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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~黒き蝶~
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腑抜けな鬼姫

 茫然と着物の女性を見つめていると、ふと頭の上に、普通の人には無い物を見付ける。

 ヒョッコリと額の両サイドに、角の様な物が生えている事に気が付くと、ミカゲは首を傾げ、マジマジと見つめた。

「角?の様な物か・・・それとも角なのか。」

 不可解な顔をしながら見つめていると、女性は着物の袖を口元に添え、クスクスと小さく笑い出した。

「立派じゃろう?立派な角じゃろう。」

 何やら歌舞伎口調の着物の女性に、ミカゲは更に不確かな表情を浮かべると、ポンッと手を叩いて、思い付く。

「あぁ!コスプレか!レイヤーさん?」

 謎を解いたかの様に、何度も頷きながら自分の中で納得をし、着物の女性に尋ねると、今度は女性が不思議そうに、首を小さく傾げた。

「コスプ?とは、何じゃ?奇怪な言葉よのう。始めて聞く。主は普通の子では無いのか?」

「あれ?レイヤーさんじゃないの?只の電波さん?てか、その喋り方は私用?」

「レイヤア?デンパ?益々解せぬ。はては主、術師か何かか?」

「いや、こっちの方が解せねーし。」

 質問に質問をし合っていると、全く話が噛み合っていない様な気がし、ミカゲはどうした物かと、悩ましげな表情を浮かべた。

 同じく悩ましげな表情を浮かべていた女性は、まぁいいと思い、クスリと笑うと、ゆっくりとミカゲの側へと近づく。

「どうせまた変わった子なのだろう。以前にも出会った事が有る。主が術師だろうが、わしにはどうでもよき事。それよりも、先日の礼をして貰おうか。」

「先日の礼?って、何の事?」

 いつの間にか、ミカゲのすぐ側まで来ていた女性に、ミカゲは思わず後退りとすると、少し怯えながらも尋ねた。

「あの・・・俺何かして貰ったっけ?そんな覚えは無いんですが・・・。礼って、何するんですか?幾ら払えばいいんですか?」

 意味も分からず、突然言い掛かりを付けられて、カツアゲをされている気分だ。

 女性は可笑しそうにクスクスと、袖で口元を覆いながら笑うと、後退りをするミカゲに顔を近づけて言った。

「出口を願う場所へと、誘ってやっただろうに。忘れたのか?」

「出口?ってー・・・駅の近くって言う・・・あれ?」

 女性はゆっくりと頷くと、ミカゲは昨日森を出た時の事を、思い出した。

「あれ貴女がやったんですか?」

 女性は又ゆっくりと頷くと、ミカゲは困った様子で頭を掻いた。

 どうやら昨日の森の出口は、この着物の女性がミカゲの願いを叶えて、駅前近くへと移動させた様だが、そもそもこの森が何なのか、その前に、角の生えた着物コスプレ女性自体が何なのかが分からない。明らかに普通ではない事は分かるが、まず何故住宅街に森が突如出現するのかが、意味不明の上、着物の女性がやったと言う事も、よく理解が出来なかった。

 ミカゲはしばらくジッと考え込むと、冷めた表情を浮かべ、女性に尋ねる。

「証拠は有るんですか?貴女がやったって証拠は。」

「この森はわしの塒じゃ。洞窟の中へと普段は身を潜めておる。だが美味そうな子の匂いがすれば、その子をこの森へと誘う。」

 自信満々に答える女性だったが、ミカゲは更に冷めた表情をさせた。

「答えになっていません。そんなんじゃ証拠とは言えないし、礼をする義理も無い。」

 ハッキリと言い放つと、女性の口元は微かに引き攣る。

 「ホヨヨ・・・。」女性は独特の溜息を吐くと、悲しげな視線でミカゲを見つめた。

「時代も変わったのう。昔の子は素直に礼をしたもんじゃ。今の子はほら、あれだ・・・。何だっけ?そうっ!純粋さが掛けておる。おぉ~嘆かわしい嘆かわしい。」

「おいコラ!やっぱ喋り方私用だろ!所々普通に今風の感じが入ってるぞ。」

 ムッとした表情で全く意の違う反論をすると、女性は聞こえなかったフリをして、着物の袖で目元を軽く拭う仕草をした。

「今の子は、礼の饅頭一つ買いに行けぬのか。飾り付けられたチャラ付いただけの、生クリーム菓子等に惑わされよって。」

「それは只の洋菓子批判だろ。てか今チャラ付いたって言ったな。言ったよな!」

「和菓子の繊細さが主に分かるか?あの甘美、一度味おうたら忘れられぬ。特にとらや本家のいちご大福。」

 チラリと袖から視線を覗かせ、ミカゲの顔を見ると、ミカゲの顔は一気に冷め切ってしまう。

 「結局饅頭が食いたいだけか・・・。」ボソリと呟くと、軽く溜息を吐いてから、得意気な表情をさせた。

「よし!なら望み通り買って来てやろう。でもとらや本家って、三重だよな?じゃー証拠ついでに、出口をとらや本家の前にしてよ。そしたら速攻で買いに行って来るから、すぐ食べられるけど?」

