【第70話:忘却の系譜】
塔の内奥、広間の中心に浮かび上がった魔法陣が、淡く、重く輝いていた。
その場には、クロナと仲間たち、そして“記録外”の者たちが向かい合って立っていた。
先ほどまで戦いの只中にいたとは思えない静けさが、奇妙な緊張感と共に辺りを支配していた。
――これは、審判の場。
選ばれなかった者たちにとって、初めて語ることが許された、“存在の理由”を明かす時間だった。
影の中の一人が、一歩前に出る。
先ほどまでの異形めいた印象が和らぎ、彼の目に宿るのは静かな理性だった。
「まず、名乗ろう。俺の名はサーヴァ。かつて“基盤の民”と呼ばれた者たちの末裔だ」
「……基盤の民?」
クロナが眉をひそめる。聞き覚えのない言葉だった。
サーヴァは頷く。
「この世界がまだ“調整中”だった頃、あらゆる種の起源とされた、ある仮想領域があった。塔はその接続口の一つ――我らはそこから生まれ、そして、“不要”と判断されて消された存在だ」
ゼイドが思わず口を開く。
「つまり、進化の試行錯誤で……失敗作とされた、ってことか?」
「否。失敗ではない。ただ――“選ばれなかった”のだ。
我らは強すぎた。環境への適応性も、魔力変換率も。他のどの種よりも優れていた。だが、それは“均衡”を脅かすと判断された。塔の意思にとっては、過剰だった」
サーヴァは目を伏せ、静かに言った。
「だから封じられた。我らの記録は消され、存在は封印された。それが“記録外”ということの意味だ」
空気が重く沈んだ。
クロナの胸に、かつて味わった“拒絶”の感覚が蘇る。
生まれながらにして、世界から要らないとされること。
それでも生き延びて、何かを築こうとすること。
――彼らの姿は、まるで鏡を見ているかのようだった。
「じゃあ……お前たちは、今も塔に復讐しようとしてるのか?」
イエガンの問いに、サーヴァは首を振った。
「違う。我らが望むのは、存在の肯定。ただそれだけだ。
再びこの世界に受け入れられること。“許し”ではない。“共存”だ」
ゼイドがつぶやく。
「けどそれは……塔の規律と相容れないんじゃないか?」
「だからこそ、“鍵”が必要だった」
サーヴァの目が、クロナに向けられる。
「お前は“選ばれなかったもの”として生きながら、それでも力を得て、この場所にたどり着いた。塔の最深部まで。
その存在こそが、我らがこの世界に受け入れられる余地があるという“証明”なのだ」
クロナは、しばらく沈黙したのち、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は、お前らを選ぶつもりはない。ただ、拒絶もしない。
だって……俺だって、選ばれなかった側の人間だ」
彼の足元から風が舞い上がる。自然と繋がる力が、塔の大気を震わせる。
その風が、かすかに塔の中枢へと届いたようだった。
『記録外存在に対する暫定受容――保留処置へ移行』
塔が発したその声に、場の空気が緩んだ。
「……今の言葉で塔が納得したわけじゃねえ。ただ、時間を稼げただけだ」
ゼイドがぼそりと呟くと、サーヴァが微笑んだ。
「それで十分だ。……この一歩こそが、千年ぶりの“未来”だからな」




