【第96話:突破口を開け】
「ッ──来るぞ、構えろ!」
イエガンの怒号が飛ぶと同時に、黒き獣が地を裂いた。牙の如き四肢を地に打ち込み、膨れ上がるような威圧と共にヴァルザークが再度突進する。無数の目を持ち、精霊の力を歪めたかのような異形。その巨体は森の樹々をなぎ倒し、ただの突進一つで牙部隊の防陣を破ろうとする。
「散開っ!!回避優先よ、囲まれないように!!」
ティナの冷静な指示が飛ぶ。だが、ただの回避では意味がない──この怪物には、これまで通じてきた戦術は通用しなかった。
「こいつ、ほんとに精霊の力を……?いや、それだけじゃない。もっと……混ざってる」
クロナはヴァルザークの動きの中に、どこか見覚えのある軌道を感じていた。まるで──過去に戦ったことのある存在の、記憶の断片のような動き。
(まさか、俺が喰らってきた“何か”と似ている……?)
「クロナ様、後ろッ!!」
牙部隊の一人の叫び。クロナが振り返るよりも速く、巨腕がなぎ払われた──だが、その直撃を受ける寸前、クロナの身体が黒い閃光となって消える。
「……遅い」
クロナの声は真横。ヴァルザークの腕に乗るようにして駆け上がると、背中へ回り込み、刃を突き立てる──が、硬い。肉にすら届かない。
「装甲か?いや……これは、魔ではない。生きている“盾”……!」
その瞬間、ヴァルザークの背中が開く。そこに見えたのは──うごめく無数の生体組織。人の腕、獣の尾、翼の名残。どれもかつてクロナが喰らってきた者たちに近い「なにか」だった。
「まさか、こいつ……“喰って”いるのか。俺と同じように……!」
「クロナ様!今です、砲を!」
牙部隊の重装兵が叫ぶ。命を賭けて準備していた圧縮爆弾──一撃必殺の突破口を開く砲撃が、ヴァルザークの膨れた腹部に狙いを定める。
「ティナ、今しかねぇ!!」
「了解、クロナ!」
指示が飛び、爆風が走る。全ての音が一瞬かき消され、次の瞬間──ヴァルザークの肉が裂けた。
だが、それは終わりではない。裂けた傷口から、瘴気と共に新たな「声」が響いた。
『……クロナ……よくぞ……ここまで……』
「なんだ……この声は……?」
「……違う。これは、誰かの“意志”だ。ヴァルザークが……器?」
クロナの眼に、深く冷たい光が宿る。
「いいぜ。だったら──喰ってやるよ、その意志ごと!」
戦場がさらに激しさを増す中、突破口はわずかに開かれた。だが、そこに潜む本当の敵の正体は──まだ、明かされてはいなかった。




