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翡翠の焔が世界を焦がす  作者: 借屍還魂
旅立ち

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24/35

中止

 ヴィクに声を掛けたのを見ていた客もいたのだろう。以降、試食の不正は起こらず、無事に一日の営業を終えることができた。


 客足も増えており、前日を大きく上回る利益になったものの。宿に戻った四人の顔色は、随分と暗かった。


「面倒なことになったな」

「折角、順調だったのにね」


 腕を組んだまま、御門は椅子に荒く座った。ぎし、と背凭れが軋む音がする。眉間に皺はくっきりと刻まれており、不機嫌なのは誰が見ても明らかだ。


「孤児院かぁ、迂闊に関わると見つかるよね?」

「多分」


 輝夜は苦笑しながら、人数分の飲み物をテーブルに置いた。話し合いが長引くことを見越してのことだろう。


 はぁ、と四人の溜息が揃った。


「この国の制度はわからないけど、関りはあると思う」


 自信はないけど、と鏡花は付け足した。だが、孤児院のような施設を運営するには資金が必要になる。


 実際の運営は宗教団体が行なっているとしても、出資者として裕福な商人や貴族、王家が関わっている可能性が高い。当然、孤児院自体が国営というパターンもある。


「ひとまず、宿の店主に頼んで、アイクに確認は取ってる最中」

「返事は?」

「早くても明日の朝、って言われた」


 第二王子であるアイベルクと手を組んでいるとはいえ、四人は第一王子の目を盗んで逃げている立場だ。

 第一王子と関わりのある人間と接触する可能性は、極力下げておきたい。


 ヴィクの試食は問題だが、大事にして見つかれば資金稼ぎの意味がない。迂闊には動けない状況だ。


 『勇者』達であれば、同じ状況に陥ったとしても、孤児院の子供を屋台で雇うなど、様々な方針が取れたのだろう。だが、鏡花達は巻き込まれただけの異世界人だ。孤児に何かしてやれる程の余裕も立場も無い。


「関わりがあった場合は、当然だが放置。念の為、屋台の場所を変えたほうがいいだろうな」

「というか、屋台自体、辞めた方がいいかも」

「勇者たちの耳に入れば、気付かれる可能性も高いから……」


 屋台で売っている『火豆串』はこの国では珍しい料理だ。材料こそ馴染みがあるが、調理法は目新しい。


 屋台で訊かれたときは、輝夜が異国で学んだ調理法だと答えているが、勇者たちが知れば『屋台と言えば串料理』という日本人らしい発想であることに気付かれるだろう。


 あの高校生達に鏡花達を追い詰める意図はなくとも、第一王子が保護のためと言えば、鏡花達との繋がりを教えることは想像に難くない。


「資金は十分ではないが、安全策を取るしかないな」

「レシピだけ組合に売れるといいかな」

「八月一日、早めに動けるか」

「うん。元々、いつまでも僕達で屋台をやるつもりは無かったから」


 今日のような不測の事態が起きなかったとしても、屋台が人気になれば、いずれは王宮関係者の耳には入る。京は、初めから、ある程度の知名度を手に入れてから組合にレシピを売却するつもりだったらしい。


 レシピを売却すれば、組合を通じて一定額のレシピ使用料を受け取ることができる。そして、組合は地方にもあり、王都での使用料も好きな場所で受け取れる。

 王都から出て旅をする予定の鏡花達にとって、大変都合の良い制度なのである。


 若干、予定が前倒しになってしまったものの、今日の売り上げを考えれば、レシピを買ってくれる店はあるだろう。京が言うと、御門は方針は決まりだな、と小さく頷いた。


 そして、先程から口を閉ざしていた輝夜に視線を向け、問う。


「蓬莱。反論は?」

「ないよ」


 穏やかな笑みで、輝夜が答える。輝夜はそれ以上、特に何も言わなかったので、鏡花も、京も御門も、それ以上、何も言わなかった。


「俺は明日から回復師の仕事に出る。眞金、同行を頼めるか」

「わかった」


 屋台の収入が見込めないとなると、最も稼げるのは御門の回復師の仕事だ。ただし、スキルを使い過ぎると眠ってしまうので、鏡花が上手くフォローする必要がある。


 一応、相手の家に訪問して治療を行う仕事であれば、件数こそ稼ぎにくいが誤魔化すことができるだろう。流石に、完全に意識のない御門を背負う事は不可能なので、適宜対応を考える必要はある。


 臨機応変に、という言葉が、鏡花は苦手だ。常に気を張らないといけないし、たいていの場合、正解が無い。しかし、やるしかないので仕方がない。


 気合を入れ直し、無理やり笑顔を作ると、へたくそ、と御門に鼻で笑われた。


「屋台については、八月一日と蓬莱に任せる」

「了解。手続き書類の確認しとく」

「オレは、レシピを売れるように纏めておくね」


 大方、話が纏まったところで、それぞれ席を立つ。御門が真っ先に部屋に戻り、京もゆったり歩き出したところで、鏡花は小さな、か細い声で呼び止めた。


「輝夜くん」

「……どうかした?」


 振り返った輝夜は、美しい、穏やかな笑みを浮かべていて。


「…………ううん、何でもない」


 本当に、良かったの。そう、出掛かった言葉は、音として形を成すことは無く。


「そう? おやすみ、鏡花ちゃん」

「……おやすみ、輝夜くん」


 屋台の事は、輝夜が納得しているなら、鏡花が口を出すことなどない。そう、自分に言い聞かせて。鏡花は静かに、自室に戻った。


 鏡花が眠りに落ちる寸前、頭の中をよぎったのは。分厚い花柄のミトンを付けて、鍋を抱える、幼いころの輝夜の笑顔だった。

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