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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~赤き蝶~
14/16

二人の鬼姫

 三重県内の病院。眠り姫が眠る病室。ベッドの前に座り、赤き鬼蝶を舞い続けさせていた花火は、少女の体が一瞬光ると、そっと手の上で舞う鬼蝶を、体の中へと戻した。

 無言で少女を見つめていると、痩せ細っていた少女の体は、途端にみるみると、生気に溢れ返る。肉が付き、青白かった顔色も消え、健康的な体へと戻って行く。まるで産まれ変わるかの様に。

 閉ざされ続けた重い瞳が、ゆっくりと開くと、目の前には真っ白い天上が見えた。体のあちこちに付けられた、医療器具の配線を取ると、ゆっくりとベッドから体を起こす。長く伸びた黒い髪を、そっと手でなぞると、綺麗に手入れがされていた事がよく分かる。

「おはよう、紅葉。」

 少女の目覚めを見守っていた花火は、そっと呟くと、少女は花火の方へと顔を向ける。その顔を見て、クスリと小さく笑うと、静かな声で言った。

「おはよう、鈴鹿御前。いや・・・花火。」

 目を覚ました少女は、紅葉と同じ顔をしており、白く透き通る様な肌に、長く美しい黒髪をしていた。そしてその瞳の色は、赤くは無い。

「私の名前を知っている・・・。記憶でも覗いた?」

 小さく首を傾げながら、花火が聞くと、紅葉はクスリと笑いながらに答えた。

「ミカゲの記憶を覗いた時にな。お主を見ておる。」

「あぁ、成程。」

 花火はチラリと、ベッドの上の名札の名前を見た。

「お前の名前も、今は違う。」

 「あぁ、そうじゃな。」紅葉も、ベッドの上の名札を見ると、困った顔を浮かべてしまう。

「何とも皮肉な・・・。これは因果かのう。」

「久しぶりに体へと入った気分はどう?紅葉くれは。」

 花火は少女の体の名で呼ぶと、紅葉の瞳は、赤く光始める。

「今はまだ紅葉じゃ。紅葉くれは・・・わしが人として産まれし時の名か。」

 名札には、『蒔野紅葉くれは』と書かれていた。眠り姫の名前は、漢字は違うが、嘗て紅葉が産まれた際、名付けられた名と同じだ。

「あのお方の居場所は、もう分かっている。早く。」

 急かす花火に、紅葉はククッと不敵に笑うと、掌の中から、黒き鬼蝶を出した。

「我が鬼蝶は完全に復活を遂げた。片割れだけでは成しえないが、完全なる力の時は、遠く忘れ去られた記憶すらも呼び覚ます。お主は昔から、これが欲しゅうて仕方が無かったのう。」

