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 今度こそ元いた場所へと戻ろうと歩いていると、

「由椰様……!」

 参道から脇道へ逸れる途中で、後ろから呼び止められた。由椰が振り向くと、風音がほっとしたように息を吐く。

「烏月様に言われた場所に由椰様がいなかったので、心配いたしました」

「ごめんなさい、風音さん。すぐに戻るつもりだったのです」

「野狐が祭りに忍び込んでいるかもと聞いて、由椰様の身に何かあったのではと……。ご無事でよかったです」

 肩で息を吐く風音は、背中の黒い翼を隠している。着ているものも、少女のような可愛らしい朝顔柄の浴衣だ。

 見物客の多い祭りで、由椰を探すのに人の姿で走り回ってくれたのだろう。

「ほんとうにごめんなさい……」

「いえ、由椰様に何事もなければ良いのです。戻りましょう」

 眉を下げて落ち込む由椰に、風音が優しく笑いかける。

 風音ともに烏月と別れた場所で待っていると、しばらくして、烏月が風夜と泰吉を連れて戻ってきた。

「野狐は見つかりましたか?」

「いや。気配はあったが、逃げられた」

 駆け寄る風音に、風夜が首を横に振る。

「少し見回ったが、さすがに他の神領域を荒らしにきたわけではないらしい」

「では何の目的で……?」

「さあな。まさか、祭りを楽しみにきたわけでもないと思うが」

「とにかく、安全なうちに今夜は退散したほうがいい。野狐がここの神になにか仕掛ける分には勝手だが、烏月様もオレたちも気配を隠してここに乗り込んできている以上、へたに動けない」

 風夜と泰吉は、風音を交えてなにか話し合うと、

「烏月様、オレたちは様子を見ながら先に山門まで行っておくので、あとから由椰様とお帰りください」

 烏月にそう告げて、それぞれ違う方向へと散り散りになった。

「待たせて悪かったな。何事もなければもう少しいても良いと思っていたが、そろそろ屋敷に戻ろう」

「気になさらないでください。烏月様のおかげで、楽しい時間を過ごせました。今夜は連れてきてくださりありがとうございます」

「礼を言うのは、おれのほうだ。お前のおかげで、おれも楽しかった」

 由椰が感謝の言葉を伝えて頭を下げると、烏月がふっと笑う。それから浴衣の左袖に手を入れて、何かを取り出した。

「約束したまま、まだ叶えてやっていなかった」

 烏月が差し出したのは、赤く艶々としたりんご飴。祭りに来てすぐに何が食べたいかと聞かれ、由椰が答えたものだ。

 由椰にとって、りんご飴は母に連れて行ってもらった祭りの思い出だった。真っ赤で艶々としたりんご飴が、幼い由椰には大きな宝石みたいに見えた。

 もったいなくてすぐには食べられず、由椰がりんご飴を食べたのは祭りが終わって数日経ってからのこと。

 外側はやたらと甘く、中の果実は少し酸っぱい。ひとくち齧るごとに、祭りの夜のことが思い出されて、あれは夢ではなかったのだと実感できた。

 いつかまた味わうことができたらいいと思ったが、祭りに連れて行ってもらったのも、りんご飴を食べたのもそれきりで、由椰の願いは叶わなかった。

 屋敷の炊事場で泰吉から二神山の麓で祭りの話を聞いて、ひさしぶりにりんご飴の記憶を思い出したとき、もしかしたら人の世への未練も思い出しかけているのかもしれないと思った。

 けれど……。今宵の祭りも、烏月が差し出してきた赤いりんご飴も、人の世への未練を思い出させるのではなく、由椰の記憶を新しいものに塗り替えてしまった。

 もし次に由椰がりんご飴を手に取ることがあれば、そのときに思い出すのは、母に連れて行ってもらった祭りの思い出ではなくて、烏月と一緒に過ごした祭り夜の記憶だろう。

「ありがとうございます」

 烏月の手からりんご飴を受け取る瞬間、ドクンと由椰の胸が鳴る。

(まだもう少し、烏月様の元にいたい——)

 感謝の気持ちとともに、自分がそんな願望をいただいてしまっていることに、由椰は戸惑いを隠せなかった。

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