31.勇者の噂
「颯爽と出発した割に、すぐに止められるんだね」
ヴィクとの別れから十数分後。四人は、王都を囲む壁を、内側から見つめていた。
「普通に検問があるからな」
「次の方、身分証の提示お願いします」
「あ、はい。お願いします」
「締まらないねぇ」
勇者出立のパレードに合わせ、人や物の行き交いも活性化しているため、城壁に数ヶ所ある検問所は、どこも混雑していた。
「はい、問題ありません。お返ししますね」
混雑している代わりに、見張りの記憶にも残りにくくなる。四人は戻ってきた身分証を受け取り、すぐに出発しようとしたが。
「それにしても、珍しい組み合わせですね」
事情を聞いてよろしいですか、と呼び止められてしまった。男三人に女一人。中々ない比率なのは理解しているため、四人は目を合わせ、大人しく止まった。
「皆さん平民で、商人、回復師、料理人、刺繍職人とのことですが……」
身分証は平民として登録しているため、苗字は記載されていない。その方が、毎回関係性を偽る上で都合が良いからだ。
特に、鏡花の身分を変えるだけで、第一王子には気付かれにくくなる。王都の中では『回復師の妻』だったが、出立の際はどう言うのか。
鏡花は、今この場で代表者として思われている京に視線を向けた。
「正しくいうと、商家の子供二人と着いてきてくれた従業員です。ね、姉さん」
京に言われ、今回はそうするのか、と鏡花はなるべく柔らかく声を出して答えた。
「そうね。元々、食品関係の仕事で来たのですが、お父様が心配性なので、専属回復師の彼にも同行してもらうことになったんです」
「なるほど、姉弟と従業員ですか」
疑ってすみません、と説明に納得してくれた見張りに対して、京は似てないから仕方ないですよ、と笑って返した。
「姉は母似で、僕は父似なんです」
「それはそれは、お父上も心配でしょうね」
「ええ。少々物々しいくらいの準備をしてしまいました」
完全に京と打ち解けた様子で話す見張りは、先程まで疑っていた様子から一変、京の隣に立ち、道の先を指し示しながら丁寧に教えてくれた。
「いや、そのくらいが正解ですよ。近頃はゴブリンが多くて。この前、あの辺りまで突然群れで迫ってきてたんです」
大きな被害はなかったのだろうが、城壁から殆ど距離もない場所だ。
ゴブリンは魔物の中でも弱い、というのは、この世界でも常識のようだが、繁殖力が高く数が多い上に群れで生活する。
身体能力は人間より小柄な分、一対一なら少々有利に戦えるのだが、すぐに囲まれてしまうため注意が必要な魔物だという。
「どのくらいの群れでした?」
「それが……、普段の十倍はいたんです」
普段、ゴブリンは巣から離れるときは5体程度の単位で行動する。しかし、城壁に迫ってきたのは50体。見張り役が二人では到底対応できたと思えない。
「それは怖い。どうやって撃退されたんですか?」
「実は、その日は勇者様たちが初めての訓練として城壁を出るところだったんです」
その言葉に、四人は目を丸くした。偶然にしては、都合が良すぎる。
だが、勇者たちに訓練日程を決められたとは思えない。見張りも兆候はなかったというなら、第一王子派によるパフォーマンスでもないだろう。
「勇者様たちの力は圧倒的でした。驚く速さで群れを殲滅して、その上、周辺の見回り中に奴らを率いるゴブリンキングを発見、討伐してくださったんです」
「それは……、すごいですね」
勇者たちの強さもだが、簡単な見回りでゴブリンキングを見つけたことが、何より凄い。事前調査もなく、四人の話し合いで決めた見回りルートを進む中で発見できたらしい。
もしかすると、勇者や聖女が持つ『美徳』スキルの中には、運を良くしたり、物事が都合よく進むようになる効果が含まれるのかもしれない。そう思い、鏡花は小さく唸った。
魔王を倒すという役割を果たしやすくするため、と考えれば合理的だ。納得がいく。だが、勇者達より先に魔王を倒すことを目的としている四人にとって、その効果が事実であれば不都合この上ない。
「勇者様たちのお陰で、城壁付近には出て来なくなりました。ただ、街道沿いはまだ数が減ってないみたいなんです」
「ゴブリンキング討伐の時には別の場所にいたか、また違う群れは残っているということですね」
「はい。冒険者による調査も進めているので、すぐに落ち着くとは思います」
ゴブリンキングはその強さも脅威だが、最も恐れるべきは統率能力。普通のゴブリンでは5体単位、上位種のホブゴブリンでも20体単位でしか行動できない。
しかし、ゴブリンキングが存在するだけで集落を作り、安全な場所で幼体や雌を守りながら、上位種を中心に集団戦闘ができるようになる。そのため、爆発的に数を増やしながら支配域を広げていくのだという。
過去、ゴブリンキングの発見が遅れたことにより滅んだ国もあるほどだ。そのため、ゴブリンキング発見後の残党調査は念入りに行われているらしい。
「今は冒険者の数も多いですし、今日の午後には勇者様たちが出立なされるので、それまで街道から外れずに進めば危険は少ないと思います」
「ありがとうございます」
ある程度の人通りがあれば、余程大きな群れでない限り、ゴブリンから近付いてくることは無いらしい。その言葉に、鏡花は胸を撫で下ろす。
「では、お気をつけて!!」
びしり、と敬礼をする見張りに軽く会釈し、馬車は緩やかに加速を始めた。




