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鬼蝶  作者: 小鳥 歌唄
鬼蝶~黒き蝶~
1/16

真夏の出会い

 ジリジリと、暑い日差しが照り付ける8月の真夏日。コンクリートの地面は、太陽に熱せられ、加熱されたフライパンの様に熱気を帯びている。頭上からの太陽と、地面からの熱気の両方同時攻撃は、全ての水分を奪い取って行く様だ。特に昼間の時間帯となれば、太陽が強く日照り、余計にその熱は増す。

「溶ける・・・。太陽が俺に、死ねと言っている・・・。」

 フラフラと覚束無い足取りで、日陰の中へと逃げ込みながら、住宅街を進んで行く。屋根の無い道は、日陰とはいえ、頭上からの太陽の攻撃までは防げず、ポタポタと汗が額からは流れ落ち、着ている制服のシャツは、汗でビッショリ濡れてしまっていた。ズボンは汗で肌に張り付き、気持ちが悪く、歩く度にベトベトとした感触を味わいながらの進行。何度流れ出る汗を拭き取っても、エンドレスに汗は再び流れ出て来てしまう。

 今年最高の猛暑と言っても、過言では無い位の炎天下の中。まだ夏休み中にも関わらず、学校へと忘れ物を取りに行くはめになってしまった、運の悪い男、九条ミカゲ十七歳。ようやく学校へと到着をし、忘れ物を取りに行ったのはいい物の、その足で友人宅へと届けに行くはめになってしまっていた。

 運が悪い事は更に続き、学校を中心とし、友人宅はミカゲの家から反対方向に在り、その上閑静な住宅街のお陰で、日差しを凌げる場所が全く無い。どこを見渡せど家ばかりで、途中休憩が出来る店も見当らず、屋根の有る休憩所と言えば、バス停位だ。

 ハァハァと息を切らせながら歩いていると、途中ホースで庭の木々に水を撒いている、若妻が目に入った。

 水飛沫を立てながら、乾いた葉には水が注がれ、水滴が葉の上から滴り落ちる。小さな虹が出来ると、水滴はキラキラと太陽の光で照らされていた。

「俺にもその水、ぶっ掛けてくれ・・・。」

 今にも干乾びてしまいそうなミカゲは、気持ち良さそうに水浴びをする木々を、羨ましそうな目で見つめた。フラフラと飛び散る水の元まで歩いて行くと、壁から僅かに零れる水飛沫に、そっと頭を寄せる。少しだけ水が頭に掛かると、ホッと息を吐き、少しだが涼しい気分を味わえ、心為しか元気が出る。

 再び炎天下の中を歩き出し、ようやく友人宅へと到着をする頃には、グッタリと力尽きてしまっていた。

 しかし、これで少し休める―――――。そう思うと、一秒でも早く家の中へと入りたい。家の中は外とは違い、冷房が効いていてさぞ涼しいだろう。カラカラに乾いた喉も、冷たいお茶で潤う事が出来るだろう。この一枚の扉を隔てて、砂漠から北極へと変わる。ミカゲは様々な期待を胸に抱き、インターホンを押した。

 ピンポーンと呼び出し音が鳴るも、家の中からは何の音もせず、静まり返っている。気付いていないのだろうか、と思い、もう一度インターホンを押し鳴らす。しかしやはり家の中からは、足音一つせず、目の前のドアが開く様子は無い。

 まさかとは思い、ミカゲは目の前の家の住人で有り、友人の日下部東志にメールを送った。

「今家の前だけど、留守?っと・・・。」

 メールを送ってから、数分で東志から返信メールが届くと、メールを開き文面を早速読んだ。文章を読んだ瞬間、ミカゲの顔は一気に引き攣ってしまう。

「ポストに入れといて・・・って・・・。なっ・・・。ふっ・・・。」

 ふざけるな!そう叫ぼうとしたが、太陽の日差しに体力を奪われ、もはや叫ぶ力も残ってはいない。その上せっかくここまで辿り着いたと言うのに、ポストに入れて又あの炎天下の中を、延々と駅まで歩くのかと思うと、気が滅入ってきてしまう。休息も出来ず引き返すとなると、流石に体力も持たない所か、日射病になりかねない。

