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第7話 その後の王宮

 “選ばなければならない”状態になった瞬間から、王宮は別の場所になった。


 それは、ほんの少し前までの王宮とは似ているようで、決定的に違う。


「北棟、優先対応完了! 来客の移動も半数完了しました!」


「南棟はまだ混乱が残っています! 導線の再調整が必要です!」


 報告は早くなった。

 指示も通るようになった。


 だが、それは――


「帳簿の整合はどうなっている」

「未対応です。後回しに」


 ――何かを切り捨てた結果だ。


 アルトレインはその事実を理解している。


 理解しているからこそ、違和感は消えない。


「……」


 大広間の空気は、先ほどよりも落ち着いていた。


 混乱は収まりつつある。

 少なくとも、表面上は。


 だが。


 “歪み”は消えていない。


「殿下」


 グレンが静かに声をかける。


「来客の再配置が完了次第、本日の宴は終了といたします」


「……ああ」


 アルトレインは短く答える。


 宴は、失敗した。


 それはもう、否定しようがない。


 だが、それでも。


「最低限の体裁は保てる」


 自分に言い聞かせるように、そう言った。


「ええ」


 グレンは否定しない。


 ただ、それ以上も言わない。


 その態度が、今は妙に重い。


「……宰相」


「はい」


「正直に答えろ」


 アルトレインは視線を外さない。


「今の状態は、“通常”か?」


 一瞬。


 グレンは、ほんのわずかだけ目を細めた。


「いいえ」


 即答だった。


「通常ではありません」


 迷いがない。


「では、異常か」


「はい」


 これも、即答。


「明確に、異常です」


 その言葉は、重かった。


 逃げ場のない断定。


「……」


 アルトレインは息を吐く。


 胸の中にあった違和感が、少しだけ形になる。


「原因は」


 問いかける。


 だが、その言葉の続きを、自分でもわかっている。


 グレンは一瞬だけ沈黙し。


「複数あります」


 そう答えた。


「一つではありません。帳簿、人員、席順、情報伝達。それぞれに歪みが生じている」


「それは見ればわかる」


「はい」


 グレンは頷く。


「ですが、それらは本来、独立した問題ではありません」


「……どういうことだ」


「すべては、連動しています」


 淡々とした説明。


 だが、その内容は重い。


「一つの歪みが、別の歪みを引き起こし、それがさらに次の歪みを生む」


「連鎖……か」


「はい」


 アルトレインは目を閉じる。


 思い返す。


 帳簿のズレ。

 席順の衝突。

 来客の混乱。


 すべてが、繋がっている。


「……ならば、その起点は何だ」


 問いが、核心に近づく。


 グレンは答えない。


 代わりに。


「殿下は、どうお考えですか」


 問いを返した。


「……」


 考える。


 だが、すぐに答えは出ない。


 いや。


 出かけている。


 だが、それを認めるには――


「殿下」


 別の声が割り込む。


 エルナだった。


 息を切らしながら、広間に戻ってきている。


「どうした」


「……確認、いたしました」


 彼女は、まっすぐに言う。


「何を」


「各部署の動きと、指示の流れを」


 その目は、先ほどとは違っていた。


 迷いが減っている。


「それで」


 アルトレインが促す。


 エルナは一度だけ息を整えた。


「……共通点があります」


 広間が静まる。


「共通点?」


「はい」


 彼女は言葉を選びながら続ける。


「すべての問題において、“最終確認が行われていない”状態でした」


「最終確認?」


「はい。帳簿も、席順も、来客対応も……それぞれの部署で一度は確認されています。ですが、その後の調整がされていません」


「……調整」


 その言葉が、重なる。


 ミレイユの言葉と。


 グレンの言葉と。


「つまり」


 エルナは続ける。


「各部署の判断が、互いに干渉しているにも関わらず、それを修正する工程が抜けています」


 沈黙。


 誰もが理解している。


 だが、誰も口にしない。


 その工程を、誰が担っていたのか。


「……」


 アルトレインは、ゆっくりと目を開く。


 そして。


 初めて、明確に言葉にする。


「……リディアか」


 静かだった。


 だが、その一言で、空気が変わる。


 誰も否定しない。


 否定できない。


「……」


 セレナが、わずかに表情を曇らせる。


「それは……」


 言いかけて、止まる。


 言葉が見つからない。


「……あの女が、すべてを調整していたと?」


 アルトレインは、自分の言葉を確認するように繰り返す。


「そんなことが……」


 あり得るのか。


 あの女が。


 冷酷で、傲慢で、己の都合で動いていたあの女が。


「……」


 グレンは何も言わない。


 肯定も否定も。


 ただ、その沈黙が。


 答えだった。


「……」


 アルトレインの中で、何かが音を立てる。


 崩れる音ではない。


 組み替わる音だ。


 これまでの認識が。


 少しずつ。


 形を変えていく。


「……」


 だが、それでも。


 まだ、完全には受け入れられない。


「……だとしても」


 アルトレインは低く言う。


「それは、必要な仕組みではない」


 誰に言い聞かせるでもなく。


「一人に依存する構造など、健全ではない」


 正しい。


 理屈としては。


「ええ」


 グレンが頷く。


「その通りです」


 否定しない。


 だが。


「……ただし」


 続く言葉がある。


「ただし?」


「それが“機能していた”のも、事実です」


 静かな一撃だった。


 正しさと、現実。


 そのズレを突きつける言葉。


「……」


 アルトレインは何も言わない。


 言えない。


 正しいことと、うまくいくことが一致しない。


 その現実を、初めて突きつけられている。


「……殿下」


 エルナが、静かに言う。


「どうなさいますか」


 問いだった。


 選択を迫る問い。


 今までなら、必要なかった問い。


「……」


 アルトレインは答えない。


 すぐには。


 答えられない。


 だが。


 ひとつだけ、確かなことがある。


 もう、元には戻らない。


 この夜を境に。


 王宮は、変わった。


 そして。


 自分もまた――


 変わらなければならない。

ついに“名前”が出ました。


まだ完全な理解ではありませんが、確実に認識が変わり始めています。

ここから、さらに大きなズレが明らかになっていきます。


続きが気になったら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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