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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~赤き蝶~
10/16

目覚めと向かえ

 マンションへと戻って来たミカゲは、自分の家の在る六階では無く、八階へと行く。直接尋ねた方が早いと思い、花火の住んでいる階へと行くと、花火の家のドアの前まで行き、インターホンを押した。

 しばらくすると、ドアが開き、中からは花火の母親が出て来る。「あら、ミカゲ君じゃない。」優しい笑顔で出迎えられると、ミカゲは軽くお辞儀をした。

「あの、花火居ますか?」

「あぁ、ごめんなさい。花火留守なのよ。」

「留守?また病院ですか?」

 ミカゲが尋ねると、花火の母親は困った顔をさせた。

「そうなのよ。何でも脳波に一瞬反応が有ったとかで、昨日からずっと病院。身内でも無いのに、泊まり込んじゃって。」

 「脳波に?」母親の言葉を聞き、ミカゲは驚いた表情をさせると、少し興奮気味に尋ねた。

「それって、目を覚ますって事ですか?どこの病院か、分かりますか?」

「さぁ・・・。私は詳しくは知らないから。ごめんなさいね。」

 「そうですか・・・。」ミカゲは軽く頭を下げると、そのまま花火の家を後にした。六階へと戻り、自分の家の中に入って行くと、そのまま自室へと向かう。ドアを開け、ベッドの上に座ると、ポケットの中から携帯を取り出した。

「眠り姫が・・・目を覚ますのか・・・?」

 病室に居れば、電源を切っているかもしれないと思ったが、もう一度花火に、電話を掛けてみる事に。呼び出し音が鳴ると、電源は入っている事だけでも分かり、少しホッと安堵する。しばらく鳴らし続けていると、「「花火だけど。」と、花火が電話に出た。

「花火?やっと電話に出た!お前メールちゃんと見たのか?」

 慌しく言うと、花火は軽い口調で、「「見た。」と言って来る。

「だったら電話しろよ。俺ずっと掛けてたんだぞ。」

「「忙しかったから、無視した。」

 悪びれた様子も無く言って来る花火に、ミカゲは「おいコラ!」と、不満気そうな声をさせた。

「こっちは大事な話が有るから、何度も電話したんだろーが!」

 怒り気味に言うも、花火は相変わらず反省の色も無く、平然とした声で堂々と言って来る。

「「花火には無い。」

「お前に無くても、俺には有るんだ!ってか、おばさんから聞いたけど、眠り姫の脳波に反応有ったの?」

 眠り姫の話を持ち出すと、今度は少し、嬉しそうな声で言って来た。

「「有った。一瞬だったけど。」

「目・・・覚ますのかな?」

「「分からない。でも覚ますかもしれない。」

 「そっか。」ミカゲは嬉しそうな花火の声を聞くと、自分まで何故だか嬉しくなって来てしまう。花火が長い間待ち望んだ時が、ようやく来るかもしれないのだ。

「目、覚ますといいな。」

「「うん。」

 相変わらず坦々とした喋り方だが、声はとても嬉しそうだと言う事が、よく分かる。電話越しから、花火の笑顔が見える様な気がした。

「「用ってそれだけ?」

 花火に聞かれ、ミカゲは本来の用事を思い出すと、慌てて言った。

「ああっ!そうだ!その眠り姫の事で、ちょっと聞きたい事が有るんだけど。」

「「何?忙しいから早く。」

 「えっと・・・。」いざ聞こうとなると、何て聞いたらいいのか分からず、少し悩んでしまう。あれもこれもと、聞きたい事は山ほど有ったが、花火は花火で、眠り姫が目を覚ますかもしれない事で、頭が一杯の様だ。