「取りあえず・・・どこか休める場所。」

 力無く家のドアから離れて行くと、玄関先へと移動をし、ポストの前へと立った。鞄の中から忘れ物の、袋の中に入れられたDVDを取り出すと、ジッと袋を見つめた。袋は茶色い紙袋で、中身が見えない様になっている。

「ささやかなる反撃だ。」

 ミカゲは紙袋の中からDVDを取り出すと、そのままポストの中へと素っ裸のDVDを入れた。紙袋は鞄の中に又仕舞うと、ニヤリと笑い、東志の家の前から去って行った。

 再び燦々と照り付ける日差しの中、屍の様に歩いていると、本気で脱水症状になってしまいそうで、せめて公園はないかと辺りを見渡した。キョロキョロと周りを見渡していると、少し離れた所に、木々が生い茂って居る一帯を見付ける。

「日陰だ・・・。」

 ボンヤリとした視界で、虚ろになりながら木々の生い茂る一帯へと足を向けると、オアシスでも見付けた様に、必死に木々の一帯へと目指し歩いて行く。

 家ばかりの住宅街の中に、突然現れた木々の生い茂る一帯は、明らかに浮いていて不自然だった。しかし今のミカゲには、そんな些細な事等どうでもよく、とにかく涼しい場所で水分補給をし、休憩をしたいと言う事で、頭の中は一杯だ。

 息を切らせ、汗をポタポタと地面に滴り落としながら、夢中で歩き、木々の一帯へと徐々にと近づく。熱気が凄いせいか、地面が時折曲がって見える。時たま足元がふら付き、躓きそうになるが、壁に手を着きながら持ち堪え、ようやく木々の一帯の目の前へと到着した。

 入口には左右に石の看板が立ち、その先には長い階段が続いていた。入口は狭く、その周りを沢山の杉の木が、まるで中を隠す様に生えている。

「戸隠山?って・・・長野に在るんじゃなかったっけ?」

 入り口の両サイドに立つ石には、『戸隠山』と文字が掘られている。長野とは程遠い、愛知県に住んでいるミカゲは、不思議そうに首を傾げながらも、少しでも日差しを凌げればと、中へと入って行った。

 中は沢山の杉の木に覆われ、太陽の日差しを遮ってくれた。階段を上がれば上がる程、気温はどんどん低くなり、最初に居た場所とは大違いでとても涼しい。時たま木漏れ日がキラキラと光輝き、森の中を歩いている様で、住宅街に在るとは思えない程別世界だ。

 しばらく階段を上っていると、微かに水の流れる音が聞こえて来た。その音を耳にすると共に、一気に階段を駆け上がると、長い一本道が現れた。一本道のすぐ先から、水の音が聞こえて来る事が分かると、水の音を目指し更に駆けて行く。

 高く生える杉の木々に覆われた道は、段々と道の形を無くすと、途中岩場が現れ、岩場の上から透き通る様な、綺麗な透明の湧き水が流れ出ていた。水は下に有る小さな石が組まれた、溜まり場へと流れ落ちている。

「み・・・水だ・・・。」

 ミカゲは一気に溜まり場の中の水に、頭を突っ込んで、熱々に熱せられた頭を冷ます。水飛沫をあげながら、頭を出すと、上から流れ落ちて来る水を、夢中でガブガブと飲んだ。カラカラに乾いた喉は潤い、火照った体は、水と涼しい気温で冷めていき、危うく干乾びた干物になりそうだったが、ようやく水分補給が出来、生き返る様だ。

