【番外編】もう一つのギフト
人の街の、遥か上空の、雲の上。
天上の花園で、聖なる泉をのぞき込む。
あたしは、水鏡に映る光景を見つめた。
この愛らしい顔が、思わずほころんでしまう。
「どうしたんだい? やけにご機嫌じゃないか」
後ろから声を掛けられた。……誰かは分かる。でも、応じる気にはならなかった。
「神様への報告はもう済んだのかい? 虫さん」
朗々とした声に嫌味は込められていなかった。だが、語尾には棘がある。
それにしても、嫌なことを思い出させてくれる。
そもそも、あたしたちの姿は、見る者のイメージ次第で変わる。
今回は、たまたま彼女の抱いたイメージが妖精だったということに過ぎない。
それから、あの「虫さん」もだ。あれも、あたしのせいじゃない。
「ご満悦って感じだね。凄いよね、良かったよね」
「あたしは今、忙しいの。かまわないで」
「いいよねー、君は。いいよねー、上手くいってさあ、僕なんかさあ」
拗ねる彼の言い分は分かる。でも、こいつが思い通りにできなかったのも、あたしのせいじゃない。
それにだ。あのミッションは、彼の受け持ちにおいても、結果は大成功といって差し支えないといえる。
ならば、あたしに八つ当たりするのは筋違いだ。
――まったくもう。
振り返ると……おいおい。
彼は涙目でこちらを見ていた。
あたしは、フッと息を吐き肩の力を抜いた。やれやれ、少しだけ慰めてやろうか。
今回の一件には……これはまったくの偶然だが、彼も一枚かんでいる。っていうか、彼はただ、見ていただけなのだが。
彼が落ち込んでいる理由。
それは、佐藤菜月に与えられたギフトに関わる……いや、違う、これは高木健太の。
そう、これはあの「最高の恋」の裏にあった、もう一つのギフトの話。
「そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。あれは完璧なハッピーエンドよ」
「よくない! だって、ギフトは僕の方が先だったんだ。なのに、なのに」
「順番なんて知らないわよ。それに、あたしだって、あんたのおかげで随分と気を使ったのよ」
ギフトを授かった者が交差するなど、本来ならばあり得ないことだった。
ギフトは神の力の行使。人の立場からすればチートコードである。
神様の力が相互干渉を起こせば、互いの力は相殺してしまう。
そう、ギフトは消失しかねなかった。
だから、あたしは最小限の干渉しかできなかった。
……もっとも、佐藤菜月は、終始ギフトを全く受け入れなかったので、このあたしの導きが必要だったのかどうかは分からないのだが。それでも、結果オーライ。彼女は予想外の動きを見せて、最大の成果をあげた。
しかし、彼と高木健太の場合は……
「もう、泣かないでよ。あんたもさ、高木健太に拒絶された割には頑張ったじゃん」
「頑張ってない。高木健太は、贖罪の意識が強くて、恋愛も他人事で……むしろ、恋を拒絶して、なにを言って聞かせても頑なに聞く耳を持たなかった。それに、彼は最初のところから非現実を一切受け入れなかった」
彼は俯き、ガックリと肩を落とした。
「で、でも、神様には、よく頑張りましたねって、褒められたって」
「頑張ってない。僕は何もしていない」
「そんなことはないわ。私は知っているわよ」
あたしは、彼のことをなんとか慰めようとした。しかし、思い浮かんできたのは……。
まあ、たしかに苦労はしたようだ。
彼は、あたしのギフトのせいで、佐藤菜月に手出しができなかった。
とどのつまり、彼は、本領を発揮できなかった。
……ちょっと笑う。
「見ていたの?」
彼があたしの顔をのぞき込む。――いけない、笑っていてはいけない。ここはスマイル。
「ええ、見ていたわ。ほら、第一待ち人発見の時、いいタイミングでぶつかって――」
「そうさ、あれは僕がつついて、書類を落とさせて、でも、佐藤菜月は、全く気が付かなかった。あの『調査報告書』、自分のなのに」
……そうだったのか。あれはこいつの仕業だったのか。こいつ……マジか。
