第3話 神様のギフト
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そもそも、直接祈ればどうにかしてくれるんじゃないのかな? 本当に神様がいるのならば、だけど。
「神様は全部の人を救えない」
急に居住まいを正し、静かに語りだす妖精。見透かされたのだろうか。
「みんな祈るよ。ほら私だって神社とかで――」
「神様はご自身の立場を利用して特定の個を救済してはいけないんだ」
「はぁ」
「利益相反って言葉を知っているかい?」
妖精の真顔。でもその言葉って。
「驚いた。ずいぶん現代的な企業用語を知っているんですね」
さすがは神の使いだ。感心して彼女を見ると、ここでまたどや顔が出た。そのノリ、ちょっと煩わしいな。ここはスルーしておくか。
上目づかいに彼女と目を合わせる。……彼女は目を細めて私の顔を覗き込んだ。
「それはまぁ、ともかく」
咳払いのあと妖精が仕切り直す。
「ともかく?」
「正確な企業用語はこの際置いておいて――」
「置いておくんだ」
「神様は全ての人の利益に肩入れできないし、利益が相反する介入はしないの」
「どういうこと?」
「全ての人に幸福を与える立場上、一個人だけを優遇できない」
「つまり、えこひいきは公正さを失うと」
なるほどと頷くと、妖精も私を見て頷いた。
「神様は人々の幸福を願っている。しかしながら、この世には事象として誰かの利益が別の誰かの不利益になることがある」
言いたいことは分かる気もする。私は、ぼんやりと自分の人生を振り返った。
「――神様の慈愛、それは機会の平等を与えることなの」
「でも、私だって、これまで一生懸命に」
「目の前の不幸に囚われていてはいけない。神様は個を救えない代わりに、選択肢の向こう側にいつも幸福の機会を用意して下さっているのよ。救済はあるわ」
「――なんとなくシステムは理解しました」
「シ、システム……。ま、いいか。気を取り直そう。ともかくご褒美だ。じゃあいくよ! 君が今一番欲しているのはこれだ! あたしはこのギフトを君に与えることにする!」
言って彼女は自慢げに一枚の紙を出してきた。
「どこから出したんですか、そんな大きなフリップ」
嬉しそうに紙を掲げる妖精と、どこか他所事のように見ている自分。これは、いったいなんなのだ。夢の中に迷い込んでしまったようなこの感覚は、とても現実とは思えない。しかし確かにそれは今、私の目の前に浮かんでいる。 早く読めと催促するような眼差しを向けてくる。だから仕方なくその四角い紙に目を通した。すると、そこにはこう書かれていた。
『最高のCOI』
「――最高のコ、イ? 恋? これ、全部漢字でよくないですか?」
「ふふふふ」
彼女は悪戯っぽい笑顔を見せた。微笑みの中に含みを匂わすような、嫌な雰囲気を感じ取る。なんだろう、なぜだか妙にムカついた。
「そんなもの要らないわ」
「まぁまぁ、そういわずに。これは天の采配であり、決定事項、あなたに拒否権はありません」
「はあ!? なんで?」
「悪いけど、これはそういうものなの」
言い切ってあとはおざなりに話す。この出会いは、無かったことにはならない。クレームも受け付けない。ルールとシステムがあるのでよく読むようにと強く促す。最後に彼女は、必ず守れと念を押した。
「じゃ、頑張ってねー♪」
一通り説明すると、彼女は空中にフリップを残してそそくさと消えた
私の耳が雨音を取り戻す。
ハッとして我に返る。気が付けば妖精に『最高の恋』というギフトを無理やりに押し付けられていた。
――宙に浮かぶフリップ。
マジか……。私は、今しがた体験した奇妙な出来事を振り返りながら取扱説明書に目を通した。妖精なる珍妙な生き物が、最後に話したルールとシステムはこうだった。
◆神様のギフト「最高の恋」取扱説明書◆
1、あなたに最高のコイの機会を与えます。
2、失敗すると永遠に恋ができなくなります。
3、途中放棄も永遠に恋ができなくなります。
4、対象の相手として複数人を示します。
選ぶことが出来るのは一人だけです。
5、失敗の危険性が高まった時には、
イエローカードで知らせます。真の危機には、レッドカードを表示して警告します。(一発ロストあり)
6、終了はこれより一年後の四月五日二十時です。
これが、神様がくれた恋のイベント。期間は365日……なるほど。
最後まで読むとフリップが消えた。
「消えた。……ん? いやいや、ちょっと待って」
最高の恋をプレゼントするとかなんとか、調子いいことを言っておきながら、これはなに? しかも、これが最後のチャンスだとかなんとか言ってなかったか。
――困った。いや、さすがにこれは。
未来の喪失。一大事である。失敗すると私は永遠に恋が出来なくなる。……でも、嫌だ。傷つくのが怖い。今は、恋をする気分にもなれない。それでも、やらねば永遠に恋心を失う……もう、やるしかないのか。いいやダメダメ、そもそも無理やり相手を与えられても、恋なんてできるわけないでしょ。……こんなの、クリアなんてとても無理だ。げんなりと肩を落とす、胸の奥から深い溜め息がこぼれた。
……寒い。
見上げると雨は小ぶりになっていた。世界はもう動いていた。私は、一気に現実に引き戻された。神様に、妖精に、恋のイベント。……これは悪い夢か、幻か。
たぶん、きっと、そうだ。こんなことはあり得ない。非現実に実感など持てるはずもない。私は家路を急いだ。
だが、「最高の恋」は既に起動していた。翌朝、私はそのことを知る。強制的な恋愛ミッションの発動。対象者第一号の出現。その出会いから、私の真実の恋探しが始まった。




