョトンと、不思議そうに首を傾げるミカゲに、紅葉は「ホヨヨ・・・。」と溜息を吐き、呆れた表情を浮かべる。

「別物じゃよ。幽霊は言うならば、残骸の様な物じゃ。その者が生きておったと言う、体から抜け落ちた足跡で有り、残留じゃ。それ故全ての者に見える訳でもなく、触れる事すら出来ぬ。霊は非物質的物じゃからな。だが魂は違う。その者の命の固まりじゃ。非物質的で有りながら、物質的でも有る。何より意思を持っておる。それ故、その者が姿を見せたいと思えば、見せる事が出来、誰にでも見る事が出来る。無論物質的で有る以上、触れる事もな。」

「触れる事・・・。あぁ、そう言えば、俺普通に紅葉に触れてるしね。藍川さんにも・・・。」

「如何にも。だが先にも言うた様に、只の人の魂であれば、そう長くは持たぬ。何せ、体から抜け出した魂は、真っ裸の無防備な命じゃからのう。防具の体が無ければ、ダメージは大きい。毒気にやられ、命のゲージが一気に減ってしまう。命が尽きれば、キャンプに戻され残骸が残り、幽霊と化すのじゃ。」

「紅葉さん紅葉さん。せっかくの説明なのに、またゲーム脳入ってますよ。どんだけモンハンやってんだよ。キャンプは要らないだろ。」

 ゴホンッと、紅葉はワザとらしく咳を吐くと、「あーあー。」と、発声をした後、再び仕切り直す様に、得意気に人差し指を立てて話した。

「つっ、つまりじゃ!通常魂が具現化をした時、その者に関わった者達は、魂が消えると共に、記憶からも消えてしまう。無論痕跡も全てじゃ。成仏する事に寄り、物質的物から、完全なる非物質的物へと変わるからじゃ。本来ならば関わり合いを持つ事が無い者同士が、関わってしもうた訳じゃしな。初めから無かった物へとリセットされる。綺麗に成仏すれば、尚の事、霊と言う残骸も残さずに消え去る。藍川美夜子は、完全なる非物質的物になった故、関わった全ての者達の記憶の中から消えた。だが成仏をする直前、まだ残っていた意思に寄り、主の記憶だけは消えぬ様に残したのじゃ。鬼蝶を持たぬ人間が、そう簡単に出来る技では無いがな。」

「俺の記憶だけ?どうして。」

「主にだけは、覚えていて欲しかったそうじゃ。あの者の最後の恋故。恋の力か、又は想いの強さか・・・。罪な女よのう・・・。残される者の気持ちも分からずに。」

 そう言うと、紅葉は微かに、悲しげな表情を浮かべた。

 残された者の気持ちを考えれば、自分ならば逆に全てを忘れて欲しいと思ってしまう。だがそうしなかった美夜子は、そこまでミカゲの事を想っていたのだと思うと、責める事も出来ない。伝えようかどうか未だに迷っていたが、美夜子がミカゲを想う気持ちと、未だに美夜子の気持ちに悩むミカゲの姿を見ると、やはり伝えるべきかと、紅葉は小さく頷いた。

「言付けを頼まれた。」

「言付け?」

 ミカゲは驚いた表情をさせながら、紅葉の顔を見ると、紅葉は悲しげな笑みを浮かべていた。

 「紅葉?」不安そうに紅葉の名を呼ぶと、紅葉はそっとミカゲから顔を背け、ゆっくりとお茶を啜り始める。「言わねばな。」ポツリと呟くと、湯呑をテーブルの上に置き、ミカゲの顔を見る事無く、話した。

「本当に・・・本当に好きだったと。もし・・・記憶を残した事で、ミカゲが苦しんでおるのならば、すまなかったと言うておうた。そしてもし、主が望むので有れば、自分に関する全ての記憶を消して欲しいと、わしは頼まれた。今更だがな。」

「藍川さんが?そんな事・・・言ってたの?」

 紅葉は小さく頷くと、ゆっくりとミカゲの方へと顔を向けた。そして真剣な眼差しで、尋ねる。

「どうする?消して欲しいか?それとも残すか?決めるのは主じゃ。よく考えて決めるのじゃぞ。消してしまうと言う事は、藍川美夜子に対する想いも、消えてしまうと言う事じゃ。」

 ミカゲも真剣な眼差しで、ジッと紅葉の顔を見つめると、その後ニコリと、満遍無い笑みを浮かべた。

「いいや、俺このままで。」

 意外にもアッサリと決めてしまったミカゲに、紅葉は口を、金魚の様にパクパクとさせ驚くと、慌しく言う。

「もっと真面目に考えぬか!死人をいつまでも想い続けるつもりか?忘れてしもうたら、そりゃー楽じゃけど・・・。だがスッカラカンのスッポンポンに、心に穴が開くのじゃぞ!死人を想い続けると言う事わ!」

