1
烏月が三百年以上ぶりに大鳥居を外に開いたのは、桜の花びらが舞うハレの日だった。
まもなく始まる婚姻の儀を前に、敷地内は騒がしい。
「兄様、桜がきれいだよ」
「こら、そっちは入っちゃだめだって!」
声が聞こえて、烏月が縁側から庭を覗くと、鴉天狗の子どもがふたり、驚いたように振り向いた。
兄妹なのだろう。青い目をしたふたりのあやかしの子どもは、互いによく似ている。
(何百年も前の風夜と風音があんなだったな)
なつかしく思って烏月がふっと笑うと、兄のほうが妹の手を握って頭を下げた。
「勝手に入って申し訳ありません。烏月様……!」
烏月は子どもたちのことを知らないが、彼らは金色の目をした烏月がこの屋敷の主であることを知っているらしい。
妹を庇うように背中に押しやる兄の姿に、烏月は金の目をすっと細めた。
「今日はハレの日だ。気の済むまで、花を見ていくといい」
烏月はそう言うと、縁側の奥へと引っ込んだ。
襖の戸を開けて部屋を出ようとすると、
「烏月様!」
向こうから廊下を駆けてきた泰吉が、烏月の前に滑り込んできた。
「相変わらず騒々しいな」
烏月が、足元に跪く泰吉を見下ろして苦笑いする。そんな主の顔を見上げ、泰吉は嬉しそうに口角を引き上げた。
「申し訳ありません。今日は喜ばしいハレの日なので。花嫁様の準備が整ったそうですよ、烏月様」
泰吉の報告に、烏月はいつもと変わらぬ声で「そうか」と頷く。それから、ゆっくりと廊下を歩き出した。
「そうか、って。それだけですか? もっと嬉しそうな顔を全面に出されたらいいのに」
すぐに立ち上がった泰吉が、パタパタと烏月の後をついてくる。泰吉の騒がしいところは、子狸のときから少しも変わらない。
「お前はもう少し年相応に落ち着いたほうがいい」
「烏月様は今日くらい、年甲斐もなくはしゃいでも良いと思いますよ。襖の隙間から後ろ姿がほんの少し見えましたが、今日の由椰様は特別美しいでしょうね」
「なぜお前がおれより先に花嫁を盗み見ているんだ」
楽しそうに笑う泰吉を、烏月がじろりと睨む。だが、主のそんな表情を見ても、泰吉が怯むことはない。
「あれ、烏月様。もしかして嫉妬しておられるんですか?」
「……」
琥珀色の目を悪戯っぽく細める泰吉に、烏月は言葉を返すのも面倒になる。
「風音はなぜ、風夜でなくお前を呼びに寄越したんだ……」
「風夜は参列者の受付対応中なので」
ボソリとつぶやく烏月の横で、泰吉がニヤリとする。そうやって、烏月を揶揄うようにくっついてきた泰吉も、花嫁のいる部屋の前に着くと、一歩下がって膝をついた。
「おめでとうございます、烏月様」
恭しく頭を下げる泰吉に小さく頷いて礼を言うと、烏月は牡丹の絵が描かれた襖の戸を軽く叩いた。




