青き鬼蝶
松里と東志からのメールの返信を受けた後、何故か二人は、ミカゲの部屋へと上がり込んでいた。
集合は明日と言う筈だったが、何故が返信後にミカゲの家へとやって来た二人に、ミカゲは解せぬ様子で、楽しそうにPSPの充電をしている二人の姿を見つめる。
「あのさ、何で今日来てる訳?泊まる気?五十嵐さんに関しては、花火留守だから、花火ん家には泊まれないよ。」
一人白けた様子でベッドの上に座るミカゲに、松里はいつも以上に高いテンションで言う。
「だって楽しみ過ぎて、待ちきれなくてさぁ~!体が疼いて出向いちゃってだんだよぉ~!本能には逆らえませんなぁ~!あっ!九条君家泊めてねぇ~ん!」
ミカゲの口元が、一瞬ピクリと引き攣ると、相変わらず人の家で、PSPを充電している東志も言う。
「せっかくだから、皆で菓子の買い出し行こうと思ってよー。だったら先合流してった方が、いいかなーって思ってな。あの森使ってもいいけど、一人一人だろ?面倒じゃねーか。俺も泊まってくからな。」
又もミカゲの口元が引き攣ると、小さな不満は一気に大きくなる。決して広いとは言えないミカゲの部屋に、五月蠅い奴が二人も居座ると、その鬱陶しさは倍で、ミカゲは不満を爆発させる様に言った。
「あのさ、俺ん家そんな広く無いんだけど!親も居るんだけどっ!お前等来るなら明日来いよっ!泊まる必要性がどこに有るんだよっ!」
「いいじゃん、いいじゃん~。皆でワイワイ強化合宿みたいで楽しそうでさぁ~!」
呑気に言って来る松里に、ミカゲは呆れた顔をさせる。
「何を強化するんだよ。ってか、五十嵐さん変態に襲われても、俺知らないからね。」
「それ誰の事言ってんだよっ!」
ムッとした顔で東志が言って来ると、ミカゲは当然の様な口振りで言い返した。
「お前しか居ないだろ。」
「テッ!テメェーぶっ殺す!俺は五十嵐には興味ねぇーよっ!」
「あぁ、ロリコンだもんね。」
「テッテメェー!」顔を真っ赤にさせながら、騒ぐ東志の事は当然無視し、ミカゲは呆れながらも、仕方なさそうに溜息を吐く。
「言っとくけど、夕食は各自で何とかしてよね。五十嵐さんは、寝るならリビングで寝てよ。東志は床。嫌だけど俺の部屋の。」
「了解っ!隊長~!」
元気よく返事をする松里に、ミカゲは又一つ、溜息を吐いた。
「しっかしまた急な集合だなー。鬼姫は気まぐれかぁー?」
すっかり先程の事等忘れ、持って来たお菓子を食べながら東志が言うと、ミカゲの顔は、一瞬曇ってしまう。
ミカゲは少し戸惑いつつも、集合を掛けたのは自分からだと話すと、紅葉の事をどう思っているのか、二人に尋ねてみた。
「当然私は好きだけどぉ~?面白いし綺麗だしっ!」
嬉しそうに松里が答えると、「東志は?」と、尋ねる。
「俺?あー俺は別に、綺麗とは思うけど、そう言うのには興味ねーな。まぁ一緒に遊ぶには、楽しい奴だよな。」
「そっか・・・。」ミカゲは顔を俯けると、東志と松里は、二人して不思議そうに顔を見合わせた。
「なして急にそんな質問?」
不思議そうに松里が聞いて来ると、ミカゲは困った様子で、頭を掻き毟る。
「いや・・・別に・・・。」
ミカゲは顔を俯けたまま、浮かない表情をさせた。二人は更に、不思議そうな顔でミカゲを見つめると、首を傾げてしまう。
本当は、もし紅葉の記憶が、自分達から消えたり、逆に紅葉から消えたりしたら、どう思うのだろうかと聞いてみたかった。だが中々照れ臭くて聞けず、そわそわとしていると、東志が突然、ミカゲの頭をバシッと強く叩いた。
ミカゲは思いっ切り気に喰わない目付きで、東志を睨み付けると、東志は後退りをしながらも、堂々とした口調で言う。
「おっお前らしくねーんだよっ!聞きたい事があんなら、ハッキリ聞けよ!顔に出てんぞっ!」