「何だよその、スッポンポンって・・・。」

 白けた顔をさせるも、ミカゲは軽く紅葉の頬をプニッと摘むと、ニッコリと笑顔で言った。

「別に俺はもう、とっくに諦めてるから。そりゃ、消えてすぐはめちゃくちゃ探し回ったけど、誰も覚えていないし、どんなに探しても見付からなかった。俺は只、不安だったんだ。本当に藍川美夜子って子は存在していたのか、俺はその子に本当に恋をしていたのか。藍川さんは、俺の事本当に好きだって思ってくれていたのかが。誰一人覚えていなくて、自分一人だけが覚えていると、俺の恋自体が・・・幻だったんじゃないのかなって思えちゃって。」

 ミカゲはそっと紅葉の頬から手を離すと、指先を見つめ、美夜子と手を繋いだ時の事を思い出す。

「でも確かに感触は残っていた・・・。だから確信が欲しかったんだ、きっと・・・。確かに藍川さんは居た。居て・・・俺は好きだったんだ。その気持ちが消えるは嫌だな。もう死んでしまった人でも。」

 再び紅葉の顔を見ると、少し悲しげな笑みを浮かべ言う。

「俺まで忘れちゃったら、藍川さんの恋も無かった事になっちゃいそうだし。俺は藍川さんの事、忘れたくない。」

「そうか。」

 紅葉は柔らかい笑顔を見せると、そっと優しくミカゲの頬を撫でた。

「主がそう決めたのならば、それでよい。」

 ヒンヤリと冷たい紅葉の手の感触が、頬に伝うと、とても気持ちよく、何故だか安心感がした。

 自然と体の力が抜けると、そっと目を閉じる。ようやく心に引っ掛かっていた針が取れた様な気がし、スッキリとすると、晴れやかな気持ちになる。長い間曇り続けていた、灰色の空に、やっと太陽が昇り、光が射し込んだ様だ。とても温かく、とても心地良い感触がする。

「ありがとう・・・。」

 ポツリと小さく言うと、ゆっくりと閉ざした目を開けた。するといつの間にか、紅葉の腕の中に包まれている事に気が付き、ミカゲは慌てて紅葉の体から離れる。

「ったあーったあーったあー!」

 顔を真っ赤にさせながら、訳の分からない言葉を叫ぶと、紅葉は不思議そうに首を傾げた。

「何じゃ?何語じゃ?ほれ、近こう寄れ。ハグじゃ!ハグで慰めてやるぞよ!」

 両手を大きく広げて来る紅葉に、ミカゲは足で紅葉のお腹を蹴飛ばすと、自分の体から紅葉の体を放そうとする。

 「うぐっ!」思いの外足に力が入り、紅葉の土手っ腹に蹴りが入ると、紅葉は苦しそうにお腹を抱えて蹲った。「あぁ・・・ごめん。」苦笑いをしながら謝るミカゲを、紅葉は恨めしそうな顔で睨み付けると、「おのっ・・・己っ・・・!」と、苦しそうにしながら言う。

「いや、いきなりハグとかするから。てか、俺別に泣いて無いし。」

「しっ・・・失恋したのじゃっ・・・じゃから・・・って・・・おもっ、思って・・・。」

 苦しそうにお腹を抱えて言うと、ミカゲはムッと不機嫌な顔になる。

「失恋してねーし。むしろ両想いだったし。まぁ・・・過去形だけど。」

 一瞬ミカゲの顔は暗く沈むも、又ニッコリと笑い、目の前のお皿に乗せられたういろうを、ヒョイッと口の中に入れた。モグモグと食べると、「あ~あっ!」と、一気に体の力を抜き、その場に寛いだ。

「何だよ。じゃー俺魂と恋愛してたって事かよ。何かそう思うと、すげー恥ずかしいな!どっかの映画みたいで!」

 ワザとかったるそうに言うと、一気にお茶を飲み干す。

 これでやっと、終止符が打てた様な気がする。諦めていたとは言え、ようやく自分の中の疑問が解け、美夜子への想いも、完全に断ち切る事が出来た。自分の中で、やっと美夜子を過去の人間にする事が出来た、瞬間だった。

「その上実際の藍川美夜子は、主より年上じゃしな。ゴースト~実は歳上だった恋人~的な物か。」

 まだ少し痛そうにお腹を抱え、クククッと笑いながら紅葉が言うと、ミカゲの顔は一気に白けてしまう。

 「全然面白くないし。」冷めた顔で言うと、自分的には上手く言ったつもりだった紅葉は、全く受けなかった事に、軽くショックを受ける。「ボキャブラリーの分からぬ奴め・・・。」ブツブツと小言を言うと、お茶とういろうのお代わりをしようとした。

