約束と約束
カラカラと下駄を鳴らしながら、経若丸の待つ元へと向かう為、紅葉は洞窟内を歩いていた。一歩一歩を踏み出す度に、高鳴る鼓動が寄り一層高鳴る。胸元でギュッと、手を握り締めると、焦る気持ちを必死に抑えた。
幾年振りの再会。我が子に恥じぬ様、凛々しい姿で現れなければ。お前の母は、どれ程長い年月を得ようと、変わらぬ強さと美しさを、今も尚持ち続けているのだと、示さなくては。そう思うと、一気に緊張が高鳴ってしまう。
洞窟の出口付近へ行くと、銀治が出迎えて来た。紅葉は銀治の横で足を止めると、もう後一歩外へと踏み出せば、そこには経若丸が居ると言う事が、自然と分かる。
「時が来ました。人払いは済ませて有ります。」
銀治は軽く紅葉に向かい、頭を下げると、「うむ。」と、紅葉は凛々しい声で答える。そのまま銀治の横を、通り過ぎようとすると、銀治は頭を下げたまま、紅葉に言った。
「紅葉様。約束と言う物は、果たす為に交わす物ですよ。初めから果たすつもりが無いのでしたら、約束等交わしてはいけません。」
紅葉はチラリと、視線だけ銀治の方へと向けた。小さく口を開き、何かを言おうとするも、言うのを止め、又視線を真っ直ぐに前へと戻す。
見透かしおって―――――。そう言おうとしたが、言ってしまえば、銀治の言葉を認めてしまう事になる様な気がした。後ろめたさからか、又は罪悪感からか、否定も肯定も出来ない。
再び歩き出し、洞窟の外へと出ると、夕焼けが目に映った。真っ赤な紅葉の瞳の様な、赤い夕日を背に、金色の髪をした青年のシルエットが見える。後ろ姿の青年は、スラリと背が高く、ゆっくりとこちらを振り向いた時、緑色の瞳が浮かび上がった。その顔を見た紅葉は、只無言で見つめる。紅葉の記憶に残る経若丸の面影は、欠片も見当ら無い。
だが、それでも分かる。例え容姿が全く異なっていようと、紛れも無く我が子、経若丸なのだと。
「我が愛しき子、経若丸よ・・・。」
紅葉は薄らと、瞳に涙を浮かべながら、愛おし気にその名を呼ぶ。ようやく会えた。これで長年の祈願が、成就される。
凛はゆっくりと、紅葉の元まで歩み寄ると、紅葉の目の前まで足を止めた。微かな風に靡く、紅葉の髪をそっと撫でると、愛おしそうな表情で、微笑んだ。
「母上、お会いしとうございました。母上から託された鬼蝶が目覚めた時、この様な姿で驚きましたが、それでもお会いしたく、参上した限りです。」
柔らかい口調で凛が言うと、紅葉の瞳に溜まった涙は一気に溢れ出し、それまで堪えていた気持ちも、溢れ出て来てしまう。
「わしも・・・。母もじゃ!この母も、どれ程会いたかった事か!この日をどれ程待ち望んだか!愛しき経若丸よ!」
紅葉は大粒の涙を流しながら、凛の体を強く抱き締めた。強く、強く抱き締めると、凛もそっと、紅葉の体を抱き締める。
「ようやく会えた・・・。我が愛しい子に。わしの願いが・・・ようやく叶った。」
涙を流しながら、紅葉は幸せそうな笑顔を浮かべ、瞳を伏せる。しっかりと凛の温もり、体の感触を感じる。束の間の幸福を、しっかりと噛み締める様に味わうと、そっと閉じた目を開いた。
紅葉は抱き締めた腕の力を、ゆっくりと緩めると、そっと凛の体から離れて行こうとする。これでやっと、祈願が成就された。後は静かに、眠るだけだ。
しかし、凛は紅葉の体を抱き寄せると、ギュッと強く抱き締め離さない。「経若丸よ?」戸惑う紅葉の耳元で、凛はクスリと小さく笑うと、囁く様に言った。