東志に指摘され、確かに自分はすぐに顔に出てしまうと思うと、恥ずかしさから頬が少し赤くなる。何より東志の言う通り、ハッキリと言わないのは自分らしく無いと思うと、思い切って、二人に疑問をぶつけてみる事にした。
「あのさ、もし紅葉に関する記憶が、全部消えちゃうとしたら・・・どう思う?」
すると質問をした途端、松里は勢いよく立ち上がり、手を両頬に添えながら、叫び出してしまう。
「いやあああぁぁぁ~!あの甘い一時を忘れるなんてっ!耐えらんない~!一期一会こそが人生と称する私からしたら、有り得ないよおおおぉぉ~!」
「分かったから、少し落ちつけよ。」
引き気味ながらにミカゲが言うと、松里は「了解っ!」と、素早く切り替え、その場に正座をして座った。
「記憶消えるって、忘れちまうって事だろ?だったら嫌に決まってんだろーが。せっかくの思い出が、無くなっちまうんだからな。」
東志は落ち着いた様子で言うと、珍しくまともな意見を普通に言う東志に、ミカゲと松里は目をパチクリとさせ、驚いた。その驚く二人の姿に、東志は驚く。
「んだよっ!何で驚いてんだよ!テメェー等失礼な奴等だなっ!」
「あぁ、悪い。」苦笑いをしながら、ミカゲは適当に謝ると、逆の場合についても聞いてみる。
「紅葉ちゃんが忘れちゃうのも、やっぱり寂しいかな。こっちは知ってんのに、向こうからは他人様と思われちゃう訳だしねぇ。」
今度は落ち着いて松里が意見を言うと、東志も大きく頷いた。
「確かになー。また一からってなると、案外難しかったりするしな。こっちは知ってるだけあって、先走っちまうって言うか。」
「あぁ~それ分かるよぉ!早く元通りの仲良しになりてぇ~って思うと、早とちりして空回りして、爆死するっつ~かぁ!」
「そうそうっ!そんで逆に、嫌われちまったりする事も有るしな。」
二人の話を聞いていたミカゲは、二人が自分と同じ気持ちで、どこか安心をした。
やはりどちらの記憶も、消えない方が一番いいのだ。何より、紅葉が体へと入れば、他の二人ともいつでも好きな場所で、会う事が出来る。それはきっと、二人からしても、嬉しい事だろう。そう思うと、明日は絶対に、紅葉が忘れたくないと思う様な、楽しい時間にしなければと、尚の事思った。
「あのさ、二人に協力して欲しい事が有るんだ。」
ミカゲは真剣な表情で言うと、「分かる分かる!」と、未だに話していた二人は、ピタリと会話を止め、ミカゲの方を向いた。
「何だよ急に?協力って、何のだよ?」
不思議そうに東志が尋ねると、ミカゲは戸惑いながらも、紅葉の正体について、二人に説明をする。
今の紅葉は、魂が具現した物だと言う事。魂が入れる特別な体さえ有れば、復活が出来ると言う事。そしてその体が、見付かったと言う事等。何より、紅葉は経若丸の生まれ変わりと会ってしまえば、全ての者の記憶を消し去り、成仏してしまう。だが体に入れば、記憶は残り、共に人間として生きる事も出来ると言う事、全てを話した。
「でも紅葉は、人間として生きるなら、自分の『鬼女紅葉』としての記憶を消すって言ってた。それで約束したんだ。もし明日、皆と遊んで、少しでも忘れたくないって思ったら、記憶は消さないって。だから――――。」
「だから忘れられない一時をってかぁー?」
まだミカゲが話している途中、東志が続きを言うと、東志は呆れた表情を浮かべた。
「そんなの意味ねーよ。そう言うもんは、計画的にやりゃーいいってもんじゃねーんだからな。」
「そうだけど、少しでもいつも以上に楽しくする事位、出来るだろ?」
ミカゲは不満気な顔で東志に言うと、その後松里の方へと顔を向けた。すると松里も、いつもの呑気な態度とは違い、東志同様、呆れた表情を浮かべている。