 フンッと鼻で笑うと、偉そうに腰に手を当てた。

 女性はニンマリと、真っ赤な唇を逆さ三日月型にさせ笑い、「よかろう。」と自身に満ちた声で答える。そして真っ直ぐに伸びる道を、ゆっくりと指差した。

「行くがよい。」

 ミカゲは示された先を見つめると、ゴクリと生唾を飲み込んだ。少し緊張した趣で、ゆっくりと足を一本道の方へと向けると、女性の横を通り過ぎ、来た道を引き返した。

 階段まで到着をすると、妙な緊張感に襲われ、トクトクと胸の鼓動が高鳴り始める。ゆっくりと一歩を踏み出すと、一段一段を降りる度に、心臓の鼓動は高鳴り、額には薄らと汗が滲んだ。

 徐々に出口へと近づくと、緊張もピークに達し、額に滲む汗をそっと拭き取った。出口から洩れて来る光の先を、恐る恐る見つめると、ゴクリともう一度生唾を飲み込む。そして出口を潜り抜け様とした瞬間、一瞬強い光に覆われ、余りの眩しさから目を瞑ってしまう。もう一度目を開き、外の景色を見た瞬間、ミカゲは唖然としてしまい、その場に立ち尽くした。

 目の前には、『とらや本家』の看板の文字が見える。周りは昔ながらの商店街で、森に入る前の、住宅街の景色は、欠片も見当らない。そっと後ろを振り向くと、まだ森の入口は存在している。屋根の有る商店街に、突如森が君臨し、異様な街並みになっていた。

 しかし、道行く人々には森が見えないのか、森を全く見る事も、気にする様子も無く、平然と歩いている。

「何だ?俺にしか・・・見えてないのか?」

 唖然としながらも、昨日の事と言い、やはりあの着物の女性がやった事なのだろうかと、思ってしまう。

 取りあえず、このまま突っ立っていても仕方が無いと思い、店に入りいちご大福を購入すると、又森の中へと入って行った。

 一気に階段を駆け上がり、洞窟で待っている女性の元まで駆け付けると、ゼェゼェと息を切らせながら、いちご大福の入った袋を差し出す。女性は嬉しそうに袋を取ろうとするが、透かさずミカゲは袋を退かし、息を切らせながら言った。

「お・・・お前がやったって事は分かった。だけど・・・どうやって。お前、誰なんだ!ここは何処なんだ!」

「わしの力がようやく分かったか。無礼者め。わしに向かいその様な口を聞くとは。媚びてみよ。さすれば教えてやらぬ事もないぞ。」

 今度は女性がフンッと鼻で笑うと、ミカゲは息を整えてから、ゆっくりと直立をした。そして手に持っていたいちご大福の入った袋を、高らかに翳すと、ニヤリと不適な笑みを浮かべる。

「媚びるのはどっちだ。お前の好物のいちご大福は、今正に俺の手の内に有る!このまま踏み潰してやろうか!」

「己!卑劣な!」

 女性はグッと歯を食い縛り、ミカゲを真っ赤な瞳で睨みつけた。と同時に、高らかに掲げられた、いちご大福の入った袋に、チラチラと視線を向けていた。

「さぁ、教えて貰おうか。まずは基本的な自己紹介から・・・。あっ!」

 言い掛けている途中、ミカゲはネットで見た写真を突然思い出し、自然と目の前に居る人物が、誰なのかが分かった。

「そうか!戸隠山って、やっぱ長野の戸隠山だ!この洞窟の祠って、確か鬼女紅葉を祀ってる祠だ。確か紅葉は、この洞窟で隠れて暮らしていて、夜な夜な人を襲ってたんだよな。」

 ポンッと手を叩き、成程と一人で納得をしていると、突然女性はコホンッと、ワザとらしい咳を吐き、少し頬を赤らめた。

「ま、まぁ、昔はそんな事も有ったのう。若気の至りと言う物じゃ。」

「いや、若気の至りで済ませんなよ。鬼が何言っちゃってる訳?」

「じっ時代と言う物が有ったのじゃよ!なんつーか、父君からのプレッシャーとかも有ったし?レッテル貼られちゃって、そうしなくっちゃ駄目的な空気が流れてたーみたいな?まぁそりゃー、多少やり過ぎたかなぁー?っとは思っておるが、ちゃんと反省しておる故・・・。のう?」

「のう?じゃねーよ。思いっ切り時代に流されるタイプだな。現代に適応している。」

 ミカゲは呆れた顔をすると、目の前で恥ずかしそうにしている、角の生えた鬼らしき生き物に、改めて確認をしようと尋ねる。

「それじゃあ、貴女はあの鬼女紅葉って事なの?そんで合ってる?」

 ミカゲの問いに、恥ずかしそうにソワソワとしていた紅葉は、突然ハッと我に返り、凛々しい顔立ちをさせ、堂々とした態度で答えた。

「如何にも。わしの名は紅葉。誰もが恐れる、鬼姫紅葉じゃ。主も恐れるがよい。」

 「成程。」ミカゲは小さく頷くと、手に持っていたいちご大福の入った袋を、紅葉に向かい投げ付けた。慌てて紅葉は袋をキャッチすると、嬉しそうにガサガザと袋の中からいちご大福を取り出し、大きな口を開けて早速頬張る。