 ミカゲはふと、紅葉の姿を見ると、先程言っていた、自分も呪縛霊の様な物的な事を思い出し、疑問が湧く。

 紅葉も美夜子と同じ、魂の具現の存在だ。だが自分の知る紅葉の話しでは、紅葉は平維茂に首を跳ねられ、死んでいる。紅葉自身も、『亡き者になった』と言っていた。それなのに、何故紅葉は幽霊では無く、魂の具現なのだろう。やはり鬼だからだろうかとも思ったが、その辺がよく分からない。

「ねぇ紅葉。ちょっと聞きたいんだけど。」

 ここはやはり、直球に聞いた方が早いと思い、聞いてみる事にした。

 「何じゃ?」と、モグモグとういろうを食べながら言う紅葉に、ミカゲは先程の疑問をぶつけて見る。すると紅葉は、ニヤリと得意気な笑みを浮かべ、得意気に話して来た。

「首を跳ねられた直前に、すぐさま体から抜け出したのじゃ。正に神業じゃぞ!魂さえ残っておれば、後に体へと戻り、復活出来るからのう。」

「いや、普通首跳ねられたら即死でしょ?そして体は見事に無くなっちゃってんじゃん。」

 透かさずミカゲが突っ込みを入れると、紅葉はゴホンッと、咳をして、又得意気な顔をする。

「鬼の魂力を舐めるでないぞ!例え首と胴が離れようが、魂はしばしの間生きられる。だが・・・あれだ。奴の刀は坊主の物じゃったからのう。触れてしまい、毒気が抜かれてしもうたのじゃ。」

「あぁ、それでこんな腑抜けた鬼に。」

 一人納得をするミカゲに、「腑抜けじゃないわ!」と紅葉は叫ぶ。そんな紅葉の事等無視をして、ミカゲはもう一つの疑問を胸に抱いた。

 美夜子と同じ魂の具現ならば、やはり紅葉も、祈願を成就すれば、成仏をしてしまうのだろうか。そしてやはり、紅葉と過ごした記憶も、消えてしまうのだろうか。紅葉は美夜子の様に、自分に記憶を残すのかどうか気になったが、それは何だか照れ臭くて聞けない。

「まぁでも、ムカつく事に紅葉にデカイ借りができちゃったな。」

 もう一つの疑問は、そっと胸の中に隠す事にし、ミカゲは隣で吠えている紅葉の頭を、クシャクシャと適当に撫でた。紅葉は鬱陶しそうに手を払い除けると、フンッと鼻で笑い、偉そうな態度をする。

「何れ百倍返しで返して貰うぞ。これを機に、わしへの態度を改めるがよい。」

「百倍返しって、どこの小学生だよ・・・。」

 呆れながらに溜息を吐くも、クスリと小さく笑うと、「そうだ。」と思い付く。

「もしここから出られるとしたら、紅葉はどこに行きたい?」

 「出られるとしたら?」紅葉は過敏に反応をし、慌しく隅に置いたパソコンを、手元に持って来ると、嬉しそうにネットをし始めた。

 カチカチと操作をする紅葉を、不思議そうにミカゲは見つめていると、紅葉はパソコン画面をミカゲの方へと向ける。

「無論!ディズニーリゾートじゃっ!」

 目をキラキラと輝かせながら言い、見せて来た画面には、ディズニーリゾートのホームページが表示されている。ミカゲの口元が微妙に引き攣ると、子供の様に無邪気な笑顔を見せる紅葉を、冷たい視線で見つめた。

「そこは京都って言うべきじゃない?何でディズニー?」

「楽しそうではないかっ!夢の国じゃぞっ!誰もが憧れる場所じゃっ!ミッキーと写真撮りたいではないかっ!」

 嬉しそうに体をクネクネとさせながら、高いテンションで言って来る紅葉に、ミカゲは呆れながらも、可笑しそうにクスクスと笑った。

「まぁ確かに、一度は行ってみたい場所の一つだけど。じゃあ、紅葉がここから出られたら、今日のお礼に、ディズニーに連れてってやるよ。」

「誠か?」

 紅葉は瞳を更にキラキラと輝かせると、嬉しそうに興奮をしながら言う。

「ディズニーランドと、ディズニーシー両方じゃぞ!二つ合わせてリゾートなのじゃっ!両方じゃぞ!」

「はいはい、分かった分かった。両方連れてくよ。」

「約束じゃぞ!約束破ったら、毎夜夢枕に立ってやるぞ!」

「分かったよ、約束ね。あぁ、経費は神社持ちで。」

 「ホヨヨッーイ!」嬉しそうに何度も万歳をする紅葉を、ミカゲは可笑しそうに、クスクスと笑いながら見つめた。

 紅葉が馬鹿みたいにハシャイデいると、どこからか「紅葉様~!」と、紅葉の名を呼ぶ、男性の声が聞こえて来た。声はどうやら、ソファーを背に続いている、現代の岩屋へと出る方向から聞こえ、ミカゲは不思議そうな顔をして、後ろを振り返った。