 花火は厳しい目付きで、紅葉を睨み付けると、掌の中から、再び赤き鬼蝶を出した。

「お前の子、経若丸が生まれ変わる度に、見付けてやっていたのは私だ。我が鬼蝶を使ってな。」

「分かっておるわ。だがわしが素直に、主の言う事等聞くと思うたか?」

「これ以上の望みは何だ?」

 紅葉は口元をニヤリとさせると、ベッドの上に腰掛け、足を組んだ。

「流石は心得ておる。己が鬼が敵と言う事を。幾つかの質問に、答えて貰おうぞ。」

 真剣な眼差しへと変えると、花火はジッとしばらくは無言で、紅葉の顔を見続けた。しばらくすると、掌の上に出した鬼蝶を体内へと仕舞い、小さく頷く。

「分かった。」

 花火の返事を聞き、紅葉も鬼蝶を体内へと仕舞うと、真面目な口調で言う。

「何故ミカゲの存在を、支配しておった。」

「無論、源経基の生まれ変わりだったから。念には念を。」

「成程な・・・やはりか。」

 紅葉はそっと瞳を伏せると、微かに微笑む。

「お前はミカゲの記憶も、蘇らせるのか?黒き鬼蝶を使い。」

 花火に尋ねられ、紅葉は伏せた目をそっと開くと、花火の顔を見る事無く答える。

「わしは主とは違う。その様な阿呆な事等せんよ。それに・・・。ほんの一時じゃったが、あのお方と会えた。それで十分じゃ。わしは今のミカゲのままで、居て欲しい。」

「愚か。片割れの鬼蝶をミカゲの中に入れた影響で、一瞬思い出したのに。」

「愚かなのはどっちじゃ!未練たらしく、いつまでも昔の男等に、縋りおって。」

 不貞腐れた顔で紅葉が言うと、花火も顔をムスッとさせ、頬を膨らませた。

「だったらお前の子も愚か。気付いて無い。」

 「分かっておるわいっ!」乱暴に紅葉は言い放つと、足を組み変え、呆れた表情を浮かべる。

「誠に愚かじゃ・・・経若丸は。わしが鬼蝶を捨ててしまえば、成仏出来たと言う事も知らずに。」

「そして赤き鬼蝶は、目覚めた意思を再び眠らせない為に、支配していたと言う事も。」

 付け加える様に花火が言うと、紅葉は小さく頷く。

「お主はよくそんな危うい懸けに、乗った物じゃのう。」

 花火はクスリと小さく笑うと、口元をニヤ付かせながらに言って来た。

「言っただろ。念には念を。」

「成程、その為のミカゲか。どこまでも小賢しい女じゃ。」

 紅葉は鼻で笑うと、更に呆れた顔をしてしまう。

 花火はゆっくりと足を組み、椅子の手摺りに肘を付けると、一気にリラックスした体勢に変えた。

「私はいつだって確実な方法を選ぶ。お前が未練を残し、成仏出来ない様に、多少ミカゲに協力をしてやっただけだ。」

 紅葉は、今度は軽く舌打ちをすると、又してもしてやられたと思ってしまう。

「皆お主の手の内で、踊らされていた様じゃな。確かに・・・。わしは既にこの世に未練が残ってしまい、どの道成仏等出来なくなってしまっていたわ。」

「お前の子の遊びに、付き合ってやったんだ。子の約束、親で有るお前に果たして貰う。まぁ、お前に消えられて困るのは事実だったがな。」

「分かっておる。仕方有るまい。」

 紅葉は軽く溜息を吐くと、再び掌の中から、黒き鬼蝶を出す。同じく花火も、赤き鬼蝶を出すと、それまで支配していた存在全てを、一人を覗き排除した。

「いつでもいい。あのお方、坂上田村麻呂様の存在だけを完全に支配した。我が鬼蝶の道標に依り、お前の鬼蝶を飛ばせ。」

「偉そうに命令するでない。よかろう。主の夫、田村麻呂の記憶を蘇らせようぞ。」

 紅葉は黒き鬼蝶を、赤き鬼蝶の中へと入れると、二つの鬼蝶は一つに合わさり、蝶は姿を大きく変えた。紅葉と花火の間で、大きな鬼蝶が揺らめくと、二人は意思を集中させる。鬼蝶は強く光を発すると、遠く離れた所に存在する、坂上田村麻呂の生まれ変わりの男性の姿が、赤き鬼蝶の道標に依り、二人の頭の中に映り込んだ。

 男性はスーツ姿で、社会人一年生と言った感じに、まだ慣れない仕事にアタフタと困惑をしている。休憩時間にホッとすると、一人外で缶コーヒーを飲みながら、煙草を吸っていた。

「こ奴が・・・。」

 ミカゲの記憶の中を覗いた時同様、鬼蝶を使い意思だけを飛ばし、蝶の姿でその様子を見つめる、紅葉と花火。

「そう。我が愛しき夫。田村麻呂様の生まれ変わり。」

 花火がそう言うと、紅葉は早速、男性の体の中へと入り込んで行く。男性の深く、深い記憶の奥底まで入り込むと、坂上田村麻呂の時の記憶を見付け出し、外に出ると共に、記憶も外へと引き摺り出す。