 取りあえずは、肝心な事を最初に聞く事にした。

「眠り姫の項辺りにさ、黒い蝶みたいな模様の、痣とかって無い?」

「「痣かどうかは知らないけど、有る。そんな感じの。」

 花火の言葉を聞いたミカゲは、勢いよくベッドから立ち上がると、興奮気味に喜んだ。

「マジ?見間違いとかじゃないよな?勘違いとかでも!」

「「五月蠅い。ちゃんと有る。」

 大声で言うミカゲの声に、花火は鬱陶しそうな声で言うと、「あぁ、ごめん。」と、ミカゲは慌てて声を小さくする。

「そのっ、眠り姫の名前とか、病院の場所とか色々教えて欲しいんだけど。」

「「何で?」

「それは・・・その・・・。」

 何と説明すればいいのか分からず、口籠っていると、受話器越しから、「花火ちゃんっ!」と、慌しく叫ぶ誰かの声が聞こえて来た。

「何?何か有ったの?」

 不思議そうに聞くも、受話器から花火の返事は無く、そのまま電話を切られてしまう。ツーツーと言う、電話が途絶えた音が鳴り響くと、ミカゲは恨めしそうな顔をさせる。

「切りやがった・・・。何なんだよ。」

 不貞腐れた顔をするも、これでハッキリと、眠り姫の体は紅葉が入れる体だと分かり、ミカゲは大きくガッツポーズをした。

「よしっ!これで紅葉の体は確保出来た!居場所はまた花火に聞けば分かるし!そうだっ!」

 ミカゲは慌ただしく電話帳を開くと、早速紅葉に報告のメールを送る。ついでに東志と松里にも、明日の事をメールで送ると、一番初めに返信をして来たのは、松里だった。

 松里はメールでも、テンションが高いと分かる位に、絵文字を使いまくっており、「絶対行く!楽しみ~!」と、紅葉の髪飾りを着けた姿を生で見る事が、相当楽しみの様子だ。しばらくして、東志から返信が届くと、東志も明日は来られるとの事で、東志は又皆でモンハンをやる事の方が、楽しみの様だった。

 しかし、肝心の紅葉からは、いつまで経っても返事は返って来なかった。


 眠り姫の眠る病室。ミカゲからの電話を切った花火は、ギュッと力強く手に携帯を握り締め、ベッドの前に佇んでいた。

 ジッと少女の顔を見つめるが、少女の目は未だ閉ざされたままだ。重い瞼を開ける気配は無かったが、微かにまつ毛が動いている。

 花火はそっと、少女の体に触れると、口元をニヤリとさせ微笑んだ。

「おはよう、眠り姫。」

 少女の意思が目覚めた事を確認すると、花火は握り締めていた携帯で、電話を掛け始める。

 「花火だけど。」相手が電話に出ると、花火はクスリと小さく笑い、先程とは口調を変え話す。

「眠り姫が目を覚ました。お互いの目的が果たされる時が来たな。意思を確認したよ。」

 そう言うと、そのまま電話を切り、ベッドの前に置かれた椅子に腰掛けた。

「残念だなミカゲ。タイムリミットだ。」

 花火はそっと、掌を上に向けると、掌の中から、真っ赤な蝶が浮かび上がった。赤い蝶は、花火の掌の中から、羽を揺らめかせながら出て来ると、ヒラヒラとその場で泳ぐ。

「ミカゲが触れたせいか・・・。眠り姫が意思を取り戻したのは・・・。皮肉。」

 ボソリと呟くと、何かを待つ様に、赤い蝶を掌の上で舞いさせ続けた。


 ミカゲが帰ってしばらくした後、紅葉はベッドの下から、大きな木箱をズルズルと引き摺り出した。木箱はしっかりとした材木で作られ、中の物を守る、宝箱の様だ。木箱の蓋を開けると、中には美しい木の模様が浮かび上がる、古い琴が入っている。そっと木箱の中から琴を取り出すと、床へと置き、木箱は蓋を閉めて又ベッドの下へと戻す。

 床に置かれた琴の甲を、紅葉はそっと優しく指で撫でると、穏やかな顔で微笑んだ。弦を一つ、二つと指で弾き、音を出す。一本一本の音色を確かめると、その音は洞窟内に響き渡る。音が反響し、帰って来ると、紅葉は目を閉じてそっと耳を澄ませた。

