26.商人組合
鏡花と御門の視線がかち合う。思わず、下を向きそうになるのをぐっと堪えて、鏡花は静かに返事を待った。
「…………荒唐無稽な内容ではないな」
予想外の言葉に、鏡花は口を小さく開いたまま、目を二、三度、瞬かせた。
「何を驚いている」
「八月一日くんは賛成してくれても、黛くんは反対すると思ってたから……」
鏡花としては、それなりに実現可能性があると思ってした話だ。
ヴィクは腹を空かせていたが、服自体は丁寧に継ぎ接ぎされていた。グレノア商会だって、最寄りの孤児院への出資だ。
孤児院の資金に余裕はなくとも、面倒を見る大人の対応自体は丁寧。商会も、何か意図があってファナジオーズ孤児院を選んだ訳ではなさそう。
でも、絶対ではない。失敗した時のリスクを考えれば御門は反対する、と鏡花は思っていたのだ。
「そこまで頑固じゃない」
「えっ?」
「十分頑固でしょ」
「は?」
輝夜が余計な一言を放ち、御門が睨み返した事で、少しだけ張り詰めていた場の空気が緩む。鏡花の肩から、やっと力が抜ける。
「とにかく、これ以上は実際話してみないと分からないし、ひとまず行ってみる?」
今なら、なんか上手くいきそう。そういう京の直感はよく当たる。輝夜は、ゆったり立ち上がった。
「持っていくものある? レシピは持ったよ」
「材料……、は、組合にもあるか」
「寧ろ、向こうで用意してもらったほうがいいかも」
輝夜と京が各々鞄に物を詰める横で、御門も無言で部屋に戻る。
回復師の仕事に行くには、少し早い気がするな。鏡花が、そう思っていると、早々に準備を終えた御門は、全員に向けて言い放った。
「行くぞ」
向けられて言葉を理解するまで、三人は、少し時間が掛かった。
「えっ?」
「全員?」
「私も?」
昨日の話し合いでは、御門と鏡花は別行動の予定だった。意見は出したものの、この件は京と輝夜で対応するものだと思い込んでいたのだ。
「提案した本人が行かなくてどうする」
呆れ顔の御門に、鏡花が恐る恐る問いかけた。交渉が一番上手いのは京なのに、わざわざ全員で行くということは。
「も、もしかして……」
「当然、話し合いは眞金が主導でいいな?」
鏡花としては、人前で話すのは緊張して心臓が張り裂けそうになる。三人に提案するのにだって、相当な勇気を振り絞っている。
できれば、やりたくない。内容は決まったのだし、話し上手で場慣れしている京に任せたい。だが、提案者が主導するのが当然と言われれば、否定はできない。
「……はい」
じ、と御門を見ても、正当な理由なしに意見を変えるはずもなく。鏡花は、小さく、しかし深く頷いた。
「鏡花ちゃん、頑張って」
「うん……」
「僕も、フォローはするから……」
行く前から、緊張で喉がカラカラになり始めた鏡花は、輝夜に差し出された水を一杯飲んでから。意を決し、荷物を取りに行ったのだった。
◇
商人組合へと赴き、受付で事情を簡単に説明すれば、すぐに話し合いの場が設けられた。
鏡花たちは、どう見ても上流階級向けの部屋に一度通され、暫く待っていると受付の女性たちよりも明らかに身なりの良い、中年の男が扉を開けた。
「どうぞこちらへ」
「失礼します」
軽く頭を下げつつ、鏡花は部屋を見渡す。待っていた部屋と同じく、上質な椅子と机。会議室の中でも、格の高い場所だろう。
「……揃いましたので、早速始めましょうか」
上座側の席に案内され、鏡花は若干落ち着かない気持ちで腰を下ろした。
「では、自己紹介から。今回、仲介役を頼まれております、王都商人組合副代表のバフェットです」
片眼鏡と整えられたグレーヘアが、知的な印象を与える男性である。歳の頃は40代と言ったところか。
声音も落ち着いており、副代表という言葉通り、人を纏めるに適した風格を兼ね備えているように感じる。
「グレノア商会のウォルトンです」
一方、ウォルトンは少し癖のある茶髪を撫で付けた、愛想の良い商人らしい男性だ。歳の頃は30代半ばくらいだろう。
毒気のない見た目だが、グレノア商会を育て上げた手腕を示すかのように、瞳には鋭い光が灯っている。
「ファナジオーズ孤児院、ボゥルです」
くすんだ金髪に濁った緑の瞳。自信なさげに視線を動かしている孤児院長のボゥル。出資者と共に商人組合に呼ばれたことに困惑していることが、よくわかった。
バフェットとウォルトン。どちらも、油断はできない相手だ。静かに、四人でアイコンタクトを取る。
合図の後、穏やかな笑みを浮かべ、ゆったりと話し始めたのは京だ。
「商人のケイと申します。彼は専属料理人のカガヤと、回復師のミカド、ミカドの妻のキョウカです」
紹介にあわせて各々、頭を下げる。この世界の礼儀作法は日本と大して変わりがない。社会人としての最低限のマナーがあれば、低位貴族までは通用する程度だ。
「皆様はどのようなご関係で……?」
基礎教育のおかげで、全員所作は問題ないしかし、関係性は疑問に思われたようだ。
商人と料理人はともかく、回復師と妻は少々無理があるのは、四人も理解している。
「幼馴染です。カガヤは元々、僕専属の料理人なのですが、王都で仕事をすることになり、回復師のミカドに同行して貰った形になります」
「成程……」
地方と王都では気候や食べ物も違うので念の為、など、それらしい理由を並べれば疑念の色が薄まった。
そして、こう言えば、京が地方では有力な商人で、わざわざ御門達もついてきたと思わせることもできる。
「幸い、回復師は私一人ではないので、王都の技術を学ぶ目的もあり、同行しました」
「それは良い。王都は回復師も多いですからね」
後は、長旅だから妻である鏡花も同行した、ということにすれば、それなりにあり得る話になる。
「それは確かに、長期間留守にするのは心配だからね」
日本人の顔は幼く見えることもあり、新婚と思わせれば離れたくないのは自然だと納得したのだろう。
疑いの目から一変、生暖かい視線になった。
京の考えた設定に舌を巻きつつ、まずは第一関門突破だと、鏡花は気を引き締め直す。
空気を味方につけたところで、京はピンと声を張り、本題を切り出した。
「本日は、僕達が経営していた屋台について、お話ししたいことがあり、この場を設けていただきました」
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