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第6話 不要になった歯車

 止まらない。


 問題は、増えている。


「南棟で火事の誤報が上がりました! 避難誘導が――」

「誤報だと!? 誰が流した!」

「不明です! 確認中ですが、伝達経路が追えません!」


 広間の空気が一気に荒れる。


 誤報。

 それだけならば、大事ではない。


 だが、今は違う。


 すでに複数の問題が同時進行している中での“余計な情報”は、混乱を倍加させる。


「鎮めろ! まずは来客を――」


「殿下、来客の一部がすでに移動を開始しております! 東棟と南棟で導線が衝突して――」


「何故そうなる!」


 怒声が飛ぶ。


 だが、誰も答えられない。


 理由は明確だ。


 “全体を見ていない”から。


「……」


 アルトレインは歯を食いしばる。


 さきほどから、同じ感覚が続いている。


 何かが足りない。


 明らかに。


 だが、それが何かは言葉にならない。


「殿下」


 セレナがそっと近づく。


「一度、宴を中断されてはいかがでしょうか」


 その提案に、周囲が一斉にざわめいた。


「中断だと?」

「そんな前例は――」

「ですが、このままでは」


 声が割れる。


 判断が分かれる。


 それ自体が、異常だ。


「……」


 アルトレインは答えない。


 答えられない。


 中断すれば、混乱は収まるかもしれない。

 だが、それは“失敗”を認めることになる。


 この場で。


 この状況で。


 それを選べるか。


「殿下」


 低い声が、割り込む。


 グレンだ。


「決断を」


 短い言葉だった。


 だが、重い。


「現状は、制御不能に近い状態です。このまま維持するか、強制的に停止するか。いずれかを選ぶ必要があります」


「……」


 維持か、停止か。


 どちらも、負けに近い。


「殿下」


 ミレイユも口を開く。


「現場は限界です。これ以上は、現場判断では持ちません」


「……」


 また同じ言葉だ。


 持たない。


 維持できない。


 それが前提になっている。


「……なぜだ」


 アルトレインは、思わず口にする。


「なぜ、今まで持っていたものが、急に持たなくなる」


 誰も答えない。


 だが、その沈黙は。


 すでに答えを含んでいた。


「……」


 アルトレインの視線が、無意識に扉へ向かう。


 すでにいない人物。


 だが、そこに“何か”があった場所。


「……」


 思い出す。


 いつも、問題は起きていたはずだ。


 小さな不備。

 小さな衝突。

 小さなズレ。


 だが、それらはすぐに消えていた。


 誰かが、消していた。


「……」


 胸の奥で、何かが形になりかける。


 だが。


「殿下!」


 再び、声が遮る。


「南棟の避難誘導が混乱しております! 一部の貴族が衝突し――」


 止まらない。


 考える時間すら、与えられない。


「……中断だ」


 アルトレインは、低く言った。


 広間が静まり返る。


「宴を中断する。すべての来客を一度退避させろ」


 決断だった。


 遅いが、それでも。


 確実な一歩。


「承知いたしました」


 グレンが即座に動く。


「各部署へ通達を。優先は安全確保。次に再配置」


「はっ」


 騎士団長が応じ、指示が飛ぶ。


 今度は、動きが早い。


 明確な優先順位が与えられたからだ。


「……」


 アルトレインは、その様子を見ながら、静かに息を吐く。


 少しだけ。


 本当に少しだけ、流れが整う。


 だが。


「……遅い」


 誰かが呟いた。


 小さな声だった。


 だが、はっきりと聞こえた。


 ミレイユだった。


「何だと」


「いえ」


 彼女は首を振る。


 だが、その目は動かない。


「もっと早く、判断が必要だった」


 それは、批判ではない。


 事実だ。


「……」


 アルトレインは何も言わない。


 言えない。


 その通りだからだ。


「殿下」


 グレンが戻る。


「避難は開始されました。ただし――」


「まだあるのか」


「はい」


 当然のように言う。


「帳簿と人員配置の問題は、避難後も残ります」


「……」


 終わっていない。


 むしろ、これからだ。


「……どうすればいい」


 思わず、口に出る。


 誰に向けた言葉でもない。


 だが。


「選ぶことです」


 グレンが答えた。


「何をだ」


「何を優先するかを」


 静かな声。


「すべてを同時に整えることはできません」


「……」


「削るか、捨てるか、後回しにするか。その選択が必要です」


 それは。


 今まで、必要なかった選択だ。


 なぜなら。


 すべてを“同時に整える者”がいたから。


「……」


 アルトレインは目を閉じる。


 初めてだ。


 これほど明確に、“できない”と感じたのは。


「……」


 ゆっくりと目を開く。


「帳簿は後回しだ。人員は来客対応に集中させる」


「承知いたしました」


 グレンが動く。


 指示が飛ぶ。


 今度は、迷いがない。


 少しだけ、流れが戻る。


 だが。


 その裏で。


 確実に“切り捨てられたもの”がある。


「……」


 アルトレインは、それを理解している。


 だからこそ。


 胸の奥の違和感が、消えない。


 むしろ、はっきりしていく。


 ――今まで、何も捨てていなかった。


 ――なぜ、それが可能だった。


 答えは、もう目の前にある。


 だが。


 まだ、口にはできない。


「……殿下」


 セレナが、そっと声をかける。


「大丈夫です。きっと、すぐに元に戻ります」


 優しい言葉。


 だが。


 その言葉が、今は少しだけ遠く感じた。


「……そうだな」


 アルトレインは頷く。


 だが、その声には。


 わずかな揺らぎがあった。


 そして。


 その揺らぎは、確実に広がっていく。

“選ばなければならない”状態になりました。


今まで当たり前だったものが、当たり前ではなかったと気づき始めています。

そして、その“違和感”を最初に言葉にするのは誰なのか。


続きが気になったら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

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