23.痩せた子供
鏡花の声に、振り返った京は。表情を見るなり、すぐさま御門を呼んだ。
「黛くん、ちょっとこっちに」
「蓬莱は」
「そのまま続けてもらう」
輝夜が手を止めると、屋台は回らなくなる。だが、輝夜以外の三人でする必要のある話だ。御門は腕組みをしながら、京の横に歩いてきた。
「で、どうした」
御門の声は低く、眉間には皺が寄っている。問題が起こって呼ばれた、ということを理解しているなら話は早い。
鏡花は、本題を切り出した。
「今の、最後尾にいる子。さっき試食を受け取ったんだけど……」
事実と、考えは切り離して話す。鏡花の考えが、合っているとは限らないし、思い込みが含まれるかもしれないからだ。
話を聞いて、京は眉をハの字にして黙り込み、そして、御門は腕を組んだまま、あっさりと答えた。
「次に試食を頼んだら、拘束すればいいだろう」
今回の試食に関しては、二回目以降である保証はない。だが、今から見張って、もし次に試食を頼んだら間違いなく確信犯と言える。
「後は、事情次第かな……」
痩身の少年を見て、京は小さく呟いた。
「対処は八月一日の判断に任せる。俺は口出ししない」
御門は、それだけ言って持ち場に戻る。子供だからと見逃すのも、組合に報告するのも、京の判断に委ねられた形だ。
「眞金さんは……」
「私も、事情を聞いてから決める、かな」
「そっか」
京と鏡花、二人で動向を見守る中。少年は、輝夜の前に立つと、再び試食を頼んだのだった。
京が無言で、串を受け取った少年の進路を塞ぐ。大柄な京に進路を塞がれ、びくり、と細い方が跳ねさせ、丸い瞳に涙を滲ませ京を見上げた。
確信犯だ。鏡花は、溜息を吐きたくなった。
「……君、ちょっと来てもらっていいかな。試食の感想を聞きたくて」
重々しい空気に反して、京の声は驚く程に柔らかい。変に注目を集めないよう、適当な理由を口にして、屋台の裏へ少年を誘う。
少年は、京と鏡花の顔を交互に見て、地面に視線を落とした。小さな拳を、握って、開いて、そして。
「…………うん」
消え入りそうな声で、しかし、はっきりと答えて、狭い歩幅で着いて来た。
ひとまず、大人しく着いて来たことに安堵しながら、京は声を抑えて尋ねた。
「ヴィク。どうして、2回も試食をしたんだ?」
「……2回じゃ、ない。今日は、3回目。お腹、空いてて。でも、屋台で買うお金、ないから」
鏡花の記憶は、正しかったようだ。だが、試食の不正で呼び止められたことを理解しているのに、自ら罪を重くするような、自白のようなことをするヴィクの態度が引っ掛かる。
「親御さんは?」
京も、恐らく、気が付いているのだろう。鏡花よりも、京の方が、そう言った事情には覚えがあるだろうから。苦しそうに、眉根を寄せて、それでも、ヴィクを怖がらせないように穏やかな声で、京は尋ねる。
「……いない。僕は、孤児だから」
予想は、していた。だが、その答えに、京は下がっていた眉をさらに下げて、鏡花は眉間に皺を寄せた。
じ、と二人を見つめるヴィクの瞳には、同情を誘う様に潤んでいる。目が合った瞬間、鏡花のこめかみがツキリと鋭い痛みを訴えた。
素直に、試食が3回目であることを答えたのは、空腹を正確に訴える為だろう。大人しく従順に、だが、実情を正確に訴えた方が、得をする。ヴィクがずる賢い訳ではなく、そういう環境で育ってきたからこその態度だと、鏡花は感じた。
「八月一日くん」
京も、金銭的に余裕のない家庭で育ってきたことを、鏡花は知っていた。京は高校時代、部活に入らず、バイトを掛け持ちし、少し年の離れた弟妹の世話もしていた。常に明るく、周囲にはそんな風には見えていなかったけれど。
鏡花だって、夏休みに京が工場の短期バイトに入らなかったら、ずっと知らなかっただろう。長期休みに毎日毎日、遊ぶこともなく働く京の姿を見なければ、明るい笑顔の裏に苦労を抱えていることに、気付くことは無かったと思う。
だから、ヴィクの境遇に共感して、京は何も言わずに見逃すかもしれない。そう思って、声を掛けた鏡花だったが。
「……大丈夫、優先順位を間違えるようなことは、しないよ」
京は、眉を下げたまま、困り果てたような表情のまま。それでも、大丈夫だと歪な笑顔を浮かべた。
「……孤児院の名前は?」
「ファナジオーズ」
比較的、近い位置にある孤児院の名前だった。それこそ、子供の足でも、少し歩けば辿り着ける距離。自由時間があるとするなら、外に抜け出して、こっそり戻ることも十分可能な場所だ。
「…………僕のこと、いうの?」
「それは、今からの話し合いで決めるよ。君は、今日はもう帰っていい」
京の笑顔は穏やかだ。だが、ヴィクを見逃した訳でも、同情した訳でもないことが明らかで、鏡花は少しだけ安心した。
「でも……」
「いいから、帰りなさい」
何度も此方を振り返るヴィクを帰らせてから、京と鏡花は顔を見合わせ、深々と溜息を吐く。想像以上に面倒なことになった、と天を見上げれば、空は、二人の心情を現したかのように曇り始めていた。




