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ドルジークの最終定理~無能と呼ばれた天才魔術師、趣味が高じて街の英雄となる~

 ――あそこには、変人が住んでいる。


 日が暮れるたび、魔術都市エルミオンの子どもたちは丘を見上げてそう言う。

 しかしその変人は、市民の前に姿を現すことは滅多に無かった。

 

 城のようで城でなく、屋敷のようで屋敷でもない。

 鉄色の外壁は朝日に照らされても光らず、窓という窓に黒い影だけが揺れる。

 その主こそ、18歳の魔術師ドルジークだった。


「塩、0.2パーセント多いな」


 広すぎる食堂で、彼はキッシュを一口かじるなり顔をしかめた。

 正面に立つ給仕用魔道人形(メイドゴーレム)のキャミィが淡々と頷く。


「次回、調整します」


「頼む。味覚パーツの調整も可能だ。必要なら言ってくれ」


 ドルジークはフォークを置き、カップのコーヒーをすすった。

 香りの奥で歯車が回る音がする。机の上には革張りのノート。

 ページいっぱいに数式と設計図、そして赤い丸つきのメモ。

 『荷役用小型魔道人形・要改良』。


「車輪式は段差に弱い。脚部サスペンションを――」


 ぶつぶつと呟く声だけが、冷えた大広間にこだました。

 街はもうすぐ収穫祭でにぎわうが、この丘の主は相変わらず研究以外に興味を示さない。

 時計が正午を告げても、彼の視線はノートから離れなかった。


「主様、門前に人影を確認いたしました」


 そんな彼の集中を途切らせたのは、キャミィの魔術仕掛けの音声だった。

 ドルジークはペンを置き、コーヒーで喉を潤した。


「誰だ」


「登録情報を読み上げます。氏名ゲオル・フラスト。年齢一八、職業・冒険者」


「……だろうな。もういい、開けてやれ」


 命を受けたキャミィは無言で敬礼すると、廊下へ消えていった。

 まもなく、玄関ホールに響く重々しい扉の開閉音。

 革ブーツの足音が真っすぐ食堂へ向かってくる。

 姿を現したのは栗色の短髪に鋭い目をした青年。

 鍛えた体を軽鎧で包み、背には装飾の無い無骨な長剣。

 実用一点張り、彼の性格を物語っている。


「まったく……いつ来ても不気味だな。呼び鈴くらい付けたらどうだ」


「近所迷惑にならないだろう?」


 ドルジークが事も無げに返す。

 ゲオルは鼻で笑った。


「こんな離れに住んでおいて、何が近所迷惑だ」


 椅子を勧める素振りもない主人に構わず、ゲオルはテーブルの向かいへ腰を下ろした。


「またゴーレムに埋もれていたのか」


「観察は重要だ。キャミィの歩行アルゴリズムは改善の余地がある」


「お前に必要なのはアルゴリズムじゃなく社会性だ」


 ゲオルが額を押さえる。


「……まあいい。本題に入るぞ」


 ドルジークは返事せず、視線だけを向ける。


「明日は収穫祭だが、実はまだ準備が終わっていない。運営が人手不足でな。そこでお前に、荷運びや屋台設営の支援を頼みたい」


「却下だ。午後は予定がある」


「即答かよ……一応聞くが、どんな予定だ?」


「キャミィ用の新型ドレスを編む」


「ドレスぅ!?」


 ゲオルの声が裏返った。


「街は祭りで大忙しだってのに、呑気にお人形遊びか!」


「布地と装甲素材の相性試験だ。立派な研究だぞ」


