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翡翠の焔が世界を焦がす  作者: 借屍還魂
大罪スキル
40/42

40.異形

 鏡花が固まっている間に、背後で扉が開く音。部屋に入ってきたのは、京だ。


「ごめん、遅れた……、って、眞金さん?」


 鏡花は焦りから舌が回らなくなりながらも、御門をじっと見つめて尋ねた。


「黛くん、輝夜くんは?」

「言ったとおりだ。まだ来ていない」

「なら__」


 ざぁ、と鏡花の顔から血の気が引いた。唇を戦慄かせたまま、扉に手をかけようとしたが、がちゃんと音を立てただけだった。


 御門が、鏡花の手を上から握り込んだのだ。


「先に説明しろ、眞金」


 慌てたところで上手くいかない。そう言われてやっと、鏡花は細く息を吐いた。吐いて、吐いて、その半分だけ、息を吸う。


「私が、部屋を出る前、ドアが閉まる音がして」

「僕も聞こえた。蓬莱くんだと思ってたけど……」


 音の方角は輝夜の部屋で間違いない。なのに、輝夜がいないということは。


 あの音は、輝夜の部屋に『誰か』が入った時の音だ。そして、侵入者に心当たりは1人しかない。


 事の重大さを理解した御門が、口の端を引き攣らせた。


「蓬莱の部屋に行くぞ」


 鏡花は頷き、そっと扉を開ける。派手に足音は立てないが、急ぎ足で廊下を歩き、輝夜の部屋の戸に手を掛けた。


 勢いよく回したノブが途中で止まり、鏡花は痛みで顔を顰める。


「……鍵、掛かってる」


 扉の隙間を覗き込み、鍵が掛かっていることを確認して。鏡花は小さく溜息を吐く。


「代われ。蓬莱、いるのか?」


 静かに扉を見つめる鏡花を押しのけ、御門が扉を叩くが返事はない。仕方ない、と御門が京を見やり、無理矢理扉を開けるよう、指示を出そうと手を上げた時。


「どうか、私を__」

「無理です、離れて!!」


 中から、縋るような令嬢の声と、叫ぶような輝夜の声が聞こえた。悲痛な声に、御門と京が目を丸くする。


「どうして拒絶するの?」


 私は、こんなにも貴方を想っているのに。扉越しに聞こえた言葉に、鏡花は胃が軋むのを感じた。


「もしかして、あの女が__」

「お願いだから、出て行って__!!」


 令嬢と輝夜の声が近付く。輝夜から近付くことはない。令嬢が迫っているのだろう。引き攣るような呼吸音に、鏡花は右足を振り抜き、扉を蹴り付けた。


「開かない……!!」

「眞金、脚を痛める」


 御門が止めるが、鏡花は首を横に振るだけだ。なんとか、扉を開けなくては。輝夜を助け出さなくては。


「落ち着け、力は蓬莱が上__」

「あああぁああああ!!」


 耳を劈くような、輝夜の悲鳴。ガタン、と大きな物音。揺れる扉。喉から絞り出した、か細い悲鳴。


 それらの音を聞き分け、鏡花は素早く、扉を引いた。


「輝夜くん!!」

「蓬莱くん!!」

「無事、か__?」


 部屋に飛び込む鏡花。一方、少し遅れた京が息を呑む音がした。その声で、先程、僅かに見えた丸いものの正体を知る。


「ドート、伯爵令嬢……?」

「動かすな!! 頭を打った可能性がある!!」


 肩を叩き、意識を確認しようとしたのだろう。御門が強い口調で京を止めている。

 呼吸はあるな、と呟いているので、最悪の事態は回避できたようだ。


 だが。


「……御門くん、あれ」


 部屋の奥。輝夜がいるはずの場所にいるのは、人間より一回り大きい“何か”だった。


「やめ、やめて。オレに、触らないで……」


 低く響く、耳障りな声。聞き慣れぬ声。馴染みのある口調。自分の頭を抱え込むように、耳を塞ぐように、部屋の隅にうずくまる姿。


 肌は青白く、人間離れした異形であるものの、それは、確かに輝夜だった。


「輝夜くん、落ち着いて」


 鏡花は、輝夜の前に膝をつき、視線を合わせてそう言った。


「いや、いやだ……」

「輝夜くん」


 乾いた音。鏡花の体が大きく傾き、床に転がる。振り抜かれた冷たく大きな手は、衝撃からか僅かに赤く熱を帯びていた。


「眞金さん!!」


 勢いよく倒れたものの、床には分厚い絨毯が引かれている。お陰で大した痛みはない。


 鏡花はゆっくり体を起こし、目を合わせてから、輝夜の手を両手で包んだ。


「……大丈夫、私だよ、輝夜くん」


 鏡花の手を弾いてから、再び丸まっていた輝夜の背中が、少しだけ伸びた。異形の相貌がゆっくりと鏡花に向けられ、紫に光る瞳が瞬く。


「__鏡花ちゃん?」

「うん。ごめんね、遅くなって」


 輝夜の瞳が、慌ただしく動く。部屋のあちこちを見渡し、令嬢が倒れていることを認識したのか、輝夜は大きく肩を震わせた。


「お、オレ、嫌って言ったのに、また、だから……」


 どうしよう。消え入りそうな声の輝夜を、鏡花はそっと抱きしめた。


「……大丈夫。怪我は、黛くんが治せる。あちらから部屋に入ってきたんだから、責がないとは言えないはず」


 私も、交渉頑張るから。輝夜くんは心配しなくて良いよ。ごつごつと隆起した背を撫でながら、なるべく穏やかな声を出す。


「……疲れたよね。一旦、寝た方がいいよ」


 寝不足は、辛い。安心できない夜も、とても辛くて、心身を蝕むものだ。今日は、輝夜は1人で眠れないかもしれない。


 だから、御門の治療が終わるまでは。鏡花の横で、少しでも休んでもらった方がいい。


「……ごめんね、鏡花ちゃん」

「大丈夫。痛くないから」


 輝夜が、何に謝ってるのか、わからないわけではないけど。鏡花は、敢えてはぐらかしたまま、輝夜が眠りに落ちるのを見守った。

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