 先程の凛々しい姿はすっかり消え、幸せそうにいちご大福を食べている紅葉を、ミカゲは冷たい視線で見つめた。その視線にハッと気付いた紅葉は、「何じゃ!」と、無駄に意気込んで言い放つ。

「いや、俺の知っている鬼と大分違うと思って・・・。てか、ここって本物の戸隠山な訳?」

「如何にも。ここは戸隠山じゃ。わしが・・・んぐっ、ぬひほほほひ誘ひほん・・・んっんっ!」

 モグモグと食べながら話していると、お餅が喉に詰まり、苦しそうにパンパンと胸を叩く。ミカゲは盛大に大きな溜息を吐くと、持っていたペットボトルの水を、紅葉へと差し出した。

 紅葉は一気に水を飲み干すと、「ぷはぁ~。」と息を吐き、仕切り直して改めて言う。

「如何にも、ここは戸隠山じゃ。わしが主をこの森へと誘った。」

「俺を?何で。」

「暇じゃったから。」

 しばしの間、沈黙が訪れると、ミカゲの口元は一瞬ピクリと引き攣る。それを見た紅葉は、慌てて「あぁ!それと!」と付け加えた。

「饅頭が食いたかった!わしはここからは出られぬ。だから他の者に、礼として買いに行かせておるのじゃ。」

 紅葉はニコリと笑うと、ミカゲもニコリと笑い、紅葉の頬を右手で思い切り引っ張った。

「なっ何をふるっ!無礼者め!」

 ミカゲの手を払い除けると、両頬を膨らませ、不機嫌そうに洞窟の奥へと、カラカラと下駄を鳴らしながら歩き出してしまう。そのまま洞窟の祠の隣に、チョコンと座ると、不貞腐れた顔でいちご大福を再び食べ始めた。

「なに人を変なとこにテレポートさせて、パシッてんだよ。って事は、俺は今長野に居るって事か・・・。」

 ハァと溜息を吐くと、嫌でも紅葉の力を借りなければ、帰る事が出来ない事に、無性に腹が立つ。お金を持っていれば帰れる話しだが、先程いちご大福を買ったお陰で、手持ちは少ない。

 ミカゲも紅葉の横へと来て、チョコンと座ると、嬉しそうにいちご大福を頬張る紅葉の姿を、ジッと見つめた。

「何じゃ?やらぬぞ。」

 膨れた顔をして、いちご大福の入った袋を後ろへと隠すと、またムシャムシャと嬉しそうに食べる。そんな紅葉の姿を見て、ミカゲはあの恐ろしい程に美しく、凛としていた第一印象は、どこへと落としてしまったのだろうと、軽く溜息を漏らす。

「紅葉さん、紅葉さん。ちょっとお尋ねしますが、鬼ですよね?鬼と言う生き物は、こんな腑抜けなんですか?」

 嫌味ったらしい敬語で尋ねると、紅葉は又膨れた顔をさせる。

「腑抜けとは無礼な!わしが天下の時等、我が名を聞くだけで、誰もが身を震え上がらせた物じゃったぞ!だが・・・あれだ。維茂の奴に、毒気を抜かれてしまってのう。なんだ・・・ロクな妖術も使えなくなったのじゃ。」

「維茂ってー・・・あぁ、確か紅葉を退治したって人?何?じゃ幽霊って事?」

「幽霊とは少し違うな。魂の具現の様な物じゃ。いかんせん、体が無いでのう。」

 やれやれ、と肩を落とすと、指に付いた餡子をペロペロと舌で舐めた。「魂が食いもん食うのか・・・。」と不思議に思いながら、ミカゲはその姿を見つめる。

「そう言えば主、名を何と申す?まだ聞いておらんかったのう。」

 チラリと横目でミカゲを見ると、ミカゲは一瞬ふと考え、名乗るのを躊躇う。

「何じゃ?名も名乗れんのか。ったく、これだから最近の若者は・・・。」

 ブツブツと婆臭く文句を言う紅葉に、ミカゲは一応確認をしようと、真剣な口調で尋ねた。

「よく漫画や映画とかでさ、鬼に名前を教えちゃいけないって言うけど、あれって本当?教えたら不味い事になったりする訳?」

「主は阿呆か?そんな物人間の世迷言じゃ。映画の陰陽師は、あれは酷かったのう。美化し過ぎで笑えたわ。」

「何で映画観てんだよ。ここから出られないんじゃなかったのか?」

「以前別の者が、礼にとポータブルDVDプレイヤーで見せてくれたのじゃ。」

 一瞬その場がシン―――――と静まり返ると、ミカゲはその場に硬直し、紅葉は小さく首を傾げた。

 「何じゃ?」硬直しているミカゲに尋ねると、ミカゲは勢いよく立ち上がり、チンマリと座っている紅葉目掛け、力強く指差す。そして大声で叫んだ。

「お前今、ポータブルDVDプレイヤーって言ったな!確かに言ったな!最初俺がカタカナ言った時、分からない素振りしてたけど、ちゃんと分かってんじゃねーか!思いっ切り現代日本に溶け込んでんじゃねーか!何まだ昔の人的な演技してんだ!無性に腹立つぞ!馴染んでんじゃねー!」

