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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~黒き蝶~
3/16

手土産とお祭りコンビ

 相変わらず強い日差しが照り付ける昼間。今日も太陽は燦々と日照り、蒸し暑い。都心部となると、車のエンジンの熱気や、人の多さから、余計に蒸せる様な嫌な暑さになる。誰もがその暑さに参っている様子で、ハンカチで額を拭いている者の姿が多い。歩いている内はまだしも、信号待ちで立ち止まると、汗は急にドッと、毛穴という毛穴から噴き出して来る。

 紅葉の力を借りず、地下鉄に乗り都心へとやって来たミカゲは、デパートへと来て居た。地下通路を使い、そのままデパート内へと入れるお陰で、蒸し暑い外で、信号待ちをしている者達の仲間入りをせずに済む。

 デパート内は地下通路以上に涼しく、少し肌寒い位に冷房がガンガンに効いていた。買い物をする予定も無いが、涼みに入っている者の姿も、多く見られる。この暑さなら、当然だろう。

 ミカゲは地下のお菓子売り場に行くと、和菓子コーナーへと向かった。様々な店舗が入っている店内には、どれも美味しそうな和菓子が沢山並べられ、目移りしてしまう。

「う~ん・・・。夏だから、水饅頭とかの方がいいのかなぁ・・・。」

 手ぶらでは何だしと思い、紅葉への土産を買いに来たミカゲだが、どれを買ったらいいのか分からず、悩んでしまう。手土産と言うより、機嫌取りの為の様な物だったが。

 これから腐る程利用させて貰う上、変な質問をするのだから、少し位はご機嫌を取っておいた方が得策だと考えた。

 昨日は冷たくあしらってしまったが、よくよく考えれば、一度あの森に入れば、紅葉の気分次第で、どこでも好きな所へと飛ばされてしまうと言う事でも有る。万が一、北極や砂漠のど真ん中にでも飛ばされてしまえば、洒落にならない。馬鹿そうだからちょっと脅せば言う事を聞くだろうが、その事に気付かれてしまえば、こちらに勝ち目は無い様に少しだけ思えた。

 念の為にと、昨夜ネットでもう一度あの洞窟近くの写真を確認してみたが、どうも少し写真とは違っていた。ネットに載っていた写真では、メインの洞窟は二つあり、一つの浅い洞穴にあの小さな祠が有った。行き方も全く違い、石の看板等は立っていなかったし、水の溜まり場も無い。あの場所に入るには、きっと直接長野から入る場合とでは違うのだろう。紅葉が出現させる、石の看板が立った入口からしか、入れないのだろう。直接長野の岩屋と繋がっている訳では無さそうだし、正に別空間だが、そうなるとどうやって、紅葉が観光客に姿を見せているのかが、不思議だ。それにやはり、観光客が多い戸隠神社が、今更紅葉に頼るのも気になる。

 そのことも踏まえ、色々と尋ねようと思うと、やはり手土産は最重要事項だ。

「何だかんだと、俺は気になってしまっているんだな・・・。あの場所の事も、紅葉の事も・・・。」

 ポツリと呟くと、軽く流そうとしても、深く考え込んでしまう性格なのだと、改めて実感をしてしまう。

 店内をうろついていると、ふと見覚えの有る姿を、二人見掛けた。二人共両手に、沢山の買い物袋を抱えている。一人は花火だ。小柄な上、人形の様な容姿の為、一目ですぐに分かる。もう一人は、ミカゲと同じクラスの五十嵐松里の様だ。