 ドルジークの返答を聞くと、ゲオルは椅子を蹴って立ち上がる。

 勢いそのままに壁際で控えていたキャミィに早足で近寄り、背負い剣を半ば抜いた。


「……こいつを壊せば、その予定も無くなるな」


 刃先がきらりとキャミィの首元に迫る。

 ドルジークの手が止まり、空気がぴたりと張り詰めた。


「何の真似だ、ゲオル。キャミィを壊しても、予定が編み物からメンテナンスに変わるだけだぞ」


「ならこの屋敷ごとぶっ壊してやる。お前が動かないなら、強硬手段だ。街と関われ。人は一人では生きていけない――そう言ったのはお前の父上だったろう?」


 沈黙ののち、ドルジークは溜息をついた。


「わかった。祭りの準備とやらに協力しよう」


 ゲオルは剣を収め、安堵と呆れの混じった笑みを浮かべる。


「やれやれ。最初から素直に頷け、変人」


 ドルジークは椅子を押し退け、キャミィの損傷チェックを一瞥する。

 何も異常が無いことを確認すると、ノートに大きく『外出:臨時フィールドテスト』と書き込んだ。




 エルミオンの中央市へ足を踏み入れたドルジークは、すぐに耳をふさぎたくなった。

 屋台を組み立てる木槌の音、香草を売る客引きの声、あちこち走り回る荷車。

 あらゆる騒音が彼の思考をかき乱す。


「ここを手伝え。屋台の搬入が終わらん」


 ゲオルはそう言うと、腕を組んで広場の指揮に戻っていった。

 ドルジークの背後には、腰ほどの高さしかない荷役用小型魔道人形(ゴーレム)

 丸い胴に大きな車輪、前面の赤い単眼が愛嬌だけはある。

 鋳鉄でできたそのボディには、『コロッタ マーク23』と銘が打たれていた。


「コロッタ、タスクだ。荷物搬送」


「ピッ」


 コロッタは屋台の裏から木箱を抱え、カタカタと進み出す。

 だが敷石のわずかな段差で車輪が浮き、盛大に横転。

 箱が割れて野菜が散乱した。


「あーっ、野菜が!」


「おいおい! 邪魔するんならどっか行ってくれ!」


 通りかかった商人が怒鳴り、手伝いの冒険者までもが眉をひそめる。

 

「ほんっとにテメエは無能だな! ちったぁゲオルを見習え! 幼馴染だってのに大違いだぜ……ったく」


 罵声が飛ぶ中、ドルジークはノートを開いてペンを走らせた。

 『小さな段差で横転。重心再計算要』


「なるほど……」


 子どもたちが面白がって転んだコロッタを起こそうと群がる。


「わたしも手伝う!」


「がんばれー!」 


 車輪が空回りし、また別の木箱を倒して悲鳴が上がった。

 そのたびにドルジークはメモを追加。

 『感度不足。バンパー要改装』

 『子どもの興味度…高。娯楽用途の需要?』

 なにニヤニヤしてんだ! と商人が詰め寄っても、ドルジークは顔を上げない。


「貴重なデータ収集中だ。あと二十分で終わる」


 罵声よりも、新しい改良案のほうがよほど大事だった。




 夕暮れの広場。

 屋台の骨組みを照らしていた橙色の光が、いつしか茜と群青の間で揺れている。

 立ち並ぶ屋台の片隅には、転倒防止用の補助輪を外されたコロッタがぽつんと置かれていた。

 ドルジークはしゃがみ込み、指先でキャタピラの軸を回しながら独り言を続ける。


「重心を下げても横転率に大きな改善は見られない。ふむ……いっそ四脚で歩かせたほうが――」


 ――ゴォウッ!