「逝かせないよ、母上。初めから、僕との約束を守る気なんて無い事位、分かってるよ。」
「経若丸・・・主は・・・。」
凛は抱き寄せた紅葉の体を、自分の体からそっと離すと、優しく紅葉の頬を撫でた。そして口元をニヤリとさせると、不適な笑みを浮かべる。
「母上の身勝手さは、子で有る僕が、誰よりもよく分かっているからね。だから僕も、身勝手な子として、この日の為に、こちらも色々と準備をしたんだよ。」
「準備じゃと・・・?それは、わしの体の事か?わしは―――――。」
「体だけじゃないよ。母上が僕に会っても、成仏出来ない様にも・・・ね。」
言葉を遮り、凛が言うと、紅葉は驚いた顔をさせた。
「何を言うておる!わしはっ!わしは主と会えたのじゃ!わしの祈願は成就し・・・。」
言い掛けている途中、自分の体に何の変化も無い事に、ハッと気が付く。
願いが叶い、心から満たされれば、成仏が出来る筈だ。それにも関わらず、紅葉の体は今も尚、具現したままこの場に居続けている。
「どう言う事じゃ?」
紅葉は慌てて、凛の体から離れると、自分の体を隅々見渡した。「何故じゃ?」困惑をする紅葉に、凛はクスリと小さく笑うと、嬉しそうな顔をして言った。
「正直ちょっと心配もしてたんだけど、上手く行ってよかったよ。眠り姫が意思を取り戻してくれたお陰で、『生きたい』と言う意思を持つ事が出来たからね。」
「どう言う事じゃ、経若よ。母に何をした?」
凛は紅葉の側へと再び寄ると、そっと髪を一束摘み、軽く口づけをした。優しく紅葉の顔に手を添えると、口元をニンマリとさせ、クスクスと小さく笑いながら、説明をし出す。
「母上の体はね、今は半分機械のお陰で、生きながらえている様な物なんだよ。そんな彼女の中に、母上が僕に託した鬼蝶を入れてあげたんだ。」
紅葉はハッと気が付くと、自分の持つ片割れの鬼蝶の事を、思い出す。
「片割れの鬼蝶が、一つに戻ろうと紡ぎ合っておるのか。」
凛はニッコリと微笑み、嬉しそうにパチパチと手を叩くと、両手で包みこむ様に、紅葉の両頬に手を添えた。
「流石は母上。そう、今母上の魂と、入るべく体は繋がっているんだよ。半分に裂かれた鬼蝶に依ってね。例え母上が成仏しようと思っても、体の方が『生きたい』って願っているんだ。だからそれぞれの鬼蝶は、その間を揺らぎ互いに引っ張り合っている。そしてその繋がりを途絶えさせない為に、赤き鬼蝶が母上の体を支配しているんだ。」
「赤き鬼蝶じゃと!」
赤き鬼蝶と聞いた瞬間、紅葉の顔は一転し、険しい表情へと変わる。
頬に添えられた凛の手を、乱暴に払い除けると、厳しい目付きで凛を見つめた。
「経若丸よ。お主、鈴鹿御前の力等借りおって!」
強い口調で言い放つと、凛はワザとらしく困った顔をさせて見せ、笑いながらに言った。
「嫌だな母上。とっくに経若丸としての記憶を取り戻して、母上の体を見付けたはいいけど、どうすればいいのか分からずに、さ迷っていた僕を見付けてくれたのは、鈴鹿御前なんだよ?」
「鈴鹿が?どうせ己の願いを叶える為に、お主を見付け出したのだろう。」
「そうだろうね。だからその為に、僕にも協力をしてくれたしね。でもね、母上。」
凛は紅葉に顔を近づけると、ニヤリと又不適な笑みを見せる。
「記憶を取り戻した時点で、僕は母上を復活させる事を考えていたんだ。だから鈴鹿御前の協力が無ければ、僕は母上に会いには行かなかったよ。」
紅葉は悔しそうに、ギュッと唇を強く噛み締めると、目の前で笑う凛の顔を睨み付けた。