 松里は背が高く、テンションも無駄に高い。髪も短く活発な性格をしており、花火とは真逆で、デコボココンビだが、二人は高校では一番の仲良しだ。

「お祭りコンビが、こんな所で何してんだ?」

 不思議に思いながらも、ミカゲは二人の元まで歩み寄った。

 名前が『まつり』と『はなび』の為、周りからは『お祭りコンビ』と二人は呼ばれている。

 お祭りコンビは名古屋名物、ういろうの店『虎屋』の前で、何やら悩まし気な顔をさせながら、ガラスケースの中に並べられた、様々な種類の生ういろを見つめていた。

「むむむっ!やはり季節物の味の方かいいのかねぇ?」

「生物より、千なりとか日持ちする奴の方が好き。」

「いやっ!ここはやはり有名所の名物品、ういろうだよ!アピりたいしっ!」

「花火は千なりの方が好き。ドラえもんの気持ちになれる。」

 二人して噛み合わない相談をしていると、後ろからミカゲに声を掛けられる。

「おい、お祭りコンビ。何してんの?」

 ミカゲの声に気付き、二人は後ろを振り返ると、「お~!九条君!」と、松里は嬉しそうな顔をした。

「ちぃ~ッスッス!奇遇だねぇ!乙女のバトル!サマーバーゲンに来てたのだよぉ~!」

 元気よく挨拶をすると、嬉しそうに両手に抱えた袋を、目の前に差し出した。

「あぁ、バーゲンなんだ。」

「ミカゲも買い物?」

 テンションの高い松里とは裏腹に、相変わらずの坦々とした口調で花火が聞くと、ミカゲは小さく頷く。

「で、バーゲンの後に何でここ?」

 松里は差し出した買い物袋を下ろすと、ニッコリと笑い説明をする。

「お中元返しのお使いを頼まれてたんで、花火に付き合って貰っていたのだよっ。どれがいいかなぁ~って、悩みに悩み中!」

「お中元返し?って・・・もう時期的には暑中お見舞いじゃない?」

「そうなの?まぁ~よく分かんないけど、取りあえず悩み中!九条君も、お中元返しのお使い?」

「え?まぁ・・・そんな所かな。」

 苦笑いをしながら答えるが、まさか鬼への手土産を買いに来た等とは、流石に言えない。

「何処県在住?お相手さんは。」

「え?えぇっと・・・長野・・・かな。」

 少し困りながらに答えると、松里は目をキラキラと輝かせながら、目の前の虎屋を指差した。

「ならばやはりういろうだよぉ!夏は冷蔵庫でキンキンに冷やして頂くと、最高に美味しっ!」

 何故長野だからういろうなのかは、全く分からなかったが、確かに夏の和菓子としては、名産品だし無難で最適かもしれないと思った。

「そうだなぁ・・・。冷蔵庫も有ったし、これでいいか。」

 早速どれにしようかと、ガラスケースの中を覗き始めると、花火が不満そうな顔をさせながら、ミカゲのシャツを引っ張って来た。

「何?」

 不思議そうに尋ねると、花火は「千なり。」と、一言だけ言う。

「千なりが何?」

「花火は千なりの方が好き。」

 ミカゲは一気にうんざりとした顔になってしまうと、呆れながらに、「自分が食べたいだけだろ。」と呟きながら、花火の頭を軽く撫でた。そしてさり気なく話を切り替える。

「花火、沢山服買ったな。欲しい物は買えたか?」

「買えた。」

「そっか。じゃぁ、欲しい千なりも自分で買って来い。」

 爽やかな笑顔で言うと、花火は小さく頷き、パタパタと千なりの売っている店へと向かって行った。

 「単純な奴め。」ホッと一安心をすると、邪魔者が居なくなり、再びゆっくりとどの味にするか、松里と共に悩み始める。

「どう思います?教授っ!やはり季節物でしょうか?それとも無難に定番物でしょうか?それとも一番人気の物でしょうか?」

 真剣な眼差しでガラスケースの中を見つめながら、横からブツブツと話し掛けて来る松里に、ミカゲはもう一人邪魔者が居ると思ってしまう。

「五十嵐さんが食べたい物でいいんじゃない?」

 面倒臭そうに言うと、松里は「成程。」と、大きく頷く。

「ならば私は、宇治金時ういろをチョイスっ!」

「宇治金時か・・・無難だし美味しいから、良いチョイスだな。」

「九条君もチョイスっとく?」

 顔をニヤニヤとさせながら、松里は肘でミカゲの体を突っつくと、ミカゲは鬱陶しそうに肘を払い除け、少し悩んだ。

「う~ん・・・。でもせっかくだから、紫陽花ういろにしようかな。見た目も鮮やかで綺麗だし。」

「お~!紫陽花ういろかぁ~!いいね!それもまたいいねっ!もう一本は私もそれにしよぉ~!」

 松里は早速店員に注文をすると、「お中元返し用でっ。」と、元気一杯に言う。

 「だから暑中お見舞いだって。」後からミカゲが修正をすると、ミカゲも自分の分を注文し、「そのままでいいです。」と言うと、商品を受け取った。