 空気を裂く低い轟音。

 視線を上げると、城壁の向こう側に漆黒の光柱がそそり立っていた。

 どす黒い炎がまとわりつき、雲を焼いて広がる。


「……爆発?」


 次の瞬間、地面が揺れ、大砲を百発まとめたような破裂音が街全体にこだました。

 屋台の天幕がはためき、屋根瓦が遠くで割れる音。

 広場にいた人々が悲鳴を上げ、一斉に逃げ出す。


 ゲート方面から人々の怒号と足音が雪崩れ込む。

 だがドルジークはコロッタに手を当てたまま、逃げ惑う列をぼんやり見つめていた。

 赤子を抱きかかえる母親、荷車を捨てて走る商人。

 そして、転んでもすぐに立ち上がって駆け出す子供たち。

 それを見ながらふと考える。


「やはり転倒状態からの自己復帰制御を入れるべきだな……いや、いっそのこと足を……」


 背後で木箱が割れる音がしても、彼の視線は光柱と計算式のあいだを往復するだけだった。

 逃げ惑う群衆をかき分け、鎧姿の一団が広場へなだれ込んだ。

 先頭で指揮を執るのはゲオルだ。

 肩当ての赤い羽飾りは、部隊長の印。

 後ろに続くのは、恐らくこの都市で集められる最高レベルの精鋭冒険者たちが30名ほど。


「防衛線を張れ! 負傷者は中央通りへ下げろ!」


 剣を振り回して指示を飛ばすゲオルの目が、石段に腰を下ろすドルジークを捕らえた。


「お前、何をしている!」


「ゲオル。お前こそ、一体何の騒ぎだ」


「はぁ!? お前……さっきの爆発を見てなかったのか!? 魔族だ! 魔族が急に現れたんだよ!」


 ドルジークは首を傾げた。


「魔族……? 実物を見るのは初めてだな」


「見るんじゃない、逃げろ!」


「今からここで戦うんだろう? なら観察したい」


「何を呑気な――!」


 ゲオルが頭を抱える間にも、城壁側の瓦礫が爆ぜた。

 土煙を割って現れたのは、牛頭人身の巨体。

 赤黒い筋肉に漆鎧をまとい、身の丈ほどある戦斧を肩に担ぐ。


「我はバル・ゾラ――魔族七侯爵、紅蓮公に連なる獣兵大尉!」


 地鳴りのような声が街路に響いた。

 冒険者たちの顔から血の気が引く。

 大尉、が魔族の中でいかなる立場の存在なのかは誰も知らないが、その巨躯から発せられる禍々しいオーラが、ただ者ではないことを示していた。


「ヌゥン!」


 斧を軽く振るっただけの風圧で、冒険者たちが数歩後退させられる。

 ドルジークの瞳がわずかに輝いた。


「見た目以上の筋力だな、密度が人間のそれとは比べ物にならないらしい。……ふむ、面白い」


 ゲオルは剣を構えながら振り返る。


「観察はいい、下がれ!」

 

「興味が湧いた。ここで見物させてもらう」


 そう言うとドルジークはすたすたと歩を進め、ドカッと広間中央の噴水の縁に腰を下ろす。

 そのまま長い足を組むと、太ももの上でノートを開いて素早くペンを走らせ出した。

 

「チッ……もういい! 全員! 恐れるな、陣形を維持!」


 震える仲間を鼓舞しつつ、ゲオルは前へ立った。

 バル・ゾラが巨躯を沈め、斧を地面すれすれで横薙ぎに振る。


 ガァンッ!