「どの道わしに、選ぶ道等始めから無かったと言う事か。我が子にしてやられるとは・・・。」
凛はニッコリと嬉しそうな笑顔を浮かべると、紅葉からそっと離れ、ズボンのポケットの中から、携帯を取り出す。
「さぁ、母上。いつでもいいよ。準備は整ってる。僕が鈴鹿御前に連絡を入れれば、赤き鬼蝶が母上の魂を、体の中へと連れて行ってくれるよ。母上は僕に会い、この場の呪縛からはもう、解放されたんだからね。」
「真に存在を支配されていたのは・・・ミカゲでは無く、わしの体じゃったと言う事か・・・。」
ポツリと小さく呟くと、紅葉はそっと目を伏せた。
ミカゲと言う名を口にし、思い出してしまう。明日と言う日の約束を。どの道体の中へ入るのならば、ミカゲとの約束の日を過ごしてから、入りたいと思った。だが自分の身勝手な気持ちで、勝手に成仏をしようとしたのだ。偉そうに言えた義理では無い。ましてや我が子との約束さえ、破ろうとしたのだから、頷く事しか、選択の余地は無い。
紅葉は凛の顔をしっかりと見つめると、ゆっくりと頷こうとした。だがその瞬間、胸がチクリと痛み、中々頷く事が出来ない。思わず顔を凛から逸らすと、俯いてしまった。
「どうしたの?母上。母上の体は、そう長くは持たないんだけどね。」
紅葉はギュッと、着物の裾を強く握り締めると、薄らと涙を浮かべながら、凛に訴えた。
「すまぬ・・・経若丸よ。もう一日・・・。後一日だけ待ってはくれぬか?さすれば、体へと自ら入ろう。」
切なそうな顔をさせて言う紅葉に、凛の表情は硬くなると、それまでの穏やかな声とは一転し、低く静かな声で言う。
「それは、例の人間の子の為?」
「例のとは・・・。ミカゲの事を、知っておるのか?」
驚いた顔をする紅葉に、凛は鋭い目付きをさせると、手に持っていた携帯を、強く握り締める。
「鈴鹿御前が言っていたよ。母上が一人の人間の子に、随分とご執心の様だってね。でもね、母上。どちらにしても、母上は体の中へと入るんだ。だったら、関係無いよね。」
そう言うと、握り締めていた携帯を開き、花火へと電話を掛け様と電話番号を出す。
「待てっ!駄目じゃ!わしにはまだ、果たさねばならぬ約束が有るっ!」
慌てて叫び、紅葉は凛から携帯を奪おうとするが、着物の裾を踏み付け、その場に倒れ込んでしまう。
凛は紅葉の事等気にせず、そのまま電話を掛け様と、通話ボタンを押した。その直後、突然後ろから、携帯を誰かに奪われてしまう。
「なっ!何だ?」
慌てて振り返ると、そこにはミカゲの姿が有った。
突然背後から現れたミカゲの姿に、紅葉と凛は驚き、唖然とする。ミカゲは凛の携帯の通話ボタンを切ると、倒れ込んでいる紅葉の元まで、急いで掛け寄った。
「紅葉っ!紅葉、大丈夫か?よかった!まだ居る!よかった!」
紅葉の体を掴み、ゆっくりと置き上がらせると、茫然とした顔で見つめて来る紅葉に、嬉しそうに言った。
「よかった、まだ成仏してなくて。本当、よかった。」
「ミカゲ・・・何故ここに・・・?」
紅葉を立ち上がらせると、ミカゲはムッとした顔をさせ、両手で紅葉の両頬を、ギュウギュウと抓り始める。
「おいコラ!あんなメールいきなり送り付けやがって!皆してめっちゃ心配したんだからなっ!」
不貞腐れた顔で怒鳴り付けると、紅葉は「ひはひっ!ふまぬっ!」と、涙目になりながら、もがく。ミカゲはそっと紅葉の頬から手を離すと、痛そうに両頬をさっている紅葉の体を、自分の元へと抱き寄せた。「ミカゲ?」紅葉の体を、ギュッと強く抱き締めると、ミカゲは声を震わせ、涙を堪えながらに言う。