「はぁ~・・・マジ生き返った。」

 ホッと息を吐くと、鞄の中からタオルを取り出し、濡れた顔と頭を拭いた。拭きながら、周りを改めて見渡す。

「凄いな・・・。住宅街の中に森とかって・・・。」

 改めて覚めた頭で冷静に周りを見渡してみると、どこをどう見ても森の中に居るとしか思えず、違和感を覚えてしまう。間違いなくついさっきまでは、家ばかりが立ち並ぶ住宅街の中を歩いていたのだが、突然木に覆われた一帯を見付け中へと入り、今は木々ばかりが立ち並ぶ所に居る。

 ミカゲは首を傾げるも、やっと一休み出来ると思い、余り気にせず携帯をズボンのポケットの中から取り出した。

「圏外じゃないな、よし。」

 携帯の電波が届く事を確認すると、ズボンへと仕舞い、もう一口水を飲んでから先へと進んだ。

 どこか座る場所はないかと探し、水の流れている場所から先へと進んで行くと、大きな洞窟を見付けた。岩場を乱暴にくり抜いた様な洞窟は、人の手で作られた物の様にも見え、自然に出来た物の様にも見える。この中なら少し休んで行けるかと思い、入口へと近づいて行くと、中に小さな祠が在る事に気が付く。

「祠?ここ神社か何かなのかな?ま、いっか。」

 パンパンっと、二回手を叩いて掌を合わせると、祠に向かいお辞儀をした。

「少し休ませて貰います。」

 一応、と思いお参りをすると、洞窟の入口付近に座り込み、目を閉じた。背を凭れ掛ると、岩はヒンヤリと冷たく、火照っていた体には気持ちが良い。濡れた髪が余計に冷え、軽く頭を振って水飛沫を飛ばすと、キラキラと青い水滴が舞った。

 一気に体の力が抜け、ホッと一息吐くと、このままずっとここに居たい気分になってしまう。又あの炎天下の元へと戻り、駅へと向かい延々と歩くのかと思うと、今から憂鬱だ。

「あぁ~・・・。ここから出てすぐが、駅前とかだったらなぁ~。最高に楽なのに・・・。」

 グッタリとした声で呟くと、そのまま疲れからか、無意識に眠ってしまった。

 キラキラと差し込む木漏れ日が目に当たると、眩しさからゆっくりと目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていた事に気が付くと、慌しく携帯を取り出し、時間を見た。

「やべっ!二時間も寝てたのか。」

 慌てて立ち上がると、タオルを鞄の中に押し込み、お尻に付いた砂を乱暴に叩きながら、来た道を引き返す。

 濡れた髪も、汗だらけだった制服もすっかり乾き、気分一掃した感じで、足も軽く階段を駆け下りて行く。行きに比べ、帰りは体力も回復しているお陰で、楽に感じ距離も短く感じた。

 入口を出ると、又燦々と照り付ける太陽が頭上から攻撃をし、温度も一気に上がり熱気に包まれる。ジワリと再び汗が滲み出すも、早目に抜け出すには進むしかないと思い、足早に駅へと向かった。

 すると何故か、森を出て少し歩くと、目の前には駅が見えた。

「あれ・・・?あそこから駅って、こんな近かったっけ?」

 ミカゲは周りを見渡して見ると、確かに駅近くの風景だと確認をする。しかしあの森に入る時の近くの風景とは、違う様な気がし、ふと後ろを振り返ると、森は消えてしまっていた。

「あれ?」

 後ろは延々と家ばかりが続いたおり、どこを見渡しても、木々の生い茂った一帯は見当らない。

「日にやられて、幻覚でも見てたのかな・・・。」

 不思議に思いながらも、この暑さの中、長い間歩き続けたせいで、本当に蜃気楼でも見たのだろうと思い、余り深くは考えずに、駅へと向かった。確かに水の感触や、岩の冷たさは体に残ってはいたが――――。