 松里は包装をし終えるのを、楽しそうに待っていると、一人千なりを買いに行っていた花火が、パタパタと駆け足で戻って来た。その手には、大きな袋が一つ増えている。

「お~!花火大きい箱の買ったんだぁ~!」

「買った。沢山食べたいから。」

 嬉しそうに頷く花火に、ミカゲは大きな溜息を吐く。

「そんなデカイの買わなくても、ばら売りが有るだろ。何でそっちを買わなかったんだ?」

「松里と一緒に食べるから。宿題見せて貰いながら。」

「宿題?」

 「うん。」大きく花火は頷くと、昨日花火が、宿題を見せてと言っていた事を思い出す。

「ミカゲが見せてくれないから、松里に見せて貰う。」

「少しは自分でやろうとしろよ。」

「無理。」

 キッパリと言い放つ花火に、ミカゲの口元はピクリと引き攣ってしまう。

 やっと商品を受け取り、嬉しそうにしている松里の姿を睨み付けると、ミカゲは「甘やかすなよ。」と、松里に文句を言った。

「え~だって全然やってないって言うからさぁ。困った友達を放置出来ないよ。それに私も、千なり食べたいしっ!」

 力強くガッツポーズと取ると、花火も同じ様にガッツポーズをし、互いに友情を確かめ合うかの様に見つめ合う。

 「貢物に釣られやがって・・・。」ミカゲは呆れ返ってしまうと、もう色々とどうでもよく思えて来てしまった。

「私等はこのまま帰るけど、九条君は?まだどっか放浪すんのぉ?」

「あぁ、俺はちょっと寄り道してから帰る。」

 そう言うと、さっさとお祭りコンビから、離れて行こうとする。

「ミカゲの分も、取って置くから。千なり。」

 後ろから慌てて花火が言うと、ミカゲはチラリと後ろを振り返り、「分かった。」と、微かに微笑んだ。「じゃあねぇ~!」後ろから、松里の大きな声が聞こえると、ミカゲは小さく手を振りながら、二人の元を去って行く。そのままエスカレーターへと向かい、一階へと上がると、デパートの外へと出た。

 デパートの外へと出た瞬間、一気にむんむんとした熱気に包まれる。余りの温度差に、一瞬クラリと立ち眩みがしてしまう程だ。

「なんつー暑さだ・・・。」

 顔を歪めると、慌ててデパートの中へと戻り、出入口付近に避難をした。

「外で待つ必要も無いか。」

 ミカゲは携帯をズボンのポケットの中から取り出すと、紅葉へと現在地をメールで送った。すぐに迎えに来る様にメールを送ると、外が見える位置で待機をする。すると森が現れる前に、紅葉からメールの返信が届く。

「何?了解、初メールだね❤・・・。って・・・何絵文字使ってんだよ、こいつは・・・。」

 文面を見た途端、口元が引き攣ってしまう。

 大きな溜息を吐き、呆れた表情で外を見ると、いつの間にか例の森が出現していた。流石にいい加減慣れたミカゲは、特に何の反応もせず、当たり前の様に森の入口へと向かって行く。

 チラリと街行く人々の様子を見て見るが、やはり誰も森に目を向けていない。突然現れたにも関わらず、驚く姿も一人も見られなかった。

「こんだけ人混みの中なのに・・・。やっぱり俺にしか、見えてないのか。」

 改めて、自分にしか見えていない事を確認すると、早速森へと入り、紅葉の居る洞窟へと向かった。

 階段を上がり、杉並木道を進んで洞窟まで到着をすると、慣れた様子で祠の横を通り過ぎ、さっさと奥へと進んで行く。洞窟の中は、先程居た都心に比べかなり涼しい。正に自然の冷房室内だ。

 灯りが見えて来ると、紅葉の部屋まで一直線に歩いて行く。

「おーい。土産持って来てやったぞー。」

 ういろうの入った袋を、ブラブラと前で揺らしながら部屋へと行くと、ベッドの上で寝転がって寛いでいる紅葉が目に入った。その瞬間、ミカゲは紅葉の姿を見て、唖然としてしまう。

「なっ・・・。お前何だ?その格好はっ!」

 紅葉は昨日の凛とした着物姿とは打って変わり、可愛らしいピンク色のネグリジェを着て、ベッドの上に寝転がりながら、PSPをやっていた。おまけにパソコンからは、洋楽がBGMとして流れている。

「おぉ!来たかミカゲよ。待っておったぞ!」

 紅葉はミカゲの姿に気が付くと、嬉しそうにベッドの上から飛び上がり、PSPを方手に持ったまま掛け寄った。

「おいコラ。昨日散々洋菓子批判しといて、何西洋被れしてんだよ。思いっ切り寛いでんじゃねーよ。なに洋楽流しちゃってる訳?和をプッシュしてた癖に、何?その格好。」

 不貞腐れた顔で言うと、紅葉は不思議そうに首を傾げた。

「何を訳の分からぬ事を言うておる。オフの時は寛いで当然じゃろうに。着物は仕事着じゃ。」

 当然の様な口振りで言って来る紅葉の言葉は、強ち間違ってはいないのだが、和製の鬼が言うと、違和感を覚え間違いだらけの様に思えてしまう。何とももどかしい気分になり、魚の骨が喉に引っ掛かったままの感じだ。