「私も日下部君に一票。変に計画的にやっても、逆に白けちゃう可能性有るしねぇ。それにそう言うのって、私等が忘れたくないって思えれば、相手だって自然と同じ気持ちになってるもんじゃないの?」
「それは・・・確かに。」
二人の真面目な意見に、ミカゲは納得をしてしまうと、これ以上言い返す言葉が見付からない。
「私が思うにさぁ~。紅葉ちゃんは、もうとっくに忘れたくないって、思ってるんじゃないかなぁ?勿論、忘れて欲しくないともさ。」
「何でそんな事分かるの?」
ミカゲが尋ねると、松里は携帯から紅葉の写真を画像に出し、ニッコリと笑顔で、紅葉の写真をミカゲに見せて来た。
「ほらっ!この笑顔見たら、分かるじゃんっ!」
「根拠が無い。」
バッサリとミカゲが切り捨てると、松里は困った様子で苦笑いをしてしまう。
「テメェーそこは嘘でも、そうだねーとか言っとけよ。」
呆れながらに東志が言うと、「だって事実だし。」と、ミカゲは白けた顔をさせる。
三人揃って黙りこんでしまうと、妙な沈黙が訪れ、その場の空気は一気に白けてしまった。
と、突然、ミカゲの携帯のメール着信音が、静まり返った室内に鳴り響き、一斉に体が飛び跳ね、驚いてしまう。慌ててミカゲは携帯を手に取り、メールを開くと、紅葉からだ。何の用事だと、不思議に思いながらメールの文章を読むと、その文章を読んだ瞬間、ミカゲは驚き、その場に硬直してしまった。
「何だよ・・・ビックリしたじゃねーかよ。」
東志は胸に手を当てると、携帯を方手に、その場に固まってしまっているミカゲに気付き、不思議そうに「どうした?」と聞く。だがミカゲは何も答えず、無言で携帯の画面を見つめているだけだ。
「誰からだったのぉ?」
松里も不思議そうな顔をして、ミカゲが手に持つ携帯画面を覗き込むと、文章を見た瞬間、驚いた顔へと変わってしまう。
「何これ?どう言う意味?」
「だからどうしたんだよ?」
苛立ちながら東志が聞くと、松里は慌ただしく、メールの文面を東志に伝えた。
「紅葉ちゃんから!ごめんって、さよならって!約束守れなくて、ごめんってっ!」
「はぁ?どういう意味だよ?」
訳の分からない様子の東志は取りあえず無視し、松里は血相を変えて、硬直しているミカゲの体を、大きく揺すった。
「九条君!これって、不味いんじゃないの?明日が来る前に、紅葉ちゃん居なくなるって事じゃない?」
松里に何度も体を大きく揺さぶられ、ミカゲはハッと我に返る。そっと松里の顔を見ると、声を震わせながらに言った。
「経若丸だ・・・。きっと経若丸が・・・会いに来たんだ・・・。」
真っ青に顔を青褪めさせているミカゲに、松里は驚き、心配そうな表情を浮かべてしまう。「ちょっ・・・大丈夫?」戸惑いながら声を掛けるも、ミカゲは殆ど放心状態の様子だ。流石の東志も、只事では無い様な気がし、慌ててミカゲの側に寄る。
「おいっ!大丈夫かよ?顔真っ青だぞ!」
東志はミカゲの肩を掴み、何度も揺するが、ミカゲは茫然としたまま、ブツブツと言い始めた。
「消えるんだ・・・。全部、全部、消えるんだ・・・。」
せっかく体を見付けたと言うのに、ここに来て、経若丸が現れてしまった。紅葉を何とか、体の中に入れ、記憶を残す事が出来たかもしれなかったのに、これで全てが終わる。紅葉は経若丸と再会し、全ての記憶を消し去り、成仏してしまう。
ミカゲは体中の力が抜けてしまい、手に持っていた携帯は、床へと落ちて行った。もう何もかもが遅く、どうでもよくなって来ると、自然と気力も無くなって来てしまう。
抜け殻の様に、只茫然とベッドに座るミカゲの前に、松里は勢いよく立つと、右手を大きく振り上げた。そのままミカゲの頬を目掛け、力一杯振り下ろすと、バシッと大きな音を立て、ミカゲの頬を叩き付けた。
