【第69話:審判の剣】
白銀の騎士――塔の自律守護機構たる存在が、音もなく剣を振り下ろす。
その軌道は正確無比で、まるで天秤の片側が落ちるような機械的な絶対性を帯びていた。
「避けろ!」
クロナが咄嗟に自然の風を発動、突風が吹き荒れて影たちを押しやった。
斬撃は空を裂き、塔の石床を鮮やかにえぐる。
その一撃に、記録外の者たちでさえ怯んだ。
「……処理対象、生存確認。排除継続」
騎士の瞳には光が灯り、再び剣を構える。
だがその前に、クロナが立ちはだかった。
「やめろ! ……こいつらは、まだ何もしていない!」
白銀の騎士は無感情に返す。
「記録に存在せぬ者は、この世界において害悪。討滅は規定に基づくもの。感情は考慮しない」
ゼイドが呆れたように唸った。
「……おいおい、本気で全部排除するつもりかよ……!」
記録外の者たちは、背後で不気味な静寂を保っていた。だが、クロナの行動に動揺を隠せない。
イエガンが呟く。
「クロナ……このままだと、お前まで敵と見なされるぞ」
「わかってる。でも、だからこそ俺が止めなきゃいけない」
クロナは一歩前に出る。
胸の奥に眠る“鍵の欠片”が熱を帯び始める。
――塔の意志か、それとも、この世界を守るための機構か。
彼は拳を握りしめて叫ぶ。
「確かに、こいつらは“記録外”の存在かもしれない。でもな、それを理由に即座に殺すなんて――そんなの、ただの都合のいい選別だ!」
塔が震えた。
その一言が、塔の内部構造に共鳴し、何層もの封印がわずかに軋む音を立てる。
「お前は誰だ。規定に干渉する資格はない」
騎士が問うた瞬間、クロナの体から淡い光があふれ出す。
自然と共鳴する神秘の力――かつてミナが遺した“意志”が、その答えを代弁するように塔へ伝わっていく。
「俺は――“選ばれなかった者たち”の代弁者だ」
剣が振り下ろされる直前、塔の天井からひときわ眩い光が差し込んだ。
騎士の動きが止まる。
そして、塔の中心部から新たな声が響いた。
『審判の場を開示。議定権限、召喚』
床が震え、空間がねじれる。
塔が、判断を留保した――“討滅”か“共存”か、その選択を、正式な審議へと移したのだ。
白銀の騎士は剣を下ろし、淡々と一歩退いた。
「命令中止。審判を待つ」
静寂が落ちる。
クロナは息を吐いた。ゼイドとイエガンも同時に肩の力を抜く。
「……どうやら、話し合いの余地はあるらしいな」
記録外の影が、初めて口元に微笑を浮かべた。
「ならば――我らの真実、語らせてもらおう」




