39.善意の宿泊
晩餐会までの時間は、それぞれ、宿泊のために用意された部屋から出ることができなかった。応接室で会った時とは違い、身嗜みを一から整える必要があったからだ。
完全な庶民な上に人見知りである鏡花は、知らない人に世話をされることに強い拒否感を示した。しかし、相手も仕事なので退かない。
汚れを落とし、簡単なマッサージを受け、着付けと簡単な化粧を施され、体は軽くなったものの。精神的には疲れた状態で晩餐会に参加した。
「マナーは気にしなくていい。どうか楽しんでほしい」
晩餐会が始まってすぐ、伯爵から夫人と娘を紹介された。茶髪で人好きのする外見の伯爵と違って、夫人と娘は美しい金髪の貴族女性らしい人だった。
社交的な笑顔を浮かべている夫人とは違い、平民と一緒に食事をすることに不服そうに俯いていた娘だったが、ゴブリンキング討伐について伯爵から伝えられると態度が変わった。
「ゴブリンキングを討伐したの? 勇者様たちのように?」
詳しく話を聞かせなさい、と顔を上げた娘の視線が、輝夜に釘付けになる。
「…………あなたは?」
たまらず聞いてしまった、といった声音に、鏡花は頭を抱えたくなった。覚えのある反応に、こめかみが痛み始めたのである。
失礼にならない程度に娘を見ると、透き通る白色だったはずの頬が、薄らと桃色に染まっている。
「料理人のカガヤです」
「そう。うちの料理は口に合ったかしら」
「はい。大変美味しくいただいています」
娘が男に話しかけているのは良いのか、と伯爵夫妻の様子を見るが、御門と京と話をしていて気付いていない。
御門が伯爵と討伐について話し、京が王都で仕入れた商品について夫人に説明しているようだ。
「料理人なのに旅をしているの?」
「各地で様々な料理を食べることができるので、お供させてもらっています」
「王都から来たのよね? あちらで流行っている料理はあるの?」
気が進まないが、鏡花が割って入るしかないだろう。丁度良い質問を聞いて、鏡花は少しだけ、声を張った。
「お嬢様。よろしければ、王都で流行している料理について、説明いたしましょうか?」
自己紹介の際、鏡花と京が雇用主だと言っているので、不自然な展開ではないはずだ。何とか声が震えることなく言い切った鏡花だったが、娘の反応は冷淡なものだった。
「お前には聞いていないわ。弁えなさい」
「……申し訳ございません」
招待された客に対して随分な態度であるが、相手は貴族、鏡花は平民。大人しく引きさがると、ふん、と鼻で笑われた。
「娘を働かせなければならないなんて、平民は大変ね。普段から忙しなくしているのでしょう? 随分とくたびれているようね。お父様に感謝して、今日はゆっくり休むと良いわ」
外国に出ると日本人は若く見えると言われるが、ここ二ヵ月でマシになったとはいえ疲労困憊だった鏡花は老けて見えるらしい。全く隠す気のない嫌味に、鏡花は笑顔で答えた。
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
それで興味を失ったらしい。娘は、再び輝夜の方を向いて話し出す。輝夜が申し訳なさそうな視線を向けてくるが、鏡花は気にしていない。
性別や見た目、年齢によって批判されたり侮られたりすることには、慣れているから。
こういう時は、何も聞かず、考えないのが一番だ。
そう判断した鏡花は、晩餐会が終わり、御門に後で部屋に集まるよう言われるまで、ぼうっとしていたのだった。
「黛くんには、時間を置いてから来いって言われたけど……」
話し合いの集合場所は、御門の部屋だ。案内された客室は隣り合っているので、場所を間違えることはない。
鏡花が一番奥の部屋。隣に、御門、京と並んで、一番本館に近いのが輝夜がいる部屋だ。
なので、部屋を間違えることはない。しかし、廊下には、客人の対応を任された使用人たちが歩いている。
よからぬことを考えていると誤解されると面倒だ。彼らに見つからないように部屋に移動しなくてはいけない。
鏡花は、ドアノブに軽く手を掛けたまま、耳を澄ませる。
「……足音」
鏡花は、耳がいい方だ。基本的に非活動的で強い刺激が苦手な鏡花は、大きな音も眩い光も苦手である。
暗く静かで穏やかな時間を好む性格のお陰で、最近の若者らしくイヤホンで爆音の楽曲を聴くこともない生活を送っていたため、機密性の薄い異世界の扉越しに廊下の音を聞く程度は可能なのだ。
廊下を通る人々の足音を聞き、タイミングを伺う。
バタン、と派手に扉の閉まる音がした。京か輝夜だろうか。もう少し気を付けるべきでは、と思うが廊下は静まりかえっている。
「行った……?」
一呼吸して、ドアノブを回す。廊下の先に人影はない。きちんと扉を閉めて、ノックもせずに御門の部屋に滑り込む。
「眞金か」
扉の前で待機していた御門が、鏡花の顔を見て頷いた。鏡花は小さく頷き、部屋の中を見てから、首を傾げた。
「…………あれ?」
そこには、京の姿も、輝夜の姿もなかったからだ。
「他の二人も、直に来るだろう。……眞金?」
ならば、先程の後は、何だったのか。鏡花の背筋に、何か冷たいものが走った。