 ハッと慌てて、紅葉は口元を着物の袖で覆うと、同じく勢いよく立ち上がり、慌しく言い訳をし始める。

「それはっ、教えて貰ったから知っておるのじゃ!本当はブルーレイの方が良かったのじゃが、出て無いと言うから仕方なく・・・いや違うっ。」

「何がいや違うだ!ブルーレイまで知っているとは・・・。そう言えば、美味しそうな子の匂いがしたら、森に誘うとか何とかって言ってたな。それはつまり!美味しく貢いでくれそうな大きな子供も含め居たら、この森を使って簡単移動させてやり、その礼で色々と貰ってるんじゃないのか?」

 ズバリとミカゲが言い放つと、紅葉の体は一瞬飛び跳ね、目が泳ぎ始めてしまう。

「何を言うておる。妖術を、そう容易く人間等に使う物か。それに、主の財布は軽い匂いしかせぬ。」

「俺の財布の軽さを知っているとは・・・。やはりな・・・。」

 ミカゲは険しい顔で紅葉を睨み付けると、その後洞窟の奥へと視線をやった。

 「そこかっ!」素早く足を洞窟内へと向かわせると、阻止しようとする紅葉を華麗に交わし、奥へと進んだ。「待てっ!」後ろから慌てて追い掛けて来る紅葉の声がするも、ミカゲは足を止める事無く、薄暗い洞窟内へと突き進むと、やがて光が見えて来た。

 光を目掛け、一直線に掛けて行くと、その場所へと到着をしたミカゲは、驚くべく内装に目を疑ってしまう。

「な・・・まさかここまで、貢物だけで完璧に快適な自室を作っていたなんて・・・。」

 愕然とするミカゲ。そこは洞窟でも何でも無い。

 デコボコの筈の地面は、平らになったコンクリートが一層塗られており、その上には大きな絨毯が敷かれている。天上にはシャンデリアがぶら下り、電気配線はどうやら洞窟の更に奥へと繋がっている様だ。

 フカフカのダブルベッドが置かれ、洒落た食器棚にテーブル、そして衣装ダンスも有る。ゆったりとしたソファーの上には、可愛らしいハートのクッションに熊の縫いぐるみ。電化製品も万全で、一人暮らし用サイズの冷蔵庫に電子レンジ。液晶テレビに至っては、ブルーレイプレイヤー内蔵の最新型だ。

「おまけにパソコンまで有る・・・だと・・・。」

 ちょっとした一人暮らしのワンルームの部屋に、驚きを隠せない。

 「待てぇー!」カラカラと下駄を鳴らしながら、やっとミカゲに追い付き、後から紅葉が到着をすると、部屋の内装に愕然としているミカゲの前に、慌てて立ちはだかった。

「一歩も上げぬぞ!わしの部屋じゃ!」

 大の字に手足を広げると、ムッとした顔で睨み付ける。そんな紅葉の頬を、ミカゲは又引っ張ると、気に入らない様子で言った。

「おいコラ。これはどうなってるんだ。何で魂だけの癖に、こんな快適な部屋に住んでるの?てか電気通ってるけど、電気代誰が払ってんの?ネットとかも繋がる訳?何?もしかしてネトゲとかやってたりする?」

 「ひはひ!放せっ!」ミカゲの手を頬から無理やり剥がすと、紅葉は痛そうに頬を摩りながら、淡々と話す。

「電気代とかは、神社が払ってくれてるのじゃ。観光地だからのう。チラッと観光客に、影とか姿見せて盛り上げてやる変わりに、払って貰っているのじゃ。あぁ、床は大工さんが、舗装の時一緒にやってくれたのじゃ。ネットは通販で使う事が多いのう。いかんせん、わしはここから出られぬ故。通販は便利じゃのう。何でも届けてくれる。だがお取り寄せを扱っておらぬ店には参るわ。だからほれ、主の様な者に頼んでおるのじゃ。」

 紅葉の話を聞き、ミカゲの口元はピクピクと引き攣ると、魂だけの分在で、高待遇をされている事に無性に腹が立った。

「何?何でそんなに待遇良い訳?悪名高き鬼女紅葉さんだったんでしょ?じゃあ、この家具や電化製品も、神社からの供え物って事?ネットショッピング代も!」

 「ホヨヨ・・・。」又も独特な溜息を吐くと、膨れっ面のミカゲに、紅葉は呆れた口調で言った。

「主は分かっとらんのう。今の世は金じゃ金!神社も商売じゃ。儲からねば話しにならぬ。観光客が増えれば、神社も儲かる。わしは観光客集めに協力をしてやっておるのじゃぞ。この位の見返りは当然じゃ。」

「成程、お前はマスコット的存在みたいなもんか。だから俺と最初に会った時も、ワザとらしい歌舞伎口調だったのか。」

「ワザとらしいとは無礼な!マスコットでは無い!わしは加神の様な物じゃ!」

 ムッと膨れる紅葉を尻目に、ミカゲは顎に手を添え考えると、ポンッと手を叩き、再び良い事を思い付く。

「そうか!って事は、この部屋は観光客に見られたら不味いな。鬼女紅葉と言う伝説の夢を、ぶっ壊してしまう。海外の何とか族とか、未だに観光用に非文明のフリしてる奴等と同じって事か。」