「そ、そうね、でもさ、それで良かったじゃない? 二人が揃っているところで、むやみに力を使うのはよくないし、下手をすれば――」
「あんなことくらいじゃ、僕のギフトは消えない」
彼は口をとがらせる。……こいつ、マジでやべぇな。
「他にもほら、ちょっとわざとらしいとは思ったけど、ほら、翅なしコオロギに変身して――」
「あれもさ、意味に気付けよって感じさ。なんで病院に、餌用コオロギがいるんだよ」
「なら、あれは? お天気お姉さんに被せて見せていた啓示。あれは、佐藤菜月への干渉で、ちょっとギリギリの線だったけど」
「彼女は、ただ、お酒が飲みたくなっただけ。恋に焦がれる感じがゼロだった」
あ、あんたの暗喩はさ、分かりにくいんだよ。
「――そ、それはまあ、個性だから……でもさ、ほら、他にも色々とあったじゃん」
「何が?」
あたしは、思いつくことを並びたてた。病院で池上葵の前に立った場面、居酒屋での雰囲気、本屋で偶然会ったこと等を。
「全部、僕じゃない。君も知ってるだろ。ギフトが並立しているときには干渉できないって」
「まあ、それはそうね」
こいつ、ちゃんと分かってんじゃん。でも、ならば、あれは? まさかあれは違うよね?
「せっかく、部屋で二人きりになったのなら、もう少しなんかできただろ。ほんとに高木健太は」
違う、それじゃない。
「あ、あのさ、あの時に、あたし、二月の十四日だっけ、ほら、高木健太らしくない行動を見たんだけど……」
「ああ、あれは僕だ。彼はもう、どうしようもなく拒み続けるからさ、やってやったよ。でも、抱きしめて、フラれて、おじゃんさ。あれで僕のギフトは完全終了」
あっちゃー、ですよねー。高木健太がいつになく強引に動くからさ、なんかおかしいと思ったのよ。
それにしても、こいつ、何てことをしでかして。ダメだ、こいつ。
こっちはさ、ペナルティもある厳格なギフト。
あんたのやっている緩いものとは、わけが違うっつうの。
邪魔されなくて、本当によかったわ。
ん? でも待てよ――。
ならば、あれは……。
「ねぇねぇ、あんたさ、自分のギフト、結局、成果なしに期限が切れたって言ったじゃん? でもさ、あんたの努力って無駄じゃなかったかもよ」
「え? それって、どういうこと」
「ほら、高木健太がイベントの最終日に現れて、言ったじゃん」
「なにか言ったの?」
し、知らないのか――こいつ。だから、こいつらは。
「告白をするために、運命を信じてここに来ました。とか言ってたじゃん。それってさ」
「それって?」
「彼は、最後の最後に、『恋の運命』を信じたってことじゃないの?」
「そっか! 高木健太は、僕の――」
「かどうかは分からないけど、たぶんそういうことよ」
高木健太は、最後に奇跡を願った。
運命が微笑むのならばと思い、自分の心と向き合って、決着をつけようとした。
あの状況下で、彼の背中を押したもの。
それは、この楽天的、楽観的、お気楽なキューピッドの存在と、恋のギフトがあったせいかもしれない。
どちらにしても、こいつも、あたしも、今回のイベントでは、大して役割を果たせなかった。
けれど、それで良かったのだろう。あたしたちは、彼らに機会を与えた。それで十分なのだ。
人は、自分の選択で恋をし、愛し、幸せになる。これはまさに神様のおっしゃる通りのことだから。
「ちょっとここに来て見てごらんよ」
あたしたちは、二人で泉をのぞき込んだ。
そこには、幸せそうな顔でほほ笑む二人の姿があった。
「あ、これは!!」
隣で、うるさいやつが騒ぎ出す。両手で目を覆ったり、指の間からチラ見したりして興奮している。
「はいはい、これ以上は、野暮ってもんよ」
あたしは泉を掻き混ぜた。
キスシーンなど、あたしの管轄外です。
でもね、ちゃんと祝福はするわ。
佐藤菜月、高木健太、二人とも、これからも末永くお幸せに。
おしまい。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この物語が皆様の心に優しく残ってくれればいいなって思います。
楠 冬野