「約束したじゃんか。指切りしたじゃんかよ。ちゃんとさよならも言わずに消えるのなんて、反則だ。」
紅葉はそっと、ミカゲの頭を撫でると、涙ぐみながら、優しい声で言った。
「すまぬ・・・。そうだな、すまなかった。だがミカゲよ。わしはもう、成仏等出来ぬのじゃよ。」
「え・・・?それ、どう言う意味?」
ミカゲはそっと、紅葉を体から離すと、驚いた表情をさせた。
紅葉は切なげに微笑むと、凛の方へと視線をやる。紅葉の視線を追い、ミカゲは後ろを振り返ると、険しい顔付きで佇んでいる、凛の姿を見付けた。
「どちら様?」
不思議そうに首を傾げるミカゲに、紅葉は「我が子じゃ。」と、小さく呟く。その言葉に、ミカゲは唖然とし、更に驚いてしまう。
「経若丸?って・・・外人?」
凛は驚いているミカゲを睨み付けると、ミカゲが手にしている、奪われた携帯を指差した。
「ハーフ。意味も分からず、人の携帯奪ったの?」
ミカゲは手にした携帯を見ると、困った様子で頭を掻き毟ってしまう。
「あぁ・・・いや・・・。何か、脅迫的な何かでもされてるのかなぁ~って思って・・・。違った?」
ミカゲがそう聞くも、凛は視線を逸らし、何も言い返さない。言い返そうにも、強ち間違ってはいなかった為、尚の事だ。
「母上は体へと入り、復活をするんだ。その為に必要だから、僕の携帯、返してくれないかな?」
凛は手を差し出すも、ミカゲは携帯を洞窟の中へと向けて、大きく投げ付けた。「なっ!」慌てて凛は拾いに行こうとするが、ミカゲは凛の目の前に立ちはだかり、道を塞ぐ。
「何?何で邪魔するのかな?君も母に、体の中へと入って欲しかったんだろ?」
凛は鋭い目付きでミカゲを睨み付けると、ミカゲも負けずと、凛を睨み付ける。
「悪いけど、それは明日なんだ。俺は紅葉と約束が有る。」
「約束?どんな約束?そんな物、体の中に入ってからでいいよ。」
「駄目だっ!」
ミカゲは大声で叫ぶと、両手を大きく広げた。
「この場所で、この紅葉とじゃなきゃ駄目なんだ!『鬼女紅葉』として一緒に過ごす、最後の思い出になるかもしれないんだ!」
「ミカゲ・・・。」
ミカゲの言葉を聞き、紅葉の瞳には、思わず涙が滲んでしまった。自分の気持ちばかりを、優先しようとしていた事が、恥ずかしくて仕方が無い。
「最後の?どう言う・・・。」
凛が困惑をしていると、紅葉はそっと、ミカゲの腕を退かし、凛の前へと立った。
「経若丸よ・・・。母は、体の中へと入った時、我が記憶を消し去るつもりなのじゃ。」
「消し去る?」凛は慌てて、紅葉の肩を掴むと、「駄目だよ!」と大声で、何度も叫び始める。
「それは駄目だよ母上!そんな事をしたら、僕が体を用意した意味が無くなる!母上と生涯生きて行こうと思っているのに!僕の事を愛してくれている母上じゃなければ、意味が無い!」
「生涯?」必死に訴えている凛の言葉に、ミカゲは不思議そうに首を傾げると、ジッとその場で考え込んだ。
紅葉は小さな笑顔を見せると、そっと凛の手を握り締め、優しく言う。
「ならば尚の事、明日まで待ってはくれぬか?ミカゲと約束をしたのじゃ。もし明日、皆と過ごし、少しでも忘れたくないと思えば、記憶は残すと。」
「記憶を残す?本当ですか?」
紅葉は大きく頷き、優しい笑みを浮かべると、凛はギュッと唇を噛み締め、紅葉から顔を背けた。
