35.旅人たちと
翌朝、美味しそうなスープの匂いに包まれ、鏡花は目を覚ました。御門の姿は、既にテントの中になく、荷物も見当たらない。
気を遣って、輝夜と京のテントに移動してくれたのだろう。手早く着替えを終えて、テントの外を覗く。
「鏡花ちゃん、おはよう。昨日は心配かけてごめんね」
「輝夜くん。もう平気なの?」
「大丈夫。御門くんにも診てもらったから」
お詫びに今日はコーンスープだよ、と輝夜はいつもと同じ笑顔を浮かべる。
穏やかな日差し、まばらに立ち上る煙。戦闘とはかけ離れた風景に、鏡花は、ほっと息を吐いた。
「おはよう、眞金さん」
「八月一日くん。おはよう。黛くんは?」
「すぐに戻って来るよ」
御門は、馬に水を飲ませに行っているらしい。ならば、と鏡花は輝夜と二人、配膳の準備を始める。
「戻った」
「じゃ、食べよっか」
作業を終えた御門を迎え、全員揃って腰を下ろした。いただきますと手を合わせ、暖かなスープを飲めば、体の内側から温まる。
「美味しい……」
「今なら何が来ても勝てそう」
「昨日みたいに囲まれなければ、な」
笑う京に、御門は低い声で言った。途端、空気が張り詰めたため、輝夜が呆れたように指摘する。
「御門くん、今言う?」
「今だからこそ言うんだろう」
腑抜けてないで、対処法を考えるぞ。促され、全員顔を引き締める。
「あれ、絶対、他にもゴブリンいるよね」
「問題は拠点の位置だよ」
昨日、ゴブリンと遭遇した場所と時間帯。人気がなくなってからの時間や距離を整理していると、水を汲みに来たのだろう、冒険者らしき三人組に声をかけられた。
「よう、兄ちゃん達。美味そうなもの食ってるな」
声の掛け方が、完全にカツアゲである。どうしよう、と鏡花は反射的に御門に視線を向ける。
自身に向けられた視線に気付いた御門が、口を開くより前に。声を掛けてきた男の頭から、ゴンと鈍い音がした。
「金払うから、俺らにもスープ、分けてくれよ」
後ろにいた、リーダー格の男に殴られたらしい。頭を押さえながら男は、悪かったよと呟いた。
「ゴブリンの情報も話せる。困ってんだろ?」
「困ってるのは俺らもだろう」
「そりゃそうだ」
どうやら、男達もゴブリンに遭遇したらしい。御門は、にやりと笑みを浮かべて、輝夜にスープを用意するよう指示を出す。
「……良いだろう。スープは分けてやる。代わりに、ゴブリンについての情報収集を手伝って貰おう」
一杯飲んだら、この一帯で休息を取っている全員、呼んできてくれ。コーンスープの甘い香りに夢中の男達は、御門の提案に頷いた。
「ゴブリンの集落か」
集められた旅人たちは、情報を出し渋るかと思われていた。しかし、顰めっ面の巨漢も、輝夜が微笑みながらコーンスープを渡すと一転、饒舌に話し始めた。
「勇者様達が討伐したのとは、別のやつだろうな」
「俺らも昨晩、襲われたんだよ」
「ギリギリだったな」
「荷馬車を襲われた奴も、馬が逃げちまった奴もいる」
「多分、かなりの範囲を支配してるぜ」
御門はそれぞれの話を聞きながら、地面に簡単な地図を書き、遭遇した場所と数を書き込んでいく。
鏡花も地図を見ながら、敵の拠点を考える。
「だから、他の一団誘って移動しようと思ってたんだが……」
行商人は、御門の手元を見て、顔を青くした。ゴブリンが出現した範囲が、予想以上に広かったのである。
その上、殆どが街道から外れずに移動していたにも関わらず、ゴブリンと遭遇している。数も多い。
「この範囲、やばいな」
「ゴブリンキングで確定じゃねぇか……」
最初に声を掛けてきた、冒険者の男が唸る。
「それぞれがゴブリンと遭遇した場所、数を考えると……」
全員の視線が、地面の地図に集まる。御門は手に持っていた木の棒で、とある場所に丸をつけた。
「この辺りになるな」
それは、私達にとっては進行方向。ここから少し離れた、川沿いだった。街道から逸れ、大きく森の中に入らないと辿り着けないが、距離はそれほどない。
鏡花はじっと地図を見つめる。川は大きく、広そうだ。水深もそれなりにあるだろうか。上手く使えば、と静かに思考する。
「ゴブリンはやばい勢いで増える。早めに叩かないと、森全体が支配されるぞ」
「でも、勇者がいるんじゃないのか?」
「待ってる間にお陀仏になるぞ」
でもなぁ、冒険者たちの声が揃う。ゴブリン単体は弱くとも、ゴブリンキングが率いれば数は100を優に超える。
本拠地を叩かねば危険だが、本拠地には大軍が控えている。尻込みするのは当然だった。
だが、御門は淡々と、事実のみを告げる。
「倒すしかないだろう」
そうしなくては進めないのなら、倒す。単純なことを、何を迷っているとでも言いたげな顔だ。
人によっては、そんな御門を傲慢というだろう。だが、鏡花は、御門のそういうところが好きだった。
「兄ちゃん、本気か?」
「高位冒険者もいないんだぞ?」
「無理だ」
ふ、と少しだけ、鏡花が頬を緩める。御門が決めたなら、この話の結末も決まっている。
「やり方はある」
話を聞いてから決めていい、だから聞け。そう言った御門の“やり方”は、容赦なく合理的なものだった。