「変わらぬ音色じゃ。」

 日々日頃から、丁寧に手入れをしていた甲斐が有り、古びた琴だが、音色だけは変わらない。

 紅葉は正座へと座り直すと、右手の指三本に爪を付け、軽く肩慣らし程度に、音を奏で始める。奏でながら、チューニングをし、弦を調節していると、一瞬人の気配を感じた。

 とっさに琴から手を退け、その場に立ち上がると、厳しい目付きで辺りを見渡す。両サイドの洞窟の出口を見るも、その気配は既に消えてしまっている。

「気のせいか・・・。」

 紅葉は指から爪を外すと、そっとテーブルの上に置いた。変わりに携帯を手にすると、ミカゲからメールが届いている事に、気が付いた。

 メールを開き、文章を読むと、間違いなく自分の体が見付かったと言う報告に、戸惑ってしまう。明日の事を約束したはいいが、体の中に入る事は、やはり未だに乗る気では無い。何と返事を返せばいいのか分からす、紅葉は携帯を閉じると、そのままテーブルの上に戻してしまった。

 一度着替えてから、再び琴の練習をしようと思うと、帯紐を解こうとした。すると、現代の方の岩場の出口から、慌しい足音が聞こえ、光りが小さく見えた。

 紅葉は不思議そうに光を見つめていると、光は段々と近づき、「紅葉様あぁ~!」と言う、声が聞こえてくる。

「銀治か?」

 紅葉は下駄を、現代側へと持って行き、部屋から下りると、こちらへと掛けて来る銀治の姿を見付けた。

 銀治は血相を変えて、紅葉の元までこけそうになりながらも走って来ると、途中で立ち止まり、ゼェゼェと苦しそうに、息を切らせた。

「何事じゃ?騒々しい。」

 紅葉は呆れながらに、銀治の元まで寄ると、苦しそうに息を切らす銀治に尋ねた。

 銀治は紅葉の質問に答えようとするが、息が整わずに中々喋れない。何度も深呼吸をし、息を整えるが、余りの驚きとパニック状態で、言葉が全く出て来なかった。

「一度落ち着かぬか!」

 血相を変えている銀治に、紅葉はバシッと強く頬を叩くと、銀治はハッと我に返り、少しの落ち着きを取り戻す。すると目の前に見える紅葉に、しどろもどろになりながらも、慌しく言った。

「ももっも!つっつっつ!若様がっ!」

「はぁ?何を言うておるのか分からぬ!サッパリじゃ!意味不じゃ!」

 苛立つ様に紅葉が叫ぶと、銀治は紅葉の前に、少し待つ様手を翳し、ゆっくりと何度も大きく深呼吸をし始める。

 息を整え、気持ちも整えると、心に少しの余裕が出来る。銀治は落ち着きを取り戻すと、真剣な表情で紅葉に伝えた。

「つっ経若丸様が、お越しになりました。」

「経若丸が・・・?」

 銀治の言葉に、紅葉は驚くと共に、胸がギュッと強く絞め付けられた。

「誠か?」

 恐る恐る、声を震わせながら尋ねると、銀治は力強く頷く。

 長年待ち焦がれていた日が、ついに訪れた。どれ程長い年月を、この日の為に過ごしただろう。幾つもの四季を越え、幾人もの人の死を見送り、変わり行く時代を目にし、この洞窟の中で過ごして来た日々。孤独と言う魔物と戦いながら、只ひたすら、今一度経若丸と会う為だけに、存在し続けた。それがようやく叶うのだ。長年の想いが、ようやく遂げられる。