 鈍い衝撃に続いて石畳が粉砕された。

 衝撃波が円を描いて跳ね、最前列の戦士たちをまとめて吹き飛ばす。

 甲冑が転がり、悲鳴が散った。


「くっ……! 前衛、後退! 二列目と入れ替われ!」


 ゲオルが叫ぶ。

 だが二列目は、恐怖のあまり前に出ることができない。

 バル・ゾラは一歩踏み込み、柄尻で槍兵の胸当てを砕いた。

 鉄板がめくれ、男が咳血とともに崩れ落ちる。


 ドルジークは飛んでくる鎧や石畳の破片で流血しながら、ノートに走り書きした。

 『斧軌道幅・約3メートル 衝撃半径10メートル』。

 冒険者たちは動揺し、隊列が乱れる。

 彼らの剣先が届くより早く、斧の円軌道が次を薙ぐからだ。


「いったん下がれ! 陣形を立て直す!」


 ゲオルが叫んだ。

 辛うじて立てている面々が盾を掲げて後退し、広場の端へ散っていく。

 粉じんの中で、ドルジークは砕けた石片を拾い上げた。

 断面の焼け具合を確かめ、静かに頷く。


「斬撃面に熱……! 魔力によるものか……興味深い」


 ノートに乗せられたインクが乾く前に、大きな影が覆いかぶさる。


「貴様、なぜ逃げぬ」


 低い声。

 顔を上げると、牛頭の巨人が見下ろしている。

 赤い瞳が興味半分、嘲笑半分で揺れた。


「必要ない」


「……何だと?」


「逃走など必要ないと言った。理解できなかったか? ……やはり頭が牛な分、知性は低いようだな」


 ドルジークはペン先を止める。

 その不遜な物言いに、バル・ゾラは鼻先で笑った。


「確かに、貴様ごときが逃げても運命は同じだ」


 言うなり、巨斧を振り下ろす。

 風圧だけで石くれが跳ねた。


「ダメだ! 逃げろ!!」


 ゲオルが声を張り上げる。

 だがドルジーク座った状態のまま、掌を上に向けた。


偏曲盾(シェルブレード)


 空気が歪み、半透明の盾壁が噴水前に展開。

 斧刃がぶつかり、火花と衝撃波が散ったが、防壁はびくともしない。


「ほう……」


 バル・ゾラの口元がわずかに吊り上がる。

 想定外の抵抗に、興味を抱いたようだった。


「ならばこれはどうだ!」


 バル・ゾラが踏み込むと、石畳がひしゃげて粉じんが舞った。

 ドルジークは距離を測り、一歩退くと右手を横に払う。


連鎖雷(チェインスパーク)


 青白い稲妻が空を裂き、巨体へ三度、四度と弾ける。

 雷光が鎧を走り、金属臭い蒸気が上がった。

 だがバル・ゾラは痛みを笑い飛ばし、斧で地面を叩き割る。


「効かぬわ!」


 破片が弾丸のように飛ぶ。

 ドルジークは指を鳴らす。


磁偏向(マグネディフレクト)


 目に見えぬ膜が生まれ、礫の軌道を逸らした。

 砕石は彼の背後へ抜け、噴水にぱらぱらと落ちる。


「障壁だけか、人族の魔術師よ!」


 バル・ゾラが斧を高く掲げる。

 刃が紅蓮色に発光した。


「これは防げんぞ!」


 振り下ろしと同時に地面が裂け、溶岩色の亀裂が一直線に走る。

 ドルジークは足元を見もしない。


瞬歩(フラッシュテップ)


 靴底の魔方陣が光り、彼の姿がふっと消えた。

 いや、正確には、目に見えぬほど高速で移動したのだ。

 現れたのはバル・ゾラの斜め後方。

 掌を突き出す。


高魔弾(コンデンスバレット)


 濃紫の弾丸が六連射で叩き込まれ、巨体を仰け反らせた。

 鎧が凹み、黒血が飛ぶ。

 冒険者たちが遠巻きに息を呑む。


「グオオオオオオッ!」


 だが獣兵大尉は吼え声とともに腕を振り、反動で振り向きざまの斧を繰り出した。

 軌跡は音より速い。


「ッ──偏曲盾(シェルブレード)!」


 光の多層幕が割り込む。

 衝突音が雷鳴に変わり、防壁が蜘蛛の巣状に亀裂。

 ドルジークは半歩後退した。

 足先まで衝撃が抜け、喉に鉄の味が広がる。


 バル・ゾラの呼吸が荒くなるが、斧はなお軽々と振り回された。


「その盾! あと何度保つ!?」


 ドルジークは答えず、左腕をかざす。

 小型の魔方陣が浮かび、銀白の刃が射出。

 しかしバル・ゾラは柄で弾き、足蹴にして突進した。


偏曲盾(シェルブレード)……ぐっ!」


 巨体がぶつかり、ドルジークの防壁が砕け散る。

 地面を滑ったドルジークが膝をつく。

 視界が揺れ、血がこめかみに滲む。

 バル・ゾラが勝ち誇ったように斧を肩へ担いだ。

 