「取りあえず、音楽消して。五月蠅いから。」

 溜息混じりに言うと、紅葉は仕方なさそうに、パソコンの置いて有るソファー前のテーブルへと移動すると、手慣れた様子でパソコンを操作し音楽を止めた。

 完全に使いこなしてやがる――――。そう思うと、何故か無償に腹が立つ。自分の中の平安の鬼のイメージと、余りに掛け離れ過ぎ、夢をぶち壊されたのは、間違いなく自分なのだと痛感した。

「さぁさぁ、早よう上がれ!一緒にモンハンをやるぞ!」

 嬉しそうに紅葉はPSPを翳しながら、ミカゲに部屋に上がる様、手招きをする。

 しかし、ミカゲはPSPを持って来る事を、すっかり忘れてしまっていた事に気付き、「忘れたや。」と言うと、紅葉の嬉しそうな笑顔は、一気に恨めしそうな顔へと変貌してしまった。

「約束したじゃろうに・・・。己、嘘吐きめが。部屋には入れぬ。」

 ヘソを曲げてしまった紅葉に、ミカゲはしまったと、困りながらに頭を掻くと、手に持っていたういろうを思い出し慌てて言った。

「あぁーそう言えば、お土産に虎屋のういろう持って来たんだけどなぁ~。仕方ない、帰って一人で食べようかなぁ~。」

 ワザとらしい口調で言うと、「なぬ?」っと、紅葉は思い切り反応をする。

「何故それを早く言わぬ!早よう上がれ!お茶にするぞ!」

 手に持っていたPSPを、ベッドの上に放り投げると、ミカゲの元まで駆け寄り、グイグイとミカゲの腕を引っ張った。

 「ちょっ、待って!靴!」慌てて靴を脱ぐと、紅葉に引っ張られるがまま、部屋の中、もとい上へと上がる。

「さぁさぁ、ソファーに座るがよい。遠慮等いらぬぞよ。」

 半ば無理やりミカゲをソファーに座らせると、部屋の片隅に設置されている、小さなキッチンへと行き、嬉しそうにお茶の用意をし始めた。

 「ここにも貢物に釣られる馬鹿が居る・・・。」ボソリと呟くと、嬉しそうにお盆に乗せたお茶を持って来る紅葉の姿を、白けた目で見つめる。

 紅葉はテーブルの上に置いて有ったパソコンを隅へと退かすと、お盆の上から、急須と湯呑二つをテーブルへと置く。そのまま又キッチンへと行くと、茶菓子の受け皿二枚と、小さいナイフを取り、お盆をキッチンの上に置いて戻って来た。

「さぁさぁ、早よう頂こう。どの味じゃ?」

 嬉しそうにミカゲの隣へと紅葉が座ると、ソファーの上に座らせていた、熊の縫いぐるみが面積を奪っているせいで、ゆったりとしたソファーも少し狭く感じてしまう。

 すぐ真横で、紅葉の白い素肌が見えると、薄いネグリジェが妙に色っぽく、ミカゲの胸は一瞬ドキリと高鳴ってしまった。無意識に頬が少し赤く染まると、隣に座る熊の縫いぐるみを、そっとソファーの下へと退かし、少し紅葉から距離を置く。

「どうしたのじゃ?」

 不思議そうに紅葉が尋ねて来ると、ミカゲは誤魔化す様に、紅葉が手に持っているナイフを指差した。

「いやっ、目の前でナイフ振り回されると、怖いんだけど・・・。熊の縫いぐるみ、下に置いといたから。狭いから。」

「おぉ!それはすまぬ。普段は熊さんと共に座っておったからのう。人が座る事等、無いと思っておうたから・・・。主が初じゃ!光栄に思え、ミカゲよ!」

「光栄にって・・・。」

 苦笑いをするも、馬鹿でよかったと思い、ホッと安堵する。

「さぁさぁ、早よう食べようぞ。」

 ナイフを持ち、待ち構える紅葉に、「あぁ・・・。」と頷くと、早速袋の中から買って来たういろうを取り出した。包まれた紙を開いて行くと、中から出て来た鮮やかな色のういろうに、紅葉の瞳はキラキラと輝く。