反動で、ミカゲの体は横へと倒れてしまうと、ミカゲはそっと叩かれた頬に手を添えながら、体を持ち上げる。そっと松里の方へと視線をやると、松里はいつに無く真剣な顔をさせ、叫んだ。
「しっかりしろっ!九条ミカゲ!このままさよならでいいの?このまま諦めて、記憶消えるの待つだけ?そりゃ消えちゃえばもう関係無いし、楽だよ!だけど今はまだ覚えてるんだ!だったら、まだ足掻く時間だ!足掻けよ!消えて欲しくないなら、足掻けっ!」
「五十嵐・・・さん?」
松里は興奮しながら、ミカゲの両肩を強く掴むと、何度も大きくミカゲの体を揺らした。
「呆けてる場合か!早くあの森に行くんだっ!行かなきゃ!記憶が有る内に!」
東志もハッと気が付くと、松里同様、ミカゲの体を大きく揺さぶった。
「そうだよ!まだ記憶が有る内に、引き止めるんだよ!したら、体ん中ぶち込んで、子供とかに会わせてやりゃいいんんじゃねーかっ!時間ねーだろうがっ!」
「そうだ・・・。そうだっ!」
ミカゲは慌てて立ち上がると、一気に目が覚め、勢いよく部屋のドアを開け、飛び出して行った。東志と松里も慌てて後を追うと、三人は靴も履かずに外へと飛び出す。
「ごめん、東志、五十嵐さん!俺キャラ崩壊してたっ!早く森に行かなくちゃ!」
ミカゲは急いでエレベーターへと向かおうとすると、「階段の方が早いよ!」と、松里は叫び、慌てて体を階段の方へと方向転換させる。
三人は一気に階段を駆け下りて行くと、息を切らせながら、マンションの外へと出た。そして目の前に森が現れるのを、ジッと待ち始める。
しかし、いつまで経っても森は現れず、三人は動揺し始めてしまう。
「何?何で森現れないのぉ?変だよぉ!」
「確かに、オカシイな。前はすぐバァーって現れたのに。おいミカゲっ!どうなってんだ?」
「知らないよ!俺だって!どうなってんだ・・・?まだ記憶はちゃんと有るのに・・・。」
どうすればいいのか分からず、三人はその場で立ち往生してしまうと、不安が過った。
「もしかして、消えちゃったとか?森!」
松里がそう言うと、東志は慌て始める。
「なっ!だったら電車で行くしかねーって事かよ?今からじゃ何時間って掛かんぞっ!」
「車ぶっ飛ばして行けば、何とか間に合うかもよ!高速使ってビュ~ンって!」
「誰が運転すんだよっ!俺等免許ねーだろーが!ミカゲの親に頼むのか?」
「もしくは花火の親とかっ!とにかく誰かに頼んでっ!」
「誰かって、誰だよっ!」二人が言い争う様に、意見をぶつけ合っていると、ミカゲは「五月蠅いっ!」と、大声で怒鳴った。
「今考えてんだ!静かにしろ馬鹿共!」
ミカゲに怒られ、二人は思わず両手で口を塞ぐと、何度も大きく頷いた。
「落ち着け・・・。落ち着いて考えるんだ・・・。」
ミカゲはそっと目を閉じると、今までの記憶の糸を紡ぎながら、考える。
森が現れないと言う事は、松里の言う通り、きっと消えてしまったと言う事だ。紅葉は言っていた。自分が長く居過ぎたせいで、突然現れたのだと。それから森に住む鬼蝶と共に、あの場をさ迷っていると。あの森は、紅葉の想いから出来た様な物。だからきっと紅葉が、消してしまったのだろう。だが、まだ自分達に記憶が残っていると言う事は、紅葉自身はまだ成仏はしていない。
「そうだ!鬼蝶!」
ミカゲはハッと目を開けると、森に住む、青い鬼蝶の事を思い出した。
確か鬼蝶は、それぞれ能力が異なる。紅葉の持つ黒き鬼蝶は、記憶を支配する。鈴鹿御前の持つ赤き鬼蝶は、存在を支配する。ならばあの森に住む、青き鬼蝶は、何を支配するのだろうか。ミカゲは自然と、すぐに分かった。
「場所だ・・・。青い鬼蝶は、場所を支配するんだ。だからどこへでも、思い描いた所に森の出口を出せたんだ。紅葉が森を消したなら、あの青い鬼蝶はどこに行った?」