悔しいが、花火が言った通り、紅葉の魂を体へと入れるのは、自分では無くミカゲだ。今無理やり体の中に入れてしまえば、紅葉は間違いなく、記憶を消し去ってしまうだろう。それは自分が、紅葉の子だからこそ、誰よりも紅葉の考えが分かる。
「分かりました・・・母上。明日まで・・・待ちましょう。」
悔しさを押し殺しながら、凛は小さく頷くと、「ありがとう。」と紅葉は、凛の頭を優しく何度も撫でた。
「母上・・・。」
愛おしそうに凛は紅葉を見つめると、そっと紅葉の頬に触れる。その姿を見たミカゲは、ハッと気が付き、「あああああぁぁぁぁー!」と突然大声を上げた。
「何事じゃ?」
余りの大声に、紅葉は体を飛び跳ねさせ、ビックリすると、慌しくミカゲの方を向いた。ミカゲは口をパックリと開き、驚いた表情をさせながら、凛に向かって指差している。
「人を指差すって、失礼だね。何?」
気に喰わない様子でミカゲに言うと、ミカゲは紅葉の肩に手を置いている凛の手を、乱暴に振り払った。
「失礼だね、じゃねーよ!このマザコンっ!お前、紅葉が体ん中入ったら、結婚しようとか思ってんじゃねーか?」
「マッ!」
ミカゲに図星を突かれ、凛の顔は真っ赤になってしまうと、それまでの余裕な態度は途端に消え、アタフタと慌て始めてしまう。
「なっ何言ってるんだよ。僕は親子として、再び共に生涯を生きたいと願っているんだよ。子としてのリゥボーフィで、ウーズィだよ。」
「おいコラ!思いっ切り動揺してるぞ!何か英語じゃない言葉が混じってんぞっ!」
「ロシア語だよ。僕はほら、ロシア人とのハーフだからね。あぁ!自己紹介がまだだったね。今は凛エセーニンって名前なんだけどね。」
「何何気に話題変えようとしてんだよ!歳も美味しい高校生だったしな。」
ミカゲは一気に白けた顔をさせると、凛は顔を真っ赤にさせながらも、ミカゲを睨み付けた。紅葉は何の話やらさっぱり分からず、戸惑ってしまっている。
「きっ、君だって同じじゃないのか?歳も同じ位だし、だから記憶だって消えて欲しく無いんだろ?」
「なっ!」
今度はミカゲの顔が、少し赤くなってしまうと、ミカゲは慌てながらに訴えた。
「俺はそんなんじゃねーし!せっかくの思い出が消えるのが、嫌なだけだよ。マザコンと一緒にすんな!そして開き直るなマザコンっ!」
「マザコンマザコン連発するなよ!子のリゥボーフィは偉大なだけ!」
二人揃って顔を赤くし、言い争っていると、クスクスと小さな紅葉の笑い声が、聞こえて来た。二人はハッと気付き、紅葉の方を向くと、紅葉は可笑しそうに、着物の裾で口元を押さえながら、笑っている。
「ふっ・・・フフフっ!いや、すまぬ・・・すまぬっ!何の話かは知らぬが、可笑しくてのう。愉快じゃ。ほんに愉快じゃ。」
「いや・・・愉快って。紅葉さん、貴女自分の子供に、恋心を抱かられちゃってるんですよ。少し位引けよな。」
呆れた様子でミカゲが言うも、紅葉は気にせず、可笑しそうに笑い続ける。すると突然、良い事を思い付いた様に、パンッと手を強く叩いた。
「そうじゃっ!せっかくだ、経若丸よ、明日はお主も共に過ごそう。」
「僕も?過ごすって、一体何をどう?」
まだ少し顔を赤くさせながらも、困った表情を浮かべる凛に、紅葉は嬉しそうに言った。
「明日はミカゲ達に、お礼としてわしから、プレゼントが有ったのじゃよ。せっかくじゃ、我が子にも受け取って欲しい。母をこんなにも想ってくれていた、我が子への礼として。」
「母上・・・。」
凛は嬉しそうに小さく頷くと、頬をピンク色に染めた。「マザコン。」横からミカゲがボソリと言うと、凛は不貞腐れた顔で、ミカゲを睨み付ける。