「おぉ!紫陽花ういろではないか!これはお取り寄せ、七月はやっておらぬ故、ナイスじゃ!グッジョブじゃミカゲよ!」

「その所々中途半端な英語入れるの、止めてくんない?」

 ミカゲの言う事等もはや耳にも入らず、紅葉はご機嫌で、ういろうを切り分け始めた。

 早速頂こうとする紅葉に、ミカゲは透かさずお皿を取り上げると、「何をする?」と、紅葉は思い切り頬を膨らませて、不満な顔をさせた。

「食べる前に、言っておきたい事が有るんだけど。」

「何じゃ?」

「ちょっと変な事、色々聞きたいんだけど。ちゃんと全部答えてくれるなら、食べていいよ。」

 当初の目的を、しっかりと覚えていたミカゲはそう言うと、紅葉はアッサリ、「よいぞ。」と返事をする。

「何でも聞くがよい。答えてやるぞ。」

 余裕の笑みで言うと、ミカゲはそっと取り上げたお皿を、紅葉の前へと戻し、「食べてよし。」と言った。

 紅葉はすぐさま、ういろうに食らい付くと、「それで?」と、何が聞きたいのかを尋ねる。

 ミカゲはしばしの間考えると、色々と聞きたい事は山ほど有ったが、取りあえずはこの森の仕組みとやらから、聞いて見る事にした。

 移動手段等は妖術だと言う事は、何となく分かってはいたので、何故自分にしか見えないのか、実際の岩屋と違う事や、どうやって観光客に姿を見せているのか等を聞いて見ると、紅葉は淡々と食べながら説明をし始める。

「わしが誘った者にしか、森は見えぬのじゃよ。この部屋を中心に、洞窟の半分はわしの妖術で覆われておる。それ故主が普段来る方向からは、人は入れぬし辿り着く事も出来ぬ。言うならば、わしからの許可書が無ければ、入れぬと言う事じゃな。もう半分、この先へと進むと、現代の岩屋へと抜ける。」

「現代の?」

「如何にも。洞窟の半分は現代の岩屋へと続き、もう半分は古来の岩屋へと続いておる。その道を繋いでおる物が、あの小さな祠じゃ。」

「あぁ・・・あの。でも祠が有った洞穴は、浅かったけど?」

「移動されられたのじゃ。洞窟探検に邪魔だったのじゃろう。」

 「洞窟探検って・・・。」苦笑いをするも、古来の岩屋と言う言葉が気になり、どう言う事なのかを、尋ねてみた。

「古来の岩屋って、どれ位昔の?既に祠が有ったって事は、そんな昔じゃないでしょ?」

 すると紅葉は、微かに悲しげな眼差しをすると、ゆっくりとお茶を啜りながら、思い出話でもする様に話した。

「そうじゃな・・・。わしが亡き者になってから、しばらくしてからじゃったかのう。村の者が立ててくれたのじゃ。昔は道路も無かったしのう。行きやすい様に組まれた足場は、今じゃ駐車場に化けてしもうたわ。旅人の為の水溜めも、嵐で流されてしもうたし。嘆かわしいのう。」

「そんなに昔の・・・。って、何で繋がってんの?オカシクない?」

「そうっ!そこなのじゃよ!」

 それまでしみじみとしていた紅葉は、勢いよく顔を上げ、力強く人差し指をミカゲに向けた。

「いやはや、本来の洞窟は途中で行き止まりだったのじゃ。しかしながら、わしが長い事洞窟に留まったせいか、突如道が出来てのう。古来の岩場へと通じる道が、出来てしもうたのじゃよ。すぐにわしの妖力の影響だと分かった。だが神社の者に見付かってしまった時、調査させてくれーって頼みこまれてのう・・・。しばらくは調査隊がうろついて、鬱陶しかったわ。」

 「ホヨヨ・・・。」と溜息を吐くと、紅葉はその時の事でも思い出したかの様に、かったるそうな顔をする。それと同時に、ミカゲは紅葉への待遇の良さを、自然と理解した。

「成程。実際はそっちがメインなのか。観光客寄せはついでって事か。」

 うんうん、と何度も頷くと、かったるそうにしている紅葉の姿を見て、クスクスと可笑しそうに笑った。

「何じゃ?何故笑う?」

 不思議そうに聞いて来る紅葉に、ミカゲは穏やかな笑顔を見せると、いつもに比べ大分優しい口調で言った。

「いや、道が出来たのってさ。きっと紅葉が、昔を懐かしんで思っていたからじゃない?紅葉の懐かしむ想いが、具現化させたんだよ。そう思うと、あそこは紅葉の想いで出来た場所なんだなって思って。そんな場所に、探索隊にうじゃうじゃ入られたら、確かに鬱陶しいよね。」

