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 由椰に術をかけてきた与市は、泉で神の力を得ると言っていた。不思議な泉が与える神の力がどれほどのものなのかはわからないが、与市を近付けてはならない気がする。

 だが与市を誘導する由椰の足は止まらず、すぐに屋敷の裏の泉に辿り着いてしまった。

 金色の月の光に照らされた夜の泉は、朝とも昼とも様子が違い、幻想的で美しい。

「ああ、やっと辿り着いた……。これで、俺も神になる力を得ることができる」

 木々の向こうに小さな泉が見えた途端、後ろを歩いていた与市が由椰の肩を押しのけて、一直線に駆け出した。その勢いのままに泉に飛び込んだ与市だったが、すぐに「ぎゃっ……!」と悲鳴をあげて、泉から出てくる。

 その姿を見た由椰は、驚いた。与市の姿をしていた男に黄金色の三股の尾が現れ、ゆらりと妖しく揺れたのだ。

「ここまで来て、泉に近付けないだと……」

 眉をしかめて舌打ちする男の顔や腕には、泉に拒絶された傷ができている。苛立ったように男が頭を掻きむしると、黒かった髪が銀色に変わった。

 与市に化けていたのは、大鳥居の外に出た由椰を襲った銀髪の狐のあやかしだった。

「泉の水を浴びて力を得れば、烏月に変わってこの山を支配することができる。ようやく俺にその機会が巡ってきたというのに。忌々しい……。やはり、烏月がいる限り、他の者は泉の力を得られないのか……」

 狐のあやかしは悔しげに泉を睨むと、眦の尖った目をぎろりと由椰のほうに向けた。

「ならば……、先にお前を喰って、烏月に勝る妖力を得るしかないか」

 狐のあやかしが、乱れた髪を掻き上げながら、口の周りをぺろりと舐める。ギラギラと光る男の赤い目は、以前にも増して恐ろしく、由椰の歯がガタガタと恐怖に震えた。

 すぐにでも走って逃げ出したいが、由椰の身体は未だに狐の術にかけられたままで、動くことも、叫ぶこともできない。

 立ち竦んで震える由椰に、狐のあやかしが鋭い爪を見せてニヤリと笑う。

「心配するな。ここまで連れてきてくれた敬意を払って、できるだけ苦しまないようにしてやるよ」

 狐のあやかしはそう言うと、由椰の前で尖った爪を振り上げた。

(やられる……っ!)

 狐の爪が空を切る音に、由椰はぎゅっと目を瞑る。

(こんな形で「由椰」としての最期を迎えることになるなんて……)

 このまま烏月に会えずに逝くのかと思うと、由椰は死んでも死にきれないような気がした。

(烏月様……)

 由椰が心の中で烏月の名前を呼んだとき、ものすごい突風が吹き、晴れていたはずの夜空に、バリバリッと激しい雷鳴が轟いた。

「由椰……!」

 雷の音に混じって、烏月の呼ぶ声が聞こえたような気がする。ハッとして目を開けると、足が地面から離れ、由椰の身体は突風に飛ばされるように攫われた。

 次の瞬間、眩い閃光が由椰を襲おうとした狐のあやかしの身体を包み、稲妻となって泉に落ちる。狐のあやかしを包んだ稲妻は、ドーム状の光となって輝いたあと、ゆっくりと静かに、泉の水に溶けていく。

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