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「見苦しいものをお見せして申し訳ございません……」

 膝を折って居住いを正すと、由椰は三人の男たちの前で頭を垂れた。

「何を言っておられるのですか。烏月様と同じ色のその瞳こそ、あなたが伊世様であるなによりの証拠ではないですか……! ですから、どうか、お顔をあげてください」

「烏月様の許可なく勝手なことをするな。無礼だぞ、阿呆」

 由椰の顔をあげさせようとした栗毛の男を、紫の瞳の男が冷たい目をして制する。

「誰が阿呆だ。お前だって見ただろう、この方の瞳の色を。この方は間違いなく伊世様だ」

 栗毛の男が言うと、目の前で跪く由椰のことをじっと見つめていた金眼の男が、ゆるりと首を横に振った。

「いや……、違う」

「ですが、烏月様……!」

 金眼の男は、名を烏月というらしい。栗色の髪の男が納得のいかない目で訴えると、烏月が肩をすくめて息を吐いた。

「一瞬、おれも見誤りかけたが、この娘の瞳の色は、伊世とは左右が違う。それに、伊世とは魂の気配も異なっている」

「でも……、オレはこの娘から伊世様の気配を感じます。この娘は、ほんとうに伊世様の生まれ変わりではないのですか?」

「泰吉、さっきも話したとおり、神は一度姿が消えれば、蘇ることも生まれ変わることもない。僅かばかり伊世の気配を感じるのは、姿を消す直前の伊世がこの娘になんらかの加護を施したからだろう」

 烏月はそう言うと、由椰のほうに一歩進み出た。烏月の左耳で金の耳飾りがきらりと光る。

「さて、尋ねるのが遅くなったが、お前は何者だ。なぜ伊世の気配を纏い神無司山(かんなじやま)の祠にいた?」

 烏月に問われ、由椰は身体が魂ごとビリッと震えるような感覚がした。

 目の前に立つ人で非ざるこの男は、なにか強い力を持っている。それを肌に感じながら、由椰は静かに一呼吸した。

「私の名は、由椰と申します。麓の村の長の命により、神無司山の土地神様に魂を捧げに参りました」

「魂を捧げに......?」

 訝しげに眉を寄せる烏月たちに、由椰は「はい」と澄んだ声で答える。

「神無司山の生贄に決まったときから、覚悟はできております。私のことはいかようにしていただいても構いません。その代わりに、日照り続きで枯れかけている麓の村に雨を降らせていただけないでしょうか」

 床に額を擦り付けるようにして由椰が頼むと、さらに一歩進み出てきた烏月が、紫の袴の裾を少し持ち上げ、由椰の前に膝をついた。

「お前の話はいまいち要領を得ない。おれの知る限り、神無司山の主が人の住む地に生贄を要請したことは一度もないはずだ」

「そんなはずはありません。私の前にも何人か、若い娘が神無司山の生贄として捧げられています。ことの始まりは、数十年前。何日も雨が降り止まず、村ではいくつもの家が水に沈んだそうです。そのとき、村長の夢枕に神様の使者が現れ、神無司山の奥にある祠に贄を捧げろとお告げがあったとか。生贄を捧げたあとしばらくして、降り続いていた雨はピタリと止んだそうです。それ以来、村が危機にさらされると、十五、六の年頃の娘が神無司山に生贄として捧げられてきました。今回、その生贄に選ばれたのが私です。どうか、日照りに悩まされている村をお救いください」

「まさか、伊世の消えたあと、神無司山でそのようなことが起きていたとは……。統治しきれずにいたあやかしどもの仕業か……」

 頭をさげて懇願する由椰の頭上、烏月が何事かつぶやいて息を吐く。それから、由椰の後頭部を見据えて告げた。

「残念だが、おれにお前を助ける力は残っていない。それに、雨ならば、つい三日前に降っている」

「ほんとうですか?」

「ほんとうだ。ここ三百年ほどは、人の住む地はどこも平穏そのものだ」

「三百年……」

 烏月の言葉に少しの引っ掛かりを感じる由椰だったが、麓の村に雨が降り、自分がお役目を果たすことができたのなら問題はない。 

「それを聞いて安心いたしました。村を助けてくださりありがとうございます。お礼にどうぞ、遠慮なく私を食らってください」 

 由椰が覚悟を決めて目を閉じた、そのとき。

「お前は、死にたいのか?」

 烏月が、低い声で由椰に問うてきた。

「……」

 死にたいのか——?

 改めて問われてみれば、何と答えたらいいのかわからなかった。

 生きたいのか、死にたいのか。自分の生死について、由椰は深く考えたこともない。

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