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【第84話:兆し、揺るがぬ信念】

乾いた風が岩肌をなでていく。クロナたちが足を踏み入れたのは、かつて“咎の谷”と呼ばれた廃地――大戦で荒れ果てた記憶が、今なお土壌に染みつく場所だった。


「……おかしいな」


 イエガンが耳をすませながら低く呟いた。


「気の流れが淀んでいる。自然な土地の巡り方じゃない。まるで、根っこから腐っているような感じだ」


 クロナは立ち止まり、眼前に広がる地形を見渡す。荒れた岩層のあちこちに、黒く焦げた痕跡が点在していた。そのどれもが、まるで大地そのものが苦しみを吐き出したかのようだった。


「〈目部隊〉、調査開始。地脈の反応を確かめろ」


 クロナの指示に、部隊の者たちが迅速に散開していく。


「測定装置、設置完了……これは……!」


 報告に駆けつけた若手の一人が目を見張る。


「流れが……逆流しています。地の巡りが、谷の奥に向かって吸い込まれているようです」


「……流れを喰らう“何か”がいるのか?」


 イエガンが険しい声で言うと、調査員の一人がうなずいた。


「まるで、周囲の力を自らに引き寄せて飲み込んでいるような……自然の流れではありえません」


 谷の空気が一層重くなる。クロナは口を引き結び、谷の奥――黒く裂けたような地割れを見つめた。


 そこには、不自然な紋章のような痕跡が浮かんでいた。空間が削り取られたようなその裂け目は、まるで世界の縁が剥がれかけているような異様な存在感を放っていた。


「古代の封術だな。これは……部分的に壊されてる。最近、誰かの手が入った形跡がある」


 紋章の端には、焦げたような跡があり、いくつかの刻印は崩れていた。


「こんなものが暴走すれば、周辺拠点にまで影響が出る。ここで止めるしかない」


 クロナは静かに言い、周囲の仲間を見渡す。


「〈目部隊〉、封術の解読を急げ。〈牙部隊〉は周囲の警戒と迎撃体制。〈爪部隊〉は後方と補給の確保。動け!」


 鋭く的確な指示が飛び、群れが秩序正しく動き始める。緊張感が谷を覆うなか、クロナは風の中に紛れた微かな音に耳を澄ませた。


(……ここが臨界点になる。ならば、俺たちの役目は――)


 この地に生まれなかった自分が、いま“王”としてこの場に立つ理由。それが試される時が、今だと直感していた。



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