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30.出立

 ファナジオーズ孤児院での料理教室を終え、鏡花と輝夜が宿に戻ると。自分たちの仕事を終わらせたらしい御門と京が出迎えた。


 慣れない講師役、それも子供相手の説明をこなし、疲労しきった二人の足取りは重い。


 だが、荷物を置いてキッチンへ行こうとする輝夜の顔を見た御門は一言。


「なんだ、随分男前になったな」


 そう言って、皮肉っぽく笑った。


 その言葉に、輝夜は目を丸く見開いて。一瞬だけ、困ったような顔をしてから、いつものように艶っぽい笑みを浮かべて、返した。


「ひどいな、オレは元々男前でしょ」

「どうだかな」


 御門も彼なりに、試食事件やレシピ売却を決めた頃から輝夜の様子がおかしかったことを心配していたようだ。


 当然、心配していたのは、御門だけでなく。京も心配していたからこそ、今日の仕事を、鏡花と輝夜に任せてのだろう。


 だから。


「眞金さんも、良いことあった?」


 そう尋ねてきた京に対して。


 二人が心配してくれていた事実と、輝夜が子供達に完璧な焼き加減の料理とレシピを提供できた時の顔と、修繕できた魔法式コンロを頭に浮かべながら。


「……うん、あったよ」


 鏡花は、確かに暖かい何かを感じながら、ほのかに微笑んだのだった。



 勇者出立のパレード当日。まだ日が昇らない時間帯に、四人は身支度を整え、宿の部屋から出ようとしていた。


 普段なら夜逃げにも見える姿だが、祭りの為にここ数日は朝から晩までひっきりなしに人が動いている。四人が王都から出たところで、大して目立つことはないだろう。


 着替えや食料、武器、カモフラージュのための商品を荷馬車に積んだことを確認して、御門は改めて三人に問うた。


「よし、準備はいいか?」

「大丈夫」


 そもそも四人は、鞄一つなく召喚されているのだ。大したものは持っていない。最悪、別の街でも調達できるだろう。


 最低限の武器と防具は身につけており、資金は各々分散させて持っている。準備は完璧のはずだ。


「宿に忘れ物もないはず、だけど……」


 小さく頷き、最終確認をした鏡花は、荷馬車が繋がれた先を見て、尋ねた。


「こんなに立派な馬車、いつ準備してたの?」


 当初の予定では、小さめの荷馬車を人間が引いて移動する予定だったのだが。鏡花たちの目の前にあるのは、幌のついた立派なものだった。


「それに……」


 鏡花が、馬車の前に視線を動かす。そこには、人の代わりに荷馬車を引くため、つぶらな瞳の鹿毛が優雅に佇んでおり、じっと鏡花を見つめ返していた。


 ぱちくり。鏡花が瞬きしても、そこに馬がいる事実は変わらない。確かに馬がいた方が楽だし、行商人らしさは出る。


 でも、いつ、どうやって買ったのか。幾らでも疑問が出てくるが、驚きすぎて上手く言葉が紡げない。


 はくはくと鏡花が口を開閉させていると、質問を予想していたのか、御門は何でもないことのように答えた。


「今朝届いた。第二王子からの餞別だ」


 ルセロによって四人が起きる少し前に宿に届けられ、宿に預けられていたらしい。


 この馬は小柄だったため軍馬にはならなかったものの、体力はあり、魔物の気配程度では怯えない優秀な馬だそうだ。


「エリートなんだねぇ」


 輝夜がそう微笑むと、鹿毛の馬は目を細めて輝夜にそっと頭を寄せた。どうやら、好かれたらしい。

 ご飯は普通ので大丈夫かなぁ、という輝夜の呟きに、軽く鼻を鳴らして返事をしている。


「優秀な馬と馬車を貰えたのは嬉しいけど、維持費は自腹だから、レシピ売ったお金ないと危なかったよ」


 数日分の飼料は最初から積まれているし、飲み水は馬車に積んだ魔法式のジャグから出てくるらしい。定期的に魔石を補充する必要があるが、水を運ばなくて済むのは、かなりのアドバンテージだ。


 水場を探さなくていいなら、旅もかなり楽になる。第二王子の準備に感謝しつつ、馬車に乗ろうとしたところで輝夜が動きを止めた。


「ねぇ、オレ思ったんだけど。…………誰が御者するの?」


 そう、馬はいても、御者がいなくては馬車は動かない。当然、鏡花と輝夜は馬に乗ったことはない。


 では誰が。


「俺だが?」

「えっ」

「できるの?」


 鏡花と輝夜は思わず声をあげたが、京は静かに頷いたので、知っていたのだろう。


「乗馬は定期的にやっていたからな。流石に、学び直しはしたが」


 その言葉に、鏡花と輝夜は顔を見合わせた。


 御門は四人の中で圧倒的に育ちが良いのだった。恐らく、定期的に乗馬に通っていたのだろう。素地があれば、少しの復習で御者も務められるだろう。


「回復師の仕事してるのかと思ってた……」

「当然、そっちもしたが」


 平然と答える御門に、鏡花は体力の差に慄いた。医者はタフな人が多いというが、仕事をしてから乗馬なんて体力のいることをするとは。


「道案内は?」

「いらん。人数が多いと目立つ」


 御門に急かされ、鏡花が馬車に乗ろうとした時だった。


「ま、待って!!」


 背後からの声に振り返ると、そこにいたのは。


「ヴィク? どうしてここに」


 ファナジオーズ孤児院のヴィクだった。肩で息をするヴィクは、その手に持っているものを鏡花に向かって差し出した。


「これ、お姉さんに……」


 差し出されたのは分厚い本で、表紙には『魔法陣入門』と書かれている。料理教室でのことを覚えていてくれたのだろう。


「……ありがとう」


 本は、事情を知っている孤児院長たちからの贈り物で、渡す役としてヴィクが立候補したらしい。


「あの時はごめんなさい。それと、ありがとう」


 気をつけて、という言葉に見送られ、四人はついに王都を出発したのだった。

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