 普通ならもっと驚くだろうが、ミカゲは不思議な出来事に、余り驚いたりはしなかった。逆に深く悩んだり考え込んだりする事を避け、軽く流す様にしていた。それはミカゲが、昔体験した出来事のせいだった。


 自宅へと帰宅をしたミカゲは、自室の冷房を早速入れ、温度を十七度に設定する。勿論風の強さは強風。部屋の中を涼しくしている間、汗だらけになった体をサッパリと洗い流す為、携帯をポケットから取り出し、お風呂場へと向かった。

 脱衣所で服を脱ぐと、シャワーを浴び、汗でネチネチとした、頭も体も綺麗サッパリ洗い流す。体がサッパリとしたお陰で、自然と気分も晴れやかになる。

 体を拭き、短パンにTシャツを着ると、適当にタオルで髪を拭きながら、次に台所へと向かう。無論目的は、冷蔵庫の中からキンキンに冷えたコーラを取り出し、風呂上がりの一杯を味わう為だ。

 ペットボトルのキャップを開け、プシュッと言う炭酸の弾ける音がすると、一気にグイグイとコーラを飲んだ。喉の中で冷たい炭酸が弾け、シャワーで火照った体に沁みわたる。

「プハァーッ!旨いっ!」

 この瞬間だけは、風呂上がりのビールの旨さを語る、父親の気持ちがよく分かる。アルコール飲料では無いが、同じ炭酸飲料としては、喉の中で爽快に弾ける炭酸が、火照った体に沁みわたり癖になる。

 身も心も爽快になったミカゲは、更に爽快になる為に、ガンガンに冷房で冷やして置いた自室へと向かった。

 軽く鼻歌を歌いながら、廊下を歩いて行くと、部屋のドアを開ける。ドアを開けた瞬間、ヒンヤリとした冷たい空気が流れ出て来た。そのまま部屋の中へと入って行くと、寒い位に冷えた部屋に、少し体を小刻みに震わせる。

「ちょっと下げ過ぎかな・・・。湯冷めしそうだな。」

 冷房の温度設定を二十度に変えると、風量も弱へと変えた。

 ベッドの上へと腰掛け、側に置いた携帯画面を見ると、着信履歴が一件有った。着信は東志からだ。大凡何の用事か分かっていたミカゲは、顔をニヤニヤとニヤ付かせながら、東志へと電話を掛ける。数回コールを鳴らすと、電話に出るなり、受話器からは東志の雄叫びの様な声が聞こえて来た。

「「ふざけんなよ!テメェーぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すっ!」

 アホみたいに『ぶっ殺す』を連発する東志に、ミカゲは可笑しそうにケラケラと、大笑いをした。

 笑うミカゲに対し、東志は更に「ぶっ殺す」を連発する。

「まぁーまぁー。落ち着きなよ。」

「「落ち着いてられるかっ!テメェーぶっ殺す!」

「取りあえず落ち着こうよ。ほら、俺の言い分も有る訳だし。」

 興奮をしながら言う東志に対し、ミカゲはクスクスとまだ笑いながら、余裕の態度で話した。東志の『ぶっ殺す』は、殆どが只の照れ隠しの為の口癖だ。その事を知っているからこそ、笑いながら話す事が出来る。

 「「何だ?」取りあえず聞こうと、一度東志は叫ぶのを止め尋ねると、ミカゲは淡々と説明をした。

「いやね、俺はこの糞暑い中、休みなのに学校まで行った上、わざわざ東志ん家まで届けに行ったんだよ?それなのに留守とか言われたら、流石にムカつくじゃん?本気で日射病にも、脱水症状にもなりかけてさ。家にお邪魔して、休む事が出来ると期待してたのに、留守とか言われて、ポストに入れといてとか軽く言われたら、ムカつくじゃん?あれれ?俺の今までの苦労は?死にそうになりながら辿り着いたにも関わらず、冷たい麦茶の一杯も無く、只ポストに入れて帰れ!あんまりだよ。」