鬼蝶は意思に寄り支配する。記憶と記憶、夢と夢、意思と意思を紡ぐ。ならば自分の記憶と意思で、青い鬼蝶を呼ぶ事は出来ないだろうかと考えた。
「おい、何か良い案浮かんだのかよ?」
恐る恐る東志が聞くと、ミカゲは小さく頷いた。
「上手く行くかは分かんないけど。唯一今すぐ紅葉の所まで行ける方法は、思い付いた。でも・・・。」
迷いを見せるミカゲに、松里は強くミカゲの背中を、バシッと叩く。
「よっしゃぁ~!じゃあ、その案で行ってみよぉ~!鬼姫第一発見者の九条君に、任せたぜぃ!」
ミカゲは痛そうに背中を摩るも、松里に最後の一押しを、押して貰えた様な気がし、一気に迷いは吹っ飛ぶ。
「それじゃあ、二人共紅葉の部屋を、成るべく強く思い描いて、想像して。イメージが大事だから!イメージが!」
二人は大きく頷くと、ギュッと目を瞑り、無駄に力みながら、紅葉の部屋の中を想像し始める。ミカゲもそっと目を瞑り、頭の中で思い描くと、縋る様な思いで念じた。
「頼む・・・。青き鬼蝶よ、俺の元へ来てくれ。紅葉の元へ・・・連れてってくれ。」
ミカゲは強い意思で願うと、突然体の中が熱くなり、慌てて目を開けた。
「何だ?」
胸が焼き付く様に熱い。余りの熱さに、胸を抑え、顔を歪ませると、胸元が青く光輝き始めた。
「何?どうしたの?」
慌てて松里も目を開けると、青く光るミカゲも胸元を見て驚いてしまう。「なっ!何て現象だそれ?」東志も口をパックリと開け、驚いた顔をさせるが、一番驚いているのはミカゲ自身だ。
「分かんなねーし!何だよこれ!」
訳が分からず、頭の中が混乱し始めていると、青く光った胸元から、ゆっくりと蝶の形が浮かび上がって来た。光は徐々にと治まるに連れ、浮かび上がった蝶は立体化し、揺ら揺らと羽を舞いながら、ミカゲの胸元から飛び出して来る。
「胸から・・・蝶?」
松里と東志は、その光景に唖然としてしまうと、目の前で起きている現象を、目を真丸くさせて見つめた。
「青い・・・鬼蝶。」
ミカゲは自分の体内から出て来た、青き鬼蝶に驚くと、目の前で羽を揺らめかす鬼蝶を、ジッと見つめる。「青い・・・。」ミカゲはハッと気が付くと、そっと青い鬼蝶に手を伸ばした。すると鬼蝶は、ミカゲの側へと寄ると、掌の上で舞い始める。
「そうか・・・。森で一度も青い鬼蝶を見た事が無かったのは・・・最初から・・・。」
ミカゲは始めて、古代の岩場へと訪れた時の事を、思い出す。
祠に向かい、参拝をした後、洞窟の入口に座った。濡れた髪を乾かす為、頭を振った時、飛び散った雫は青かった。水の色は透明だったにも関わらずに。
「最初から、青き鬼蝶は俺の中に居たんだ・・・。あの時から。」
ミカゲは掌の上で舞う青き鬼蝶を、空高く翳すと、自分の意思に寄り、青き鬼蝶に命じた。
「鬼蝶よ、俺を・・・。俺を紅葉の居る岩場へと、連れて行け!」
その瞬間、鬼蝶は又強く青く光、ミカゲを中心に辺りは光に包まれた。余りの眩しさから、松里と東志は思わず目を瞑ってしまう。
「何?」一瞬の強い光が止み、そっと目を開けるも、未だ目がチカチカとし、辺りがよく見えない。しばらくして、ようやく周りがハッキリと見えてくると、松里は不思議そうに周りを見渡した。
「何今の?何が起きたぁ~?」
「おい・・・五十嵐・・・。」
「はぁ?」松里は東志の方を向くと、東志は茫然と佇んでいる。
「何?なしたのぉ~?」
不思議そうに聞くと、東志はゆっくりと松里の方を向き、顔を真っ青にさせながら言った。
「ミカゲ・・・どこ行ったんだ?いねーよ。消えた・・・。」
「はぁ?」
松里は改めて、もう一度周りを見渡すと、確かにさっきまでは、すぐ目の前に居た筈のミカゲの姿が、綺麗に消えてしまっていた。
「ガチだ・・・。居ない・・・。」
松里もその場に、茫然としてしまう。