41.口止め
気が抜けたのだろう。半ば気絶するように眠った輝夜を、鏡花はなんとかベッドにのせる。
意識のない人間は重い。そう言ったのは御門だったなと、思い出しながら視線を向けた。
「……黛くん、治療は?」
「終わった」
ドート伯爵令嬢の治療は終わったらしい。眠気から眉を顰めた御門が、一際低い声で答えた。
眠りに落ちていないということは、怪我自体も軽かったのだろう。小さく息を吐くと、京が此方を真っ直ぐ見ていることに気付いた。
「眞金さん、今のは……」
鏡花は、眠りにつき始めた輝夜の顔を見る。その顔色は徐々に赤みを取り戻し、いつもの__人間らしい色へと変化し始めている。
「輝夜くんのスキル__【悪食】の暴走だと思う」
「そうじゃなくて」
「……以前、何かあったな?」
鏡花は、何も答えない。勝手に答えるわけにはいかない内容だから。唇を引き結んだ鏡花の顔に、御門が左手を伸ばした。
「全て話せとは言わない。だが、次を避けるための最低限は共有しろ」
じわり、と温かな光が鏡花の頬を撫でていく。【怠惰】の力によって、ひりついた痛みが無くなっていく。
顰めた顔のまま、情報共有をしない鏡花に苛立っていることは隠さないが、治療の手つきは優しい。
「眞金」
言わないなら、治療しない。そう言うこともできるはずなのに。
こういうところが、御門をリーダーに決めた理由だった。
鏡花は、ちら、と輝夜の寝顔を見て。随分穏やかになった、その顔を、再び歪めることがないように。少しの逡巡の後、口を開いた。
「__輝夜くんは、女性に迫られるのは苦手だよ。でも」
「この顔と性格だからな」
輝夜にその気がなくとも、というか、逆に輝夜から迫らないからこそ、普段は男が嫌いだと言っている女性すら虜にしてしまうのだ。
「眞金さんのことは平気なの?」
「家族みたいなものだから……」
どちらが兄なのか姉なのか揉めるので“きょうだい”と言うことは少ないのだが、互いの認識はそう一致している。
こうやって、寝顔を見るのも、雑魚寝も数えきれないほどしてきたのだ。今更である。
「蓬莱1人で女を相手させなければいいんだな」
「昔から高嶺の花だったし、大丈夫かな?」
実際、高校の卒業式でも輝夜に告白しようとする女子はおらず、殆どは記念にツーショットを頼んでいただけだった。
王都で暮らしている間も、屋台の女性からオマケを貰ったり、お客さんから黄色い声をあげられることはあっても、迫ってくるような相手はいなかった。
それは、輝夜が思わせぶりな態度を取らないように気をつけた成果でもあるし、今まで関わってきた相手の良識や察知能力のお陰でもある。
「この女が身分で思うままにしようとした馬鹿だというだけだ」
御門が、そう結論付けたことで、この話は終わりになった。今後、貴族相手の時は気をつけよう、と。
「でも、伯爵に何ていう?」
残る問題は、今もなお意識が戻らず床に転がされている伯爵令嬢をどうするか、だ。
夜這いしてきたのは令嬢だが、自己防衛の為とはいえ輝夜が怪我を負わせている。
ひとまず、どう報告するのか、令嬢と交渉してなかったことにするのか。
鏡花は、判断を仰ごうと御門を見た。すると、御門は顎に手を置き、短く息を吐いた。
「__抱き込まれた使用人がいるはずだ。そいつを懐柔する」
普通、令嬢が1人で客室まで来れるはずがない。部屋には侍女がついているだろうし、途中で使用人ともすれ違うはず。
見て見ぬ振りをするよう言われたか、協力するよう言われたか。どちらにせよ、事情を知っている相手がいるはずである。
「え、どうやって……?」
「意識を失っているのは、令嬢だけではない」
そう言って、輝夜に視線を向けた御門は、とても良い笑顔だった。口の端は、小刻みに痙攣していたけれど。
◇
翌朝。鏡花達は大量の物資を受け取り、伯爵から大変丁寧な見送りを受けることとなった。
「……この度は、娘が迷惑をかけてしまい、申し訳ない」
「いえ、伯爵の迅速な対応、ありがたく思っております」
あの後、令嬢に協力した使用人を特定した御門と京は、輝夜が意識を失っていることを証拠として令嬢の目的を夜這いではなく、殺害なのではないかと言いだしたのだ。
伯爵が正式に招いている相手を殺害しようとしたとなれば大事件だ。使用人たちは慌てて令嬢による夜這い計画を白状した。その際、輝夜が抵抗し令嬢が突き飛ばされたことは正直に伝えたが、伯爵はそれを咎めることはしなかった。
未婚の令嬢が夜這いを仕掛けた、というだけで外聞が悪すぎるからである。
最終的に、伯爵には口止めを兼ねた協力をしてもらうことで話が纏まったのである。
「それにしても、第二王子殿下の命を受けていらっしゃるとは……」
ぽつりと呟いた伯爵に、御門は目を細めて笑みの形を作った。
「今後、殿下とのやり取りを中継していただくかもしれませんが、その際はよろしくお願いします」
はは、と乾いた笑みを返す伯爵は、御門のお願いにより、中立派から第二王子派閥に与したと思われるだろう。だからこそ、第二王子の息が掛かっている鏡花達を軽んじるわけにはいかなくなる。
少々気の毒に思えなくもないが、令嬢を甘やかしてきたツケである。第二王子も無茶は言わないと思うので、できる範囲で協力してくれればいい。
「出発するぞ」
「はぁい」
輝夜の、いつも通り穏やかな声を皮切りに、馬車はゆっくり動き始めた。