 長々と言い終えた後、ワザとらしく溜息を吐き、「分かるだろ?」と悲しげな声で囁いた。そして再び、東志の叫び声が受話器から響く。

「「分からんわボケっ!それで何で素っ裸のDVDをポストに入れんだよっ!思いっ切り親に見られたんだぞっ!めっちゃ親に引かれたんだぞっ!妹なんかボロ雑巾見る様な目で見て来やがったんだぞっ!俺の家庭内人生終わりだ!ぶっ殺すっ!」

 ミカゲは軽く溜息を吐くと、呆れた声で適当に言った。

「たかがエロアニメDVDを見られた位で、家庭内人生は終わらないよ。まぁそりゃー、多少マニアックな幼女物だけど、俺達位の年頃ならこれ位当たり前だろ。」

「「幼女物だから問題なんだよっ!」

「いや、むしろ幼女物が好きなお前の方が問題だと思うぞ。」

 ミカゲの一言に、一瞬受話器からは、東志の声が途絶える。

「「いやいやっ!テメェーのDVDだろうが!自分の事棚に上げて、何偉そうに言ってんだよっ!」

 再び東志の叫び声がすると、ミカゲは平然とした態度で言う。

「いや、正確には我がクラス一のキモヲタ、田沼君のDVDだよ。俺はちょっとどんな物か興味が有ったから、借りただけ。学校に置き忘れたけど。」

「「テメェー酷いな・・・。借りといて悪口の上、学校に置きっぱで忘れるとか。」

 怒鳴り散らしていた東志も、ミカゲのその言葉には流石に少し引いてしまい、一気に頭に上った血も引いて冷めてしまう。

「酷いのはどっちだ。人に取りに行かせて留守にするとか。有り得ねぇーし。」

 今度はミカゲが怒り気味に言うと、東志はすっかり炎上していた怒りも治まり、申し訳なさそうに言った。

「「あぁー悪い。悪かったよ。急に出掛ける事になってさー。妹がどうしても、買い物に行きたいって言うから、家族で行く事になっちまったんだよ。ほら、親と一緒なら買って貰えるだろ?」

「有り得ねぇーシスコン。お陰で俺は干物になりかけたよ。」

「「だから悪いって。」

「ま、今度スタバで好きなだけ奢ってくれるなら、許してやるよ。友達だからな。」

 爽やかな声で言うものの、受話器から聞こえる東志の声は、不満に満ち溢れていた。

「「おい、そこはマックとかだろ。いい台詞の様に聞こえるが、高校生にスタバとか酷だろーが。しかも好きなだけって何だっ!その前に何気にシスコンっつったなっ!シスコンってどう―――――。」

