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「由椰、この男は?」
烏月が与市のことをじろりと睨みながら、不躾に由椰に訊ねる。
「三百年前の私の知り合いだと……。ですが、私はあまり……」
「よく知らない、か……?」
「はい……」
自分と同じ時代に生きていた与市が、今は別の生を受けて目の前にいる。男が本当に三百年目の与市の生まれ変わりなのかどうか定かではないが、突然現れた男の存在を、由椰はうまく受け止めきれていなかった。
由椰の反応に、与市が少し悲しそうな顔をする。
「なにも覚えてないのに突然声をかけたりしてごめん。ただ、今の由椰がしあわせに過ごしているかどうかが気になったから」
「……」
与市に言われて由椰が黙り込むと、一歩進み出てきた烏月がふいに由椰の肩に手を回して抱き寄せた。
「心配するな。お前が気に病まなくとも、由椰はおれの元で日々健やかに過ごしている」
烏月の言葉に、与市だけでなく由椰までもが大きく目を瞠る。しばらく驚いた顔で烏月のことを見ていた与市だったが、烏月の腕のなかに収まって頬を染める由椰に気付くと、安堵したような、少し淋しそうな目をしてうなずいた。
「それならよかった。由椰、これを……」
立ち去る間際、与市が、やや強引に由椰の手になにかを握らせる。それは、紫色の小さな御守りだった。
「前の世では守ってあげられなかったから、もし現世で会えたら渡そうと思ってた。魔除けの御守りらしい」
「……、ありがとう」
「じゃあ、またどこかで縁があったらね」
御守りを由椰に預けた与市は、どこかすっきりした表情で手を振り、去って行く。
与市が向かっていた先には、彼と同じ年頃の浴衣姿の女の子が待っていて、戻ってきた彼に笑いかけている。
生まれ変わった世で、与市は幸せに暮らしているらしい。遠くなっていく与市の姿をじっと見つめていると、烏月がそっと由椰の背を押した。
「帰るぞ」
着物越しに触れる烏月の手のぬくもりに、与市に会って乱れていた由椰の心が安らぐ。
由椰の魂も、いつかは人の世に還って与市のように新しく別の生を受けることになるだろう。けれど由椰には、それがしあわせなことのように感じられなかった。
由椰がしあわせだと感じるのは、烏月の存在がそばにあるとき。祭りの夜と過去への郷愁が、より一層、由椰にそう思わせるのだ。




