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 烏月が風夜と共に消えると、それまであまり気にならなかった和太鼓の音がやけに大きく由椰の耳に響いた。

 太鼓の音に混じって歌や音楽も聞こえ始める。櫓のあるほうで、何かが始まったようだった。にぎやかで楽しそうな気配が、由椰の好奇心をくすぐる。

 烏月はまもなく風音が来ると言ったが、由椰を祭りへと送り出してくれた鴉天狗の少女はまだ姿を見せない。

(少しだけなら様子を見てきてもいいだろうか……)

 由椰は立ち上がると、金魚の袋を揺らさないように気を付けながら、烏月と共に歩いてきた道を参道のほうに引き返した。

 参道に戻ると、櫓の周囲にたくさんの人が集まっていた。聞こえてくる見物客の話から想像するに、櫓の近くで踊りが始まっているらしい。

 下駄を履いた足で由椰も懸命に背伸びをしてみたが、聞こえてくるのは和太鼓と歌ばかりで、踊りは見えない。

 諦めてさっきの場所に戻ろうと振り向くと、参道の隅に髪飾りや耳飾り、指輪などの装身具を売る店を見つけた。食べ物や遊戯の店と比べると流行っておらず、椅子に座った屋台の店番の男は暇そうに手に持った小さな四角いものをぼんやり眺めている。

 由椰が店に近づいていくと男はちらっと顔をあげたが、またすぐに手元の小さな四角に視線を戻した。

 装身具の店に由椰以外の客はいないが、陳列台の箱の中には、キラキラ輝く装身具が数多く並べられている。

 こういったものは由椰には縁のないものだったし、それらを欲しいは思わないが、その美しさには純粋に心を惹かれる。

 並べられた装身具を端からひとつひとつ眺めていると、細い針がついた黒い石の耳飾りがふと由椰の目に留まる。それを見た瞬間に思い浮かんだのは、烏月の顔だった。

 烏月の左耳には、瞳の色と同じ金の耳飾りが付いている。それはとてもよく似合っているが、由椰が今目にしている黒い石の耳飾りも、濡羽色の髪の烏月によく似合いそうだ。

(今日のお礼に差し上げたら、喜んでいただけるでしょうか……)

 由椰が黒い石の耳飾りを熱心に見つめていると、

「黒瑪瑙だよ」

 それまで由椰に興味なさそうだった店番の男が、顔をあげた。

「魔除け効果のある石だ。それが気に入ったのか? あんたには、もっと派手なやつのほうが似合いそうだけど」

 左右色違いの目をじっと見られて、由椰は少し引き腰になる。けれど、他にも客もいない以上、黙って立ち去ることもできなかった。

「いえ。私ではなく、これが似合う方のことを思い出していたんです……」

「恋人へのプレゼント?」

「い、いえ……。恋人だなんて滅相もない……!」

「恋人未満の相手へのプレゼント? 買うんだったら、少しまけるよ」

 慌てる由椰に、店の男がにこっと愛想良く笑う。

「でも私、お金を持っていなくて……」

 首を横に振りかけて、由椰はふと髪に挿した簪のことを思い出した。

「あの……、この簪と引き換えにその耳飾りをいただくことはできないでしょうか」

 由椰が少し首をうつむけて鼈甲の簪を抜こうとすると、店の男が笑顔を崩し「はあ?」と不快げな声を出す。

「何言ってんだよ。今どき、物々交換なんてないだろ」

「でも、これは鼈甲の簪で……」

「それ、本物って保証ないよな。買うなら、ちゃんと金持ってきな」

 不遜な態度で追い払われて、由椰は店の前から退くしかなかった。

 黒瑪瑙の耳飾りは気になるが、男の言うとおり、金のない由椰にはどうすることもできない。

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