「終いだ、人間! 貴様の呑気な観察はここで終わる!」


「……充分だ」


 その瞳はまだ測定者の色を失っていない。

 それどころか、口元にはわずかな笑みすら浮かべている。


「何を考えている。なぜ恐れない……!」


「恐れ? 研究に感情は必要ない」


 ドルジークは息を整え、指先で血を拭う。

 そしてパンパンとコートについた埃を払うと、バル・ゾラへ向き直った。


「やはり現地調査に勝るものなし。良いデータが取れた。それでは貴様は、もう用済みだ」


 相変わらず、緊張の欠片もない声が夜気に溶けた。

 空の彼方で、複数の魔術信号が応えるように瞬く。


「……私を怒らせたこと、あの世で後悔してこいッ!」


 バル・ゾラが巨斧を振りかぶった。

 刃から放たれた赤い衝撃波が、一直線にドルジークへ突き進む。

 だが彼は微動だにしない。

 直撃まで、あとわずか。


「避けろ、ドルジーク!」


 遠くでゲオルが絶叫した、その瞬間。


 ガイィンッ!


 黒い塊が空から落ち、ドルジークの前に突き刺さった。

 敵の衝撃波はその装甲に弾かれ、霧散する。


 粉じんが晴れると、塊がパキンと展開。

 迷彩緑の外殻が開き、二メートル級の鋼躯が現れた。

 胸の魔導コアが脈打ち、赤い単眼がバル・ゾラを正面からにらみつける。


「一体目、到着――」


 ドルジークが淡々と告げると、夜空からさらに影が落ちてきた。


「なっ……?」


 バル・ゾラが目をみはる。

 落下した塊はいずれも着地と同時に装甲板が開き、腕や砲身がせり出す。

 破壊(ブレイカー)型、守護(バスティオン)型、砲撃(ランサー)型、それぞれ3~4体ずつ。

 計10体の魔道人形(ゴーレム)が、広場を囲むように配置された。


「私の子供たちだ」


 ドルジークが静かに立ち上がる。

 

「個体ごとの出力は貴様に劣る。しかし10体(これだけ)そろえば、私の計算では99.9%……勝てる」


 バル・ゾラの鼻息が荒くなる。


「ふん……ガラクタの群れなどッ!」


 巨斧が再度うなりをあげた。


「皆、プランAだ」


 ドルジークの号令とともに、守護(バスティオン)型が前列へ躍り出る。

 バル・ゾラの巨斧が横薙ぎに閃く。

 しかし三枚の盾が重なり合い、刃を完全に受け止めた。

 火花と衝撃が散る隙に、左右へ跳び出した破壊(ブレイカー)型が脚部関節めがけて同時打撃。

 膝装甲がめくれ、流石の巨躯もぐらつく。


「ガアァァァッ!」


 怒号とともに巨斧が振り上がるが、その頭上に淡い光軌が走った。

 砲撃(ランサー)型の魔力投射砲が斧の柄を射抜き、握り込む指を強制的に痺れさせる。

 武器の制御を乱されたバル・ゾラは思わず体勢を崩した。


 すかさず守護(バスティオン)型が盾を開き、格子状の捕縛フィールドを展開。

 巨体の動きを一瞬だけ縫い止める。

 それが合図。

 残る破壊(ブレイカー)型二体が跳躍し、肩口と太腿へクロススラッシュ。

 裂けた装甲から黒い血が噴き出した。


「こ……小癪なァ!」


 バル・ゾラが猛り、衝撃波を身から解き放つ。

 前列の守護(バスティオン)型が文字通り壁となって受け止める。

 内部フレームが軋む音を立てたが、後列はびくともしない。

 盾が溶け落ちる寸前、ドルジークの声が飛ぶ。


「フィニッシュだ!」


 三体の破壊(ブレイカー)型が、守護(バスティオン)型の肩を踏んで跳躍した。

 バル・ゾラは大斧を握りなおし、飛び掛かる破壊(ブレイカー)型に狙いをつける。

 その瞬間。盾が左右へ開き、通路が生まれた。

 そこで砲撃(ランサー)型の砲身が同時起動、一直線に魔力を解き放つ。


 ドゥゴォッ!