 紅葉が男性の体の中から出た瞬間、男性は手に持っていた缶コーヒーを、地面へと落とした。茫然とし、ゆっくりと立ち上がると、ポロポロと涙を流し始める。

 花火は蝶の姿から、今の体の姿へと身を変えると、そっと男性の前へと降り立った。その姿を目にした男性は、手で口元を覆いながら、涙を流す。

「おぉ・・・鈴鹿よ・・・。私の・・・愛しき人。」

 声を震わせながらに言うと、花火も頬に涙を伝いながら、そっと男性の胸元へと体を寄せる。

「愛しき田村麻呂様。ようやくお会い出来ました。私は今、この様な姿ですが、貴方様をお待ちしております。」

「必ず迎えに行こう。待っていてくれ、鈴鹿よ。」

「我が鬼蝶が、貴方様を導いて下さるでしょう。」

 男性は、そっと花火の体を抱き締めると、そのまま静かに、花火は姿を消した。紅葉もそっと、姿を消すと、二人は病室へと意思を戻す。

 病室の鬼蝶が、再びそれぞれ二つに分かれると、紅葉と花火は、自身の鬼蝶を体内へと戻した。

 花火はそっと、頬に伝う涙を拭うと、幸せそうな表情を浮かべる。

「して、主は人として生きるのか?」

 紅葉が尋ねると、花火は小さく頷いた。

「人として生き、人として死ぬ。だが記憶は消さない。田村麻呂様と、再び共に生きる為に。」

 「そうか・・・。」花火の答えに、紅葉は顔を俯けさせると、自分と少しだが身を重ねてしまう。

 結局記憶は消さないと約束したが、果たして人として生きるのだろうか。それとも人の振りをして、生きるのだろうか。自分でもハッキリとは分からなかった。

「鬼蝶は・・・鬼の力はどうするのじゃ?主の妖刀、大通連はどうする?」

「当然、残すに決まっている。」

 即答をする花火に、紅葉は不思議そうに首を傾げた。

「何故じゃ?人として生きるのならば、必要なかろう。」

 花火は少し、呆れた表情を浮かべると、紅葉を指差した。

「私は鬼の敵。いつ私の存在に気付き、襲われるか分からない。その為にも、鬼の力は必要。田村麻呂様を守る為にも尚の事だ。鬼の魂を封じれば、人と同じ様に歳を取り、死んで成仏も出来る。私は今までそうして来た。」

 「成程。」と紅葉は大きく頷くと、花火が自分を指差している事に気が付く。

「何故わしを指す?」

「別に。」

 二人して不貞腐れた顔で、睨み合っていると、紅葉は「ミカゲは?」と聞いた。

「ミカゲはどうするのじゃ?あ奴は主の正体を知らぬ。このまま隠すのか?」

 すると花火は、クスリと小さく笑い、頷く。

「愚問。例え余所の鬼と知り合おうが、私は『夢野花火』として今まで接して来た。今更変える気等無い。真実を知らない方が、良い事も有る。」

「成程な。飽くまでも、人として生きる事に拘るか。藍川美夜子の事も、本当は覚えておったのじゃろう?ミカゲが出くわした妙な出来事全て、本当は分かっておったが、知らぬ振り等しおってからに。」

「花火としてなら、当然の反応を示しただけだ。」

「どこまでも喰えぬ女じゃ。」

 紅葉はクスリと笑うと、ベッドから立ち上がり、長い髪を掻き上げた。

「体の手入れだけは、礼を言おう。わしはこれから忙しくなる。医学界に革命を起こしたのじゃからな。」

 花火も椅子から立ち上がると、口元をニヤリとさせ、微笑んだ。

「私は礼は言わない。これで貸し借り無しだからな。退屈なお見舞い生活から、ようやく解放された。後は田村麻呂様が迎えに来るのを、待つだけだ。」

 そう言うと、そのまま病室のドアを開き、出て行ってしまった。

「喰えない女じゃ。」

 紅葉は又クスリと、小さく笑うと、慌しく駆け付けて来る医者と看護婦を、笑顔で出迎えた。


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