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第16話 崩れた現場

 ――“必要なものを切り捨てた”。


 その言葉は、まだ空気に残っていた。


「……」


 アルトレインは何も言わず、ただ立っている。


 だが、その沈黙を破ったのは、別の声だった。


「殿下」


 低く、抑えた声。


 振り返ると、そこにいたのは一人の中年貴族だった。


 顔色は悪い。


 だが、怒りは隠していない。


「我が家の従者が、今しがた倒れました」


 空気が変わる。


「……何?」


「食事も水も行き渡らず、配置も混乱し、長時間立ち続けていたようです」


 一つ一つの言葉が、重い。


「……医師は」


「呼びました。命に別状はないとのことです」


 一拍。


「ですが」


 視線が、まっすぐ刺さる。


「これは“運が良かった”だけです」


「……」


 アルトレインは、何も言えない。


「殿下」


 別の声が重なる。


 若い貴族の女性だ。


「私の侍女も、同様に倒れました」


「……」


「指示が二重三重に飛び交い、どれに従えばいいのかわからなかったと」


 言葉が詰まる。


 だが、止まらない。


「誰も、責任を取らない。誰も、決めない」


 その一言が。


 突き刺さる。


「……」


 ざわめきが広がる。


 もう止まらない。


「我が家でも同様です!」


「こちらでも!」


「配膳が止まり、従者同士で衝突が――!」


「指示が食い違って、現場が混乱している!」


 怒りではない。


 これは。


 “現実”だ。


「……」


 アルトレインは、動かない。


 いや。


 動けない。


 言葉が、見つからない。


「……殿下」


 静かな声が、割り込む。


 エルナだった。


「……見てください」


 彼女は、広間の奥を指す。


「……」


 視線を向ける。


 そこにあったのは。


 混乱ではない。


 疲弊だった。


 従者たちが、壁にもたれかかっている。


 座り込んでいる者もいる。


 誰もが、余裕を失っている。


「……」


 その光景に。


 アルトレインの胸が、わずかに締め付けられる。


「……」


 気づいてしまった。


 これは。


 “失敗”ではない。


 “消耗”だ。


「……」


「殿下」


 エルナが、もう一度言う。


「これは……続きません」


 はっきりと。


「……」


 アルトレインは、何も言わない。


 言えない。


「……」


 その時。


「……やはり、そうなりますか」


 カイルが、静かに言った。


 先ほどと同じ、冷たい声で。


「……」


「構造が崩れたとき、最初に壊れるのは“現場”です」


 一歩、前に出る。


「理屈ではなく、人間が先に限界を迎える」


 視線が、周囲へ向く。


 倒れた従者。


 疲弊した侍女。


 混乱する兵士。


「……」


「これが」


 一拍。


「“調整がない世界”です」


 その言葉は、静かだった。


 だが。


 逃げ場がない。


「……」


 アルトレインは、拳を握る。


 否定できない。


 一つも。


「……」


 その時だった。


「……もう、やめてください」


 小さな声。


 だが。


 確かに響いた。


「……」


 振り返る。


 そこにいたのは。


 若い侍女だった。


 震えている。


 だが。


 逃げていない。


「……もう、無理です」


 一歩、前に出る。


「これ以上は……持ちません」


 涙が滲む。


 だが。


 止まらない。


「……誰かが、ちゃんと決めてくれないと」


 その一言が。


 場を、静めた。


「……」


 全員が、理解する。


 これは。


 貴族の問題ではない。


 現場の問題だ。


「……」


 アルトレインは、ゆっくりと息を吸う。


 そして。


 吐く。


「……」


 もう、迷わない。


「……宰相」


「はい」


「……すべて、止める」


 はっきりと。


 言った。


「……」


 ざわめき。


 だが。


 否定は出ない。


「本日のすべての運用を停止する」


 続ける。


「来客は、安全確保を最優先に退場誘導」


「現場は、一度休ませる」


「帳簿、配膳、配置、すべて後回しだ」


 言葉が、重なる。


 一つずつ。


 確実に。


「……」


 グレンが、静かに頷く。


「承知いたしました」


「……」


 指示が飛ぶ。


 今度は。


 迷いがない。


「……」


 空気が変わる。


 混乱が、収束していく。


 ゆっくりと。


 だが、確実に。


「……」


 アルトレインは、その様子を見ていた。


 そして。


 ようやく、理解する。


 これは。


 “立て直し”ではない。


 “リセット”だ。


「……」


 その時。


 エルナが、小さく言った。


「……殿下」


「何だ」


「……それでも」


 一拍。


「足りません」


 その言葉に。


 アルトレインの動きが止まる。


「……何がだ」


「……」


 エルナは、視線を落とす。


 そして。


 言った。


「……“戻す人”が、いません」


 沈黙。


 完全な。


「……」


 その一言で。


 すべてが、繋がる。


 止めることはできる。


 だが。


 戻すことはできない。


「……」


 アルトレインは、何も言えない。


 ただ。


 その現実を、受け入れるしかない。


「……」


 遠くで、扉が閉まる音がした。


 宴は、終わった。


 だが。


 問題は、何一つ終わっていない。

ついに「現場の限界」が表に出ました。


ここまで積み上げてきたものが、一気に感情として噴き出しています。

次は、この状況に対して“どうするのか”が問われます。


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