「そっ・・・そうなのかのう?」

 紅葉は照れ臭そうに、頬を赤く染めると、ミカゲから顔を逸らし、ズズズッとお茶を啜った。

「そっそれで?主の聞きたい事は、それだけか?」

 話しを逸らす様に聞くと、ミカゲの顔は一瞬沈んでしまう。

 本当に一番聞きたかった事は、『藍川美夜子』の事だったが、いざ聞くとなると、気が引けてしまう。もし本当の事が分かったとしても、知ってどうなるのだろうと思うと、躊躇う気持ちも有った。だからと言って、このまま今までの様に、一人悩み続けるよりはと、意を決して紅葉に話す。

「あのさ・・・。実は俺、以前にも変な体験した事が有るんだ。」

「変な体験?おぉ!だから主は、全く驚かなかったのか!他の者は、腰を抜かす者もおったからのう。まぁ・・・神社の奴等はあれだ、驚いたがその後すぐに、喜んでおったが。」

 呑気にういろうを食べる紅葉とは裏腹に、ミカゲは浮かない表情をしている。

「その・・・藍川さんって言う・・・クラスメートが居たんだけど・・・。」

「藍川?そう言えば主、始めてわしに会った時、その様な名を口にしていたのう。」

 ふと、始めてミカゲと出会った時の事を思い出すと、ミカゲの方へと顔を向けた。すると、暗く沈んだ表情をしているミカゲに、紅葉は驚いてしまう。

「どっ、どうしたのじゃ?腹でも痛めたのか?」

「いや・・・そうじゃなくて・・・。糞っ!何をどう話せばいいんだっ!」

 上手く言葉が出て来ず、ミカゲは苛立つ様に髪を掻き毟った。その姿を見た紅葉は、少し真剣な表情をさせると、持っていた食べ掛けのういろうを、お皿へと置く。

「ミカゲよ。主のその体験、もしや人ざる者が絡んでおるのではないか?」

「え?」

 そっと紅葉の顔を見ると、紅葉の赤い瞳はいつも以上に赤く光、真剣な眼差しをしていた。

 先程までの腑抜けた鬼の姿はそこには無く、始めて見た時の様な、凛とした凛々しく美しい姿で、心成しか寒気を感じる。これが本来の、鬼姫の姿なのだろうかと思わせる様な、気品に満ち溢れていた。

 紅葉はそっとミカゲに近づくと、両手でミカゲの頬を覆った。紅葉の手が頬に触れた瞬間、ヒンヤリと冷たい感触が伝わる。紅葉の手はとても冷たく、氷の様だ。

「なっ・・・何?」

 すぐ目の前に紅葉の顔が来ると、ミカゲは恥ずかしさからか、顔を赤くしながら視線を外してしまう。

「言葉は無用じゃ。わしの鬼蝶を使い、主の記憶の海を覗かせて貰う。」

「鬼蝶?」

 始めて聞く言葉に、ミカゲはゆっくりと視線を紅葉の方に戻すと、不可解そうな顔をした。

「何?・・・それ。」

「鬼蝶は記憶と記憶、夢と夢、意思と意思を紡いでくれる。わしの意思を乗せた鬼蝶を、主の記憶の中へと送るのじゃ。思い描くがよい。その時の光景を。その場へとわしを誘うのじゃ。」

 真剣な口調で話す紅葉に、ミカゲは少し恐ろしく感じ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「誘う?」

「そうじゃ。主が森へと来る時と同じ。主が思い描いた場所に、森の出入口は現れる。それは森に住む鬼蝶が、主の意思を紡いでおるからじゃ。」

「そうか・・・。だから俺の家の場所も、教えてないのに・・・。」

 ハッと気が付くと、ミカゲは紅葉に言われた通り、その時の光景を頭の中で思い描いた。

 紅葉の瞳が一層赤く光ると、額からは黒い蝶が浮かび上がった。蝶は紅葉の額から飛び出て来ると、ヒラヒラと羽を泳がせながら、そのまま目の前のミカゲの額の中へと、ゆっくりと入り込んで行く。その瞬間、一瞬周りが真っ白になり、意識が遠のいて行った。


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