表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/28

第13話 選択の代償

 ヴァルシュタイン家の紋章。


 その一言で、場の空気は完全に変わった。


「……確認したのか」


 アルトレインの声は低い。


「は、はい。門前の警備も同様に報告しております。間違いありません」


 侍従は緊張で声が震えている。


 当然だ。


 追い出したばかりの相手の家紋が、今このタイミングで現れたのだから。


「……」


 アルトレインは、わずかに目を細める。


 頭の中で、いくつかの可能性が浮かぶ。


 抗議。

 圧力。

 あるいは――


「……誰が来た」


「それが……」


 侍従は一瞬、言い淀んだ。


「馬車は一台。随行も最小限です」


「……本人か?」


「……いえ」


 首を振る。


「確認したところ、乗っているのは執事と思われます」


「……」


 ほんのわずかに、空気が緩む。


 だが、それは安堵ではない。


 むしろ逆だ。


「……執事だと?」


 ミレイユが低く呟く。


「この状況で?」


「はい……」


 誰もが理解する。


 これは“謝罪”ではない。


 “交渉”でもない。


 もっと別の何かだ。


「……通せ」


 アルトレインは言った。


「殿下?」


 セレナがわずかに声を上げる。


「この場に?」


「構わん」


 短く切る。


「隠す必要はない」


 むしろ、見せるべきだ。


 この状況を。


「……承知いたしました」


 侍従が走る。


 その背中を見送りながら、アルトレインは静かに息を吐いた。


「……」


 来る。


 あの家の人間が。


 この場に。


 何をしに来たのかは、わからない。


 だが。


 ただ一つ、確かなことがある。


 ――無関係ではない。


「……」


 しばらくして。


 大広間の扉が、ゆっくりと開かれた。


 重い音。


 その向こうから、ひとりの男が歩み出る。


 年配の男だった。


 背筋は伸び、歩みは静か。


 無駄がない。


 そして。


 視線が、一切ぶれない。


「……」


 広間のざわめきが、自然と消えていく。


 誰もが、言葉を失う。


 その存在感に。


「……ヴァルシュタイン家執事長、ローレンツと申します」


 深く、しかし簡潔な一礼。


 形式は整っている。


 だが、そこに“従属”はない。


「本日は、殿下に一つ、お届け物がございます」


「……届け物だと」


 アルトレインは眉をひそめる。


「はい」


 ローレンツは淡々と続ける。


「本日、リディア様が王宮より退かれるにあたり、“返却すべきもの”があるとのことで」


 その言葉に。


 空気が、凍る。


「……返却」


「はい」


 ローレンツは一歩進み。


 小さな箱を差し出した。


「こちらを」


 箱は、装飾のない簡素なものだった。


 だが。


 妙に重く見える。


「……中身は」


「開封いただければ」


 それ以上は語らない。


 アルトレインは、ゆっくりと手を伸ばす。


 箱を受け取る。


 ――軽い。


 だが。


 妙に、重い。


「……」


 蓋に手をかける。


 一瞬だけ、迷う。


 なぜか。


 開けた瞬間、何かが変わると、直感しているからだ。


「……」


 それでも。


 開ける。


 躊躇いなく。


 カチ、と小さな音。


 箱が開く。


 中に入っていたのは――


「……」


 紙の束だった。


 整然とまとめられた、数枚の書類。


「……これは」


 アルトレインは、最初の一枚を手に取る。


 視線を落とす。


 そして。


「……」


 言葉を失った。


「殿下?」


 セレナが覗き込む。


「……これは……」


 そこに書かれていたのは。


 “王宮内調整記録”。


 日付。

 部署。

 内容。


 そして――


 “修正前”と“修正後”。


「……」


 ページをめくる。


 次。


 また次。


 すべてに、同じ形式で記録されている。


「……何だ、これは」


 ミレイユが低く問う。


「……記録だ」


 アルトレインは答える。


「……調整の」


 その一言で。


 すべてが繋がる。


「……」


 書かれている内容は、単純だ。


 席順の微調整。

 帳簿の再配分。

 人員配置の変更。


 だが。


 その数が。


 異常だった。


「……こんなものが」


 一日分。


 いや。


 一晩分。


 これだけの数。


「……」


 アルトレインの手が、わずかに震える。


「……これを」


 誰が。


 いつ。


 どうやって。


「……」


 答えは、明白だ。


「……」


 ローレンツが、静かに口を開く。


「すべて、本日一日で処理された記録でございます」


 広間が、凍る。


「……一日?」


「はい」


 淡々とした声。


「本日分のみでございます」


 嘘ではない。


 それがわかる。


「……」


 アルトレインは、次のページをめくる。


 そこにも。


 その次にも。


 同じように、記録が並んでいる。


「……」


 理解する。


 完全に。


 今まで、自分たちが見ていたものが、何だったのか。


「……」


 これは。


 “奇跡”ではない。


 “偶然”でもない。


 ただ。


 見えなかっただけだ。


「……」


 ゆっくりと、顔を上げる。


「……なぜ、これを」


 ローレンツを見る。


「今、出す」


 問いではない。


 確認だ。


 ローレンツは、わずかに目を伏せ。


「リディア様のご指示でございます」


 そう答えた。


「……指示」


「はい」


 一拍。


「“必要になったときに、渡すように”と」


 その言葉で。


 空気が、変わる。


 完全に。


「……」


 アルトレインは、何も言えない。


 ただ。


 理解してしまった。


 すべて。


「……」


 ローレンツは、静かに一礼する。


「以上でございます」


 それだけ言って。


 何も求めず。


 何も残さず。


 ただ、退こうとする。


「……待て」


 アルトレインが、呼び止める。


「……何でしょう」


「……」


 言葉が出ない。


 聞きたいことは、いくらでもある。


 だが。


 そのすべてが。


 今さらすぎる。


「……」


 ようやく、絞り出す。


「……あの女は」


 一拍。


「……今、どこにいる」


 ローレンツは、ほんのわずかだけ微笑んだ。


「さあ」


 そして。


「私には、存じかねます」


 そう答えた。

“見えなかったもの”が、形になりました。


ここから、物語は次の段階へ進みます。

気づいたときには、もう戻れないところまで来ています。


続きを楽しみにしていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