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翡翠の焔が世界を焦がす  作者: 借屍還魂
旅立ち

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29.まっすぐな線

 きゃあ、と子供たちが甲高い悲鳴を上げる。幸い、コンロからは離れていたので、火傷した子もいないようだ。


「これは……」


 グレノア商会の職員たちが、静かに輝夜に視線を向ける。その視線を受け、輝夜は慌てて火を止め、眉を下げて口を開いた。


「魔法式コンロは、火加減の調節が中々上手くいかないんです。オレは調理に慣れているので、音や匂いで焼き加減がわかります。でも、これだと……」


 子供たちが焼くのは難しいだろう。これは、屋台の話は打ち切りになるかもしれない。鏡花も輝夜も思わず身構えたが。職員が放った言葉は、予想とは全く違うものだった。


「この魔法式コンロ、前の使用者がよっぽど手荒く使ったんですね……」

「本当。見るからに魔法陣が崩れてるし、修理しないと」


 グレノア商会の職員たちは、鏡花と輝夜の顔ではなく、コンロに刻まれている魔法陣に視線を向けて、そう言った。


 魔法陣の違和感は、屋台を出した初日に鏡花も気になっていた部分だ。今日借りてきたコンロの魔法陣は、以前よりも更に歪んだものだ。


 魔法陣の模様が原因なら、もしかしたら、修繕できるかもしれない。そう思い、鏡花は職員たちに尋ねる。


「魔法陣が崩れる、というのは、この部分の形が左右対称になっていないことですか?」


「そうそう。魔法陣の模様が崩れると、魔法がちゃんと発動しなくなるんです」

「私たちも、仕事で魔法式コンロを使ってるだけで、魔法陣には詳しくないけど」


 魔法陣が崩れると、魔力が詰まってしまって出力が安定しなくなることがあるらしい。基本的には業者に修理を頼むのが一番だが、現場で急いでいる時には、別の魔力を帯びたもので正しい形に魔法陣を修正すれば、ある程度使えるようになるという。


「とはいえ、綺麗に整えないと逆に危ないから、滅多にはやらないけど」


 修理用の棒は、殆どの魔法式道具に付属していて。その棒を魔石に少し押し当ててから使えば、修理自体は可能になるのだという。


「鏡花ちゃん」


 そこまで聞いた輝夜は、ただ、静かに呼びかけた。


「修理、お願いしてもいい?」


 鏡花ちゃんなら、できるよね。はっきりと言葉にはしていないが、それを察せない程、鏡花は鈍くなかった。


だが、自信は無かった。こうすればいい、という予想はあっても、もし失敗したらという気持ちの方が強い。でも、輝夜の期待を裏切りたくない気持ちもあり、鏡花は視線を彷徨わせる。


「流石に無理よ。そもそも、真っすぐ線を引くのも難しいし、魔法陣の形を理解してないと__」


 今日は薪で調理したらいい、と提案する職員の言葉を遮り、輝夜は子供たちに向かって問いかける。


「ね、完璧な焼き加減で食べてみたくない?」


 食べたい、と子供たちに口を揃えて答えられては、挑戦もせずに断ることは難しくて。


「…………わかった」


 覚悟を決めて、鏡花は棒に手を伸ばした。でも、失敗するかもしれないからね。そう予防線を張ってしまうのは、鏡花の気が小さいからだろう。


 そんな自分を嫌に思いながら、鏡花は改めて魔法陣に向き合った。


 棒は鉛筆程度の長さ。先端を魔石に押し付けると、僅かに白い光を纏う。今の状態であれば修正ができるのだろう。


「さっき、火が強くなったのは__」


 鏡花は専門の職人ではない。僅かな差は無視して、一目でわかるほど形が崩れているところだけ手直しすることにする。


 魔力が詰まったからか、ぐにゃぐにゃとねじれている線を、上から真っすぐなぞる。すると、棒に従うように直線に修正され、淡い赤い光が舞う。


「出力の形状は、不安な部分もあるからそのままで……」


 複雑な模様には手を出さず、以前使った魔法式コンロのスケッチを思い出しながら、自由形状になっている部分を幾何学形状へと修正していく。


 ひたすら直線を引き、潰れた楕円を正円に書き直し。このくらいだろうか、と額を袖で拭ってコンロに火をつける。


 少し待ってみるが、出力は安定している。以前使ったもの以上、もしかしたら、現代のコンロと同等程度かもしれない。


「輝夜くん、このくらいでどうかな__」


 言いながら、鏡花が顔を上げると。


「すごーい!!」

「刺繍職人とは聞いていたけど、器用なのね」

「一品物でもここまで綺麗な魔法陣は少ないですよ」

「旦那さんに本を買ってもらったらどうかしら」

「魔法刺繍ですか? 売れそうですね」


 尊敬の眼差しが、鏡花に向けられていた。え、と驚きながら、鏡花は輝夜に視線を向ける。


「さすが鏡花ちゃん」


 自分が褒められたかのように、輝夜は嬉しそうに表情を緩めていて。鏡花もつられて、にこりと笑った。


「よし、後はオレに任せて」


 思い通りの火力が出るようになったコンロで、輝夜は次々串を焼いていく。


 キッチンには入らないようにしていた小さい子から、順番に火豆串を渡して。グレノア商会の職員に手渡す頃には、ちょうど全て焼き切っていて。


「「「おいしかった」」」


 と、子どもたちの言葉と、これで大丈夫ですという職員たちの言葉を受け取り、二人の仕事は完了したのであった。

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