「ま、そんな下らない話しはいいとして、ちょっと聞きたい事が有るんだけど。」

 受話器越しにウダウダと文句を叫んでいる東志を無視し、ミカゲは今日見た森の事を聞こうと、話しを無理やり切り替える。

「お前ん家の近くに、小さな森みたいなのって在ったっけ?」

「「は?森?何の事だよ?」

 唐突な質問に、東志は訳が分からない様子で、不思議そうに逆に訊き返した。

「だから、入口に『戸隠山』って掘られた石が二つ有る、杉の木の森だよ。」

「「何だそりゃ?戸隠山は長野だろ。杉の木の森なんて、家の近くにはねーよ。あー、デッカイ公園なら在るけど。その事か?」

「いや、公園じゃなくて・・・。」

 途中言い掛けると、ふと昔の事を思い出し、少し考え込んだ。言った所で仕方が無いかと思うと、続きを言うのを止め、「やっぱりいいや。」と言う。

「「はぁー?何だよ?意味不明だな。」

 益々訳が分からない様子の東志に、ミカゲは「忘れて。」と、何度も言った。

「てか、東志の生態の方が意味不明。」

 誤魔化す様に爽やかな声で言うと、再び東志の怒りの雄叫びが聞こえて来る。

「「俺の生態が意味不明って、どう言う意味だよっ!テメェーの性格の悪さの方が意味不明だろーがっ!」

「いや、俺はほら、毒舌がチャームポイント的なものだから。口は悪くても、行動は優しいじゃん?今日だって猛暑の中、東志のズリネタの為に学校へと出向いた訳だし。」

「「ずっ!ズリネタとか言ってんじゃねーよっ!ぶっ殺すぶっ殺すっ!」

「実際そうじゃん。同年代の貧乳でも、年下中学生の貧乳でも無く、小学生のツルペタで興奮する訳でしょ?その差の違いが俺にはよく分かんないな。同じペッタンコなのに、何で小学生じゃないと駄目な訳?でも東志の妹って、中二だよな?妹は例外で有りって事か。だってシスコンだもんね。」

 淡々と話していると、東志の最大の雄叫びが聞こえた。

「「うっせぇー!ぶっ殺すっ!」

 叫び声の後、ブチッと言う音が聞こえると、ツーツーと電話の途切れた音が、受話器からは鳴る。

「切りやがった。」

 ボソリと呟くと、ミカゲはクスクスと可笑しそうに笑い出し、一人でベッドの上に寝転がり、お腹を抱えて笑った。

「ざまぁーみろ。パシッた仕返しだ。」

 ケラケラと大笑いをすると、散々炎天下の中を歩かされた恨みを晴らせ、痛快だ。

 ミカゲのささやかなる反撃は、見事に成功し、東志は家族の前で大恥を掻いた様だ。おまけにからかう事も出来、満足度はほぼ百%。忘れ物は、幼女物エロアニメのDVDだった。

 しばらく笑い続けると、苦しそうにハァハァと息を切らせる。軽く深呼吸をし、息を整え落ち着かせると、森の事を考えた。

 今日見た森は、確かに本物だった。水の冷たい感触も、岩のヒンヤリとした感触もハッキリと覚えている。土や木の匂いもし、ズボンには泥だって付いていた。確かに自分はあの場所に居たのだが、東志の話しではそんな森は無い様だ。おまけに森に入った時と出た時とでは、場所まで変わっていた。

「俺・・・また変な体験しちゃったのかな・・・。」

 ボーッと天上を見上げていると、深く考えない様にしていたのに、無意識に考え込んでしまっている事に気が付く。慌ててベッドから起き上がると、パンパンッと両頬を、強く叩いた。

「駄目だ!深く考えるな!無視するのが一番なんだ!どうせ考えたって・・・。」

 考えたって仕方が無い―――――。そう思うも、どうにも気になってしまう。考えない様にしようとすればする程、逆に頭の中から離れなくなる。

 離れなくなった結果、ミカゲは確認をする為に、次の日もう一度東志の家の近くへと、やって来てしまった。

 再び猛暑の中、住宅街を歩くミカゲだが、今回は準備万端に、ミネラルウォーターを持参し、冷えピタもおでこに貼っている。服装も薄手の物にし、昨日に比べたら随分と楽な方だ。

「流石天下の冷えピタ様だ。これ一枚貼ってるだけで、全然違うな。」

 意気込みながら、昨日森へと向かった道を思い出しながら進むと、キョロキョロと周りを見渡した。

 あれだけ目立っていた森だから、すぐに又見付ける事が出来るだろう。そう思うも、同じ道を辿っているにも関わらず、それらしき物は全く見当たらない。見えるのは相変わらず、家ばかりだ。

「オカシイな・・・。確かこの辺の筈なのに・・・。」

 足をその場に止めると、グルリとその場で一周をして周りを見渡す。

 しかし、やはり見えるのは家ばかりで、木々の一帯は見当らない。無駄足に終わったかと思い、引き返そうと後ろを振り返ると、突然目の前に、昨日と同じ杉の木が生い茂った、小さな森が現れた。