 白紫の魔力弾が収束し、バル・ゾラの胸部中央へ集中砲火。

 砕けた胸骨を追うように、破壊(ブレイカー)型が着地して斧アームを突き立てた。

 鋭刃が肉体を貫き、赤黒い光が弾ける。


 巨躯がよろめき、膝を折った。

 バル・ゾラは信じられないという目でドルジークを睨んだが、何もできず地面へ崩れ落ちた。

 次の瞬間、その体内から魔力の脈動が広がった。

 黒紫の瘴気が風のように吹き出し、砕けた石畳を浮かせる。


「……そうか」


 ドルジークが顔を上げる。

 

「ただでは帰れんと、言うわけだな」


 バル・ゾラはぴくりと体を震わせ、口を開いた。


「私に与えられた命は……この都市の……壊滅。私の生死など、どうでもいい……!」


 脈動が激しさを増す。

 地鳴りのような魔力音。

 魔族の体内に眠る魔核の輝きが臨界に達し、赤黒い光が空を染める。


 都市を巻き込む()()

 それが、バル・ゾラの切り札だった。

 無論、こんな所で使うとは夢にも思っていなかったのだが。


「お前たち! 動け! 一刻も早く市民を避難させるんだ!!」


 ゲオルは冒険者たちに指示を出す。

 しかしバル・ゾラは大きく口を開けて笑った。


「グ、ハハ……もう遅い……! あと数秒後には……あたり一帯が――」


 ――ハアアアァァ……。


 満足げに笑う魔人の言葉を遮ったのは、魔術師ドルジークの大きなため息。

 彼は左手でこめかみの辺りを押さえながら、がっくり肩を落としていた。


「……仕方ない。……子供たち、必ず私が元通りにしてやる。それまで、しばしの別れだ。――最終コード、起動」


 ドルジークの声が静かに響いた。

 ほぼ無傷で戦闘を終えた10体の魔道人形(ゴーレム)が、一斉にバル・ゾラへ向けて跳躍する。

 四肢でがっちりと魔族の体を押さえ込み、次々に展開された盾と魔導結界が層をなし、彼を密閉する檻となった。


「何を……貴様らッ……やめ、ろォォオオッ!!」


 その叫びは、結界の内側でかき消された。

 そして、爆発。


 ドォンッ!!


 閃光と轟音。

 だが爆風は結界の中に閉じ込められ、外へ一切漏れ出すことはなかった。

 それどころか、爆心地の地面さえわずかに焦げただけ。

 広場は、破壊から完全に守られていた。


 沈黙。

 煙が晴れた跡には、崩れ落ちた魔道人形(ゴーレム)の残骸だけが転がっていた。

 胴体は破れ、片腕のない機体もいる。

 けれど、全員が自らの役目を最後まで全うしていた。


 そしてその中心で、バル・ゾラがうつ伏せに倒れていた。

 全身が焦げ付き、もはや動く力もない。


「完敗……だ……」


 かすれた声が漏れる。


「しかし……次は……な、な……こ……しゃく……様が……」


 それを最後に、バル・ゾラの瞳から光が完全に消えた。

 しばらく、誰も動けなかった。


「……勝った、のか?」


 ゲオルの呟きだけが、広場の静けさに落ちていく。

 そんな沈黙の広場に、コツンと靴音が響いた。

 ドルジークが崩れた魔道人形(ゴーレム)の傍らに歩み寄り、破損した装甲をそっと指でなぞる。


「……身体破損率82%。想定より持ったな」


 ぽつりとこぼれたその声が、まるで合図だった。


「すごい……あの人が助けたんだ!」


「やったぞ! 生きてる! 全員無事だ!」


 市民や冒険者たちが一斉に駆け出した。

 歓声、拍手、叫び声。

 ドルジークを()()()()と蔑んでいた人々が、いまや口々に彼の名を讃える。


「ドルジーク様! あなたがいなければ……」


「なんだよあの人形! あれ、どこで売ってんだ!?」


「あの人形たちももちろんだけど、ドルジーク様ご自身もとっても強かったわ!」


「いや、まじで見直した……すげえよ、あんた……!」


 わあっと集まる群衆の中心で、ドルジークは眉をひそめていた。

 