 そう言って、ニヤリと不敵に微笑むと、大の字に構える紅葉を見つめた。

「なっ・・・何じゃ?」

 ミカゲはニッコリと爽やかな笑顔を見せると、紅葉にそっと右手を差し出し、突然自己紹介をし出す。

「俺、高校二年生の九条ミカゲって言います。これからよろしくね、紅葉。」

「おぉ、主の名はミカゲと言うのか。よろしくな。」

 釣られて紅葉は、ミカゲの右手を握り握手をすると、その瞬間、爽やかな笑顔だったミカゲの顔は、不敵な微笑みへと逆戻りをする。

「握手したな。よし、これで交渉成立だ。これからは俺の為に、テレポート妖術を使って貰うぞ。」

「なっ!」

 慌ててミカゲの手を放そうとするが、ミカゲはギュッと力強く紅葉の手を握り、その手を放す事が中々出来ない。

「分かってるよね?もし俺が、この部屋の事皆に教えちゃったら、観光客は激減し、スポンサーの神社にも見捨てられるだろうな。」

「己卑劣な!なんと言う悪しき者じゃ!わしを脅すと言うのか!」

「いやだなぁ~。悪しき鬼の紅葉さんに言われたくないよー。あぁ、携帯の写メで写真でも撮っておこうかなぁ~。紅葉って、写真にも映る?心霊写真になっちゃうかなぁ。はははっ!」

 棒読みで言うと、ワザとらしく「ははは。」と、笑い続ける。紅葉はギュッと手を力強く握り返すと、恨めしい目でミカゲを睨みながら、頷いた。

「よっようし。よかろう。主の為に使ってやろう。だが約束じゃ!絶対に誰にも話すでないぞ!モンハンやっと990まで行った所なのじゃ!ここでネット切られたら、今までの苦労が台無しになってしまう!よいなっ!」

「鬼幽霊の癖に、何ネトゲちゃっかりやってんだよ。しかもネトゲ廃人か。」

 ペッと、握手した手を乱暴に払い除ける。オンラインゲーム、モンスターハンターにどっぷりハマっている紅葉に、呆れ返ってしまと、ミカゲは百八十度態度を急変させ、冷めた口調で言った。

「じゃ、早速さっさと俺ん家の前に移動してくんない?帰って残りの宿題、やらなきゃいけないし。」

 紅葉は小刻みに体を震わせると、ミカゲに背を向け小さく頷く。

 着物でゴシゴシと目元を擦る姿に、ミカゲは不思議に思うと、そっと紅葉の顔を覗こうとした。すると紅葉はミカゲから顔を逸らし、又ミカゲは紅葉の顔を覗こうとすると、又紅葉は顔を逸らしてと、二人してその場でグルグルと回る。いい加減飽きて来たミカゲは、紅葉の肩を掴むと、無理やり自分の方へと体を向けさせた。

「泣いてるの?」

 着物の袖の隙間から、一瞬紅葉の涙が見えると、ミカゲの胸は、一瞬ドキッと、跳ね上がってしまった。

 少し冷たくし過ぎたか―――――。と反省をすると、鬼とは言え女性を泣かせてしまった事に、困ってしまう。

「あの・・・ちょっと言い方がキツかったかも。いや、俺毒舌がチャームポイント的なものだから、実際は本気で―――――。」

「なんと恐ろしい!今の世の子は、鬼以上に悪しき者とは聞いておったが、ここまで卑劣とわ!昔は子が鬼に怯えておったと言うのに、今は鬼が子に怯える時代よのう。時代の流れとは、便利になるが残酷じゃ。嘆かわしい!これがPSPの対価か!」

