【第75話:交わらぬ信仰】
風が止み、森が息を潜める。
対峙する二つの陣営――巡礼騎士団と、クロナ率いる異形たち。
静寂の中、互いの視線がぶつかる。
「お前が、クロナか」
前へ出たのは、巡礼騎士団の指揮官・レイヴン。
威圧するような声ではなかったが、抑え込まれた気配の下にある力は明らかだった。
「そうだ。ここは俺たちの領域だ。わざわざ足を運んでくれた理由を、聞かせてもらおうか」
クロナの言葉には力がこもっていた。
背後ではゼイドやルーニたちが構えるが、彼の言葉により即座の戦闘には至っていない。
レイヴンは答える前に周囲を見渡し、霧と樹木に囲まれたこの地に軽く目を細めた。
「……この森に、“塔の鼓動”を感知した。我々はその調査と確認に来た。だが、その塔に干渉したのはお前らしいな?」
「干渉、ね……触れただけだ。それで命を狙われるっていうなら、筋が通らない」
神官騎士バルデンが前へ出る。
「塔は千年を超えて封じられた禁忌だ。記録なき存在が接触したなら、それだけで世界に歪みが生まれる。放置はできん」
「記録、禁忌、神の意思……。そうやって、全部“決められてること”にして、自分たちの行動を正当化してるだけじゃないのか?」
クロナの言葉は皮肉ではなく、本気の疑問だった。
それに答えたのは剣姫カリナだった。
「私たちは“物語の守護者”なの。お前たちみたいに枠から飛び出す存在が増えれば、世界の筋道が崩れるのよ」
「じゃあ聞くが、枠から出た存在は“必ず”悪なんだな?」
沈黙が走る。
「俺たちは、誰も殺していない。ただこの森で、静かに生きようとしてるだけだ。塔に手を伸ばしたのは……知りたかったからだ。この力が、何のためにあるのかを」
「力に意味を求めるな。意味を持った時点で、災いが始まる」
バルデンの言葉に、クロナの拳がわずかに震えた。
だが、レイヴンがその場に割って入る。
「……今、判断するには材料が足りない。クロナ、お前は“人間”ではない。だが人間の言葉を話し、意志を持っている。塔の干渉も含め、俺たちはまだ全容を掴めていない」
「だったら、何をしに来た?」
「“観測”だ。脅威となるかどうかを見極めるためにな」
沈黙。
そしてクロナが一歩前に出た。
「俺からも提案がある。“塔”について、俺にも分からないことがある。お前たちが情報を持っているなら、それを共有してほしい。代わりに俺たちも、森の外には出ない」
レイヴンの眉がわずかに動く。
「交渉、か?」
「あんたたちが、“理”を語るなら、俺も理屈で対抗したい。剣で語るのは、最後でいい」
静寂の中、レイヴンは長く息を吐いた。
そして、静かに頷く。
「……分かった。こちらも簡単に戦火を広げるつもりはない。ただし条件がある」
「言ってみろ」
「塔に関する探索は中止すること。塔に再び接触すれば、それは交渉の破棄と見なす」
「了承する。ただし、“塔から何かが来た”ときには話は別だ」
「当然だ。……交渉成立だな」
クロナとレイヴンが正面から見据え合い、互いに小さく頷いた。
ようやく空気から緊張が抜け、ゼイドが肩を落とす。
巡礼騎士団はゆっくりと撤退を始めた。
カリナは最後まで不服そうに振り返ったが、レイヴンの一声で引き下がった。
霧が再び、森を覆う。
クロナの背中には、微かな汗が滲んでいた。
剣を抜かずに済んだ。それは僅かな勝利。
だが、束の間の平和に過ぎないことを、彼は理解していた。