 紅葉の瞳からは、自然と涙が溢れ出し、静かに頬を伝う。だがその涙は、長年の想いが叶う喜びの涙に混じり、切ない悲しみの涙も、混ざっていた。

「ミカゲ・・・。」

 囁く様にミカゲの名を呟くと、そっと胸元で、ギュッと手を握り締めた。

 胸の痛みを感じる。この痛みは何なのだろう。長年の想いが遂げられると言うにも関わらず、胸が締め付けられて痛い。これが未練と言う物なのだろうか。

 静かに涙を流している紅葉に、銀治は気が気で無い様子で、再び慌しく言った。

「紅葉様っ!そっそれが、経若丸様が・・・。お会いになるには、条件が有ると。」

 銀治の言葉に、紅葉はハッと我に変えると、着物の裾でゴシゴシと涙を乱暴に拭く。

「じょッ条件じゃと?どう言う事じゃ?」

「それが・・・何と申したらよいのか・・・。」

 動揺をしている銀治に、紅葉はもどかしそうな顔をさせると、「さっさと言わぬか!」と、叱り付けた。「はっはいっ!」慌てて銀治は返事をすると、軽く咳を吐いてから、紅葉が驚かぬ様に、言葉を柔らかくして言った。

「まずお会いになる前に、心の準備をと。その・・・何と申しますか・・・。所謂純粋な日本人、と言う訳では無いので。容姿が紅葉様の記憶に残る、経若丸様とは、大分異なるかと。」

「異なる事位、分かっておるわい!何じゃ?その・・・純粋なとか。もっと分かる様に言わぬか。」

 不可解そうに聞いて来る紅葉に、銀治は頭を掻きながら、困った様子で説明をした。

「いえね・・・その・・・ハーフの様でして。」

「ハーフ?何と何の半分個じゃ?」

「その・・・何でもロシア人と、日本人とのハーフだそうです。」

 紅葉は首を傾げると、更に不可解な表情を浮かべる。

「それが何の問題なのじゃ?異国人が混じっておると言う事じゃろう?」

 「えぇ、まぁそうなんですが。」銀治は苦笑いをすると、ちゃんと理解をしていない紅葉に、ハッキリと詳しい容姿を説明する。

「そのですね、髪は金髪をしており、瞳の色は、緑色をしているのですよ。ほら、紅葉様も動画で見た事がお有りでしょう?観光客の中にも、たまに居ました・・・。」

 「ホヨッ!」銀治の説明を聞き、ようやく紅葉は理解をすると、動転してしまう。

「あっあっあっあの!あのチャラ付いた洋菓子を開発した者共かっ!HA!HA!HA!と笑うっ!なっ何と!」

 紅葉はその場に泣き崩れる様に座り込むと、「ヨヨヨ・・・。」と、俯き着物の裾を、口元に翳した。

「嘆かわしい!何と嘆かわしい!我が子経若丸が、その様な為りに・・・。さぞ逞しき日本男児じゃと、想像しておったのに・・・。爽やかにアロハシャツを着て、HA!HA!HA!と笑うのか・・・。」

 嘆く紅葉の姿に、銀治は更に困り顔で頭を掻くと、必死に宥めようとする。

「あの・・・その様な笑い方はしませんので、ご安心を。いえね、私も最初見た時は驚きましたが、日本語ペラペラなので、ご心配要りませんよ。」

「有るのかっ?」

 突然紅葉は顔を上げ、銀治に叫ぶ様に聞いた。「は?有るとは?」不思議そうに尋ね返すと、紅葉は勢いよくその場から立ち上がる。

「じゃからっ!そばかすは有るのか?白い肌の頬は、林檎病みたいに真っ赤っかか?」

「いえ・・・その様な物は、有りませんでしたが。」

「そうかぁ・・・。」

 紅葉は銀治の言葉を聞き、ホッと安堵すると、微かに嬉しそうに微笑んだ。

 一体紅葉が、外国人にどんな固定概念を持っていたのかは分からないが、一先ず一つの難関をクリアした事に、銀治は一安心をする。だが、問題は次だ。果たしてこの条件を伝えた時、紅葉がどうするのかは、銀治にも予想が出来なかった。

