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由椰がゴクリと唾を飲み込んだとき、紫の瞳の男が口を開いた。

「娘、お前が今置かれている状況を説明しよう。ここは二神山(ふたがみやま)。その土地神である烏月様の屋敷だ」

「二神山……」

 由椰の住んでいた村は神無司山の麓にあったが、それと隣り合うように並んでいたのが二神山だった。

「数日前、ここにいる泰吉が、神無司山との境で不思議な気配を感知した。伊世様の気配がするという泰吉の鼻を頼りに行ってみると、神無司山の奥の祠にお前が眠っていた。この阿呆が、間違いなく伊世様だというから連れてきたが……」

「私の名は由椰です」

「そのようだな」

 風夜にジロリと横目で睨まれて、泰吉が肩を竦める。

「そして厄介なことに、お前はもう三百年もの間、姿形を変えずに現世にとどまり続けていた」

「三百年……?」

 驚く由椰に、風夜がうなずく。

「烏月様の見立てによると、お前が神無司山の祠に閉じ込められたのは三百年前。普通の人間であれば、何日も飲まず食わずでいれば、命を落とし、肉体が朽ちる。そうして、肉体を失った魂は次の生を受けるために人の世へと還っていくのだが……。なぜかお前の肉体は三百年もの時を経ても朽ちることなく、洞窟の中で元の姿を保ったまま眠り続けていた。要は、コールドスリープのような状態になっていたと言える」

「こーる……、なんですか?」

「別に理解する必要はない。三百年も前の人間には、どうせ理解できぬ言葉だ」

 困惑気味に首を傾げる由椰に、風夜が冷たく言い放つ。

「ともかく……。お前が姿を変えず、肉体が朽ちることもなく三百年間眠り続けていられたのは、洞窟に入る前に伊世様の加護を受けていた可能性が高い」

「伊世様とは……?」

 目覚めてから何度か耳にするその名前を口にすると、風夜が由椰を睨め付けてきた。

「伊世様は、今は亡き神無司山の女神。そして、烏月様の双子の妹君だ」

「山の女神様……。どうしてそのような方が、私のような者にご加護を?」

「そんなこと、こちらが聞きたい」

 風夜が、少し面倒くさそうに息を吐く。

「それより、ここからが本題だ。これから一週間かけて、おれ達はお前の魂を清めて人の世にもどす」

「そこが、私の帰るべき場所なのですか?」

「そうだ。異質な存在であるお前には、現世にも幽世にも居場所がない。お前が三百年前に暮らしていた村も、今は存在しない」

「私がこーる……、なんとかになって眠ってしまったから、村を日照りから守ることができなかったのでしょうか」

「いや。お前のいた麓の村は、三百年前の干ばつにはやられずに生き延びた。だが、ずいぶんと前に近隣の大きな村に統合された」

「そう、でしたか……」

 風夜の話に、由椰は少し複雑な気持ちになった。

 由椰が生贄になろうが、なるまいが、彼女の故郷の村はいずれ消えてしまう運命だったのだ。

(だとしたら、私が存在した意味とは——)

 考え始めれば深みに嵌りそうで、由椰は自ら考えることを放棄した。

(考えてみても仕方がない。どうせ私には、初めから存在意義なんてなかったのだから)

「あの、それで……。私が在るべき場所へ帰るにはどうすればよいのでしょうか」

「お前の魂を浄化して、一度無に帰す」

「つまり……、私に消えろと……?」

「端的に言えば」

 突き放すような風夜の言葉に、由椰はおもむろに頷く。

「承知しました。どこにでも参ります。どのみち、私には最初から居場所なんてないのですから」

 うっすらと微笑む由椰の色違いの瞳は、どこか諦めたようにふたりの男たちを見つめていた。


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