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翡翠の焔が世界を焦がす  作者: 借屍還魂
旅立ち

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22.看板

 宿に戻り食事を終えると、わずかな自由時間となる。京は売り上げの確認、輝夜は明日の朝食の仕込みをする中、鏡花は一言断り、すぐに部屋に篭った。


 あまり音を立てないように、そっと扉を閉めると歩きながら魔法陣を書き写した紙に視線を落とす。


「この模様の部分から、火が出て。強かったのは、この辺り……」


 火が出ていた箇所、供給元の魔石と繋がっている箇所を指でなぞる。供給元と繋がっている場所の模様は、水道にも同じものがあった。


「だから、この模様は多分、魔力を通すか、繋ぐような効果のはず」


 使いたいタイミングで、魔力を通し、発動させる。コンロと蛇口に共通する機能には、同じ模様が使われている可能性が高い。


「逆に、違う箇所を見ていけば、火を出す機構部分は予測できる……」


 問題は、火力を安定させる機能が、どの模様なのか。判別がつかないことである。


「素人が手を出すと、碌なことにならないのは知ってる、けど」


 もし、コンロの修理を頼むようなことがあっても。何もわかっていない状態では、追い返されるか、騙されるか。舐められることは間違いない。


 せめて、何故、火力が安定しないのか。どの部分が悪いのかくらいは、考えておくべきだろう。


 技術者として、そのくらいは、自分がやらなくては。鏡花は小さく、溜息をついた。


「とはいえ、これ以上は無理かな……」


 アイベルクに頼んで、魔法陣に関する本を送ってもらうべきだろう。基礎的な内容を頭に入れるだけで理解度は変わる。


 勇者として選ばれた高校生たちが出立するまで、三週間を切っている。屋台営業は目的ではなく手段にすぎない。


 成功させる必要はあるが、時間をかけ過ぎる訳にはいかないのだ。効率が悪いなら、別のことを先にやるしかない。


「……これ一つで、何か、大きく変わるわけでもないけど」


 鏡花は針を手に取り、60センチ角の真白い布に、鮮やかな糸で模様を縫い付けていく。先程の、歪な魔法陣とは違い、左右対称な幾何学模様。


 正確に、完璧に。一針一針、寸分の狂いなく。計算され尽くした美しさを、際立たせるように。


 他の部屋から、物音がしなくなるまで。鏡花はひたすら、針を動かし続けていた。



 朝一番。まだ、他の屋台もまばらな時間。鏡花は折り畳んだ布を胸に抱いていた。


「鏡花ちゃん、それ……」

「必要、ないかもしれないけど」


 評判になってきた店の位置を、更にわかりやすくなるために。鏡花は帆布に刺繍をして、看板を作っておいたのだ。


 翡翠色で幾何学模様。その下に、赤い文字で『火豆串』の文字。遠くからでも読みやすいよう、大きくはっきり刺したつもりである。


「『火豆』の赤とハーブの緑か」

「形も、複雑で差別化できてる」


 王都とはいえ、文字を読める者ばかりではないので、幾何学模様も特徴的にしてある。御門と京は関心したように頷いた。


 だが。肝心の輝夜は、目を丸く見開いたまま、固まっている。もしかして、気に入らなかっただろうか。


「……輝夜くん。どう、かな」


 鏡花が恐る恐る、尋ねると。輝夜は、ぱぁっと表示を明るくして、布の端を持っていた鏡花の手を纏めて握った。


「凄いよ、鏡花ちゃん!! 素敵な看板、ありがとう」

 

 握った手を、ぶんぶんと上下に振って。屈託のない笑みを浮かべる輝夜に、鏡花は胸を撫で下ろした。


 なんで、気に入らないって言われるかもって、不安になっていたんだろう。こんなに、喜んでくれているのに。


「目立つように付けないとね。京くん、お願いできる?」


 勿論、と頷いた京が、鏡花から布を受け取る。屋台の上部、離れていても、しっかりと見える場所に手際よく、布が張られる。


「……うん、良い感じ」


 看板に負けないように、頑張らないとね。髪を耳にかけながら、輝夜は笑う。


「今日は、お客さんの顔も見ながら頑張ろう。何かあったら、すぐ僕を呼んで」


「ああ」

「はぁい」

「わかった」


 そうして、看板が風に揺れるのを眺めつつ。気合いを入れ直し、本日の営業も開始した。


 しかし、営業開始直後は、客の顔を確認する余裕があるが、混み出すと判別は難しくなっていく。


「次の方、どうぞ〜」


 輝夜が、完成した試食の串を差し出す。ハーブの香りが漂い、列に並んでいる人がゴクリと喉を鳴らした。


 串を差し出された少年は、無言で受け取り、大股で列から離れて行く。顔は、帽子を深く被っており、確認できない。


 しかし、鏡花は、その背丈に見覚えがあった。丁度、屋台の台と同じくらいの高さ。朝一番の列にも、同じくらいの背の子が並んでいたのを、覚えていた。


 気のせいかもしれないが、なんとなく気になって、鏡花は少年を目で追った。


 すると、少年は一個の団子が刺さった串を、サッと食べると。串を上着のポケットに入れ、帽子を脱いで、列の最後尾に回り直した。


 鏡花は、そっと三人の様子を確認するが、京も御門も、輝夜も少年のことに気付いた様子はない。それぞれの仕事で忙しいのだ。


 どうしよう、と鏡花は服の裾を握り込む。


 今の試食が一回目なのかもしれない。次は、普通に串を買うだけかもしれない。でも、串をポケットに隠したり、帽子を脱いだことが、どうしても引っ掛かる。


「……八月一日くん」


 気のせい、かもしれなくても。鏡花だけで決めるより、他の人の意見を聞いた方がいい。そう思い直し、鏡花は京に声を掛けた。

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