 ミカゲの話し等全く聞いておらず、別の所で嘆き叫ぶ紅葉に、ミカゲの反省の気持ちは一瞬で消え去ってしまった。

「何?PSPも持ってんの?やっぱモンハンの為?お前が狩られちまえよ。」

「黙れ!PSPを手に入れる為に、口紅の色もっと赤くして、それらしく雰囲気出してくれるかな?等と言う神社側の注文に答えたのじゃぞ!」

「知らないよ、そんな事。」

 ミカゲは白けた顔をすると、キョロキョロと紅葉の部屋の中を見渡した。

 「携帯持ってる?」当たり前の様に普通に聞くと、紅葉も当たり前の様に、「持っておるぞ。」と答える。

 もはや現代生活に馴染み切っている、平安の鬼に、驚く事も違和感を感じる事もせずに、ミカゲは紅葉と携帯の番号とアドレス交換を、普通にした。

「じゃ、これからメールで呼び出すから、ちゃんと迎えに来てね。」

「おぉ、承知した。暇な時に電話してもよいか?」

「別にいいけど、学校始まったら授業中とかは避けてよ。成るべく電話は夜にしてよね。メールならいつでもいいけど。」

「よかろう。」

 嬉しそうに頷いていた紅葉は、ハッと、当然の様にミカゲと友達同士みたいな会話をしていた自分に気が付き、慌てて雄叫びを上げた。

「違うじゃろうに!何故わしが手下なのじゃ!人の子の分在で、わしに命令をする等、許せぬ!」

 紅葉は大きく両手を広げ、真っ赤な目を光らせ、ミカゲに襲いかかろうとする。が、その前にミカゲに、思い切りおでこにデコピンをされてしまう。

 「ホヨッ!」痛そうにおでこを摩ると、少し涙目になりながら、ミカゲを睨みつけた。

「主、人の子の癖に中々やりおるな。札も無しに、わしにダメージを与えるとわ。ゲージが四分の二程減ったぞよ。」

「いや、完全にゲーム脳になってるよ。てか、既に神社の人の命令聞いてんじゃん。本当に鬼な訳?何か全然怖くないし、弱っちいんだけど。」

「そっそれはっ!だから維茂の奴に毒気を抜かれてしもうてのう・・・。なんつーか、妖力も衰えてと言うか・・・。」

 ブツブツと言い訳をする紅葉だったが、ミカゲはちゃんと話し等聞かず、森のテレポートの事を考えると、確かに本物の鬼なのだろうと勝手に考え納得をする。おまけにこの場所から出られないと言う事は、やはり封印か何かされているのだろうか、と思うも、自分には関係無いと思い、取りあえず家の前に移動する様に命令した。

「だから命令をするな!ま、まぁよかろう。」

 不貞腐れた顔をしながらも頷くと、紅葉はそっと出口に向けて指を示す。

「ほれ、もう主の家の前じゃ。さっさと帰れ。」

「言われなくても帰るよ。」

 ミカゲが紅葉の横を通り過ぎ、洞窟の中から出て行こうとする姿を目にすると、紅葉は慌てて、後ろからミカゲを呼び止めた。

 「何?」不思議そうに聞いて来るミカゲに、紅葉は少し頬を赤く染めると、恥ずかしそうに、着物の袖で口元を隠しながら言う。

「また来るか?その・・・わしの部屋に遊びに。」

「え?まぁ・・・足として使うから来るけど。何?また饅頭買って来て欲しい訳?」

「それもあるが・・・その・・・。」

 中々ハッキリと言わない紅葉に、ミカゲは少し苛立つと、「何?」と不機嫌そうに聞く。

 紅葉は体をソワソワとさせながら、チラチラとミカゲの顔を見ると、「PSP・・・。」と呟き、顔を着物の袖で覆った。

「主もPSPを持っておるか?その・・・持っておったら、一緒にモンハンでも・・・。オンライン版のフロンティアはよいが、PSP版では狩り仲間が居らぬ。一人での狩りは寂しくてのう・・・。その・・・だから・・・。」

 「あぁ・・・。」ミカゲは紅葉の言わんとする事を悟ると、どうしようかと頭を掻き、しばしの間考えた。

 この場所から出る事が出来ない上、現代社会に溶け込んでいると言う事を隠しているのだから、普段はこの洞窟の中、一人ぼっちで過ごして居るのだろう。それはとても退屈で、寂しい事なのだろうと思うと、少しばかり同情をしてしまう。半分脅迫染みた事を言ったが、実際には人に話した所で、神社自体は紅葉が居なくとも、儲かっているに違いない。神社と言うのは、きっとあの大きくて有名な、戸隠神社の事なのだろうから。それでも紅葉に色々と与え、頼っているのには、別の理由も有りそうだ。

 だがそれが何なのかは、今の自分には関係の無い話だ。神社については関係無いが、足として使わせて貰うのだから、少し位は相手をしてやってもいいかと、ミカゲは思った。

「あぁ、俺もPSPも、PSP版モンハンも持ってるから、別にいいよ。暇な時にでも、一緒に狩りに行ってやるよ。」

 ミカゲの言葉を聞いた紅葉は、そっと袖から顔を覗かせると、嬉しそうに微笑んだ。

「そっそうか!約束じゃ!一緒に狩りに行くぞよ。」

「はいはい。約束ね。じゃ、俺もう帰るから。」

 適当に手を振ると、今度こそ洞窟から出て行く。「またのぉー!」と、後ろから紅葉の嬉しそうな声が聞こえ、ミカゲはクスリと肩で笑うと、本当に鬼の癖に腑抜けていると思い、可笑しそうに笑いながら、森を後にした。

 森の出口へと足を踏み出すと、先程のとらや本家の時と同様、目の前にはミカゲの住んでいる、マンションが在った。

「どういう仕組みなんだ・・・?やっぱ妖術か?」

 何度体験しても不思議で、よく分からない。相変わらず通り過ぎる人は、森の事等気にせず、普段通りに歩いている。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、もう森は消えてしまっており、いつもの見慣れた風景が在った。

「ま、いいか。」

 ミカゲはマンションへと入ると、エレベーターのボタンを押し、一階へと来るのを待つ。チンッと言う音と共にエレベーターが到着をし、ドアが開くと、中へと入り六階のボタンを押した。ミカゲの住んでいるマンションは十二階建てで、中々の良い物件だ。

