第15話 空白の証明
扉の向こうは、すでに騒がしかった。
「説明を求める!」
「これはどういうことだ、殿下!」
「我々を軽んじているのか!」
怒号。
非難。
苛立ち。
それらが、空気を震わせている。
「……」
アルトレインは、一歩踏み出した。
逃げ場はない。
だが。
逃げるつもりも、もうない。
「静まれ」
低い声。
だが、よく通る。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、声が止まる。
「……」
全員の視線が集まる。
試すような目。
値踏みする目。
そして――
怒りの目。
「……説明をする」
アルトレインは言った。
言い訳ではない。
弁明でもない。
「本日の混乱は、王宮側の不備によるものだ」
その一言で。
空気が、変わる。
「……何?」
「認めるのか」
ざわめきが広がる。
予想外だったのだ。
責任の所在が、曖昧にされると思っていた。
だが。
違った。
「……」
アルトレインは、視線を逸らさない。
「責任は、俺にある」
はっきりと。
言い切る。
「……」
沈黙。
怒りは消えていない。
だが。
その質が、変わる。
「……では」
一人の男が前に出る。
老練な貴族だ。
「殿下は、この事態をどう収めるおつもりか」
鋭い問い。
当然の問いだ。
「……」
アルトレインは、答える。
迷わず。
「宴は、ここで終了する」
ざわめき。
だが、止まらない。
「すべての来客に対し、正式な謝罪と補償を行う」
「……補償だと?」
「具体的には」
一拍。
「各家への個別対応を、明日中に実施する」
空気が揺れる。
これは。
単なる謝罪ではない。
“損失を認める”対応だ。
「……」
老貴族は、しばらく黙っていた。
そして。
「……よかろう」
そう言った。
完全な納得ではない。
だが。
引く理由にはなる。
「……」
他の貴族たちも、ざわめきながらも一歩下がる。
怒りは残る。
だが。
矛先は、収まった。
「……」
アルトレインは、ゆっくりと息を吐く。
ひとまずは。
これで。
「……」
その時だった。
「――随分と、あっさり認めるのですね」
別の声が、響いた。
冷たい声だった。
振り返る。
そこにいたのは。
若い男。
整った顔立ち。
だが、その目は笑っていない。
「……誰だ」
「失礼」
男は軽く礼をする。
「ヴァルシュタイン家分家、カイルと申します」
空気が変わる。
再び。
「……分家だと」
ミレイユが小さく呟く。
「……」
カイルは、ゆっくりと歩み出る。
アルトレインの正面へ。
「本家ではありませんが、発言の資格はあると考えております」
「……何が言いたい」
「簡単なことです」
カイルは、微笑んだ。
「殿下は、“何を失ったか”を理解していない」
ざわめき。
だが。
アルトレインは、動かない。
「……言え」
短く。
促す。
「では」
カイルは一歩、近づく。
「本日の混乱、確かに殿下は責任を認めた」
「……ああ」
「ですが」
一拍。
「それは“結果”に対する責任です」
「……」
「問題は、“原因”です」
空気が、静まる。
「……」
「なぜ、こうなったのか」
視線が、突き刺さる。
「殿下は、それを理解していると?」
「……」
アルトレインは、答えない。
答えられない。
「……」
カイルは、わずかに笑みを深める。
「では、確認しましょう」
一歩。
さらに近づく。
「本日の混乱」
指を一本、立てる。
「席順の衝突」
もう一本。
「食材の偏り」
さらに一本。
「人員配置の不備」
そして。
「情報伝達の混乱」
四本。
「……」
「これらすべてが、同時に発生した」
「……ああ」
「では、なぜ“同時に”発生したのか」
静かな問い。
だが、逃げ場がない。
「……」
アルトレインは、目を閉じる。
答えは、わかっている。
だが。
それを、この場で言うことは――
「……言えない、のですね」
カイルの声が、静かに落ちる。
「……」
沈黙。
「……ならば、代わりに申し上げましょう」
一歩、踏み込む。
「それは」
その目が、鋭く光る。
「“調整が存在しなくなったから”です」
ざわめき。
再び。
「……」
「そして、その調整を担っていたのが」
一拍。
「誰かは、皆様すでにご存じでしょう」
視線が動く。
広間の奥へ。
誰もいない場所へ。
「……」
カイルは、ゆっくりと笑った。
「殿下」
その声は、静かだった。
だが、確実に刺さる。
「あなたは」
一歩。
距離を詰める。
「“必要なもの”を切り捨てた」
その一言で。
場が、完全に止まる。
「……」
「そして今」
さらに一歩。
「その代償を、払っている」
静寂。
完全な。
「……」
アルトレインは、目を開く。
逃げない。
視線を外さない。
「……ああ」
低く、答える。
「その通りだ」
その言葉で。
すべてが、決まる。
「……」
カイルは、わずかに目を細めた。
そして。
「では」
軽く、肩をすくめる。
「次は、どうなさるおつもりで?」
問いだった。
だが。
それは同時に。
宣告でもあった。
――ここから先が、本番だと。
ついに「ざまぁの入口」に入りました。
責任を認めるだけでは終わらない。
“原因”を突きつけられたことで、もう逃げられません。
ここから物語は一気に加速します。
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