「頬をピンクに染めるなマザコン。気持ち悪い。」
冷たい視線で、ミカゲは凛を見下す様に言うと、凛は思いっ切り小馬鹿にする様な態度で、ミカゲに言い返す。
「昨日今日知り合った奴に、僕等の間に入り込める隙間何て無いよ。残念だね。」
「だから俺は、そんなつもりじゃ無いって。ったく、これだからマザコンは・・・。」
又も二人が睨み合い始めるも、紅葉はそんな二人の事等気にせず、体をクルリと洞窟の方へと向けた。
「銀治!主もじゃぞっ!」
洞窟の奥に向かい、そう叫ぶと、中からは凛の携帯を持った銀治が、ゆっくりと出て来る。「銀治さん?」ミカゲは銀治の姿に気が付くと、驚いた顔をするも、嬉しそうに言った。
「銀治さん、居たんですか?何だ、だったら早く出て来てくれればよかったのに。」
「いやいや、話の腰を折っては申し訳ないと思いまして。」
銀治はやはり髪の無い頭を掻きながら、軽く頭を下げると、手にした携帯を、凛へと手渡した。
「どうぞ、若様。キャッチしたので、壊れていませんよ。」
「あぁ・・・ありがとうございます。」
凛は携帯を受け取ると、確かに傷が付いていない事を確認する。ミカゲが携帯を洞窟内へと投げた時、その場に居た銀治が、見事キャッチをしていた様だ。
「私もお呼ばれされて、いいのでしょうかねぇ?」
「構わぬ。主は一番わしの為に働いたしな。何より!その後引っ越しの準備が有る!更に忙しくなるぞよ!銀治よっ!」
銀治は嬉しそうな笑顔を浮かべると、「はい。」と返事をし、深く紅葉に向かい、頭を下げた。
「引っ越し?引越しの準備って、紅葉のあの部屋の中の物を?」
不思議そうにミカゲが尋ねると、銀治は困った様子で頭を掻き、「それも有りますが・・・。」と、口籠ってしまう。ミカゲが首を傾げていると、凛は呆れた様子で、溜息混じりに言って来た。
「何にも知らないの?銀治さんは、平維茂の末裔だよ。母が体を手に入れ復活するとなれば、また見張らなくてはいけない。もう大丈夫だって、確信を得るまでね。」
凛の話を聞いたミカゲは、口をパックリと開けて、驚いてしまう。
「はぁ?だって、苗字違うじゃん!片瀬って言ってなかったっけ?」
銀治は更に困った顔をさせると、驚くミカゲに困りながらに話した。
「先祖が婿養子になりましてねぇ。それで苗字は変わってしまったのですよ。ですから、バイトの様な物だと・・・。まぁ私の代で、お役目も無事終える事が出来るでしょう。」
「何がバイトの様な物だ・・・。ややこしい。」
ミカゲは恨めしそうな顔をさせるも、始めから知っていた凛の事の方が、何故か気に喰わなく思えてしまう。
「しかしミカゲよ。主はどうやってここまで来たのじゃ?森はもう、わしが消してしもうたのに・・・。電車か?新幹線か?」
改めて、突然現れたミカゲの事を、不思議に思い、紅葉が尋ねると、ミカゲは「あぁ。」と、ゆっくりと掌を上に翳した。すると掌の中から、青い色をした鬼蝶が、ヒラヒラと羽を揺らしながら、浮かび上がって来る。ミカゲの掌の上で舞う鬼蝶を、三人は驚いた顔をして、見つめた。
「青き鬼蝶・・・。そうか、そうじゃったな。」
紅葉は柔らかい笑みを浮かべると、納得する様に小さく頷く。青き鬼蝶は、既にミカゲの中に居た事を、思い出す。
ミカゲの中から青き鬼蝶が出て来た事を、凛は唖然とした顔で見つめると、信じられない様な顔をした。
