1
人里離れた山の奥。薄暗い洞窟の中で、男がふたり、たたずんでいた。
彼らの足元に横たわるのは、白の花嫁装束を纏ったひとりの少女。
淡い光の加護に守られて眠る少女を見下ろして、男のひとりが愁眉を寄せた。
「この娘に間違いないのだな」
黒髪にアメジストのような紫の瞳。眦のとがった、けれどとても端正な顔立ちをしたその男は、怪訝そうであり、不機嫌そうでもある。
「ああ、間違いない」
紫の瞳をした男に、もうひとりが、しかと頷く。柔らかそうな栗毛に琥珀色の瞳をした彼の見た目も、人の世のものとは思えないほどに美しかった。
「ほんとうか? 烏月様の御前にて、『やはり人違いだった』などという話は通用せぬぞ」
「人違いなもんか。オレが伊世様を間違えるなどありえない」
眠る少女の前で、男たちが互いに睨み合う。
ふだんなら共に行動することなどありえないふたりが、こうして祠にいるのは、光の加護に守られて眠る少女の導きにほかならない。
年は、十六かそこらだろう。少女の寝顔は、美しさのなかに少しの幼さが残っている。
「まあ、いい。お前の言葉が嘘か誠か、この娘を烏月様の御前に連れて行けばわかること」
「だから、噓じゃないと言っているだろ」
「その判断を下すのは貴様ではなく、烏月様だ。狸の化けの皮など、どうせすぐに剥がれるだろうがな」
「なんだと……!」
憤慨する栗毛の男を、黒髪の男が冷たい目で一瞥する。そうして、洞窟の冷たい床の上で膝をつくと、黒髪の男が藁の筵に横たわる白い着物の少女を抱き上げた。
「行くぞ」
バサリと空気を切るような音がして、黒髪の男の背に漆黒の翼が二本現れる。少女を抱えて音もなく祠の入り口へと駆けると、黒髪の男は漆黒の翼を羽ばたかせて宙へ跳び上がった。
「あ、おい。待て! ずるいぞ、置いてくな!」
遠くなっていく黒髪の男の背中を睨み上げて、残された栗毛の男がチッと舌打ちする。
「だから、鴉は嫌いなんだ……」
空を睨んで忌々し気につぶやくと、栗毛の男も自身の身体をふわふわとした毛皮に包まれた動物の姿に変化させる。
空を飛ぶのと地上を走るのでは、圧倒的に後者が不利だ。少し苛立ちながらも、変化した身体で、黒髪の男を追って必死に駆ける。
ふたりが目指す場所は、山のさらに奥深くにある大松で隠された主の屋敷。もう何百年も忠誠を誓うその人に、知らせねばならない。一刻も早く。