 銀治は軽く咳を吐くと、気を引き締め直し、真剣な表情をさせる。

「もう一つ、お会いになる為の条件として、経若丸様が仰られた事ですが・・・。」

「何じゃ?言うてみよ。」

 紅葉も真剣な眼差しへと表情を変えると、銀治は少し間を置いてから、静かに伝えた。

「今一度、共に生きるのならば・・・と。紅葉様のお体を、ご用意して準備は整っているそうです。」

「何と・・・。」

 思いも寄らぬ経若丸の条件に、紅葉は動揺をすると同時に、ショックを受けてしまう。

「何故じゃ・・・。何故経若丸までもが・・・。」

 紅葉は両手で顔を覆うと、ギュッと強く唇を噛み、溢れ出て来そうな涙を必死に堪えた。

「もし・・・。もしそれを断れば・・・。経若丸は何と・・・?」

 震えた声で、涙ながらに尋ねると、銀治は力無く答えた。

「お会いには・・・ならないそうです。」

 銀治の答えを聞き、自然と涙が溢れ出て来ると、一つ、二つと大粒の涙が滴り落ちる。紅葉は顔を覆った手を、そっと退けると、地面へと落ちる涙を見つめ、泣きながら微笑んだ。

「ミカゲの・・・ミカゲの言う通りじゃ・・・。わしは我が子の気持ちすら、全く分かっておらなんだ。わしはどうしようも無く、身勝手の阿呆じゃ・・・。己の気持ちしか、考えておらぬかったのじゃな・・・。」

「紅葉様・・・。」

 紅葉はそっと、涙を拭うと、穏やかな笑みを浮かべた。ゆっくりと銀治の側に寄ると、そっと銀治の手を取り、握り締める。

「銀治よ、我が子経若丸に伝えておくれ。母はお主と会うと。」

「それでは、条件を呑まれるのですか?」

 紅葉は小さく頷くと、銀治の手を離し、優しく微笑んだ。

「わしには、もはや選ぶ道等無い。」

「分かりました。」

 銀治は穏やかな笑みを浮かべ、頷くと、紅葉に向かい、深く頭を下げる。そのまま後ろへと振り向き、経若丸が待つ洞窟の出口へと歩いて行った。

 「銀治よっ!」後ろ姿の銀治に、紅葉は大声で名を呼ぶと、銀治はそっと後ろを振り返る。すると紅葉は、始めて見る程、とても穏やかな顔をしていた。

「今まで長きに亘り、御苦労じゃったな。主の代で、役目も終える。」

「光栄です。私の代で、見届ける事が出来るのですから。」

 銀治は又深く頭を下げると、再び歩き出した。

 紅葉は銀治の後ろ姿を見つめながら、「すまぬ・・・。」と、小さく呟く。そのまま銀治が歩く方向とは逆に歩くと、部屋へと戻り、テーブルの上に置いた、携帯を再び手にした。

「すまぬ・・・。銀治よ、経若丸よ・・・。そして・・・ミカゲよ・・・。わしはやはり、どうしようもなく身勝手な、阿呆じゃ・・・。」

 紅葉は古代岩場へと続く、洞窟に向け手を翳した。ゆっくりと瞳を閉ざし、意識を集中させる。再び目を開いた時、紅葉の赤い瞳は、寄り一層真っ赤に燃える様に光った。

「破、衝天!」

 凛々しい口調で唱えると、翳した手からは強い風が吹き荒れた。紅葉の髪が舞うと、その風は周りの物を撒き散らしながら、渦を巻く様に洞窟へと一気に突き抜ける。風に乗る様に、洞窟が揺らぎ始めると、形を変え徐々にとネジ曲がる。そして風が消えると共に、洞窟も渦に飲み込まれるかの様に、消えて行った。

 それまで目の前に続いていた洞窟の道は、森ごと跡形も無く消え去り、只の岩の壁に変ってしまう。古代岩場へと続く道も、その場も、紅葉の妖術に依り消されてしまった。

 紅葉はそっと、目の前の岩の壁に手で触れると、ヒンヤリと冷たい岩の感触に、寂しさを覚えてしまう。

「お別れじゃ。」

 紅葉は手に持った携帯で、ミカゲへと一通のメールを送った。送り終えた後、携帯の電源を切り、そっとテーブルの上に置く。そして部屋から下りると、ゆっくりと洞窟を歩き始め、経若の待つ元へと向かった。


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