 ミカゲが住んでいる六階へと到着をすると、エレベーターから降り、左へと曲がり真っ直ぐに歩いて行く。すると自分の家のドアの前に、一人の小柄な女の子が立って居る事に気が付いた。

 女の子は長いフワフワのカールが掛った髪をしており、人形の様に可愛らしい。白いワンピースがとても上品で、パッと見はどこかのお嬢様の様だ。だが表情は冷めており、只ジッと表札を見つめ、突っ立っている。

 ミカゲは女の子の側まで行くと、溜息混じりに声を掛けた。

「花火、何してんだ。」

 花火と呼ばれた女の子は、ゆっくりとミカゲの方へと顔を向けると、無表情のまま、坦々とした口調で答える。

「ミカゲ、お帰り。DVD借りに来たけど、留守だった。」

「来るならメール位しろよ。ずっと突っ立って待ってたの?」

 花火はゆっくりと頷くと、その姿にミカゲは大きな溜息を吐く。

 小柄で可愛らしいが、無表情でどこか抜けている様なこの女の子は、ミカゲの同級生で幼馴染の夢野花火。同じマンションの八階に住んでいるのだが、何故かずっと、ミカゲの帰りをミカゲの家のドアの前で、待ち続けていた様だ。

 ミカゲと花火は小さい頃から、ずっと一緒に遊んだりしていたので、仲が良く、何でも話し合える。高校も同じ学校に通い、テンプレ的な幼馴染要因だが、花火はミカゲには全く興味が無かった。その理由は今の所不明。

「取り合えず、入りなよ。暑かっただろ?コーラ冷えてるし。」

 鍵を開けドアを開けた瞬間、熱気に包まれた空気が、家の中から一気に流れ出て来た。閉め切られた室内は、サウナの様に蒸されており、まだ外の方が涼しい。

「涼しくなったら呼んで。」

 ボソリと花火に言われると、ミカゲは嫌そうな顔をしながらも、家の中へと入り、取りあえず空気を入れ換える為に、リビングの窓を全て開けた。


 リビング内は冷房を一気にガンガンに効かせ、冷やした為、涼しく快適な空間へと変わる。熱気に包まれていた空気も入れ換え、窓を閉めると、冷房の温度設定を下げ、丁度良い空調だ。

 涼しくなったミカゲの家にお邪魔した花火は、チョコンとリビングのソファーに座り、差し出されたコーラを飲む。ペットボトルにストローを刺し、ズズズっと飲むその姿は、小動物の様だ。

「それで?何のDVD?」

 ミカゲもコーラを飲みながら、花火の隣へと腰掛けると、ズボンのポケットの中から携帯を取り出し、テーブルの上に置いた。

「幼女物エロアニメDVD。」

 聞き覚えのあるセリフを花火が言うと、ミカゲは思わず飲んでいたコーラを、ブッと拭き出してしまう。

「お前もか・・・。てか、流行ってんの?それ。」

「ミカゲのクラスの田沼君が、お勧めだって花火のクラスの渡辺君に話してた。」

「あぁ、花火のクラス一のキモヲタ、渡辺君か。そっか、俺が先に借りちゃったもんな。」

 ミカゲと花火は、同じ高校だがクラスは別々だ。

「渡辺君泣いてた。」

「何で?」

「ミカゲに奪われたって。」

「奪ってねーし。先借りただけだよ。」

 呆れた表情を浮かべるミカゲだったが、花火は気にする事無く言う。

「渡辺君の前に、貸して。次花火ね。それから冷えピタおでこに貼りっぱなし。」

「あぁ・・・忘れてた。それが、今東志んとこに有るんだよ。」

 花火に指摘され始めて気付き、慌てて温くなった冷えピタを剥がしながら言うと、花火は少し、ムッとした表情を浮かべた。

「どうして?」

「貸してくれって頼まれたから。学校まで取りに行って、素っ裸でポストの中に入れといた。」

 すると花火は、突然テーブルの上に置いて有ったミカゲの携帯を手にし、ボタンを操作し始め、どこかへと電話を掛ける。

 「誰に電話してんの?」不思議そうにミカゲが聞くと、「日下部東志。」と、一言だけ言った。

 「「もしもし?」不機嫌そうな声で東志が電話に出ると、花火も同じく不機嫌そうな声で、「花火だけど。」と言う。突然ミカゲの携帯から、花火の声が聞こえ、東志は驚きながらも慌ててアタフタとするが、花火はそんな東志の事等全く気にせず、早速用件を話す。

「幼女物エロアニメDVD、早くミカゲに返して。変態。」

 言い終えてしばらくしてから、花火はそっと携帯を耳元から外すと、通話ボタンを切り、テーブルの上へと戻した。

「どうした?」

 不思議そうに首を傾げてミカゲが尋ねると、花火も首を傾げる。

「ぶっ殺すって言われて、切られた。どうして?」

 ミカゲは思わず、ブッと吹き出してしまうと、可笑しそうにお腹を抱え、必死で笑いをこらえようと、口元を手で覆う。

「それは・・・ほら、東志にとっては、ご褒美のお言葉だったからだよ・・・。」

 必死に笑いを堪えながらに言うも、クククッと、笑い声が漏れてしまう。余りの可笑しさに、腹がネジ曲がりそうになるが、なんとか抑えつけると、ゼェゼェと苦しそうに息をした。

