【第76話:牙と爪と、そして目】
騎士団が去り、森に静寂が戻って数日。
木々は揺らぎを取り戻し、空を飛ぶ鳥の鳴き声もいつもの日常を告げていた。
だが、クロナの胸の内は晴れなかった。
緊張は解けた。けれど、それが“平穏”を意味するわけではない。
数が増えすぎた。
かつては十数人だったゴブリンの群れに、獣人族の生き残りや異形種が加わり、今や五十を超える。
(このままじゃ、統率が取れない……どこかで綻ぶ)
だから、今が機だ。戦って得た信頼と力を「形」に変える。
その日、クロナは森の広場に皆を集めた。
「話がある。……これから俺たちは、“群れ”じゃなく、“組織”として生きる」
ざわめきが起きた。
だがクロナは落ち着いた声で続けた。
「今のままじゃ、何かあったときに守れない。戦力も、生活も、全部が場当たり的すぎる。だから役割を分ける。全員が“生き延びる”ためにだ」
まず最初に提案されたのは、防衛の要となる【牙部隊】。
「これは、外敵と戦う部隊だ。今後、森の外から来る連中と戦うこともある。ここの中心になるのはゼイドに任せる」
「ま、俺の仕事だな」
ゼイドは肩を竦めたが、その目は真剣だった。
次に示されたのは、生活と調達を担う【爪部隊】。
「狩りや採集、食糧の管理を担当してもらう。ルーニ、頼めるか?」
「うん! 得意なことだから、任せて!」
小柄な彼女が手を挙げ、皆の前で頷く。
そして三つ目。知識・記録・交渉を担当する【目部隊】。
「これは情報を扱う部隊だ。塔の調査、他種族との交渉、言語の伝達……全部が未来を左右する。ティナ、あんたに任せたい」
「……いいの? あたし、よそ者だったのに」
「“だった”だ。今は違う。お前が持つ知識は、何よりの武器になる」
クロナの言葉に、ティナは目を伏せ、静かに頷いた。
異なる種族、異なる背景、異なる目的。
それでも、同じ場所で、同じ空を見ている。
その一点だけが、共に生きる資格だった。
「他にも細かい班分けをしていく。小隊長は立候補と推薦の両方で選ぶ。明日から、全員が“何をできるか”を再確認する」
仲間たちの間に、新たな空気が流れた。
それは不安と期待が入り混じった、これまでにない緊張感。
「これから、森を守るのは“俺”じゃない。……“俺たち”全員だ」
その言葉に、多くの者が頷いた。
後方で一人の若いゴブリンが手を挙げた。
「クロナ様、ひとつ……聞いていいですか?」
「ああ、何だ?」
「この先……“人間”とまた戦うことになったら、俺たちはどうするんですか?」
静まり返る場内。
クロナはその問いに、少しだけ考えてから答えた。
「戦うことを恐れるつもりはない。でも、無意味に血を流す気もない。……その時が来たら、“俺が先に立つ”。だから、お前たちは後ろを守れ」
その言葉に、場にいた者たちが一斉に頭を下げた。
新たな“群れ”は、静かにその形を成し始めていた。




