【第94話:闇の獣、その名は】
森の奥から響く地鳴りが、戦場全体を震わせた。牙部隊と目部隊の隊員たちが息を呑む。先ほどまで襲いかかってきた獣たちの群れがすべて倒れても、森の奥から放たれる圧力はむしろ強くなるばかりだった。
「クロナ様……これは、桁が違います」
目部隊の一人が青ざめた表情で報告した。感知器の針が大きく振れ続けている。
イエガンが大剣を構えながら吐き捨てる。
「たった一体でこの圧力かよ。森ごとぶち抜かれそうだぜ……!」
クロナは風を纏った剣を構えたまま、奥の闇を睨んだ。
「……来るぞ。全員、絶対に動揺するな」
その言葉が終わるより早く、木々が一斉になぎ倒される音が響いた。
森の暗がりから現れたのは、四つ足の巨獣だった。
だが、ただの獣ではない。
漆黒の毛皮に覆われた身体は異様に膨れ、背中には骨のような棘が無数に生えている。眼窩には瞳がなく、代わりに赤黒い光が揺らめいていた。まるで命の火ではなく、呪いが宿っているかのように。
「……でけぇな」
イエガンが呆れ混じりに吐き出した。
「こんなのが森の奥に隠れてたのかよ」
ティナが眉を寄せる。
「あれ……普通の生き物じゃないわ。生命波が乱れすぎてる。あの群れを操ってたのも、たぶん……!」
巨獣が低い咆哮をあげた。地面が震え、空気が震撼する。
その声は獣のそれではない。言葉を持たないはずなのに、聞いた者の心に直接「破壊」の衝動を刻みつけるような、暗い響きだった。
「クロナ様、どうしますか!」
牙部隊の者たちが声を上げる。誰もがその巨獣の存在感に圧倒されていた。
クロナは一歩前に出た。剣の刃に風が集まり、周囲の木々がざわめく。
「……あいつは、ただの敵じゃない」
ティナが顔を上げた。
「どういう意味?」
「俺の力が反応してる。あれは、この森の主だったもの……いや、もっと古い“力”の継承者かもしれない」
クロナは剣先を巨獣に向け、声を張り上げた。
「……お前、名はあるのか!」
巨獣が咆哮で応える。すると、クロナの中に直接響く声があった。
『我ガ名ハ……ヴァルザーク』
クロナが目を細めた。
「……ヴァルザーク、か。森の主を喰らい、そして……俺たちを喰らおうとしているわけだな」
ティナが息を呑む。
「喰らう……? じゃあ、あの獣はあなたと同じ……!」
「違う。あれは、力を喰らっても制御できず、ただ破壊に走る“失敗作”だ」
その言葉に、牙部隊の者たちが一斉に武器を構える。
「ヴァルザーク。お前の力は俺が喰らう」
クロナの声は低く、しかし森全体に響き渡った。
巨獣がゆっくりと前脚を踏み出す。大地が軋み、圧倒的な威圧感が戦場を支配する。
「牙部隊、目部隊。ここからが本番だ」
クロナは剣を構え直した。
「――絶対に一歩も引くな。俺があいつを仕留める」
その瞬間、ヴァルザークが地を蹴った。
咆哮とともに、戦場が爆発するかのような衝撃が走った。