「そんな・・・。有り得ない。鬼蝶が人間を主として認めるなんて・・・。しかも・・・その鬼蝶は酒吞童子が有していた鬼蝶だ。それをその辺の高校生が、主になるなんて。」
声を震わせながらに言う凛に、銀治はニコヤカに言った。
「有り得ない事は有りませんよ。主を失った鬼蝶は、鬼蝶自身の意思に依り、主を決める。ミカゲ君は、青き鬼蝶の目に留まったのでしょう。主として申し分ないと、認められたのですよ。」
「そんな・・・。」
愕然とする凛に、銀治はそっと優しく、肩を叩いた。
凛からすれば、プライドがズタズタに壊されてしまった様な物だ。鬼女紅葉の子で有りながら、同じ人間として、只の高校生のミカゲの方が、青き鬼蝶に認められたのだから。その上結局、紅葉の魂を体へと入れるのは、自分では無くミカゲなのだ。どちらもミカゲに、負けてしまっている。
凛はグッと唇を噛み締めると、顔を俯け、悔しい気持ちを必死に押し殺した。
「まぁ、そう言う事なら、明日の集合時間決めとこうよ。東志と五十嵐さんは、俺ん家居るし。あー突然俺が消えて、ビックリしてるだろうなぁ・・・。」
ミカゲはすっかり、二人の事を忘れてしまっていた事に気付き、困った様子で頭を掻き毟る。「まぁいいか。」戻ってから説明をすればいいかと思うと、銀治に明日の都合を聞いた。
「銀治さんは、何時頃が空いてます?仕事の関係とかで、やっぱり昼って言うのは・・・無理ですよね?」
「いえいえ。私はいつでも構いませんよ。自営業なので。」
「そうなんですか。」
ミカゲは少し驚きながらも、今度は顔を俯けている凛にも聞く。
「凛は?この辺に住んでんの?」
「ちょっ!呼び捨て?馴れ馴れしくない?しかも僕の方が、歳上なんだけどね。」
慌てて顔を上げると、ムッと不貞腐れた顔で、ミカゲを睨み付ける。だがミカゲはそんな事等気にせず、「どうなの?」と、苛立つ様に再度聞いて来た。
「近くに住んでるよ。僕もいつでもいいけど。大学生だしね。」
ミカゲはパンッと、手を叩くと、「じゃ、十二時集合で!」と、嬉しそうに言う。
「何故十二時じゃ?」
興味津津に紅葉が聞くと、ミカゲはニコニコと、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、話した。
「一番暑い時間帯だから!それに、お昼時だし、東志と五十嵐さんに、家の冷蔵庫漁られても困るしね!」
何と言う事も無い理由に、紅葉と凛は呆れてしまう。「いやいや。」銀治だけは可笑しそうに笑うと、「でしたら。」と提案をして来た。
「お昼のお食事は、こちらでご用意致しましょう。いえね、妻が最近料理に凝り出し始めまして。頼めば喜んで沢山作ってくれるでしょう。」
「え?銀治さん、結婚してたの?」
当然の様な口振りで、普通に言う銀治の発言に、ミカゲは驚いてしまう。「えぇ、していますよ。」爽やかな笑顔で頷く銀治に、ミカゲの口元は微妙に引き攣った。ロックバンドを趣味に、スキンヘッドの鬼姫監視員の嫁とは、どんな嫁なのだろうと、少し気になってしまう。
「じゃあ、明日十二時、紅葉の部屋に集合って事で。」
ミカゲが確認をすると、三人は頷いた。
「じゃ、俺一旦帰るわ。東志と五十嵐さん、放置したまんまだし。紅葉、明日楽しみにしてる。」
ミカゲは紅葉の方を見つめると、紅葉もミカゲの顔を見つめ、大きく頷いた。
「わしもじゃ。楽しみにしておる。」
ミカゲは青き鬼蝶を掌の上で翳すと、再び蝶は強い青光りを発する。光が消えると共に、ミカゲの姿も消えて行った。
「明日な・・・ミカゲ・・・。」