 「紅葉様~!」声が段々とこちらに近づいて来ると、未だに万歳を繰り返していた紅葉も、ようやくその声に気付き、ふと後ろを振り返る。するとツルツルの頭をした、若い坊主の様な人物が、荷物を方手に抱え、こちらへと向かって来ていた。若いと言っても、ミカゲよりも随分歳上の大人だ。

「何じゃ、銀治ではないか。」

「銀治?誰それ?」

「神社の者じゃ。」

 銀治は紅葉の部屋へと到着をすると、ミカゲの姿を見て、驚いた顔をする。

「これはこれは、お客人が居られるとは。珍しいですね。と言うより、始めてですね。紅葉様が、業者の者以外を部屋に上げる等。」

「ミカゲは記念すべく、初の友人じゃ。主もわしの次に、ミカゲを敬えよ。」

「そうですか。」

 銀治は爽やかに微笑むと、ミカゲに向かい、丁寧にお辞儀をした。慌ててミカゲもソファーから立ち上がると、銀治に向かい、軽くお辞儀をする。「初めまして。」と、挨拶をすると、綺麗に頭はツルツルに丸めているのに、ラフな甚平を着ている姿を見て、不思議そうに首を傾げた。

「あのぅ・・・神社の者って、住職さんのお子さんとか何かですか?」

 少し緊張をした趣で尋ねると、銀治は頭を掻き、「いやいや。」と笑いながら答える。

「私は只のバイトですよ。洞窟探索隊の一員です。と言っても、私の仕事は、神社に届いた紅葉様宛の郵便物を、届ける事ですが。」

「あの・・・だったら何で頭坊主にしてるんですか?紛らわしい。」

 一気に緊張が解け、白けた顔をして言うと、銀治は相変わらず爽やかな笑顔で言う。

「趣味でバンドをやっていましてね。ロック系なんですよ。はははっ。」

 ロックバンドをやっていて、神社で働ける物なのか、と言う疑問も有ったが、それ以前に、爽やかな笑顔の優しそうな顔立ちからは、ロックバンドをやっている様には想像が付かない。紅葉と言い、人は見た目に寄らないのだと、改めて実感をしてしまう。

「それより紅葉様。お取り寄せをしていた品が、届きましたよ。」

 銀治は手に持っていた荷物を紅葉に差し出すと、紅葉はソファーから飛び跳ね、「おぉ!」と、嬉しそうに銀治の元へと行く。

「やっと届いたか!待ちかねたぞ。今日は良い日じゃのう。茶菓子が沢山じゃ。」

 ニコニコと嬉しそうに荷物を受け取ると、早速開けようと、その場に座り込んだ。

 「何の荷物?」不思議そうにミカゲが覗きこむと、紅葉はビリビリと包装紙を破り、その中身を、自慢げにミカゲに見せる。

「静岡の『やまだいち』、安倍川もちじゃ!やはり変わらぬ味は良いのう。」

「またベタな物注文したんだな・・・。せっかくなんだから、新しい味にチャレンジしろよ。」

「文句を言うなら、分けてやらぬぞ。」

 ムスッと不機嫌な顔で紅葉が言うと、ミカゲも負けずと不機嫌な顔で言う。

「俺地元で幾らでも食えるから、別にいいし。」

 二人して互いに睨み合いをしていると、「まぁまぁ。」と、銀治が間に割って入る。

「地元と言う事は、中部地区から起こしになったのですか?」

「え?あぁ、はい。あの変な森を使ってですが。」

 「それはそうでしたか。」銀治は小さく頷くと、「もう神社はご覧になりましたか?」と尋ねて来た。

「あ、いえ・・・。まだここに来たのも二回目ですし。」

 言われてみれば、せっかく長野に来ていると言うのに、紅葉の相手しかしていない事に気が付く。

「せっかく来られたのですから、観光がてら如何です?ご案内しますよ。」

 銀治の提案に、それもそうだと頷くと、一人で嬉しそうに箱を開けている紅葉の姿を、チラリと見た。

「紅葉。俺ちょっと行って来るけど、いい?」

「勝手に行って来い。」

 すっかり目の前の安倍川もちにしか、興味がないご様子の紅葉に、ミカゲは呆れた顔をさせながら、「じゃ行って来る。」と適当に手を振る。「せいぜい頑張って歩けよぉ~。」紅葉も適当に手を振ると、ソファーへと戻り早速食べ始めた。


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