 突如目の前に飛びこんで来た森の入口には、やはり両サイドに石の看板が立っている。石には昨日見た物と同じく、『戸隠山』と掘られていた。

「確かにさっきまでは・・・家しかなかったのに・・・。」

 流石のミカゲも、少し驚き目を真丸くさせると、石に掘られた文字を、そっと指でなぞった。

「同じ森だ。」

 昨日来た森と、同じ物だと確認をすると、早速中へと入り階段を上る。

 虚ろだった昨日とは違い、しっかりとした意識で階段を上りながら周りを見渡すと、明らかにこの森だけ別空間の様だと実感が湧く。昨日は気付かなかったが、微かに鳥の鳴き声も聞こえ、風に揺れる木々の葉は、深い緑色をしており、人工的に植えられた物では無く、何年も歳月を掛け、大きく育った杉の木だとよく分かる。

 階段を上り切り、土の一本道へと出ると、周りの杉の木は更に高く上へと伸び、中には何十年、何百年前の物の様な歳老いた木も有った。

 水が流れていた岩場付近へと到着をすると、早速そっと水を触ってみる。水はヒンヤリととても冷たく、自然の湧き水の様で色も透き通っており、正に天然水だ。石で出来た溜まり場は、人工的に作られた物の様だが、コンクリートでは無く、大きな石を幾つも繋ぎ合せ、ちょっとした小さい井戸の様だった。底が浅いせいか、水は溜まり場から溢れ出ているが、溢れた水は岩場の横を伝い流れ、木々へと水を与えている様だ。

「本物だな。確かに・・・。」

 ミカゲは水を一口飲むと、持参したミネラルウォーターの水より美味しく、自然と笑顔が零れる。ペットボトルの中にまだ半分位残っていた水を全部捨てると、変わりに岩から流れ出る天然水を、ペットボトルの中へと満タンに入れ換えた。

「うん、こっちの方が美味しいからな。」

 ペットボトルのキャップを閉めると、洞窟の方へと向かった。

 洞窟の入口は、とても広い。真ん中に建つ小さい祠の奥は、薄暗く、先がよく見えないが、相当奥まで続いている様だ。祠は古い木造で出来ており、年代を感じさせる。

 ミカゲはジッと祠を見つめると、どこかで見た事が有る様な風景に思え、顎に手を添えて考えた。

「戸隠山・・・。洞窟に祠って・・・確かネットで写真を見た様な・・・。」

 首を右へ左へと傾げ、悶々と思い出そうとしていると、突然後ろから、透き通る様な綺麗な女性の声が聞こえた。

「せっかく願いを叶えてやったと言うのに、礼の饅頭一つも持って来なんだとは、今の子は礼儀を知らぬな。」

 ミカゲは慌てて後ろを振り返ると、後ろには、黒く長い髪をした、女性の姿が目に飛び込む。

 長い黒髪が目に入った瞬間、ミカゲはハッと一人の女性の姿が頭の中に浮かび、思わずその名を口にしてしまう。

「藍川さん・・・?」

 しかし、よくよく顔を見て見ると、自分の頭の中に浮かんだ人物とは、全く違う顔をしていた。

 真っ白い肌に、少し釣り上がった真っ赤な瞳。微かに微笑んでいる口元には、真っ赤な紅を引き、蝶の模様が施された、燃える様な赤い着物を着ている。純白の帯の上には、金色の帯紐が一際際立ち、輝いていた。この暑い中、例え涼しい森の中とは言え、着物を着ている女性は明らかに異様で、浮いている存在だったが、その姿は凍り付く程美しく、長い黒髪が風に揺らめく度に、目を奪われ視線を外す事が出来ない。女性と言っても、パッと見は自分と同じ位の年頃に見え、余計にだ。

「・・・じゃない・・・。誰?」


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