 何が何だか意味が分からない様子で、ミカゲの姿を見ていた花火は、首を更に傾げると、もう一度テーブルに置いたミカゲの携帯を手にする。

「あぁ!待った!」

 慌ててミカゲは花火から携帯を取り上げると、「これ以上は笑い死ぬ。」と言いながら、ズボンの中へと又仕舞った。

「俺からまたちゃんと言っとくから。受け取ったら、花火んとこに届けるよ。」

 花火は小さく頷くと、ソファーから立ち上がり、もう用は無いと言わんばかりに、さっさと帰ろうとする。ミカゲも玄関までは送ろうと、後を付いて行くと、ふと森の事を思い出した。

「そう言えば、ずっと外で待ってたんだよな?」

「そうだけど、それが何?」

「いや・・・。マンションの前に、小さな森・・・とか見えなかった?」

 少し言い難そうに聞くも、花火は何の疑問も持たず、平然と答える。

「見えなかった。」

「そう。ならまぁ・・・いいんだ。」

 困った様子で頭を掻いていると、突然花火はクルリと体を回し、ミカゲと向き合う。

「また空想彼女の話し?」

 花火の言葉に、ミカゲは過敏に反応をしてしまうと、そっと花火から視線を逸らした。

「それとは、また別。」

 呟く様な小さな声で言うと、「そう。」と花火も小さく言い、また体をクルリと回し、玄関へと向かう。

 玄関先でサンダルを履いている花火に、ミカゲは恐る恐る、昔何度も聞いた事を、再び聞いてみた。

「なぁ・・・。本当に、覚えてない?藍川さんの事。」

 花火はサンダルを履き終えると、しっかりとミカゲの顔を見ながら答えた。

「覚えてない。知らない、そんな人。」

「そう・・・。」

 ハッキリと答える花火に、ミカゲは暗く顔を沈ませてしまう。

「ミカゲはまた変な体験したの?」

 花火の問い掛けに、ふと腑抜けた鬼の紅葉の事を思い出すと、沈んでいた顔は、いつの間にか笑顔に変わる。

「いや、したんじゃなくて・・・。してるのかな。」

 そう言って、クスクスと小さく笑うと、花火は不満そうな顔をさせた。

「ミカゲばっかり、ズルイ。」

「本当、何で俺ばっかりなんだろう。」

 クスクスと笑うミカゲはどこか楽しそうで、花火は不満を感じてしまう。小さい時からずっと一緒に過ごしているにも関わらず、不思議な体験や、変わった体験をするのはいつもミカゲばかりだ。

「花火も変な体験したい!」

 強く言い放つと、ミカゲはまだ少し笑いながら、「どんな?」と聞く。すると花火は、両手を大きく上へと上げると、そのままゆっくり下へ下ろし、大きな円を描いた。

「これ位大きな卵の目玉焼きを食べる。」

「それは体験じゃなくて、願望だろう。」

 一気に白けてしまったミカゲだったが、花火は自信満々に言う。

「願望を体験する事で、変な体験になる。」

「めちゃくちゃな言い分だな。お前もう帰れ。」

 ポンポンッと、花火の頭を軽く叩くと、そのまま肩を掴み、ドアへと押して行く。ドアを開けると、無理やり外へと花火を放り出した。放り出されながらも、花火はミカゲに尋ねる。

「ミカゲ、宿題はやった?」

「今からやる。」

 そのままバタンッとドアを閉めると、鍵を掛けついでにチェーンも掛ける。ドアの向こう側からは、「見せて。見せて。」と言う花火の声が聞こえるが、聞こえない事にし、そのまま自室へと向かった。

 自室も予め冷房を効かせて置いたお陰で、中は涼しくなっている。やれやれ、と椅子に座ると、早速夏休みの宿題の残りを片付けようと、取り掛かった。

 時計の針が進むに連れ、宿題の量も順調に減って行く。もう殆どが終わると、少し休憩でもしようと、大きく背伸びをし、椅子から立ち上がった。もう一度大きく背伸びをすると、そのままベッドの上へと寝転ぶ。

 昨日今日と、色んな馬鹿の相手をして疲れたなと思うと、段々と眠くなって来てしまう。うつらうつらとなりながら、天上を見つめていると、久しぶりに口にした名前を考える。

「藍川・・・美夜子。本当に・・・存在してたのかな・・・。どうして誰も、覚えていないんだ。」

 ギュッと唇と強く噛み締めると、体を横に向け、顔をベッドの中に埋めた。

「確かに居たのに・・・確かに・・・。糞っ!また変な体験したせいで、思い出しちゃったじゃないか。全部あの馬鹿鬼のせいだ!・・・鬼?」

 ふと気が付き、体をベッドの上から起こすと、ポンッと手を叩いた。

「そうだ!紅葉に聞いてみればいいんだ!変な事は、変な奴に聞くのが一番だ!」

 うんうん、と何度も頷くと、今日は流石に疲れたので、明日にでもまた紅葉に会いに行こうと思った。


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