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由椰が泉の中に消えていく光を茫然と見ていると、
「大丈夫か?」
ふいに、耳元で烏月の声がした。ハッとして振り向くと、すぐ真後ろに烏月がいて、由椰の肩を支えるように抱いていた。
「う、烏月様……?」
いつのまにか、狐のあやかしにかけられた術は解けていて由椰の口から裏返った声が出る。それを聞いた烏月が、今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
「気付くのが遅れてすまない……」
初めて見る烏月の弱った表情に、由椰は驚いて首を横に振った。
「いえ。私は大丈夫です。私のほうこそ、申し訳ありません……。祭りでもらったお守りが、与市に化けたあやかしを呼び寄せてしまったようなのです……」
「由椰は何も悪くない。祭りで会った男は、あやかしではなく普通の人間だった。野狐はおれの敷地に侵入するために、由椰と縁のあったあの男を間接的に利用したんだろう」
「では、あれは初めから与市ではなかったのですね」
狐のあやかしを包んだ稲妻が沈んでいった泉に目をやり、由椰は少しほっとする。それから、金色の月の仄かな灯りに照らされた烏月の美しい姿を見つめてほんの少し目を細めた。
次は烏月とどんな顔で会えばいいかと気に病んでいたが、死の恐怖を感じたあとにはそんなことも気にならない。ただ、もう一度烏月の顔見られたことが嬉しい。
「助けてくださりありがとうございます。このまま、お会いできなくなってしまうかと思いました」
ふわりと笑いかけた由椰の頬に、烏月がそっと手を伸ばしてくる。優しく愛おしそうに触れられて、胸がドクンと鳴った。
「烏月様……?」
戸惑い気味に名前を呼ぶと、頬に触れていた烏月の手が耳のそばを撫でて頭の後ろに回る。そうしてそのまま、由椰は烏月の胸に頭を引き寄せるようにして抱きしめられた。
「お前を失うかもしれないと思うと、恐ろしかった……」
切羽詰まったような烏月の掠れた声が耳に届き、由椰の胸がドキドキと鳴る。
もう死ぬのだと思った自分の身体が、烏月の腕に包まれていることが俄かに信じられない。それとも、由椰は既に死んでいて、幸せな夢でも見ているのだろうか……。
「さっきはひどく突き放すようなことを言って悪かった。由椰をここに受け入れたときから、おれは、お前の魂を人の世に還してやることこそが義務だと思っていた。だが……、やはりどうしてもお前を失いたくない……。おれがいつか消えてしまう日まで、由椰にそばにいてほしい」
ぼんやりとする由椰の耳に、烏月が甘く切ない声でささやく。
夢か現か。
烏月の優しい愛の言葉も、由椰を抱きしめる腕のぬくもりも、できることなら現実であればいい。
それを確かめるように、由椰は自分を抱きしめてくれる烏月の背にそっと手を伸ばした。




