【第7話:かつての姿】
朝霧に煙る森の奥を、クロたち狩猟部隊は静かに進んでいた。
緊張と殺気。
普段の狩りとは明らかに違う空気が、全員の喉に重く張りついていた。
「人間はこの先の泉にいる。三人だ。奴らは、こちらにまだ気づいていないはず」
偵察に出ていたゴブリンが息を切らしながら報告する。
「……奇襲をかける。いいな?」
ガンジが低く呟くように言った。
(……人間、か)
クロの脳裏に浮かぶのは、街の喧騒、機械の音、ネオンの光。
あの日々は、もう何百年も昔のことのように感じられた。
だが、心の奥ではまだ「そちら側」に属しているという感覚が、確かに残っていた。
◇
「おい、誰かいるぞ!」
「なんだ、ただのゴブリンか。雑魚だな」
その言葉が聞こえた瞬間、クロの背筋を冷たいものが走った。
——そうだ。
人間にとって、ゴブリンなどただの“経験値”にすぎない。
それは、ゲームでも現実でも変わらない。
「行くぞ、クロ!」
仲間が吠える。
が、その直後だった。
「《フレイム・ダート》!」
若い女の人間が詠唱とともに手を振る。
直後、赤い火球が一直線に飛び、ガンジの腹を撃ち抜いた。
「が……っ!」
爆音。
肉の焼ける匂い。
悲鳴。
それが合図のように、人間たちは矢を放ち、剣を振るった。
「く、くそっ!」
次々に倒れていくゴブリンたち。
群れていたはずの仲間は、気づけば半数が地に伏していた。
クロは、震える手で足を踏ん張った。
(戦える……スキルを使えば、奴らの目を眩ませ、喉を裂ける。俺なら……!)
■《感覚鋭化》:視覚と聴覚が極限まで研ぎ澄まされる。
■《跳躍強化》:一気に間合いを詰め、斬りつけられる距離だ。
■《毒爪》:一撃でも当てれば、相手は痺れる。
(……でも、俺は……)
クロの瞳に映ったのは、怯える少年ゴブリンが剣に貫かれる光景だった。
その悲鳴が、かつて自分が叫んだものと重なる。
「——ッ!」
足がすくむ。
喉が乾く。
心臓が怒鳴るように脈打つ。
(これは……ただの戦いじゃない)
自分が殺そうとしている相手は、かつての“自分”と何も変わらない。
だからこそ、手が動かない。
爪が振るえ、力が抜けていく。
(俺は……)
「クロ、下がれ!」
叫びとともに、仲間の一人が自分の前に躍り出た。
瞬間、何かが爆ぜ、炎が舞い、視界が真っ白になる。
クロは咄嗟に木陰に身を滑り込ませた。
走った。
森の奥へ。
無我夢中で、枝を払い、茂みを抜け、誰の声も届かない場所まで——
そして、崩れ落ちるように地に膝をついた。
(俺は……逃げた……)
自分でも、何が正しかったのかわからない。
ただ一つ確かなのは、自分は仲間を見捨てたということだけだった。
風が鳴る。
耳鳴りのように、遠い過去の声が木々の間をさまよう。
(……人間として死に、ゴブリンとして生まれた俺は、今——何者なんだ?)
「うおおおおおおおおお!!!!!!」
クロは叫んだ。
悲しみ、憎しみ、絶望……様々な感情が入り混じったその声は、森の中に永遠とこだました。
クロの問いに、誰も答える者はいなかった。