「邪魔だ、どけ。……ええい、うっとうしい! 子供たちの検査が先だ!」


 そこへ街の高官らしきローブ姿の老紳士が息を切らしてやってくる。


「見た! すべて見届けた! ドルジーク殿、その働き、真に英雄と呼ぶにふさわしい! 我が魔術評議会は、正式に()()()()を決定する! 表彰式は早速明日じゃ! 皆、彼に祝福を!」


 老紳士の言葉に、周囲がさらに沸く。

 そんな中ゲオルが歩み寄り、いきなりドルジークに抱きついた。


「おまえ……本当にやったな……! さすがだ、ドルジーク……! 俺は、信じてたぞぉ……グスッ」


「やめろ、暑苦しい!」


 ドルジークは必死に暴れた。


「ゴーレムたちの破損状況を見せろ! 研究は生ものだぞ! 今が一番重要なんだ!」


 その姿に、笑いと拍手がさらに広がっていった。

 彼は何も変わっていない。

 それが、皆をさらに安心させた。




◆◆◆◆◆◆




 翌日、丘の上の屋敷はいつも通り静かだった。

 破損した魔道人形(ゴーレム)たちは広間に並べられている。

 鋳鉄の胴体は開かれ、管やら鉱石やらもむき出し状態。

 その中で、白衣の袖をまくったドルジークはもくもくと工具を動かしていた。


「……盾パーツの融着が酷いな。魔族の熱攻撃に耐えられなかったか。素材選定、見直し要」


 彼の手元にはノートと、昨夜から一睡もせずに走り続けた観察メモの束。

 そこへ、扉が軋んで開く音。


「よお、差し入れだ。お前、どうせ朝から飯も食ってないだろ」


 現れたのは、紙袋をぶら下げたゲオルだった。

 ドルジークは手も止めずに言う。


「食事はキャミィに頼んである……が、その甘露は糖分補給に悪くない。置いていけ」


「礼くらい言えよ」


 ゲオルは工具台の隅に紙袋を置き、半ば呆れ顔で部屋を見回す。

 

「しかしまあ、相変わらずだな。街じゃあ今、お前のことで持ちきりだっていうのに。まるで英雄扱いだ……いや、もう本当に英雄になったんだったな」


「肩書きに価値は宿らない」


 ドルジークは即答した。

 

「覚えているうちに、対魔族型の戦闘プランを設計したい。一秒たりとて無駄にできんというのに、時間を割いて表彰式に出てやっただけ、ありがたく思え」


「……やれやれ」


 ゲオルは肩をすくめ、何気なく床に散らばっていた紙の束を一枚拾い上げた。

 魔術式の隅に、金色の飾り罫と封蝋が見える。


「…………ああああああああああっ!!」


 急に叫び出したゲオルに、ドルジークが顔だけ上げる。


「うるさい。邪魔をするなら帰れ」

 

「お前……これ……これ、表彰状じゃないか!?」


 ゲオルは紙を両手で掲げ、裏返し、再確認する。

 

「間違いない! 英雄章の表彰状だ! こんなの、歴代でも五人しかもらってないのに……!」


「裏がちょうど空いていた」


 ドルジークは淡々と答えた。


「表彰状をメモ用紙にする奴があるか!」


「余白は有効活用すべきだ。足りなくなると困るだろう」


 ゲオルは両手で頭を抱え、深いため息をついた。

 そして、若き天才はまたノートにペンを走らせる。

 愛する子供たちを二度と失わない、ただそれだけのために。


 ――あそこには、()()が住んでいる。

 日が暮れるたび、魔術都市エルミオンの子どもたち……いや、市民皆が丘を見上げてそう言う。

 しかしその英雄は、市民の前に姿を現すことは滅多に無かった。


 そう。彼にとって栄誉とは、新しい実験ノートの1ページに過ぎなかったのだ。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

よければご感想などいただけると、とても励みになります。

これからもたくさん小説を書いていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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